ニコン D850×NIKKORレンズ 写真家インタビュー
肉眼では得られない工場の異世界的風景を表現する/小林哲朗さん
D850 × AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR
2019年2月21日 07:14
2017年9月に発売され、その年のカメラシーンを席巻したニコンD850。この一台を愛機として重宝する写真家たちにインタビューを敢行し、写真家になったきっかけ、写真への考え方、そしてD850の魅力などを存分に語ってもらうのが本連載だ。
第9回目は、工場夜景を中心に幅広い被写体を捉える小林哲朗さん。パイプや鉄塔が複雑に絡み合う工場風景で、D850とAF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VRがどのように活躍するのか、その魅力を聞いた。
小林哲朗
1978年、兵庫県生まれ。主な被写体は、工場、巨大建造物、地下空間など。その他ポートレートも手掛けるなど、ジャンルを問わず撮影をしている。また、ドローンによる空撮にも力を入れている。『廃墟ディスカバリー』(アスペクト、2008年)などの写真集を4冊、工場撮影ガイド本を1冊出版。撮影の他、カメラ雑誌への執筆、各地で行われる撮影イベントの講師や、工場写真についての講演会なども行っている。全日本写真連盟大阪支部 eナイトフォトクラブ講師、大阪よみうり文化センター 大人の夜景撮影講師。
肉眼を超えた写真ならではの表現力に魅力を感じた
――まずは写真家になったきっかけを教えてください。
最初はコンパクトデジタルカメラとミニ三脚を買ったんです。2004年くらいですね。当時としては珍しく長時間露光ができる機種で、三脚につけて夜桜を撮影したんです。そこで夜なのに昼のような明るさで撮影できたことが衝撃で、肉眼を超えた表現ができることを知り、夜景の撮影にのめり込んでいきました。
楽しかったのですが、撮影しているうちにだんだん物足りなくなってきて。特に「もう少し広く撮りたい、広角レンズがほしい」と思いはじめると、コンパクトデジタルカメラでは無理があるので、ニコンのD50を買いました。三脚ももう少しいいものを買いましたね。そこからどんどん欲求が止まらなくなり、良い機材に乗り換えていきました。
写真集の刊行を経て被写体の更なる深みへ
――小林さんは誰かに写真を教わったわけではないんですよね。それでも、カメラを始めてからわずか4年で廃墟の写真集を出版されています。
そうですね。そもそも当時は工場の写真を撮影している人はあまり多くありませんでした。工場ももともと好きでしたが、写真に撮って楽しむことはしていませんでした。たしか、私がD50を買ったころに、ちょうど「工場萌え」という言葉が流行りだしたと記憶しています。自分で開拓するしかなかったし、それが楽しみでもありました。
最初の写真集は2008年に出ています。それが一番売れました。まだ保育園で働いていましたし、写真集を出すなんて考えてもいなかったので、最初の写真集で達成感と満足感がものすごくありました。
実はその写真集を出した後、1年くらい写真を撮らない時期がありました。でも、その後また撮影を再開して、廃墟写真集の第2弾と、工場夜景写真集を出版しましたが、3冊目を出した時にまた満足感が出てしまって、撮る気がなくなったんです。
でも、その冷却期間があったからこそ、工場の別の面を見るようになりました。それまでは工場そのものを撮っていましたが、再開後は周りの風景や気象条件を考えるなど、同じ工場でもどんどん深く撮るようになりました。
よく観察して構図も練り抜いてシャッターを切るなど、1枚ずつをより丁寧に撮影する意識も芽生えましたね。
工場とはいつもそこにある異世界
――工場といえば夜景ですが、別の切り口の作品にも取り組まれているのでしょうか。
夜だけではなく、昼の工場も撮ります。夕景や雨模様など、その日その時間にしかない光景もあるので、それも撮ります。昼も撮影しているのは相当に工場が好きな人たちなのですが(笑)、一般の方にもぜひ広めていきたいです。明け方も元気があれば夜に引き続いて撮りますよ。
工場を撮るだけなら専門的な知識もそれほど必要なく、大きな工場なら24時間稼働しています。他のジャンルに比べても入りやすいと思いますよ。ツアーの講師もしているのですが、ツアーを積極的に企画して、夜でも女性を参加しやすくしたいですね。
――小林さんが考える工場夜景の一番の魅力はなんですか?
身近な場所にあって、いつでもいける異世界、でしょうか。外国の工場夜景を見てもあまり行きたいと思わないんですよね。川崎や神栖など、行きやすいところにあるのが工場夜景だと思います。
――オススメの撮影スポットはどこでしょうか?
東日本よりは西日本が多いですね。巨大工場は海沿いにあることが多く、瀬戸内は海と山がとても近いので、山から工場を撮れるんです。例えば岡山県の水島コンビナートです。山から広大な工場夜景を見下ろして広大な景色を見られます。福岡県苅田町にあるセメント工場は、とても大きくてパイプが入り組んでおり、単品の工場としては最大級だと思います。
今でも新しい工場の開拓はしていますし、すでに行ったことのある工場でも別のポイントや角度から撮影して新しい発見になったりすることもあります。自分でスポットを探すのも好きですからね。まだまだ探せばありますよ。私自身は関西が活動拠点なので、今後は東北以北を開拓していきたいです。
――工場によって製造物や形状が違うと思いますが、それで撮影の仕方を変えたりもしますか?
巨大工場とひとくちにいっても大きく分けることができます。ひとつは製鉄所。大きな高炉があり、錆で茶色くなった場内の質感がかっこいい。みなさんが想像する工場夜景は石油精製プラントだと思います。パイプが入り組んでいてメカメカしい工場です。もうひとつは製紙工場ですね。独特な形状です。その他化学工場、造船所なんかも魅力的です。
ただ私の場合はあまり工場の種類にはとらわれずに、いい形の工場があれば撮影し、その後で必要があれば調べる、というフローです。それに、煙突やプラントの形状で撮影は変わります。画角の中で夜空が大きくなりすぎないように意識しているので、例えば煙突やプラントの高さでカメラを構える角度が変わったりします。
光学ファインダーがいきる夜景撮影
――最初に買った一眼レフカメラはD50とお聞きしました。その後はどういったカメラに移っていったのでしょうか。
最初はD50を買って、次は少し本格的なものがほしくてD200、そこからD300、D700、D800、D4S……、と変わりました。その後D750を経て現在はD850です。
D850は特にフォーカスが気に入りました。まずライブビューで大まかな構図を決めてから、光学ファインダーをのぞいて位相差AFでピントを合わせます。AFの精度は高く、信頼しています。
――三脚を使った撮影なのに、ライブビューを拡大してマニュアルフォーカス、ではないのですね。
夜の暗い状況でライブビューを拡大すると、さすがにノイズが目立ち、ピントが合っているかどうかわかりづらくなることがあります。その点、D850の光学ファインダーはよく見えますし、AFもほぼ外しません。
それと、ボタンイルミネーションがついているのも便利です。特に画像確認の拡大/縮小ボタンはよく間違えるので、光らせて確認しないと見失うんですよね。電子先幕シャッターも超望遠レンズでの撮影時、機構ブレを低減できるので助かっています。
ちなみに水蒸気は風によって刻々と向きが変わるので急いでカメラ側の設定を整えて撮影する必要があります。夕暮れ時の撮影などもスピード勝負ですね。ニコンのカメラは操作系がわかりやすいので、そういった場面でも素早く設定できます。もちろん私が長年ニコンを使っている慣れもあると思いますが、不便なところを少しずつ進化させつつ、大事なところは崩さないところにも信頼を寄せています。
撮影時の設定は?
――記録メディアはXQDカードですか? SDカードですか?
XQDカードがメインです。14bitロスレス圧縮のRAWと最高画質のJPEGの同時記録でも、途切れることなく連写できます。最近はタイムラプスを撮影することもあるので、128GBと大容量なことも助かります。
――撮影設定を教えてください。
D800までは主にマニュアルで撮影していましたが、D850では絞り優先で撮影することもあります。絞りはピントと解像を優先してF9〜F10程度。
ホワイトバランスはAUTOで、あとからRAW現像の時に調整しています。ピクチャーコントロールはスタンダードです。階調をバランスよく残せます。アクティブD-ライティングは常にAUTOです。感度は最低感度のISO 64にして、画質を優先しています。
撮影時はリモートコードを使用します。D850の10ピンターミナルは、リモートコードが取り付けやすくなりました。以前はネジを締める時になかなかかみ合わずに回しにくかったのですが、D850ではそういったことがなくなりました。こういった細かいところまで配慮して改善しているのはすごく好感が持てます。撮影者にとって小さなストレスがないことはとても重要なんですよね。それによって一瞬のシャッターチャンスを逃してしまうこともありますから。
撮影時は階調に留意してRAW現像で調整
――RAW現像ではどのような調整を?
そうですね。アンダーを持ち上げて、ハイライトを少し下げて不自然な白飛びをなくしています。白飛びが多いと写真の完成度が落ちるんですよね。撮影の時はアンダーめで撮ることが多いです。ただ、D850はハイライト側もかなりの範囲まで残してくれるので、完全に白飛びしたと思っても、調整すれば階調が出ることも多いです。D850になってからは以前より少し明るめに撮っても大丈夫になりました。
それと、水平・垂直の調整です。もちろん撮影時に水準器を表示して出来る限り調整はしますが、やはり暗いと完全に合わせきるのは難しいので、それも現像の段階で調整です。
色の調整はホワイトバランスだけです。ただ、どんな色にするかは好みと気分ですね。工場の光源は蛍光灯もLEDライトもあるし、赤も青も白も緑もあれば、周囲の環境光もあります。不自然さがない範囲で仕上げていきます。
引きと寄りで高い自由度を与えてくれるレンズ
――レンズの話に移りましょう。今回の作品は「AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR」で撮影したものをお持ちいただきました。
このレンズの前に「ニコン AF-S VR Zoom Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G(IF)」を使っていたのですが、もう少し長い焦点距離がほしかったんです。そこで買ってみたら、工場夜景を撮るのに絶妙な焦点域でした。80mm側で少し広めに撮ることも、400mm側で一部分に寄って撮ることもあります。いろんなパターンの切り取りの自由度が高いレンズです。逆光耐性も高く、ゴーストやフレアを心配しなくていいのが助かります。
ニコンのレンズは何を使っても画質にまったく不満はないです。高画素機のD850でも、きれいに描写してくれます。このレンズで画像がモヤっとしていたら、ブレているか、工場自体が熱を発して陽炎になっているかです。レンズのせいでそういった結果になることはありません。それくらい信頼しています。
大きさの割には重さもあまり感じなくて、D850に取り付けてもむしろ軽く感じるくらいです。レンズの堅牢性も安心できます。もちろん水浸しにはしないですけど、多少雨で濡れる程度ならまったく故障しませんね。
また、工場夜景だと光芒の出方も重要な要素です。私は派手に出すぎるのがあまり好きじゃないんです。長く出るとプラントの壁にかかったりしてしまうんです。その点、このレンズは上品に程よく伸びて、しかもぼやけずにきれいに出てくれます。そのあたりのバランスも含めて、お世辞ではなくこれがベストレンズです。
工場は身近なところにありますから、このレンズとD850をもって、ぜひ撮影に出てみてほしいですね。
小林哲朗さんの使いこなしテクニックがデジタルカメラマガジンで読めます!
発売中のデジタルカメラマガジン2019年3月号に、小林哲朗さんによるD850 & AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VRの使いこなし方について掲載しました。こちらもぜひご覧ください!
制作協力:株式会社ニコンイメージングジャパン