川口和之写真展「PLATINUM FOREST」
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「写真にした時、世界がどう見えるのか」。その面白さに惹きつけられて、川口さんは1970年代から都市のストリートスナップを撮り続けてきた。
それが今回、被写体としたのは都内にある4つの森の風景だ。デジタルカメラバックなどを扱う企業に勤務し、カメラの性能テストを行なうために、定点観測的に撮り始めたのがきっかけだ。
「4,000万画素から8,000万画素にも進化した中判デジタルカメラは、人間の視覚を超えた世界を描写する」
川口さんは「10cmぐらいまで近づいて、プリントをじっくり見てほしい」と言う。新しい機材がもたらす、これまでにない風景写真世界が広がる。
会期は2011年2月11日~21日。開館時間は10時半~19時、最終日は15時まで。入場無料。会場のコニカミノルタプラザは東京都新宿区新宿3-26-11 新宿高野ビル4F。
川口さんの写真歴は中学1年からだから、かれこれ40年に及ぶ | 展示風景 |
■人間の視覚を超える8,000万画素の世界
会場に入ると、まず存在感のある豊かな色の世界に目を奪われるだろう。プリントの細部に目を凝らすと、小さな葉の一つ一つが、それぞれ微妙に違うフォルムを持って並んでいるのが分かる。
「フィルムで撮っていた時は、あくまでも自分の印象の中での世界の見え方でした。ところが6,000万画素を超えると、自分の見え方を超えた何かが目に飛び込んでくる」と川口さんは指摘する。
それはモニター上でも、プリントからも感じられる。目をぐっと近づけて見ると、「どこまで見えるんだというぐらい見える。そこが面白さの一つです」。
撮影では三脚を立て、絞りは開放気味、できるだけ低感度を選んだ。さらにスローシャッターで撮影しながら、とにかくブラさないことを重視した。
「2~3m離れた場所から撮影して、葉の上にいる3mmぐらいの虫の触角までを解像している。それだけ写ってしまうカメラができた。そこからどんな表現が生まれてくるか。これからのテーマとして、とても興味深いですね」
デジタルカメラにとって難しい緑色の再現も、14ビットのデジタル一眼レフと明確に差がある。光を透過した重なった緑の葉、その1枚1枚の色の違いが美しく再現されるのだ。
「また、真逆光のシーンで、どうしても出てくる桃色の筋などの偽色も、16ビットのこのシステムだと、ほとんど出ません」
上の作品の一部を接写したもの。肉眼ではもちろん見えない虫が、プリントではしっかり描写されている |
■都内の森に見つけた混沌とした空間
使用カメラはフェーズワン645DF、同AF、ハッセルブラッド503CX。それに8,000万画素のリーフAptus II 12をはじめ、同10、6,050万画素のフェーズワンP65+、同P45+などデジタルカメラバックを装着し、同じレンズで、同じ場所を季節ごとに撮影した。展示作品は「森の散策」をイメージして、セレクトした。
撮影場所は新宿御苑や椿山荘、しろがねの森、小石川の東京大学付属植物園。どれも山手線の内側にある、身近な森だ。その中で川口さんは、混沌とした風景を切り取りつつ、典型的な美しい風景写真をところどころに配置した。
「被写体はできるだけミクロに観察し、漠然と見ない。それと明確なモチーフを作らないようにしました」
何本もの枝が絡まった木々や、さまざまな種類の葉が堆積した池、毒々しいまでの赤に彩られた花の群生……。
撮影と同等に重視したのは、RAW現像だ。撮影時の印象をベースに作業を行なう。
「見えていなかったものが見えてくる。そのイメージに刺激を受けながら、色を作るというか、追求していく」
最終的な出力は、ラムダプリントを選んだ。銀塩方式の連続した階調が、この表現にふさわしかったからだ。
「インクジェットはカラーの場合、そのドット感というか、違和感があるんだよね。眼に飛び込んでくる強さが痛いんだ」
■ストリートスナップは人の流れがポイント
川口さんは1958年、兵庫県姫路市生まれ。写真に開眼したのは中学1年生の時。父親に買ってもらったカメラで、大阪万博を撮影した。
「写真にすること。写真にして、どういう風に見えるか。人によって見方、見え方が違うことが分かって、写真が面白くなった」
高校で写真部に入ると、「そこに天才が一人いて、僕も写真にさらにのめりこんでいった」。
東京では1976年に、プリズム、PUT、CAMPなど相次いで自主ギャラリーが立ち上がった。川口さんたち関西の若手写真家たちも、その活動に刺激を受けながら、写真同人「PHOTO STREET」を結成した。
「大阪に面白い写真家たちがいると、PUTなどのメンバーと交流が生まれました」
それで川口さん自身、1977年にPUTで開かれたグループ展に参加したほか、1979年には個展「街へ」、「OKINAWA」も開いている。
街でスナップを撮る時は、ラフな視点で切り取っていく。そこから重い何かが出てくることがあり、「そのギャップが面白い」。
撮影する場所は、普段歩くエリア内で見つける。特に人の流れが入り乱れている場所が、ストリートスナップには最適だという。そのほうが「人の個性が際立ってきて、1枚の写真の中で、1人1人がキャラ立ちしてくる」のだ。
そこから時代の表層を付き抜け、コアな時代の形をつかみとっていく。
就職後、名古屋に12年、再度、大阪に戻り13年、その後、今まで7年間、東京に住む。
「名古屋は人の流れが同じで、撮りづらい街だった。大阪はキタよりミナミが面白い。東京ではやはり新宿、渋谷、池袋。今は新井薬師、西落合界隈から新宿方面を歩き回っています」
■未知なる写真表現の予兆
2010年末、川口さんが出版した写真集「Only Yesterday」は、1976年から1980年にかけて撮影した写真で編んだ。
「街を撮っている時は、自分の内なる世界と、周りの世界のせめぎあいがあるんだけど、時間が経過すると、その辺はすっぽり抜け落ちてしまう。自分が撮った写真なんだけど、すごく新鮮に見えてきて、当時、プリントもしなかった1枚が凄く良かったりするんですよね」
時間というフィルターが、写真家の意図を超えた1枚を生み出す。それも写真の醍醐味の一つだ。
川口さんの中では、沖縄も長く撮り続けているテーマの一つ。沖縄で祭祀などを行なう御嶽(うたき)というエリアがあるが、そこを高画素の中判デジタルカメラで撮ってみたいと考えているそうだ。
「これまでのカメラでは写らなかったものが写りそうな手応えがあるんです」
未知なる写真表現の予兆が、この会場で体験できるかもしれない。
2011/2/16 00:00