赤城耕一の「アカギカメラ」
第137回:廉価なオールドレンズに感じられるアベノン開発者の存在感
2026年3月20日 07:00
知人に貸していたアベノン(AVENON)28mm F3.5が返却されてきました。
本レンズはアベノン光機が製造したライカスクリューマウント互換の広角レンズです。今でこそ、コシナや中国のメーカーがライカマウント互換レンズを次々と開発し、なんら珍しいものではなくなりましたが、アベノンは1980年代から、ライカスクリューマウント互換製品を用意しており、一眼レフ用の交換レンズも発売していました。
貸していたことすら筆者も忘れていたくらい長い時間を経ていたわけですが、この知人はライカのエルマリートM28mm F2を奮発して購入し、本レンズはもうお役御免となったらしいのです。冷たいヤツだなあ。
利息はないのかー? いや、貸し出していたことを忘れていた筆者のほうにも愛がなかったというべきでしょうか。
このアベノン28mm F3.5の顔をみるのは、たぶん4・5年ぶりか、それ以上だと思うのですが、良い機会ですから、今回、所有している同じアベノンのシリーズのライカスクリューマウントレンズ21mm F2.8も同時に取り上げてみることにしました。
アベノンという名前は“阿部さんが作ったレンズ”だから。という単純なものですが、そのベースがあります。
阿部さんは元三協光機のエラい人だったそうで、ここから独立して「アベノン光機」を設立し、アベノンレンズを作りはじめたわけです。阿部さんは早逝されてしまったのですが、筆者は『アサヒカメラ』のレビューの取材を通じて、数回お目にかかったことがあり、ライカスクリューマウントのレンズを新しく開発することについて、情熱を持って話されていました。
アベノンのモトネタの製品を供給した「三協光機」はレンズ専門メーカーで、各種の35mm一眼レフやブロニカ用の「コムラー」や「コムラノン」名のブランドの交換レンズを発売していました。
とくにコンバージョンレンズの「テレモア」が有名で、知る人ぞ知る存在でしたが、残念ながら1980年代の初頭に姿を消したようです。
ベースがあるというのは、アベノン28mm F3.5はコムラー28mm F3.5という、パンケーキタイプのライカスクリューマウントのレンズと光学設計を同じくしているからです。当然ライカ純正レンズよりも入手しやすい価格設定でした。
現在の中古相場でも価格は上がりましたが、それでも廉価に入手できることがあります。
アベノン28mm F3.5の最初の発売は1982年だそうですが、この時は筆者もノーマークでした。ミノルタCLEと登場が同じ時期だったこともあるかもしれません。
構成は4群6枚です。1992年にマルチコート化されました。1997年には絞り枚数が6枚から10枚に増やされて円形になり、最短撮影距離を0.8mにするなど、時代ごとにバリエーションがあります。
筆者のところにある個体はシルバーで、最短撮影距離も1mですから初期のものかもしれません。スクリューマウントのライカは、最短の距離計連動範囲が1mでしたから、これに合わせたということもあるのかと思います。
鏡筒の材質はアルミです。軽いですが、表面の質感はいまひとつですね。フォーカス用のノブはありますが、インフィニティキャッチャーはありませんから、フォーカス操作時以外、装脱着時にはインフ側か最短側に回して指がかりに使うしかありません。
今回はL-Mアダプターを使用して、ライカM11-Pに装着して撮影しました。昨今のライカマウント互換レンズは距離計連動範囲を超えて、最短撮影距離が短くなっているものが多いので、実際に街中で撮影していても、1mの最短撮影距離はすぐにやってきてしまうという印象です。
それでもクラシックなレンジファインダーカメラを使用していると最短撮影距離の制約は当然の仕様なので諦めもつくというものであります。
こうした縛りのある撮影は、万能ミラーレス機のそれとは真逆です。でも、機材の仕様上の限界があると、自身の目的を達するために思考、工夫することが必要となり、できること、できないことを見分ける必要も生じますからこれは尊い行為だと考えています。
うちには本レンズのモトネタになるWコムラー28mm F3.5もありました。このレンズはアベノンよりも凝った作りです。発売は1963年ということですから63年前のレンズということになります。
絞り環側に窓があり、必要なF値に設定する場合は鏡筒側のF値の数字を窓の中に出現するように絞り環を回す仕組みです。
このデザインにどのような意味があるのかはわからないのですが、他メーカーのレンズにはあまり見られないもので、逆にコストがかかっていそうです。全体はパンケーキというよりどこか和系のイメージがあります。
アベノンもWコムラーも、写りは悪くありません。現代レンズに比較すると線がやや太く、逆光も弱含みです。開放値近くでは、周辺光量が落ちるようですが、コントラストはしっかりしていますし、階調もよく出ます。歪曲も気にならない程度に補正されています。
ただ、中心部は絞りに関係なくシャープですが、画面の四隅を観察しますと、ある程度まで絞り込んでも流れが完全に取りきれないようです。
これはフィルム使用時での印象と同等ですね。デジタルだから特に悪くなったという認識もなく。昔からこういうレンズありましたし、好きな方は少なからずいらっしゃいますよね。
ただしWコムラーは古いからでしょうか、色再現が少し温調になるようです。逆にモノクロの再現などには向いていそうです。
アベノン28mm F3.5には純正のフードが用意されていますが、フィルターと併用すると四隅が少しケラれてしまうようです。こうした多少ツメが甘い設計なのはご愛嬌ですが、古いレンズでは珍しくないようです。
もしかするとウチのレンズにフィルターを使ってもらっては本来の性能が発揮できないから困るということなのかもしれませんがウラはとれていません。
アベノン スーパーワイド21mm F2.8の登場は1994年くらいと記憶しています。
コシナ・フォクトレンダーが登場するのは1999年ですから、アベノンは当時のフィルムライカブームに合わせて製品を企画したのでしょうか。阿部さんに先見の明があったのかもしれません。
でもライカユーザーの一部では価格の安さや、性能面でも話題にはなりましたけど、大ヒットという感じには至っていないようです。
筆者の独断で本レンズを評価してみます。
まず鏡筒が太く、ライカレンズと比較すると、フォーカスリングのローレットはクラシックな雰囲気を演出してはいますが、野暮ったさが拭えない印象です。
外観はアルミの白鏡筒でアベノン28mm F3.5と似ています。表面の仕上げは悪くないのですが、高級感には乏しい。
また描写にうるさい人にとっては、レンズ構成が6群8枚のレトロフォーカスタイプだったことで、とくにライカマニアの一部のみなさんから少々失望されたことを覚えています。
往時は21mmとなれば、シュナイダーのスーパーアンギュロン21mm F3.4のように、対称型設計でなければならない、ライカに使うレンズの醍醐味はそこにあると信じる人たちが多くいたからでしょう。
広角レンズのレトロフォーカスタイプといえば、一眼レフのミラーの稼働距離を稼ぐために開発されたような認識があり、往時のレトロフォーカスタイプのレンズでは対称型設計のそれと比べて、歪曲収差が大きいのが気になるとされていました。
でも、本レンズはレトロフォーカスだからこそ、後玉が突き出ることがなく、ライカM6やミノルタCLEなどに装着しても、受光素子への光路を遮ることがありませんから、TTLメーターを問題なく使うことができたわけです。
またデジタルのMシリーズライカに使用する場合にも、レトロフォーカスタイプのレンズはセンサーの周辺域まで光を取り入れることが容易になるので、画面周辺での色カブりする心配が減ります。
本レンズがレトロフォーカス設計であったことは、いまのデジタルM型ライカや、ミラーレス機に装着して使用することを考えると理にかなったものだったわけです。
ちなみにこの当時のライカ純正として用意されていたエルマリートM21mm F2.8もレトロフォーカスタイプです。このレンズも高く評価されていません。よく写るのにかわいそうですね(笑)。
最短撮影距離は1mと、これも先に述べたように、スクリューマウントライカに合わせたのでしょうが、当時としてもかなり遠く感じ、被写体がやたら小さくなってしまうように感じました。
なお、本レンズも改良型が後に登場しますが、こちらは0.75mに縮められています。それでも現代の、とくにライカMマウント互換レンズは距離計連動範囲を超えて近づけるので、まだ遠く感じます。
描写性能をみてみます。筆者はライカM11-Pに本レンズを装着して使用するのが初めてでしたから、興味津々でしたが、結論としては実用上は問題ないという判断をしました。
レトロフォーカスのためか、周辺光量低下は小さく、問題はなさそうです。歪曲収差はわずかにタル型ですが、非球面レンズを採用していないのに、よく補正されています。またとくに気になるフリンジが出るということもなさそうです。
ただ、仔細に画像をみてみると、本レンズもアベノン28mm F3.5と同様に、画面中心と周辺の画質の差を感じます。
絞り込んでもこの傾向が残っていますが、特にごく四隅では、被写体によっては箒で細かい砂を掃いたかのような流れが確認できます。フィルムでの印象も同様の傾向を感じた記憶がありますが、デジタル画像ほどではない印象です。
これは、あくまでも推測ですが、マウントアダプターで本レンズをミラーレス機で使う場合、センサー前のカバーガラスに厚みのある機種ですと、周辺画質がさらに低下するのではないかと予想されます。
第1面の曲率が大きいためか、余分な光が入ると、ゴーストが出てきますが気になるほどではありません。
また、本レンズもフードとフィルターを併用すると、周辺のケラれが確認できます。
いずれにしろ、フィルム時代の設計の広角レンズをデジタルカメラで使用するのですから、これはレンズの種類によっては相当にハードルが高くなるわけですね。
ただ、このところとくにライカ純正レンズの価格がどんどん高くなる傾向にあり、これは新品どころか中古にも及びます。
レンズによってはその希少価値からか、天文学的価格がつけられているものも珍しくありません。
筆者の価値観からすると、地球外にいるユーザーのみなさまに向けて販売しているのではないかと思えるほど、一部のレンズではリアリティが失われてしまいました。もちろん、喜んでお求めになるお客さまがいらっしゃれば、否定すべきものでもないと思います。
オールドレンズの味わいとは、どの要素が具体的に評価されるのか、筆者自身も正直、よく理解しておりません。その味わいがあるからこそ優れた写真になったという事例もあまり聞いたことがありません。
筆者が古いレンズで関心を持っている点は、描写能力の優劣や蘊蓄だけを語るよりも、誕生した時代背景、往時のレンズ設計者の知恵、開発者の情熱、デザイン、品格、個性的かつ存在感の強いものだと思います。
撮影者がレンズの描写能力を理解し、光を観察して、撮影距離や絞りを選び、最良の結果に導くことがクリエィティブな行為だと考えるわけです。
アベノンは描写性能を徹底しましたといったような万能性を求めた高性能描写狙いではなさそうです。
でも開発したアベノンの阿部さんの気概が、描写からも感じられるような気がします。四隅の画質が今ひとつであろうが、そこを収めた上で、本レンズの存在は揺るぎないものであると筆者は感じるわけであります。





























