写真展リアルタイムレポート

父や母、生まれ育った故郷の姿。王露写真展「Frozen are the Winds of Time」

コミュニケーションギャラリーふげん社で12月25日まで

王露さん

人は初めて会う人に対し、無意識にその人の国籍を判断しているはずだ。外見やその人が身にまとう雰囲気などから自然と類推する。同じアジア人であれば日本人と中国人、韓国人を見分けるのはたやすい。ただその理由を言葉で説明しようとすると難しい。

王さんが「Frozen are the Winds of Time」で試みたのは、風景や人が持つ気配を写真にとどめることだ。ここでは、家族と生まれ育った町の姿を通し、変わりゆくものと変わらずにあるものの物語を編んだ。

止まってしまった“父の時間”

王さんは2016年、27歳で来日。約2年間、語学学校で日本語を学び、18年に武蔵野美術大学へ編入した。そして今年、初めての写真集を出版している。

これまで年に2~3度は実家に帰っていたそうだが、家族を撮ることはしていなかったそうだ。

「母は昔から日記を書いていて、2019年の春に帰った時、初めてそれを見せてくれました」

父親はタクシーの運転手だったが、21年前の2001年、高速道路で事故を起こし脳に重い損傷を負った。以来、彼の中で時間は止まり、娘の存在も忘れてしまったかのようだった。

「その時の母は、今の私ぐらいの年齢だったことに気づきました。それから母はどんな想いで生きてきたのかを考えるようになりました」

友人から中判カメラの富士フイルム「GF670 Professional」を借りていたので、最初、その日記を撮った。以前住んでいた場所などを歩き、周囲の風景などを撮り始めた。

「ある時期の日記は文字がかすれて読めなくなっていました。涙が紙に落ちてインクをにじませてしまったようです」

実家の前にあった鉄鋼工場は操業を止め、廃墟になっていた。以前はなかった高層ビルが建ち並び、建設中の仮囲いがいつも町のどこかにある。

「ただ町の人たちは以前と変わらない印象で、同じような生活が続いていました。彼らは町が変貌したことに気づいていないみたいに、私には見えました」

幼い頃の記憶では、街の空気はいつも汚れて見えた。

「何点かは、レタッチして私の記憶にある色に変えています」

王さんの写真には日本人の多くが思い浮かべる中国的なイメージはあまり出てこない。

「中華街のような街並みは都市部にはありません。天津飯は中国料理と思う人が多いみたいですが、あの料理は中国にはありません」と王さんは笑う。

父にカメラを向けると、怒ったような表情を浮かべ、手を伸ばして撮ることを拒否するポーズを見せる。その後はすぐ、今あったことは忘れたように自分の世界に戻っていく。

そんな父親の写真と、父親に寄り添いながらも、自分一人の時間を長く過ごす母の姿が対比して置かれる。

中国と日本の架け橋に

王さんは短大の北京城市学院で視覚デザインを専攻した。ネット企業に就職し、写真の編集を手掛けた後、北京で友人とスタジオを始めた。

「子どもの誕生日などに、1日を共に過ごしてスナップポートレートを撮影する仕事などを2~3年、していました」

休日は旅に出て、風景などを撮影する。その頃、国際的なフォトコンテストのInternational Photography Awards(IPA)に応募した。

「その年は中国の大手旅行会社のタイアップで、中国人応募者を対象にした賞が設けられ、それに選ばれました」

当時、日本の写真家が中国で注目されていて、王さんも植田正治や志賀理江子などに興味を持っていた。

「私より3歳年上の知人が日本の芸術大学に留学する話を聞き、私も挑戦しようと決めました」

日本に来た時、どの町も似通った風景があることに戸惑ったそうだ。

「例えば高円寺と吉祥寺で同じような街並みがあって、自分がどこにいるのか分からなくて迷子になってしまうようなことがありました」

そんな風景を採取していったのが「The glitched/東京の誤作動」だ。

2019年には写真「1_WALL」とともに、キヤノンの写真新世紀、第2回「SHINES」にも応募し、佳作と入選に選ばれた。

「集中して制作することが好きです。あと応募することで一番重要なメリットは締切が生まれることです」

2020年にはリマインダーズ・プロジェクトが主催した緊急公募企画展「COVID-19パンデミック」に応募し、最優秀賞を獲得している。ここは国内外から多くの写真家が集まる拠点だ。手製のフォトブック制作などを行ない、海外のアートシーンからも注目されている。

「手製の限定写真集『いまここ、いまあそこ』も制作して、完売できました。ここで過去のアルバムにある写真を作品に取り入れる手法を知り、『Frozen are the Winds of Time』にも使いました」

現在は日本に住む中国や台湾の人を題材にした「家」を制作中だ。この作品は「KG+2022」で選ばれ個展を開いている。彼らが住む家とポートレートを4×5判カメラで撮影している。

「文化に共通点のあるアジア諸国から来た人が日本で暮らし始めて、日本という場所がどう作用していくのかに興味がありました」

日本に住み始めて8年経つ台湾人は今も本国から取り寄せたティッシュを使い、家具は中国製で揃える中国人もいる。

王さんは2022年春、一般社団法人日本国際文化芸術協会を仲間と立ち上げ、芸術を通した日中の交流に携わっていく。その傍ら、作品制作を続けていく考えだ。

 ◇◇◇

王露「Frozen are the Winds of Time」刊行記念展

コミュニケーションギャラリーふげん社2階Papyrusギャラリー

会期:2022年12月6日(火)~25日(日)
開催時間:12時00分~19時00分(土・日曜は18時00分まで)
休館日:月曜日

ギャラリートーク 王露×大西みつぐ(写真家)

日時:12月17日(土)14時00分~15時30分
会場:コミュニケーションギャラリーふげん社
参加費:1,000円(会場観覧・オンライン配信)
※2023年1月15日(日)までアーカイブ視聴が可能

 ◇◇◇

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。