写真展リアルタイムレポート

“失われそうな風景、人が見過ごしてしまっている空間”……善本喜一郎写真展「東京タイムスリップ 1984 ⇔ 2022」

OM SYSTEM GALLERYで12月26日まで

善本喜一郎さん

このシリーズは約40年の時を経た東京の街角を撮影したものだ。2021年5月に写真集『東京タイムスリップ1984⇔2021』を発売すると予想を上回る売れ行きとなり、翌年、第2弾『東京DEEPタイムスリップ1984⇔2022』を出版。二匹目のドジョウも手にした。購入したのは普段は写真集をあまり見ることはない一般の人たちだったようだ。なぜ、善本さんの写真が彼らの興味を引いたのだろうか。

“失われそうな風景、人が見過ごしてしまっている空間”

時間を経て同じ場所を撮影する定点観測写真は、はなからその目的で場所を選び撮影することがほとんどだろう。だが当時の善本さんはスナップショットで街の風景を収めていた。

「写真専門学校を卒業し、フリーで『平凡パンチ』の仕事を始めたころでした。住まいの調布から銀座に出る途中の街や、撮影で行った最寄りの街を撮影していました」と善本さんは話す。

専門学校で教わったのは森山大道さんと深瀬昌久さん。当時の流行りは被写体に肉薄し、粗いモノクロームで捉えるものだった。

「ちょうどその頃出た荒木経惟さんがアッジェのように東京を撮った『東京は、秋』が好きでした。また授業で深瀬さんがリー・フリードランダ―のランドスケープを見せてくれて、『これからの時代はこれだよ』と話していました。フラットな視点、撮影者の存在を感じさせない写真というんですかね」

時間の経過が感じられるような場所や、失われそうな風景、人が見過ごしてしまっている空間などに着目した。

「まず風景を見つけて、そこに点景のように人を入れていく。撮影場所は新宿や渋谷、恵比寿、上野などで、勤務先だった銀座はなぜか撮っていないんです」

数十年ぶりにその写真を見返したのは、コロナ禍で仕事が止まったからだ。

「自分の写真を見出したら面白くてね。全部デュープにしてスマホの中に入れた。それで同じ場所に行き、撮り始めました」

かつては35mmの単焦点レンズを付けたキヤノン「ニューF-1」と、一部マミヤ「RZ67」を使った。それを今はデジタルカメラのオリンパス「PEN F」と17mmレンズに持ち替えて撮影した。

「撮影し始めると、前の写真とぴったり同じ風景ができるとすごく不思議な感じがして、そのことが面白くなった」

画角もそうだが、被写体にもこだわりが出てきた。電車や自動車、人の動きなど、かつてとシンクロする瞬間を待つ。それはただただ自分自身が楽しむためだ。

「トラの仮装をした新宿タイガーさんを偶然撮っていた。後ろ姿だったから本人かははっきりしていなかったんだけど、この写真でテレビ東京の取材が入ったことで、本人だと確認できました」

ほかにも何人か、有名人が写り込んでいると、見た人から指摘されたことがあるそうだ。

「自分が写っていることを発見する人がどんどん出てきたら嬉しい。そうだったらプリントをプレゼントします」

還暦を迎えて……

善本さんは物心ついた時から写真を撮っていたそうだ。大学受験に失敗し二浪中の夏、荒木経惟さんの『写真への旅』のサイン会が新宿の紀伊国屋書店で開かれた。

「荒木さんに気になる写真家を聞くと森山大道だと。荒木さんの姿を見て、写真家が面白そうに思えたから、迷わず森山さんが講師をしていた東京写真専門学校(現東京ビジュアルアーツ)に入りました」

森山さんと深瀬さんからは写真云々以上に、生き方を学んだという。

「生半可な気持ちで作家を目指すなと言われましたし、お二人の姿からもそれがよく分かったので、商業写真の道に進みました」

書店でいろいろな雑誌を見て、平凡パンチの誌面に惹かれた。

「その時はシリアスな人物インタビューを中心にモノクロのグラビアを組んでいました」

編集部にブックを持ち込むと、仕事をくれた。最初は横浜にあった媚薬の店の取材だ。

「雑誌の写真はどう撮ればいいのか、何も知らない。ストロボすら持っておらず、機材はカメラだけ。暗い店だったんだけど、そこにある光だけで撮った。当時の副編集長は元社員カメラマンだったからか、その写真を面白がってくれて、最初はベタ記事のはずが、見開き2ページで載ったんだ」

もちろん当時はフィルムの時代だ。毎回、「失敗したら次はない」という緊張感をもって仕事をした。

絵コンテがある時はそのカットを押さえつつ、必ず自分なりのカットをいくつも撮る。

「枚数を撮るけど、撮るのも早い。角川映画の全盛期で、撮影現場のスチールも撮ったけど、映画会社のカメラマンより早いから東宝や東映から『うちに来ないか』って誘われた(笑)」

卒業する時、森山さんと深瀬さんから「仕事を始めると作品を撮らなくなるから、2年間は自主ギャラリーをやりなさい」と言われたそうだ。

「11人で渋谷の宮益坂の上に『ギャラリー櫻組』を作った。3カ月に一度、個展を開かなくてはいけないから、街を撮り始めたんです」

撮り始めた1984年はバブル景気に入る直前の頃であり、街には昭和の風景と空気が色濃く漂っていた。

「その頃、社会に出始めた世代は今、定年を迎えています。自分の来し方を振り返る時期であり、そんな人たちがこの写真をきっかけに、いろいろな記憶を蘇らせたのではないでしょうか。不思議と、元気が出たという感想を多くもらいます」

数十年で世の中は大きく様変わりした。技術は進化したが、さて僕らの生活は豊かになったのだろうか。

「僕自身、身近な風景なども撮ってきましたが、この写真だけは僕しかできない。還暦を迎えてようやく作家になれたのかなと思っています」

1984年は映画「THE RETURN OF GODZILLA」が米国で公開され、人気を博した。

「その舞台が新宿。僕の写真には海外の人も注目してくれているので、今は英語版の写真集を出そうと計画しています」

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善本喜一郎写真展「東京タイムスリップ 1984 ⇔ 2022」

会場:OM SYSTEM GALLERY
会期:2022年12月15日(木)~12月26日(月)
開催時間:10時00分~18時00分(最終日は15時まで)
休館日:火曜・水曜

スペシャルトークショー

日時:12月24日(土)17時00分~18時00分
登壇者:玉袋筋太郎(新宿生まれ芸人)×善本喜一郎
※展覧会会場でリアル&YouTubeライブ配信予定。予約不要・参加無料(状況により入場制限あり)

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(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。