【フォトキナ】「カメラおやじ趣味」はまだ続く。新ジャンル機も鋭意開発中

〜ニコンフェローの後藤哲朗氏に訊く

 フォトキナ2010でカメラ映像機器工業会(CIPA)は、来年2月に横浜で開催予定のCP+2011に欧州プレスを勧誘するプレゼンテーションを持った。この催しにCIPAプロジェクト審議会・委員長でニコンフェロー映像カンパニー後藤研究室長の後藤哲朗氏もやってきていた。後藤氏はご存じの方も多いように、ニコンの一眼レフカメラ開発におけるキーマンとして活躍してきた。

ニコンフェロー映像カンパニー後藤研究室長の後藤哲朗氏

 現在は製品開発から一歩引いた位置から、写真の楽しみを拡げるための各種提言を事業部の外から行なっているほか、CIPAの役員として業界のまとめ役としても活躍している。その後藤氏にフォトキナ会場にて、カメラ業界が置かれている現状やこれからの予測、それにCP+を国際展示会として発展させるための計画について話を聞いた。(インタビュアー:本田雅一)


趣味としての写真業界はまだ伸びる

−−経済危機による一時的な在庫のだぶつきはあったものの、一眼レフカメラの売上は伸び続けています。ここまで成長が長く続くことを予想してらっしゃいましたか?

 一眼レフカメラが売れ続けているのは、こうしたシステムカメラを使っていなかった方々が、よりよいキレイな写真を求めて購入してくださっているからだと考えています。銀塩時代は結果としてのプリントを得られるまでに、時間もコストもかかりました。しかし、今は撮影したらすぐに結果を確認できます。

 しかも、銀塩時代はコンパクトカメラと一眼レフに撮像する媒体に差はありませんでしたが、デジタルになってからはセンサーの性能に圧倒的な違いもあります。コンパクトデジタルカメラは画素数などスペックは向上していますが、画の”質”という意味ではあまり向上していませんし、今もあまりよい方向に向かっていません。そうしたコンパクトデジタルカメラの状況との対比があり、よい写真を求めるユーザーが一眼レフカメラへと向かっているのだと思います。

−−もちろん作品撮りなどで一眼レフは欠かせません。しかし後藤さんがおっしゃる、コンパクトカメラと一眼レフカメラの、主にフォーマットの違いによる画の違いが、一眼レフカメラ市場の過熱傾向(本来、一眼レフカメラが不要なユーザーまで一眼レフカメラを求める傾向)を強めているとは感じませんか?

 コンパクトカメラと一眼レフカメラがあって、その中間にはマイクロフォーサーズなどの市場があり、以前よりもよい写真を自分が撮影できるという体験をしやすくなってますよね。確かに、銀塩時代であれば、一眼のユーザーではなかった方も多いのでしょうが、急にその流れが止まる危険を孕んでいるような過熱傾向はないと思います。市場全体のシェアという意味では、マイクロフォーサーズやNEXの登場で、一眼レフの割合は減りました。しかし実際に売れている数はどちらも増えています。出てくる画はかなり違いますから、趣味としての写真業界はまだ伸びしろがあります。

 また新興市場も大きく伸びています。中国、ロシアは一眼レフが定着してきましたし、現地法人を設立して約3年のインドは、これから急速に伸びるでしょう。そのほか、中南米にも拡がってきていますし、その先にはアフリカもあります。ニコンだけでなく、日本のカメラ業界全体が、多くの未開の地を開拓する余地を持っています。

ニコンがフォトキナ2010の前に発表したD7000(左)とD3100(右)

−−後藤さんの設立した後藤研究所は、カメラ本来の楽しみ方を追求し、ニコン社内の各所にアドバイザリーとして提言を行っていくとのことでした。カメラの楽しみという意味では、レフレックスミラーを持たないカメラが登場し、“レンズ遊び”的要素が復活してきていますよね。こうしたトレンドをどう見ていますか?

 ニコンの人間としては、マイクロフォーサーズやNEXがレンズ遊びの文化を受け継いでいる点が歯がゆいですね。ご存じのように、ニコンは数あるマウント規格の中でもフランジバックが一番長いので、もっともレンズ遊びには適していません。

 ガチガチに解像度を隅から隅まで出した写真というのは、確かにそれが必要な分野もありますが、写真を楽しむという側面からすると”真(まこと)”を写してはいけない部分もある、と考えています。デジタル的な絵作り、色作りではなく、レンズによる味の表現ができないものかと真剣に、その方法論は考えていますよ。

−−そうしたレンズ遊び的要素をカメラの楽しみに関連して、“ニコンの後藤さん”としては、事業部に対してどんな事を提案したいと考えていますか?

 元々、ニコンはカメラに対してマジメな会社です。今のニコンのカメラやレンズには遊び心がない。しかし、ガチガチに情報量たっぷりのシャープな画を出していれば、収差を加えてボカすことはは、あとからでもできますよね。最近よくある、後処理のデジタルフィルタなどではなく、昔のレンズと同じように光学的な振る舞いと同じような風合いが出るように(絞りや撮影距離などに連動した描写変化があるよう)処理を行なうなど工夫はできると考えています。ソフトウェアによる光学シミュレーションは、さまざまな可能性を秘めていますよね。ただし、これは後処理によるソフトウェアの遊びで、レンズそのものの遊び心ではありません。現時点では、そこは迷いもあります。とはいえ、今さら(収差を意図的に残した)性能の悪いレンズを出しても受け入れてもらえるかどうか。

 ニコン製品でいえば、工業用のウルトラマイクロニッコールをデジタルカメラに装着して使っている人もいたりしますから、そういう遊び方を支援したい気持ちはあります。


創意工夫していた過去に学ぶ

−−ところでレフレックスミラーのないレンズ交換式カメラについて、近い将来に新しいシステムをニコンが構築するタイミングにあるでしょうか?

 Fマウントのシステムが寂れて来ているのであれば、その方向にすぐにでも行く必要があるでしょう。しかし、実際にはFマウントシステムを正常進化させていけば、ユーザーが増える状況にあります。新興国へと順に一眼レフが入り込み、正常進化させていけば成長できる状況ならば、浮気はする必要はないと思います。ユーザーが増えているのですから、Fマウントシステムをきちんと進化させていけばいい。それは事業部側の仕事ですね。

−−では後藤研究所で行なっているのはどのようなことですか?

 ルーティンでモデルサイクルを維持している開発組織が行なうべき正常進化とは別に、カメラと写真文化の発展の方向を考えるのが後藤研究所の仕事です。具体的に何をどう、とは言えませんが、レンズ交換式、レンズ固定式を問わず、ニコンユーザーになら喜んでもらえると思えることに取り組んでいます。

−−同時にそれは“カメラおじさん”趣味への懐古が過ぎるという気もします。

 カメラおじさん世代は、まだ続いていきますよ。もちろん、少しづつ人数は減っていきます。単なる懐古主義ならば続かないでしょうが、カメラの過去を遡ってみると、今なお参考になる事例がたくさんあるものです。我々は古い時代を経て今の最新世代の製品を経験していますが、当時を知らない若い人には新鮮に見えるものだと思います。

−−昨今は電子的な入力デバイスをソフトウェアで制御することでユーザーインターフェイスを構築しますが、昔のカメラはメカ設計ですべてを解決していました。今の方が柔軟性も高く複雑で多様な操作を盛り込めるでしょうが、一方で失われたものもあるのかもしれないですね。

 最近、ニコンの若いエンジニアを中古カメラ屋に連れて行ってます。昔のカメラには今のカメラのような柔軟な開発は行なえませんでしたが、制限が多い中で創意工夫を凝らして使いやすいカメラを作っていました。設計担当やデザイナーは、それらを新鮮なものとして吸収してくれています。単なる懐古趣味ではなく、創意工夫していた過去に学び、最新の技術の中で何が自分にできるのかを見つめ直す機会になっています。長い歴史があって生まれたカメラの形や操作手順には、それなりの理由があるものです。

−−今年のフォトキナは富士フイルムやオリンパスなど、高級コンパクトカメラの発表が相次いでいます。懐古趣味ではないとしても、ニコンにはこの分野で強みを発揮できる過去の資産、ファンがいるのでは?

 以前から高級コンパクトはありますよね。COOLPIX P5000以降の一連の製品です。こうした製品はカメラとしての本質の部分を疎かにしてはなりません。GPSを積むならば横ではなく上面でしょうし、高性能なレンズというならば7倍はあまりに倍率が高すぎるでしょう。画質や使いやすさに工夫を凝らし、メカ設計の面では取捨選択が重要になります。画質を重視するなら諦めなければならないこともある。

 もっとも、リコーのGR DIGITALに対抗する製品を作るならばどうするべきか、という考えは私の中にはあります。すぐにニコンから発売されることはありませんが、うまく行ったなら(後藤研究室の成果が製品に反映されるのであれば)発売されるかもしれません。

COOLPIX Pシリーズの高級路線を受け継ぐCOOLPIX P7000

−−現在のニコンの一眼レフカメラは、中心軸となる製品が一直線に上下に並ぶ形ですよね。同じプラットフォームを用いながらも、異なるテイストを持つ製品があってもよいのでは。

 一般論として、成熟した市場なら多様なニーズが生まれるのは当然だと思います。ただ、現実の開発となると、プラットフォームを共通化しても、開発は途中から枝分かれして行きます。これはちょっと大変ですね。新興市場に対しても、日本で売っている製品をほぼそのまま持っていけば、きちんと売れています。新興市場といっても、現在は高い価格でも支払える富裕層が主に買っているので、日本と同じ仕様そのままを売った方が良かったりします。他にも中南米など、富裕層にも一眼レフカメラが行き渡っていない市場はたくさんあります。

 たとえばインドのニコン現地法人は、まだ3年しか営業していません。それまでは、代理店と契約しておけば十分だったんです。ところがインド市場での一眼レフカメラ市場が花開き、毎月伸び続けている。一眼レフカメラの上位モデルと高価なレンズ以外は日本製ではないのが残念ですけどね。


新しいジャンルのカメラを鋭意開発中

−−今回のフォトキナを巡ってみて、特に面白いと思った製品はありますか?

 ざっと見ただけですが、サムスンのNX100。あれは面白いと思いますね。あのサイズ(小型という意味)の良さをシステムとして引き出せるかどうかが鍵でしょう。日本で売らないんですかね。

−−NX100が気になる製品と言ってしまっていいのですか? ニコンにもミラーレスのレンズ交換式カメラを望む声はありますよね。たとえばニコンが作ると仮定した時、APS-Cサイズのセンサーで作ろうと思いますか? 本体が小さくても、レンズシステムが小さくならなければ、結局、持ち歩く荷物は同じなんて事になりますよね。

 APS-Cサイズのセンサーではレンズが大きくなりますし、特徴や画質という面でもFマウントカメラと市場を食い合うかも知れないですね。レンズシステムとボディ、トータルの大きさが変わらなければ、小型化の意味がありません。もし自分が作るならば、Fマウントシステムよりは小さなフォーマットを選ぶでしょう。

−−ニコンのミラーレスレンズ交換式システムは、常に噂になっては消えるを繰り返していました。実際のところニコンのラインナップに必要だと思いますか? 一時はレンズのリアキャップにFマウントと記載されていることが、別マウント登場の布石では? といわれた時期がありましたよね。

 Fマウントレンズキャップは、特に意味があるわけではなく、ニコンが645フォーマットのカメラを開発し、すぐに出しそうだという噂と同じで根も葉もない話です。最近はもう噂として下火になってきていますよね。

 ミラーレス機に関しては、社長の木村が「どこのメーカーも作っていないようなものを、完成次第すぐにでも出す」と言っています。今までにはない新しいタイプのカメラであるとも話しています。投入に関しては市場動向を見ながら、最適なタイミングを見計らっています。

−−つまり、木村社長が話した“どこのメーカーも作っていないようなもの”は、ミラーレス機ということでしょうか?

 どのような製品なのかは、前述したようなコメント以外は喋ってはいけないと箝口令が敷かれていますから、何もいうことはできません。ただ、従来の製品とは異なる新しいジャンルのカメラを鋭意開発中であることは確かです。

−−それは仕事でバリバリと使い倒すタイプのシステムでしょうか? それとも、趣味性の高い愉しみを深めるシステムですか?

 そうですね。仕事でカメラを使う人向きではありませんが、きっと“これこそが愉しいカメラ”と思ってくれる人がいると思います。一方で好きではないという方もいらっしゃるでしょうね。個人向けの製品であり、好き嫌いがハッキリ分かれるコンセプトだと思います。あくまでも、今のままの仕様で製品化されればの話ですが。

−−パナソニックがLUMIX DMC-GH2のEVFを改良するなど、着実に電子ファインダーは改善が進んでいます。情報表示の面ではEVFが、表示の自然さや遅延のなさはOVFが有利ですが、オーバーオールの性能でEVFがOVFを上回るのはいつ頃だと予測していますか?

 付加情報や撮影アシストをファインダー上で行なったとしても、トータルの使い勝手でEVFがOVFを超えることはないでしょう。もちろん、ユーザーに与える情報量は、遠くないうちに超えるでしょうね。しかし、EVFでは自然光ではない人工的な光が目に入ってくる。このあたりの違和感は、簡単にはぬぐえません。遅延もゼロにななりませんしね。しかしそれ以外、純粋に情報を得るための覗き窓としては、すでにかなり優秀なレベルになっていると思います。エプソンの最新版の高温ポリシリコンTFTパネルなどは、カラーブレイクアップもなくて、かなりキレイですよ。


CP+2011にも乞うご期待

−−最後に、今回はCIPAの理事としてCP+のプロモーションを行ないました。しかしCP+は、各社新製品発表をこの場でと言いつつ、今年はおとなしい展示でしたね。来年、国際展示会としてうまく成功できるとお考えですか?

 CP+も間違いなく面白いものになります。特にアジア圏からの顧客が増えます。従来はコンシューマ製品の展示が主でしたが、デジタルカメラに使うデバイスのメーカーを呼び、業者間のトレードショーとしての意味合いも持たせるようになるからです。また、コンシューマ製品に関しても、米PMAの開催が9月に移動したことで2月開催に繰り上がりました。春の新製品発表は2月に行なう事が多いため、CP+はカメラメーカーが春モデルを発売する格好の舞台になるでしょう。



(本田雅一)

2010/9/24 18:58