ミラーレスカメラ・テクノロジー
(その3)ミラーレスカメラのオートフォーカス
2019年5月29日 11:16
コントラスト検出方式と位相差検出方式
オートフォーカス(AF)の方式にはさまざまなものがあるが、デジタルカメラの時代になって、コントラスト検出方式と位相差検出方式に集約されてきた。
コントラスト検出方式は撮像素子の画像信号から、ある領域のコントラストが最大に、あるいは空間周波数の高周波成分が最大になる位置をピントの合った位置とみなして、その位置にフォーカスが合うようにフォーカシングレンズを制御するもので、コンパクトデジタルカメラに多く用いられてきた。
このAFの原理は比較的わかりやすい。被写体像がボケるということは、点の像が広がって円(錯乱円)になることだ。被写体像は点像の集まりであるから、ある点が広がると隣の点の像に重なってしまい、両方の点像の明るさの差が小さくなり、結果として像のコントラストが低下する。逆にいえばピントが合ったところでは点の像が点となって隣の点の邪魔をしないので、コントラストが高くなる。それが最大になったポイントでフォーカスレンズの動きを止めれば、ピントの合った被写体像が得られるということだ。
写真1は、白と黒のストライプパターンをパソコンで作成し、そのプリントを撮影したものだ。写真1(a)はピントが合ったところ。写真1(b)はピントを外して撮影したもの。白と黒のコントラストが、ピントが外れると低くなることがわかる。
それに対して位相差検出方式の原理はちょっとわかりづらい。撮影レンズの射出ひとみを分割して、その片方を通った光で形成された被写体像と、もう片方を通った光で形成された被写体像が、フォーカシングに応じて光軸と直角方向で互いに反対方向に動くことを利用してピント合わせを行うのだが、こうやって文章で表現しても、すぐには理解できないだろう。
説明の手段として、ミラーレンズを考えてみよう。ミラーレンズのボケがリング状になることは知られている。これはミラーレンズのひとみの形状がリング状だからだ。ひとみがリング型であっても、ピントの合ったところでは点の像は点になる。写真2は黒い紙に小さな孔を開けたものをケンコーミラーレンズ400mm F8NIIで撮影した結果である。
孔を点光源と考えると、ピントが合った状態だと写真2(a)のように点として写るが、ピントが外れると写真2(b)のようにリング状になる。更にピントが大きく外れたものが写真2(c)だ。リングの大きさが外れ量に応じて大きくなる。つまり、ミラーレンズの場合は、点の像がボケるとリング状になり、そのリングの大きさがピント外れの量に応じて大きさが変わる。
写真2:ミラーレンズによるリングボケ
ミラーレンズでもピントが合っていれば(a)のように点の像は点になるが、ピントが外れると(b)のように点の像がリング状になり、外れ量が大きいと(c)のようにリング径が大きくなる。これはひとみがリング状だからであって、このリングの上下を覆って左右にはなれた二つの孔とすれば、ピント合わせに応じて点の像が左右に動くことになる。これが位相差検出AFの原理。
では、このミラーレンズのリング状のひとみの上下をカットして、左右の2つの孔だけにするとどうなるだろうか? その場合はやはりピントの合った位置では点の像は点になるが、ピントが外れるとその量に応じて点が左右に離れるように動くことになる。これが位相差検出AFの原理なのだ。
ただ、実際にはこんな2つ孔のひとみ(絞り)にするわけにはいかない。その分レンズが暗くなるし、ピントの合っているところ以外は一面に画像がダブるという、とんでもない画ができることになる。そこでAFセンサーの方に入射光を制限するセパレータレンズと絞りマスクを設け、一対のセンサーのそれぞれに、撮影レンズのひとみの一部からの光のみを導くようにしている(図1)。
それぞれの方式の長所、短所
コントラストAFのルーツは家庭用のビデオカメラで、それがコンパクトデジタルカメラに応用され、ミラーレスカメラにも使われるようになった。この方式の最大のメリットは、撮像素子そのものをAFセンサーとして用いることができるため、別途AFセンサーと、それに撮影レンズのひとみの一部からの被写体光を導く光学系が不要なことである。
位相差検出AFでも、一眼レフカメラならばもともと撮影レンズからの被写体光をファインダーに導く光学系があるので、そこから分岐してAFセンサーに導けばよいのだが(図1(b))、コンパクトカメラやミラーレスカメラで実現するには、けっこうハードルが高い。
一方でコントラスト検出方式の最大の問題点はAF速度だ。ピントの合ったところのコントラストが最大ということは、その両側に同じコントラストのポイントが2カ所できるということだ。だからフォーカシングレンズをある位置に固定してそのときの被写体像のコントラストを検出した場合に、その値のみからはピントの合った位置の前後どちら側に居るのかがわからない。また、ピントの合った位置でのコントラストがどのくらいなのかも不明である。
それらを知るには、フォーカシングレンズをその位置から動かしてみる必要があるのだ。ある方向にちょっと動かしてみて、その結果コントラストが増加したなら、ピントが合う方向に動かしたことがわかり、反対に減少したなら、ピントが外れる方向に動かしたことがわかる。ピントが合った位置に到達すると、そこからどちらに動かしてもコントラストが低下する。それを知るにはフォーカシングレンズをそこから動かしてまたコントラストを検出してみる必要があるのだ。だからコントラスト検出方式のAFでは、フォーカシングレンズが必ず行ったり来たりの往復運動をすることになる。これがAF速度が遅い原因だ。
一方で位相差検出方式のAFは、センサー上の画像がどの方向にズレているかによってどちらに動けばピントが合うかがわかり、そのズレ量からフォーカシングレンズの移動量がわかる。だから行ったり来たりなしで、速やかにピントが合う位置に飛んでいくことができるのだ。その代わり、前述したように別途AFのセンサーが必要になり、そこに被写体からの光を導くためのサブミラーやセパレータレンズなどの光学系を構築することが必要になるのだ。
トランスルーセントミラーAF
2008年に初めてのミラーレスカメラ、パナソニックLUMIX G1が登場したときには、コントラスト検出方式のAFを採用していた。撮像素子の出力でそのままAFができる利点をとったのだ。その後発売された他社のミラーレスカメラでも同様にコントラスト検出方式のAFが多かったが、やはり速度の面で位相差検出方式にはかなわない。出始めのミラーレスカメラとしては、ユーザーにどのような印象を与えるかが重要であった。つまり「レンズ交換のできるコンパクトデジタルカメラ」ととらえられるより「ファインダーを電子化した一眼レフカメラ」と考えてもらいたい。それには、きびきびとピント合わせができる一眼レフ並みのAF速度を手に入れたかったのだ。
そこで、ミラーレスカメラでもなんとか位相差AFを可能にするような工夫がなされた。その一つは、撮影レンズと撮像面に間に光路を分岐する仕掛けを設け、一眼レフと同等の位相差検出AFセンサーに光を導く方法だ。これはソニーが「トランスルーセントミラー・テクノロジー」と名付けて実用化し、ソニーの「α55」「α33」(2010年)に初めて搭載した。
撮影レンズと撮像素子の間に大型の固定ハーフミラーを斜めに配置し、被写体光の一部を上方に反射して、内蔵EVFの前方に設けた位相差検出方式のAFセンサーモジュールに導くものだ(図2)。一眼レフのメインミラーの一部をハーフミラーにして、その後方のサブミラーに被写体光を導く部分を、この大型のハーフミラーに置き換えたものと考えればよい。これにより位相差検出AFが可能となることに加えて、ミラーが固定されているため露光中でもAFセンサーに光が届いてAF測距が可能となるのが、この方式の大きな長所だ。
ただ、欠点もいくつかある。フィルム時代の一眼レフにもメインミラーを固定式のハーフミラーにした機種があったが、それと同じく撮影光にロスがあることは容易に考えつくだろう。ハーフミラーによるゴースト発生の可能性もある。しかし、それよりも残念な点は、ミラーレスカメラの大きな長所であるレンズマウントのフランジバックを短くすることができない点だろう。大型のハーフミラーが存在するため、レンズを撮像面に近づけることができないのだ。そのためソニーでもトランスルーセントミラーを用いたα二桁の機種では、一眼レフと同じAマウントを使っている。
像面位相差AF
コントラスト検出AFのように別途AFセンサーを配置することなく、位相差検出AFのスピードを得られるようにした、いわばいいとこどりのAF方式が像面位相差AFである。まさにミラーレスカメラに最適のAF方式ということで、現在多くのミラーレスカメラがこの方式を採用しているが、実は像面位相差検出AFを初めて実用化したのはミラーレスカメラではなく、コンパクトデジタルカメラであった。
2010年に発売された富士フイルムFinePix F300EXRおよびFinePix Z800EXRが世界初の像面位相差検出AF機である。撮像素子として用いられているのは千鳥配列のCCD(富士フイルムでは「スーパーCCDハニカム」と呼んでいる。上記2機種のセンサーは位相差画素内蔵のスーパーCCDハニカムEXR)だが、その一部の画素について受光部の片側半分を覆って、これと集光用のオンチップレンズとの組み合わせでAF用の画素としている。富士フイルムでは例えば画素の左半分を覆ったものと、右半分を覆ったものの2種類を用意し、それぞれの画素を画面内に分散させて配置している。
位相差検出AFは、図3に示すように2個でワンセットのセンサーから構成されている。それらを撮像面に分散配置したものが像面位相差検出AFの撮像素子ということができるだろう。その際、AF用の画素の片側を覆って片側のみで被写体光を受けるようにしたのが図3の絞りマスクに相当し、画素ごとに設けられた集光用のオンチップレンズが図3のセパレータレンズの機能を果たす。
ミラーレスカメラで最初に像面位相差AFを実用化したのは、2011年のNikon 1 V1およびNikon 1 J1である。そのときアサヒカメラ誌に載った解説図を図4に示す。このカメラでは撮像素子の画素のうち、横方向のラインのうちのいくつかをAF用画素のラインとし、そこに図4(a)のように受光エリアの左側半分を覆った画素と右側半分を覆った画素を交互に配置している。この受光エリアとマイクロレンズ(オンチップレンズ)との関連は図4(b)に示すような関係となり、それぞれ撮影レンズの射出ひとみの左半分あるいは右半分からの光のみを受けることになる。
このラインから左半分を受光する画素のみを選んで検出した画像信号と、右半分を受光する画素のみを選んで検出した画像信号とが、フォーカシングに応じて左右に動き、その相関を求めることによって位相差検出AFが行われるわけだ。図4(a)の矢印は、撮像素子としての画像信号を読みだす際に、AF用のラインは画像用の画素として使えないので、周囲の画素から計算して補間することを示している。
この像面位相差AFはいわばAF用のセンサーを撮像素子の中に組み込んでしまった形になるので、別途センサーを配置することなく位相差検出AFが可能となり、まさにミラーレスカメラにぴったりの方式となる。
デュアルピクセルCMOS
キヤノンは2013年にデュアルピクセルCMOSという撮像素子を新たに開発し、同年発売のEOS 70Dに搭載した。これは集光用のオンチップレンズ一つ一つのもとに2つのフォトダイオードを配置するものだ(図5(a))。ライブビュー撮影時に、その一方のみから画像信号をとれば像面位相差AFのセンサーとして機能し、両方のフォトダイオードの信号をまとめて読みだせば、撮像素子として画像信号を得ることになる。同じ画素を両方の機能に用いることができるので、通常の像面位相差AFのように画素を補間する必要がない。
この撮像素子を初めて採用したEOS 70Dは一眼レフカメラだが、キヤノンはその後この方式をミラーレスカメラのEOS MシリーズやEOS Rシリーズにも展開している。
空間認識AF
各社のミラーレスカメラがこぞって像面位相差AFを組み込む中で、パナソニックだけはコントラスト検出AFの延長上の技術で高速AFを実現している。これはコントラスト検出AFでフォーカシングレンズを動かして行く過程で、ボケの異なる2つの画像の相関の分析からピントの合った位置の方向と駆動量を算出し、AFを行うもので、位相差検出AFと同様にAFの高速化が実現できる。この技術をパナソニックでは「空間認識AF」と呼び、2014年のLUMIX GH4から搭載している。
認識技術との連携
現在のミラーレスカメラの技術のなかで、AFの進化は最もホットな分野ではなかろうか?特に人物やペットの顔や瞳の認識技術と組み合わせて、顔認識AF、瞳認識AFが組み込まれ、ますます便利で有用なものになってきている。更には人物やペット以外でもオリンパスのOM-D E-M1X(2019年)では「インテリジェント被写体認識AF」と称して、動く被写体を認識するところまで発展してきている。
このような認識技術はAI(人工知能)やその一分野であるディープラーニング(深層学習)の技術でますます進歩することが見込まれている。それを受けてカメラのAFも大きく発展することだろう。
今後の掲載予定
・プロローグ:既視感(2019/1/9)
・その1:EVFと一眼レフファインダー(2019/2/5)
・その2:ミラーレスカメラのシャッター(2019/3/26)
・その3:ミラーレスカメラのオートフォーカス
・その4:ミラーレスカメラの手ブレ補正
・その5:ミラーレスカメラのレンズマウント
・その6:まとめ。今後どうなるか?