インタビュー
オリンパスM.ZUIKO DIGITAL ED 150-400mm F4.5 TC1.25x IS PRO(前編)
手持ち超望遠ズームへのこだわり 徹底的に検討した機動性と高画質の両立
2020年12月24日 06:00
オリンパスが2021年1月22日に発売を予定しているマイクロフォーサーズ交換レンズ「M.ZUIKO DIGITAL ED 150-400mm F4.5 TC1.25x IS PRO」に関するインタビューを、前後編の2回にわたってお届けする。
内蔵のテレコンバーターを組み合わせれば、35mm判換算300-1,000mm相当の画角をカバーできるという特徴を持つ本レンズ。対応ボディと協調して最高8段分の手ぶれ補正で、手持ち撮影のしやすさもアピールしている。2019年1月には既に開発が発表されていたが、このほどようやく発売日と仕様に関する詳細な情報が開示された。
前編では本レンズの開発コンセプトや設計・機能など、レンズが出来上がるまでの話を伺った。後編では、マイクロフォーサーズと“オリンパスの今後”についてをお届けする。
フラッグシップ超望遠ズームが生まれた背景
——開発発表を経て、発売時期(2021年1月22日)や税別100万円という価格も明らかになりました。その後の反響はいかがですか?
小野 :マイクロフォーサーズとしては、非常に高価なレンズとなっていますが、詳細な仕様の開示を経て、紹介動画やプラザで実機を見て頂いた方からは、非常にポジティブな意見を頂いております。現時点で予約も開始しておりますが、想定を上回る予約をいただいており、喜びとともに、この反響の大きさには関係者一同驚いているところです。
実際に手にしていただいた方にはとにかく“軽い”という第一印象をお持ちいただきました。弊社は、「機動力」というキーワードを打ち出していますが、小型・軽量のマイクロフォーサーズで超望遠を追求したらここまでのレンズを提供できるのだという実例を示せたと思っています。
——本レンズのコンセプトと位置づけを教えてください。
小野 :コンセプトは「望遠撮影に比類なき自由を」です。このコンセプトには、超望遠を必要とするプロやハイアマチュアユーザーに対して、“集中して撮影していただける操作性”と“過酷な環境下に耐える信頼性”を担保しながら、圧倒的な望遠撮影を可能とするレンズを開発していくという想いを込めています。レンズの位置づけとしては、M.ZUIKOレンズのフラッグシップとして開発しました。
——この商品企画はどのように持ち上がったのでしょうか?
小野 :日頃から多くの写真家と意見交換をしていますが、写真家や愛好家の方々から、マイクロフォーサーズの利点を生かした、さらなる超望遠レンズのラインアップについて要望をいただいておりました。マイクロフォーサーズの利点としては、システム全体として、高画質ながら携帯性と小型・軽量性に優れている点です。この特性を生かした本レンズにより、今までにない超望遠の撮影が実現できると考えています。
実際には他社製レンズでも焦点距離400mmまでのレンズは出ていますが、スポーツや野鳥撮影などにおいて、外付けテレコンバーターを使わずに、レンズ単体でどこまで望遠撮影ができるか挑戦したのが本レンズです。
——企画を通すうえでの困難なポイントはありましたか?
小野 :コンセプトを実現するために、焦点距離、サイズ、性能、すべてにおいて妥協せずに実現していこうということで、開発や製造、マーケティング、営業、様々な部門が同じ意志で、同じベクトルにすることが最初のハードルでした。全員が納得して企画を進めていくのが重要と考えていましたので、企画部門だけでなく全員で従来になく高いゴールを共有してスタートを切ることが、企画を通すうえで困難だったポイントかもしれません。
——企画段階で焦点距離は先に決まっていたのでしょうか?
小野 :いえ、決まっていませんでした。望遠撮影をどれだけ快適にできるかを検討するために、関係者全員が繰り返し望遠撮影を体感することから始めました。サイズや重量などを色々と検討する中でベストバランスを探していった結果、焦点距離150-400mmというスペックに決まっていきました。焦点距離だけでなく、F値やボディとの親和性など、全てのバランスを凝縮して作り上げて行きました。このレンズを1度お使いいただければ、我々が提供したいと考えている“望遠撮影に比類なき自由を”というコンセプトを感じていただけるかと思います。
12月24日10時30分修正:コンセプトワード“望遠撮影に比類なき自由を”の表記に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。
——本レンズの企画が持ち上がったタイミングについて教えてください。
小野 :ミラーレスカメラ「OM-D E-M1X」のボディを構想している時に、より本格的な超望遠撮影にチャレンジしていきたいという想いがあり、本レンズの計画も構想案としてありました。本レンズは、OM-D E-M1Xとのパッケージで提供したかったという想いがあります。
——想定しているユーザーは、既存のマイクロフォーサーズユーザーですか? それとも他システムからの乗り換えも見込んでいますか?
小野 :既存のユーザーで超望遠撮影を望まれていた方はもちろん、他社のシステムのユーザーにも、望遠撮影における新たな価値を提供できると考えておりますので、ぜひ体感して購入を検討していただければと考えております。
——本レンズのライバルとして意識しているシステムや製品はありますか?
小野 :従来にない価値を実現することを目指していたため、直接意識していたシステムや製品はありません。しかし、すでに世の中にある内蔵テレコンバーターを搭載したズームレンズであったり、超望遠レンズはもちろん参考にさせていただきました。
手持ちにこだわった光学設計
レンズの配置
——光学系に関する設計上のポイントについて教えてください。
窪田 :ズーム全域で高画質を実現することは当然ながら、「望遠撮影に比類なき自由を」というコンセプトのもと、お客様が手持ち撮影することに配慮した光学設計としています。
一つ目のポイントとして、インナーズームを採用することでズームによる重心の変動を抑えています。主にズームで駆動する群を限定することで、重心の変化を抑え、快適な手持ち撮影ができるように工夫しています。
窪田 :二つ目のポイントは、レンズエレメントをできる限り後方に配置していることです。配置を後方に下げることによって、光線が集光されるのでレンズ径を小さく、そして重量を軽くすることができます。ズームで駆動するレンズ群も同様に、後方に下げることで小さく、軽量としています。
レンズの配置を後方にすると、レンズ全体の重心がボディ側に近づくという効果もあります。一般的にレンズの先端が重たいとフロントヘビーになり、手持ち撮影を行う上で負担となってしまいます。重心が下がることによってフロントヘビー感が改善されて、より軽快に手持ち撮影ができるように取り回しを向上させました。手持ち撮影に対して徹底的に配慮した光学設計としています。
テレコンバーターを内蔵にするメリットとは
——内蔵テレコンバーターを1.25倍とした理由を教えてください。
村山 :“機動性を確保した望遠レンズ”の開発をスタートするときに、当初は35mm判換算1,000mm相当でF5.6というスペックに、圧倒的な商品価値があると考えていました。しかし、開放F値をズームによる変化のない“通し”にしたかった点や、最大F値をF5.6より小さくしたかった点から、内蔵テレコンバーターの搭載を検討しました。小型軽量かつF値を小さくし、内蔵テレコンバーターを入れて35mm判換算1,000mm相当F5.6を達成するというバランスを詰めていった結果、内蔵テレコンバーターを入れていない状態で150-400mm F4.5、内蔵テレコンバーターの倍率は1.25倍とすることに決まりました。
開放がF4ではないことで、お客様に受け入れられないのではないか、という議論もありました。しかしここでブレてはいけないのが「機動性を確保する」ということです。F4にすれば機材が重くなるため機動性の確保ができなくなります。高画質も確保したうえであれば、F4.5でも今までにない価値を十分に提供できるだろうというところでベストバランスを探った結果、現在のスペックになりました。
——テレコンバーターを内蔵タイプとするメリットについて教えてください。
窪田 :使用上のメリットとしては、ファインダーを覗きながらでも切り替えができるので、撮影機会を逃しませんし、雨天などの環境下でも安全にテレコンバーター機能をご利用いただけます。
また、光学的なメリットもあります。専用設計としたことで光学系全体を最適化できるようになり、設計の自由度が向上し、高画質や小型・軽量化という点で優位になっています。
外付けテレコンバーターの場合、レンズの構成や位置が決められてしまいます。本レンズでは内蔵とすることで、どういうレンズを使用するか、という設計上の自由度が向上するため、テレコンバーター使用時にも高い光学性能を実現できるというメリットがありました。
——外付けテレコンバーター「MC-20」との組み合わせ時の合成F値でも、AF速度に影響はありませんか?
村山 :一部にAF制限が入るものがあります。像面位相差AFを採用しているE-M1X、E-M1 Mark III、E-M1 Mark IIなどでは、シングルAFでは開放F値による制限はありません。コンティニュアスAFではF8.0以下でAFが可能です。
——本レンズは、どのようなシーンで活躍することを想定していますか?
村山 :このレンズは超望遠を活かせる野鳥、野生動物、レースを含むスポーツといった幅広いシーンでの使用を想定しています。内蔵テレコンバーターオフでの、シャッター速度優先の動体撮影や、ISO感度を抑えた撮影、また、内蔵テレコンバーターオンでの1000mm相当での撮影など、状況や目的によって内蔵テレコンバーターのオン/オフを選択していただければと思います。
レンズの特長
——本レンズの注目ポイントについて教えてください。
手持ち撮影を重視した操作性
村山 :操作性についてですが、ズームリングとフォーカスリングを左手の指2本ないし1本で操作すると想定し、操作部は左手で届く位置にすべて配置しています。これも手持ち撮影を意識した部分です。
また、ズームリングとフォーカスリングのゴムの形状にもこだわっています。使い勝手の評価として、滑りにくさを確認していったときに、ゴムの形状をもっと滑りにくくする必要があるだろうと判断し、試作の途中で変更を入れています。デザイナーと開発チームでどんな形がよいか検討を重ねて、パターンを何種類も作った中でこの形状にたどり着きました。世の中に出ているものの中でもかなり滑りにくい形状になっています。
レンズ鏡筒の剛性は?
安富 :今回の製品ではマグネシウム合金、カーボン繊維強化プラスチックを適材適所に使うことで、軽量化と高剛性を実現しています。マグネシウム合金はレンズの骨格となる部分と三脚座に使っており、光学系やAF機構やISといった可動部分を守っています。
カーボン繊維強化プラスチックはマグネシウム合金よりも軽く、複雑な形状を作れます。また、マグネシウム程ではないけれど剛性、強度があるため、多くの箇所で使用しています。例えば、内蔵テレコンバーター部は形状が複雑で、マウントが近く強度が必要なためカーボン繊維強化プラスチックを採用しました。フードや外装部品についてもカーボンファイバーやカーボン繊維強化プラスチックを使うことで、“がっちり感”と軽さを達成しています。
——防塵防滴はどのようなレベルですか?
安富 :これまでのPROレンズと同レベルの防塵防滴を達成しています。本レンズは他のレンズと比較して、当然大きく重くなっているので、このレンズに適した機構を組み込むことでこれまでと同レベルの防塵防滴を実現しています。
白塗りの遮熱塗装を採用
村山 :35mm判換算2,000mm相当の領域では非常に精密な制御が求められており、熱の影響も無視できません。そのため、従来の黒塗装に比べて内部温度上昇を抑えて、光学性能への影響を抑えるということを狙った白塗り遮熱塗装としています。これまでのレンズでは採用していなかった塗装で、一から探して検討しました。
また、レンズの前玉に新たにフッ素コートを採用しています。オリンパスは、防塵防滴、耐環境性能が高いことを訴求ポイントのひとつとしておりますが、雨や水滴、砂ぼこりがつくような場面でも汚れが拭き取りやすくなったことで、悪条件の中でもさらに安心して撮影をして頂けるようになっています。
村山 :フッ素コートは経年変化についても確認しています。汚れのふき取り耐久性、環境曝露耐久試験を繰り返し、かなりの耐久性を持たせることができたと考えています。
特殊低分散レンズを7枚採用したレンズ構成
窪田 :本レンズは18群28枚構成です。新規開発した大口径のEDAレンズ(Extra-low Dispersion Aspheric:特殊低分散非球面レンズ)、オリンパス史上最多の4枚のスーパーEDレンズ(Extra-low Dispersion:特殊低分散レンズ)といった収差補正効果の高いレンズをこのように贅沢に配置することによって、ズーム全域で画像中心から周辺まで高い光学性能を実現しております。手ぶれ補正レンズ、内蔵テレコンバーターにもEDレンズであったりHRレンズを採用することで、手ぶれ補正が効いているときでも、内蔵テレコンバーター使用時でも高い光学性能を確保しております。
窪田 :スーパーEDレンズ4枚を含む7枚のEDレンズを使用することで、超望遠レンズで課題となる色収差の発生を徹底的に抑え込んでいます。7枚と簡単に言ってしまいましたが、ED系の硝材は柔らかく、傷がつきやすく取り扱いが非常に難しいレンズです。そのため加工も非常に難しいレンズになっております。本レンズでは前方の大きいレンズにもスーパーEDレンズを使用していますが、製造部門にとっても大変苦労したポイントとなっております。
——他の製品でフォーカス群や手ぶれ補正にEDレンズを使うことはありますか?
窪田 :フォーカス群に使うことはありますが、手ぶれ補正群やテレコンバーターで使うことはまずないと思います。今回は手ぶれ補正が強力でして、手ぶれ補正が効いているときでも高画質を実現したいと考えておりました。性能を重視した結果、現在の配置となりました。
マクロレンズのようなクローズアップも
窪田 :最短撮影距離の話をさせていただきます。このレンズは超望遠レンズということで、遠くのものを撮るレンズではあるのですが、それに加えて高い近接撮影性能を実現するという目標を掲げておりました。設計の当初から高画質や小型軽量という観点に加えて、近接撮影能力が高くなる配置はどこかという検討を含めて光学系を決定しました。その結果として最短撮影距離1.3mを実現しています。この1.3mという数字は、手持ちしたときに足元の被写体にピントが合わせられるように意図して設定したものです。
最大撮影倍率にも非常に魅力がありまして、400mm時で35mm判換算で0.57倍、いわゆるハーフマクロ以上を達成していまして、内蔵テレコンバーターや外付け2倍テレコンバーターを併用していただくと1.43倍に到達しますので、マクロレンズのような拡大撮影を楽しんでいただけます。
AF精度へのコダワリ
窪田 :AFを高速化するためにはまずフォーカスレンズの重量が軽いことと、フォーカスの移動量を少なくすることが課題になってきます。望遠レンズはどうしてもレンズ径が大きく、フォーカスレンズも大きく重くなりがちなのですが、設計当初から、フォーカスレンズの径が小さくなってかつ移動量が少なくなる構成はどこかということを検討してきました。
配置を前方にするか後方にするか、いろんなパターンが考えられるのですが、前方であればレンズ径が大きくなりすぎてしまうとか、後ろすぎるとフォーカスの移動量が長くなってしまうとか、バランスを見てここが最適であろうという場所に配置しています。その結果として、高速かつ静かなAFが実現しました。
しかし今回、フォーカスレンズの移動量を短くした弊害というのが一点だけありました。一般的にフォーカスの移動量が短くなる構成というのは、製造過程で誤差が生じると画質への影響が大きくなってしまいます。今回は生産技術が飛躍的に向上したおかけで、その課題をクリアすることができました。
安富 :AFの移動量を小さくすると、より細かい精度でフォーカス群を止めなくてはいけなくなります。本レンズではその部分でも一工夫しております。軽量化のためにVCM(Voice Coil Motor)を使わずに、STM(ステッピングモーター)を採用しています。STMで精度よく止めるというところに、ひと工夫入れることで、望遠でありながらストロークを小さくしてもより細かく止められるようにしました。
——それはモーターの部分で解決したということですか?
安富 :一般的にSTMというと、モーター側に“これだけ進め”と設計した分だけ動きます。しかし今回はレンズそのものの移動量を、センサーで読み取りながらフィードバックをかけて狙った位置に止めるというような工夫を入れております。“これだけ動いているだろう”ではなくて“どれだけ動きました”というのを検知するセンサーを組み込んでいます。
“最強手ぶれ補正”への道のり
堀内 :手ぶれ補正についてですが、まずは大きなポイントとして最大8段を達成しています。OM-D E-M1Xで初めて搭載した、セイコーエプソンさんと共同開発した高精度なジャイロセンサーを、交換レンズとして初めて搭載しております。また、アルゴリズムを望遠用に最適化することで、これまでのレンズよりも手ぶれ補正の性能を向上させることができました。
またそれだけでなく、補正ストローク(レンズがシフトする範囲)を光学性能に影響を与えない範囲まで拡大したことにより、8段という高い性能を達成することができました。開発設計の段階で、もう少し補正ストロークを拡大することにより手ぶれ補正の性能が常識外れの段数が出そうだという見通しが立ち、光学設計担当に対し協力を要請しました。光学設計にはかなり苦労をかけた部分です。
窪田 :光学設計的には、取り扱いの難しいEDレンズを7枚使用しているということもあり、たしかに困難な部分がありました。
——補正ストロークの幅とはどういうことでしょうか?
堀内 :手ぶれ補正のユニットをレンズの中に組み込んでおり、実際に中でX軸とY軸で動かしています。実際には斜めにも自由自在に動きますが、レンズはロール(回転)方向には動かないので基本は横と縦だけの動きになります。この部分の可動域を増やすことで8段分の補正効果を達成しています。
——補正ストロークの幅を増やすことの難しさとは何でしょうか?
堀内 :補正ストロークの幅を大きくすると、レンズ全体の大きさ、重さに影響を与えてしまいます。製品としてのサイズ・重量目標を達成できる範囲内で、極力幅を大きくしました。
窪田 :補正ストロークの幅を増やすことについて、光学的な面で難しい部分は、レンズのずれ量が大きくなるというところにあります。一般的にレンズが中心位置からずれると、画質の劣化が発生します。このずれ量が大きければ大きいほど画質への影響も大きくなりますが、本レンズではEDレンズを使うことで画質の劣化を最小限に抑え、補正ストロークの幅を増やすことができました。
堀内 :このレンズは、外付けテレコンバーターを装着して、35mm判換算2,000mm相当にしたときにも5段の補正効果を持っています。外付けテレコンバーターを装着して焦点距離が長くなった場合でも、高精度のジャイロセンサーやアルゴリズムの最適化をしたことで、高い手ぶれ補正性能を維持できています。
(後編ではレンズのカスタマイズサービスや信頼性、“オリンパスブランドの今後”について話を伺っていった)