インタビュー

ライカ副社長に聞いた、誕生70年のM型ライカが今も人気な理由

なぜボタンやメニューを減らすのか?

ステファン・ダニエル氏

10月にドイツ・ウェッツラーのライカカメラ本社で行われた写真イベント「Celebration of Photography」では、写真賞「ライカ・オスカー・バルナックアワード」の授賞式などが開催。本誌でもイベントレポートと作家インタビューをお届けした。

そのイベントの期間中、ライカカメラ社副社長 写真・デザイン担当のステファン・ダニエル氏にインタビューする機会を得たため、70周年を迎えたM型ライカの話などを聞いた。

M型の個性、新製品開発の難しさについて

——2024年、M型ライカが70周年を迎えました。現在でも人気がある理由は何だとお考えですか?

「ライカM11-P」(2023年10月発売)

3つの理由があると思います。1つは、レンジファインダー(距離計)カメラであることです。光学式の距離計ファインダーがあり、写真に写る範囲の外も見ながら撮影できます。また、両目を開けて周囲の状況を見渡すことも容易です。現在一般的なカメラのファインダー形式は“トンネルを覗く”といった感覚ですから別物です。

M型ライカの距離計部分

2つめは、フルフレーム(35mmフルサイズのこと)でありながらカメラが小さく、またレンズも小さいことです。いわゆるフルサイズミラーレスカメラはレンズがAFのため、もっと機材が大きくなります。このシステム構造が昔から変わらないのも、M型ライカが愛されるポイントです。

3つめは、美しいことです。こんなカメラは他にありません。手触りも感触も、美しく心地よい。これぞライカです。

——ライカM3が登場したときのM型ライカは、何を目指し、何を実現した新型カメラだったのでしょう?

私が思うに、戦前のバルナックタイプ(スクリューマウントライカ)は、精密で信頼性があって、撮影結果も良いことがベースにありました。M型ではそこから進んで、顧客の要望を聞きながら、良いファインダー、速やかなフィルム巻き上げ、バックドアが開いて使いやすいなど、全てを革新するという新しい製品コンセプトがありました。

バルナックタイプのひとつ「ライカII」(1932年発売)。ライカで初めて距離計連動に対応したモデル
M型ライカの初号機「ライカM3」(1954年発売)。新規のMバヨネットマウントを採用。13年間で23万台が生産された

また、従来製品との互換性もポイントでした。バルナックタイプ用のスクリューマウントレンズを持っている人達が、レンズを全て買い換えなくても自然にM型へ移行できるように考えました。そうした互換性への意識は、今でもライカに息づいています。

——M型ライカの新製品を開発するときに、独特の難しさはありますか?

いろいろな制約があります。Mの個性を弱めないようにすることが大事です。例えばAFは使いたくないですし、MはMでありたいのです。また、Mの歴史として“カメラを大きくしない”……つまり“ライカM5にはしない”ことが大事で、その点ではライカM10(2017年)が大きな進歩でした。Mユーザーに馴染みのあるサイズに小型化できたからです。

(筆者注:ライカM5が露出計内蔵のために大型化したことで不振となり、一度はドイツでMの開発終了が決まるも、カナダライツがM4-2/M4-Pで延命。ライカM6で復活した。ライカM10は、初めてフィルムライカ並みの厚さを実現したデジタルのM型ライカ)

ライカM5(1971年)。M型ライカとして初めて露出計を内蔵。レンズ後端とシャッターの間に、受光素子の付いた“腕木”を出して測光した
ライカM6(1984年〜、2022年〜)。電子技術の進歩により、M型ライカのスタイルを守ったまま露出計内蔵を実現。M型ライカで最も販売期間の長いモデル
ライカM10(2017年)。表面実装技術の採用により、フィルムライカ並みの薄型ボディを実現。この世代から再び動画撮影機能を非搭載とした

ライカM9(2009年)は初めてフルフレームCCDを搭載し、ライカの会社を転換させたマイルストーンの機種ですが、その開発は前例がないためむしろ簡単でした。今のほうが、前例のある中でより良いカメラにしなければならないために難しいです。

まだ未来のことは教えられませんが(笑)、より良くするとは、より良い写真が撮れるように、「もっと静かになってもいいのでは?」、「もっと高画質になってもいいのでは?」という具合に、フォトグラファーがより撮影やサブジェクトに集中できるようなカメラを作りたいのです。

ライカM9(2009年)。APS-Hサイズに留まっていたセンサーサイズを35mmフルサイズに拡大。この次世代のライカM(Typ240)からCMOSセンサーになり、ライブビューが使える

——今でもM型ライカは、ライカのバックボーンですか?

はい。最大のプロダクトラインを持ち、売り上げ的にも1番です。我々の“ハート”です。ハートだけで会社は成り立ちませんが、ビジネス的にもメインの存在です。

——(同席した写真家からの質問)光学ファインダーが好きなので、中判一眼レフのライカSも使っていますが、最近ニュースがありません。今後はどうなりますか?

中判一眼レフカメラ「ライカS3」(2020年発売)

レンズを手放さないでください、とだけお伝えします。

現在、Sの新しいカメラを開発しています。それは最新世代のEVFを搭載する薄型のミラーレスカメラになると思います。新しいレンズが出て、従来のSレンズもアダプター経由で使えるようになる予定です。ご期待ください。

ライカのUIやデザインについて

——ライカはUI(ユーザーインターフェース)についてどのように考えていますか? ボタンやメニュー項目が少ないことによる「使いやすさ」が、ライカの良さとして語られるケースが最近増えています。

当然のことですが、まずは顧客の意見を聞くことを大事にしています。しかし1から10まで全ての機能を入れてほしいという要望の通りにしてしまうと、ボタンも増え、どんどん複雑になっていきます。

ですから、それが本当に重要な機能かどうかを考えて、あとは開発期間やコストとも相談しながら取り組んでいます。いかに限りなくシンプルに、より自然なUIになるかという観点です。今、UIはどんどん重要になってきていますから、デザインチームにも話を聞きながら開発しています。そうすることで、よりシンプルなものにできるからです。

かつてはライカSLやライカMなど製品プロジェクトごとにチームが異なり、UI自体もそれぞれ違っていましたが、今は横の繋がりがあります。クロスプロダクトのチームで、同じプロジェクトマネージャーが一緒に考えているため、UIの共通化が図られているんです。コンパクトカメラのライカD-LUX8も同様です。

私は今でもときどき「メニューが多すぎるから20%減らしなさい」と開発チームに口出しをしたりします。一見、機能は多い方が良いと思われがちですが、“Less is better”なのです。

ライター。本誌編集記者として14年勤務し独立。趣味はドラム/ギターの演奏とドライブ。日本カメラ財団「日本の歴史的カメラ」審査委員。YouTubeチャンネル「鈴木誠のカメラ自由研究