写真展リアルタイムレポート

人の姿や暮らし、観光地とは違う“温泉の魅力”を描く。柳原美咲写真展『泉の綾』

Jam Photo Galleryで9月25日まで

柳原美咲さん。Jam Photo Gallery(東京・目黒)の入り口で

2016年から全国の温泉地を訪ね、出会った人や風景を写真に収めてきた。最初は何の考えもなく始めた旅だったが、次第に「自分が見たいものが見えてきた」と柳原美咲さんは言う。写真集『ゆ場』(冬青社刊)にまとめ、キヤノンギャラリー銀座に続き、本展ではまた違う湯殿を巡る世界が広がる。

「観光地とは違う温泉地の魅力を……」

当初、この写真集と写真展は2020年の春を目指して計画していた。コロナ禍で緊急事態宣言が発令され、全てが止まった。

「海外からのお客さんや、普段写真にあまり触れることのない人たちに、観光地とは違う温泉地の魅力を伝えられれば良いと思っていました」

旅はおろか、人と会えない日々を過ごす中で、見知らぬ人同士が自然と話し、打ち解け合えた「ゆ場」の空間がどれほどかけがえのないものだったかをつくづく実感した。

「湯という場所に集まる人たちを通し、その土地で生きる人の姿や日々の暮らしに触れられた。コロナ禍でじっくり自分が撮ってきた写真と向き合う時間ができて、この作品をより深めることができたと思います」

写真が仕事になったとき

柳原さんは写真専門学校で写真家の公文健太郎さんに教わり、卒業後、アシスタントに就いた。彼女がはじめて写真を意識したのは歴史の教科書。第二次世界大戦の戦地を写した1枚があった。

「かつてあった壮絶な現実がその写真でありありと想像できました。その後、クラスの写真係をやるようになり、自分でも写真で何かをしてみたいと思うようになりました」

プロ写真家のアシスタントに就いて初めての現場は、沖縄と北海道で1週間ずつの連続したロケだった。

「車から空港の搭乗ロビーまで機材を運ぶ。その荷物が重くて持てない。その後、何度も過酷なロケはありましたが、あの時、『運べない』と思った絶望感は忘れられません(笑)。もちろん、今では当たり前に担いでいる量なんですけどね」

事務所では広告や雑誌の依頼仕事をこなしつつ、プライベートで自分の写真を撮ることが課せられる。それが“公文式”、だ。

師匠が単身でロケに出た時がアシスタントの休日。気になる場所へ旅に出かけた。

その街ならではの風景が見えてきた

「明確なテーマを見つけられずにいた時、公文さんに『温泉に行ってみたら?』と言われたんです」

柳原さんは温泉王国の群馬県生まれ。実家は磯部温泉の近くで、祖父母は温泉街の煎餅屋に勤めるなど、本来、実に身近な題材だった。

勝手知ったる伊香保や湯河原など、知られた場所へ出かける一方で、はじめの頃は温泉地をネットや本で調べたりもした。

「Instagramで『#温泉』をフォローしたりもしました。けれど事前の情報収集よりも、目当ての場所に行き、そこで出会うがまま気ままに動くのが一番だと気づきました」

最初は撮るものを見つけられずに帰ることもあった。いろいろな所に通ううちに、いつしかそこに居る人の存在がはっきりと感じられるようになり、会話を交わす。そこで人を通じ、土地の暮らしや刻まれた時間、その街ならではの風景が見えてきた。何より知らない人と話すことが好きなんだと分かった。

ある村では道で親子と出会い、雪合戦で遊んだ。夕方、家族でお風呂に行くというので一緒に行くことにした。秋田県男鹿市では、離婚後、久しぶりに家族と再会するという男性にも会った。この日、彼らは旅先でつかの間の時間を過ごす。

しじみ漁が盛んな青森県上北郡の小河原湖では、船の手入れをする漁師さんと話した。しじみ漁に使う網は身体を洗うタオルとして最適だそうで、使い古した網は風呂屋に持っていき、その場で使いやすいサイズに切って、欲しい人に上げる。

「これまで使ったどんなタオルよりも柔らかくて気持ちよく洗えました」

漁師さんには、いつかお風呂に入っているところを撮らせてほしいと話していて、何回目かの訪問で実現した。

「私は女湯で待っていて、番台のご主人が協力してくれて『今、良いらしいよ』と入るタイミングを教えてくれました。コミュニケーションさえうまく取れれば、皆さん、お風呂の中でも快く撮らせてくれます」

“ゆ場”への想い、これからも

仕事の撮影はデジタルカメラがメインなので、この撮影にはフィルムカメラを選んだ。

「始めた頃はまだまだ修行中の感覚が強くて、デジタルを使うと気持ちの切り替えができないと思ったんです」

カメラはライカM4-P、M6、レンズはズミクロンの35mmを主に使った。フィルムはカラーネガのフジカラー プロ400H。

地元の人しか知らない秘湯を教わり、長く愛されつつ幕を閉じた共同浴場もいくつも見てきた。

「これで終わりにしようかと思っていましたが、写真展を開き、いろいろな声を聞くうちに、もう少し続けようかと考えを変えました」

共同浴場は癒しの場でもあるが、ほかにもいくつもの顔がある。病を患い治癒を願ってくる人もいれば、海外から働きに来ている人たちもいる。

本展とともに、キヤノンギャラリー大阪では「ゆ場」の巡回展が11月15日~26日に開かれる。誰しもあるであろう“湯の記憶”に浸かってみよう。

 ◇◇◇

柳原美咲写真展『泉の綾』

会場

Jam Photo Gallery
東京都目黒区目黒2-8-7鈴木ビル2階B号室

会期

2022年9月13日(火)~25日(日)

開催時間

12時~19時(最終日は17時まで)

休館日

会期中無休

柳原美咲写真展『ゆ場』

会場

キヤノンギャラリー 大阪
大阪市北区中之島3-2-4 中之島フェスティバルタワー・ウエスト1階

会期

2022年11月15日(火)~26日(土)

開催時間

10時~18時

休館日

日・月・祝日休館

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。