カメラ用語の散歩道

第6回:電子シャッター(その2・電動シャッター編)

モーター駆動の実用化、フォーカルプレンシャッターの電動化など

電子制御から電動へ

前回書いたように、ポラロイドオートマチック100から始まる「電子制御シャッター」は、露出制御との相性の良さもあって、瞬く間に普及した。レンズシャッターだけでなくフォーカルプレンシャッターも電子制御が当たり前になり、エレクトロニクス技術の発達とともにTTL-AEやマルチモードAEへと発展している。しかし、シャッター羽根や幕の駆動はそれまでと変わらず、スプリングの力を利用するものであった。

シャッター羽根や幕を動かすのにスプリングが使われるのは、いくつか理由がある。まず昔のカメラは電源電池をもたない。1960年のころから露出計の受光素子にCdSが使われるようになったため、カメラにも電池を使うようになったが、小容量のボタン型電池で、とてもシャッターを動かすだけのパワーは得られない。

銀塩のカメラの場合、フィルムの巻き上げ→シャッターレリーズという撮影のサイクルが、スプリングのチャージ→解放というサイクルにぴったりと合っていたということも大きな理由だ。巻き上げとチャージを連動させる「セルフコッキング」機構により、撮影前のチャージ動作の省略と多重露出防止とを同時に実現することができた。

ただ、スプリングをシャッター駆動に用いる最も大きな理由は、その「瞬発力」にあるだろう。瞬間的に大きな力を出す点でスプリングは優れている。その代わり継続して力を出し続けるのはどちらかというと苦手だ。時計の場合はスプリング(ゼンマイ)の力を、脱進機というメカで制御しながら少しずつ小出しにすることで、この点をカバーしたわけだ。カメラのシャッターの場合は羽根や幕を素早く動かすということで大きな力が必要となるが、必要な時間は一瞬で終わるので、まさにスプリングがうってつけの動力源であったわけである。

それに対して電動モーターはスタート時にすぐには動作しない。スイッチを入れてから動作するまでに遅れ時間が存在する。そして何よりもカメラに内蔵するには大きすぎる。ところがモーターの技術が急速に発達し、小型で性能のよいモーターが登場してくると、これをシャッターの駆動力として使う気運が高まり、まずはレンズシャッターから実用に供された。

レンズシャッターの電動化

レンズシャッターの場合、電動にすると大きなメリットが生じる。1980年代の後半から35mm判レンズシャッターカメラには二焦点化の波が押し寄せた。これはその後1986年のペンタックスズーム70に始まるズームコンパクトにつながっていく。また、その少し前から沈胴による小型化の傾向が出ており、1989年のコニカビッグミニで一気に加速することになった。いずれの場合もカメラボディに対してレンズ鏡胴が出たり入ったりする。そのとき、レンズシャッターも一緒に出たり入ったりするのだ。そうすると、スプリング駆動の場合には力の伝達の問題が生じる。前述のようにセルフコッキングということで、フィルムの巻き上げに連動してシャッターの駆動スプリングをチャージするのだが、そのときシャッターの位置が前後に動くと、力の伝達がやっかいなことになる。

実をいうと、この問題はかなり昔からあり、多くのカメラ設計者の頭を悩ませてきたのだ。つまりいにしえのフォールディングカメラ、スプリングカメラと呼ばれた、蛇腹を使った折り畳みカメラも事情は同じだった。実際これらのカメラにはシャッターチャージとフィルム巻き上げが連動していないものが多く、セルフコッキングを実現した機種も蛇腹に沿って回転軸を通したり、レバーを複雑に組み合わせたりと、涙ぐましい努力をしている(写真1)。

写真1:コダックレチナ1b。蛇腹を用いたフォールディングカメラでセルフコッキングを実現した例。矢印で示したロッドの回転でフィルム巻き上げレバーの動きをシャッターに伝え、チャージしている。

これがモーターで羽根を駆動するようにすれば、一挙に解決するのだ。モーターをレンズシャッターに内蔵し、ボディとはそれに電気を供給するためのケーブルでつなげればよい。スプリングカメラの時代には到底できることではなかったが、二焦点、沈胴が普及した1980年代後半には小型で高性能なモーターが使えるようになり、モーター駆動のシャッターが現実のものとなった(写真2、図1)。

写真2:ペンタックスズーム70:いわゆるズームコンパクトカメラの始祖だが、電動のレンズシャッターを組み込んでいる。(写真は「日本の歴史的カメラ 補改訂版」日本カメラ博物館刊より)
図1:ペンタックスズーム70の電動レンズシャッター。シャッターユニットに組み込んだステッピングモーターで羽根の開閉を行っている。(図は金野剛志「カメラメカニズム教室(下)」朝日ソノラマ刊より)

立ち上がりの問題

とはいえ、モーターの立ち上がりが遅い点は解決されたわけではない。しかし、その問題は別の形で軽減された。レンズシャッターの羽根駆動の立ち上がりが遅いと高速(速いシャッター速度)が出しにくい。しかし、それは羽根が閉じた状態から全開になるまで時間がかかるからで、全開せずに途中で閉じてしまえばその分高速が出せることになる。レンズシャッターを用いるコンパクトカメラではプログラムAEが当たり前のことになっていたが、プログラムAEでは高速シャッターのときには小絞りになっている。つまりシャッターは全開しなくてよいわけで、その分高速が出せる。

一方で全開した場合の口径も小さくてよくなってきた。比較的短焦点でF値の暗いレンズであれば開口径も大きくなくてよいのだが、コンパクトカメラではストロボ内蔵になってから明るいレンズの必要がなくなり、ズームになるとなおさら開放F値が暗くなったのだ。このこともレンズシャッターの電動化に追い風となった。こうしてレンズシャッターでは羽根の駆動にモーターを用いることは当たり前になり、スプリング駆動は一部の中判や大判カメラ用のシャッターのみという状況になったのだ(写真3)。

写真3:コンパクトデジタルカメラの電動レンズシャッターの例。ボディとの連携は電流を流すフラットケーブルで行うので、機械的なロッドやレバーで行う必要がない。

ピエゾ駆動のレンズシャッター

電気エネルギーを動力に変換するアクチュエータには、モーターや電磁石などの電磁的なものの他に、いわゆるピエゾ効果を利用したものがある。ある種のセラミックに電極を設け、電圧を加えると変形する性質がピエゾ効果だ。身近なところではセイコーエプソンのインクジェットプリンターのヘッドにピエゾ素子が用いられている。交換レンズのAF駆動などに用いられる超音波モーターも、実はピエゾ効果を利用したものだ。では、シャッターの駆動はどうか?

実はレンズシャッターの羽根駆動にピエゾ素子を用いたカメラが過去に存在したことがある。1987年発売のミノルタマックデュアルクォーツデート(写真4)がそれだ。図2に示すように、バイモルフのピエゾ素子の変形をてこの原理で拡大し、2枚のシャッター羽根を駆動している。

写真4:レンズシャッターの駆動にバイモルフのピエゾ素子を用いたミノルタマックデュアルクォーツデート。(写真は「日本の歴史的カメラ 増補改訂版」日本カメラ博物館刊より)
図2:ミノルタマックデュアルクォーツデートのシャッター機構図。バイモルフ素子の変形をてこで拡大して2枚のシャッター羽根を動かしている。(図は金野剛志「カメラメカニズム教室(下)」朝日ソノラマ刊より)

バイモルフ素子というのは、電圧印加によって伸びるセラミック板と縮む板を貼り合わせることで板が「反る」動作を生み出す素子だが、その変形量は非常に小さなもので、安定してシャッター羽根を動かすにはかなりの困難を伴ったと想像される。そのためかこのシャッターの最高速は1/150秒と、当時のレンズシャッターとしては非常に低い値にとどまっている。やはりピエゾ素子はシャッターのアクチュエータとしては問題が多いようで、ミノルタマックデュアルクォーツデートの他には実用化された形跡はない。

フォーカルプレンシャッターの電動化

このようにレンズシャッターのモーターによる駆動は早くから実現され、当たり前のものになっているが、フォーカルプレンシャッターはいまだにスプリングによる幕の駆動が主流となっている。レンズシャッターと違い、フォーカルプレンシャッターの場合は動かす対象、つまりシャッター幕が大型となり、質量も大きく、そう簡単には行かないのだ。

それでも電動化すれば機構が大幅に単純化され、カメラの小型化やコストダウンに有利となるので、少し前からフォーカルプレンシャッターの電動化の試みがなされている。その代表的な例は2013年のパナソニックLUMIX GM(写真5)だ。

写真5:パナソニックLUMIX GM。電子先幕フォーカルプレンシャッターの後幕を電動モーターで駆動している。
LUMIX GMのシャッターユニット。(パナソニック「LUMIX DMC-GM」発表会レポートより)

このカメラは電子先幕専用で先幕がない。そして後幕はシャッター基板に設けたモーターで直接駆動するのだ。ただ、前述した立ち上がりの遅さをカバーするためにちょっとした工夫がなされている。幕を駆動する部品が動く途中に小さなスプリングの「山」が設けられており、その「山」を乗り越えて駆動されるようになっているのだ。ちょうどジェットコースターが頂点まで引き上げられ、その後一気に降下するような感じである。

しかし、この方法でも十分な高速を出すのは無理があるのか、電動で後幕を動かすのは1/500秒までで、1/500秒を超えると撮像素子シャッター(ローリングシャッター)に自動的に切り替わってそのまま1/16,000秒まで行く。この形式のシャッターは、その後LUMIX GM5や以降のGFシリーズへと受け継がれている。

一方で2012年のニコン1 V2(写真6)には先幕と後幕の駆動に電磁アクチュエータを用いたフォーカルプレンシャッターが用いられている。このシャッターの詳細は公表されていないが、メカニカルシャッターで1/4,000秒まで可能となっている。

写真6:Nikon 1 V2。フォーカルプレンシャッターの先幕と後幕の駆動に電磁アクチュエータを用いている。

また、最近登場したソニーα1では通常のスプリング駆動に電磁駆動アクチュエータを併用することにより、シンクロ同調速度1/400秒を実現している(写真7)。

写真7:ソニーα1のシャッターユニット。スプリング駆動に電磁アクチュエータを併用することにより、シンクロ同調速度1/400秒を実現している。(画像はソニーα1の製品情報ページより)

このように、フォーカルプレンシャッターの駆動にも、スプリングに代わってモーターや電磁アクチュエータが採用される気運が現れてきているが、世の中は次回に述べるローリングシャッター、グローバルシャッターなどの「撮像素子シャッター」の方向に動いているようにも感じられる。この先シャッターの電動化がどこまで発展するか、興味深く見守って行こうではないか。

豊田堅二

(とよだけんじ)元カメラメーカー勤務。現在はカメラ雑誌などにカメラのメカニズムに関する記事を書いている。著書に「とよけん先生のカメラメカニズム講座」(日本カメラ社)、「カメラの雑学図鑑」(日本実業出版社)など。