ニコン D850×NIKKORレンズ 写真家インタビュー
旅写真の可能性を拡げるマイクロレンズ キーワードは“質感”/山口規子さん
D850 × AF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G ED
2019年1月25日 07:00
2017年9月に発売され、その年のカメラシーンを席巻したニコンD850。この一台を愛機として重宝する写真家たちにインタビューを敢行し、写真家になったきっかけ、写真への考え方、そしてD850の魅力などを存分に語ってもらうのが本連載だ。
第8回目は、世界中を旅しながら目についた風景を撮り続ける山口規子さん。もともとは出版社の社員カメラマンだったという山口さんは、写真家を志して退職、フリーに。以来ドキュメンタリーのような旅写真を撮り続けている。「旅写真は写真の総合教室」という真意は? D850を使い続ける理由も聞いた。
山口規子
栃木県生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業後、文藝春秋写真部を経て独立。女性誌や旅行誌を中心に活動している。『イスタンブールの男』で第2回東京国際写真ビエンナーレ入選、『路上の芸人たち』で第16回日本雑誌写真記者会賞を受賞。著書に『メイキング・オブ・ザ・ペニンシュラ東京』、『Real-G 1/1scale GUNDAM Photographs』『奇跡のリゾート星のや竹富島』など多数。近著に『家庭で作れるサルデーニャ料理』がある。公益社団法人日本写真家協会会員。
沢田教一さんのドキュメンタリーに心を動かされた
――写真家になったきっかけをお聞かせください。
高校の時に、テレビでベトナム戦争を撮影し続けていた沢田教一さんのドキュメンタリー番組が放送されていて、それを見た時にものすごく感動しました。あるシーンで沢田さんのベタ焼きを写していて、それで感動して泣いてしまいました。子どもが怪我をしている写真があり、その次の写真が病院だったので、きっと沢田さんは子どもを病院に連れて行ったと思うんですね。言葉で説明されていたわけではないんですけれど、強烈に心を動かされました。それが大きなきっかけです。
高校では陸上部と写真部に所属していて、インタビューカットや校内のイベントなどの写真を撮って、地域に新しく施設ができたら、そこに取材に行ったりもしていました。
そのあと、文藝春秋の社員カメラマンになり、その出版社から出ている数多くの雑誌の写真を撮っていました。
芸能人の張り込みもしましたし、ブツ撮りやスポーツ撮影、スタジオポートレート、記者会見などなど、なんでも撮りましたね。当時、周りには男性しかおらず、女性は私だけだったんです。そうなると、私が結果を出さないと後に続く女性が評価されにくくなってしまうので、必死に働きました。
1997年9月に退社し、以来フリーランスです。
“旅写真”は写真の総合教室
――現在は世界各国をまわって、旅の写真を多く発表されていますね。
「旅写真」は写真の総合教室だと思います。スナップも撮る、風景も撮る、人物も撮る、花も料理も猫も撮る、と考えると「旅写真」はスポーツ以外の被写体をすべて撮ります。
中でも私はドキュメンタリーのような写真が好きですね。地域に密着した人と土地を意識して撮るのが好きで、代表作のひとつである「イスタンブールの男」もそうやって撮ったものでした。
それと、建築物のメイキング写真が好きなんです。2007年に発表した『メイキング・オブ・ザ・ペニンシュラ東京』という写真集も、建設が決まったと同時に申請して、ビルの建設当初から完成するまでの過程を撮り続けました。お台場のガンダムの建設が決まった時も、同じように着工から完成まで撮っています。
人物を捉えたドキュメンタリーが好き
――お話を聞いていると、写真を通して物語を伝えることが多いのかなと感じました。
そうですね。それは沢田さんの影響も大きいと思います。根本的には人のドキュメンタリーが好きです。
私の写真のジャンルを聞かれると、答えが難しいんですよね。さっきも言ったように、旅ではスナップも人も風景も動物も、なんでも撮ります。あえて言うなら「スポーツ以外」です(笑)。
ただ、旅の中で撮る風景写真は、風景写真家の方々が撮るきちんとした風景写真とちょっと違います。たまたま通りかかった時にいい風景があったら瞬時に撮るって感じですね。偶然出会う風景が旅の醍醐味でもあります。
――特に好きな被写体はありますか?
人も好きですが、空気感が好きですね。突然出会う空気感が好き。例えばスペインに行ってバルに入り、食事を食べていると、隣の人がお酒を飲んでいて、雫が垂れるのが見えたと。そういう空気感が好きです。
シャッターチャンスを掴むその力とは
――その瞬間を「いい」と思える感性や、逃さずに写真に捉えるテクニックを身につけるには、相当訓練が必要だと想像します。
その通りです。自分の目がカメラだったらいいなと思いますよ。カメラを持ち上げて構えてシャッターを押すまでの数秒が遅いんです。だから取り逃がしているシーンは山ほどありますし、世に出ていない失敗写真もたくさんあります。それでもめげずに次の撮影に向かうんですけどね。
その瞬間を捉えるには、経験値を積んで判断力を磨くしかないです。その場の風景を見て、どんな設定になるかをある程度見極めて、瞬時にシャッターを切る。それは経験ですよね。
もちろん構図など、センスによる部分はあります。でもそれを「どうすればいいですか?」と聞かれても、正直答えられません。センスというものは、その人がどんな人に出会い、どんな本を読んで、どんなものを「いい」と思い、どんなものに感動したか……。いってみれば、その人のそれまでの人生すべてが影響しているものなので、一概には言えないんです。
――山口さんが写真以外で影響を受けているものは何ですか?
映画です。ジャンルを聞かれると少し困りますが、「この映画わかんなかったよね」とみんなが言うような作品が好きです(笑)。それが自分の構図や光にも影響していると思います。
そして、映画を見るときもカメラ目線で見てしまうんですよ。「きっとこれはカメラマンのこだわりでこのアングルなんだろうな」と想像して。
「7人の侍」が大好きで、当時のカメラマンに取材したこともあり、そういう葛藤もなんとなくイメージしたりします。それに、映画は動画と音で表現されるので、映像からより空気感が伝わってきますよね。それも写真に影響していると思います。
目についたものを、写しとめる
――好きな場所や街はありますか?
いまハマっているのは、イタリアのサルディーニャ島です。地中海で2番目に大きい島で、毎年行ってずっと撮り続けています。
その島の人は長寿で有名で、なぜそんなにも長生きできるのかを考えてみました。私の考えですが、コミュニティの中で他人から必要とされていることで精神的にも肉体的にも充実して、長生きできるのだと思います。『家庭で作れるサルデーニャ料理 イタリア・地中海「長寿の島」から』という本も出版しました。
――旅で撮影するときの心情は、本当に目についたものを気軽に撮影する感じですか?
そうですね。歩いている時に「面白い」と思ったものを撮っているだけです。外国の看板が面白かったり、透かした光がきれいだと思ったり……。気軽に撮影しています。とはいえ、もちろん真剣ですよ(笑)。
旅写真で機材に求めるものとは
――さまざまなところにカメラを持っていかれると思います。山口さんがカメラに求めることはなんですか?
一番は堅牢性です。丈夫であること。これに限ります。旅の途中で壊れたら重い石ですから(笑)。それに関してはニコンがダントツだと思います。雨にぬれても風にさらされても壊れません。
もうひとつは描写力です。画素数、表現のキレ、色のきれいさ、それらの総合的な描写力です。
――ニコンのカメラを使い始めたのはいつからですか?
カメラを始めた時からです。父がニコンのカメラを使っていたので、それをもらってカメラを始めました。当時から丈夫なカメラでしたね。
発売日からD850を愛用
――D850を使い始めたのは?
2017年秋ですね。画質がピカイチです。ただ気をつけなければいけないのは、ブレです。少しでもブレていたら使えません。画素数が高いがゆえに、ほんの少しのブレが目立ってしまうのです。
――旅で持ち歩くにはかなり大きいカメラですが、重さは気になりませんか?
私はさらに重いD5を使っていたので、D850程度ならまったく気になりません。「女性なのにそんなに重いカメラ持ってるんですか?」とよく驚かれます。D5も凄いカメラですよ。
――操作性で気に入っているところはありますか?
イルミネーションボタンは気に入っています。暗いところで光ってくれるのは便利です。それと、チルト式液晶モニターでアングルの幅が広がりました。また、深度合成も便利です。旅ではあまり使いませんが、料理の撮影などではよく使います。この機能がない時から合成ソフトを使っていましたが、この機能ができてから手間がかなり短縮されました。
――ライブビュー撮影もかなりされるのでしょうか。
ほとんどファインダーで撮影ですね。やはり昔から慣れているのはファインダーですし、特にD850のファインダーはとても見やすいですから。
ただ、必要な時には背面液晶モニターも使います。ライブビューはタッチシャッターを切れるので便利です。それに、ポートレートで使うと、相手の顔を見ながら撮影できるので、威圧感を与えないで済むんです。そういうところも気に入っています。
――カメラボディ、レンズのほかに、旅に持っていく撮影用品はありますか?
クリップオンストロボを持っていきます。スレーブを引いて逆光でも撮影できるようにします。人を撮る時によく使います。旅の中でもしっかりとセッティングしたい時ですね。
山口流・旅撮影の設定とコダワリ
――撮影設定を教えてください。
私は常にマニュアル露出です。けっこうびっくりされますが、一番簡単ですよ。ファインダーを覗いて、インジケーターを見ながら瞬時に設定を変えていきます。
シルエットを作りたければ暗めに仕上げますし、動きが速い被写体を止めて写したければシャッター速度を速くします。これは経験ですね。カメラを何も知らない人が「カメラを教えてください」と言われたら、M(マニュアル)モードで撮影するように教えます。
ISO感度の設定もマニュアルです。オートは使いません。風景の場合はISO 100〜400、暗い時にはISO 800〜1600程度まであげます。ISOボタンはとても操作しやすい位置にあるので、これもD850の嬉しいところですね。
露出モードにしてもISO感度にしても、オートに頼ってしまうと自分の表現になりません。写真で何かを表現したいときは、カメラが出す適正露出が正解とは限らないんです。私の写真教室ではすべてマニュアルで撮影するように教えます。もちろん絞り優先で撮っておいて、しっくりこないからマニュアルにするという方もいると思いますが、私が撮影している旅の写真ではそれだと遅いんです。
その点でD850はグリップがとても握りやすいですし、ダイヤルも回しやすいですね。
色づくりと記録画質の選び方
――色の設定はいかがですか?
ホワイトバランスは「オート0」が好きですが、風景の時などは「晴天」を使います。ピクチャーコントロールは「ビビッド」が好きです。他の方はあまり好まないようですが(笑)。
――記録画質はどうされていますか?
RAWファイルとJPEGを両方記録していますが、JPEGはただの確認用なのでSサイズです。撮って出しのまま発表することはありません。ただし、撮影時に表現を追い込まないわけではありません。あくまで撮影現場で完成させることを念頭において撮影しています。
その場でのインスピレーションはとても大切で、ファインダーを覗いているその場で完成させることを覚えないと、いつまでも上達しませんから。特に構図などはセンスが磨かれません。
――アクティブ-Dライティングは使いますか?
デフォルトは「オート」にしています。もしくは使わないかのどちらかです。白飛びや黒つぶれをあえて起こしたい時には不要な機能ですから。
――他に何か特別に設定している機能はありますか?
AFの「横切りへの反応」を「鈍感」にしています。旅の中では、被写体を見つけてカメラを構えても、その前を人や車などが通ったりするので、そっちにAFを引っ張られないようにする必要があります。
――記録媒体はXQDカードですか?
そうですね。SDカードは入れません。XQDカードは丈夫で壊れませんし、書き込み/読み出し速度も速いので助かります。
旅先で1日撮影を終えて、PCとHDDに必ずバックアップをとりますが、書き込み/読み出しが遅いと寝るのが遅くなってしまいます。XQDカードは瞬時にコピーできるので、睡眠時間が確保できるようになりましたよ(笑)。
旅でマイクロレンズ? ポイントは“質感”にあり
――ニッコールレンズ全般の印象はいかがですか?
バランスのいいレンズが多いです。軽いし、でも画像は鮮明に描写できる。使う人のことをよく考えているレンズだと思います。旅では山を越えなければいけない、丘に登らなければいけない、と考えると、この軽さと描写のバランスは絶妙だと思います。
そして、レンズの種類も豊富です。スタジオのポートレートの場合は、レンズを持ち歩く必要はないので、画質重視の重いレンズ。私のように出歩いて持ち運ぶなら軽いレンズ、とその選択肢も豊富です。安いレンズでもだいぶきれいな写真が撮れますからね。
――AF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G EDをお使いとのことです。旅でマイクロレンズを使われるのも珍しいと思いますが……
マイクロレンズは花や虫など、小さな被写体に近寄って撮影するレンズという印象がありますが、標準域のマイクロレンズの守備範囲は広いです。風景もポートレートも撮れますし、もちろん料理などテーブルフォトにも使えます。最短距離が短いため、取り回しが良いところも撮影の自由度につながります。
確かにマイクロレンズは機構上、AFが遅くなることはありますが、全群繰り出しではないこのレンズでしたらそれほど気はなることはありません。どうしても合うまで待てないならMFを使っても良いでしょう。しかも、キッチリ合わせることができればとても描写が美しいレンズです。
今回掲載している写真には、広角から標準のように切り取った風景写真もあります。なぜわざわざマイクロレンズでその切り取り方をするのかと聞かれれば、私は「質感」と答えます。
例えば、花や動物のふわふわな質感をメインにして、背景に山を入れる、などといった場合は、マイクロレンズの方が圧倒的にきれいな描写になるんです。ひとつひとつの花びらや種子などの質感は、マイクロレンズの方が圧倒的にきれいです。その世界を楽しんでほしいですね。
また、このレンズに限らず、ニッコールレンズは全般的に逆光耐性が優れています。あえてゴーストやフレアを出したいときはフードをとることがあります。
――ボディにタフさを求めらていましたが、AF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G EDのタフネスぶりはいかがでしょう。
とても信頼しています。壊れることもないですし、多少の傷でも支障はありません。
このレンズは発売して10年以上経っていて、そろそろ新しいレンズを発売してほしいなと思ったりもしますが(笑)、逆に言えばそれだけ長く使えるレンズでもあるということです。値段も比較的安価ですし、みなさんもこのレンズでマイクロレンズの世界を体験してもらいたいですね。
山口規子さんの使いこなしテクニックがデジタルカメラマガジンで読めます!
発売中のデジタルカメラマガジン2019年2月号に、山口規子さんによるD850 & AF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G EDの使いこなし方について掲載しました。こちらもぜひご覧ください!
制作協力:株式会社ニコンイメージングジャパン