赤城耕一の「アカギカメラ」

第126回:新「COLOR-SKOPAR 35mm」を使って感じた小口径レンズの存在意義

今回のお題は「小口径レンズ」と書いたところで……タイトルに既視感がありました。そうでした、本連載の第15回に「小口径(?)レンズのススメ」というお話を書いています。

記憶力が鈍かったり、何度も同じ話をしたりするのが年寄りなんだから仕方ないじゃないですか!と、開き直ったところで今回の本題を言いましょう。

コシナの「COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM」の話をします。

登場したのは本年の2月でしたか。最初見たときに喫驚いたしました。なんだこの薄べったいレンズは。ライツの「Elmar 3.5cm F3.5」によく似ているではないか! と筆者の周辺でも話題になりました。

おお、これは復刻なのかと思ったのですが、仕様を見てみますと、COLOR-SKOPARは4群6枚構成、Elmarはおなじみの3群4枚ですから、まるで中身は異なることになります。別の思想を持ったのレンズですね。

元ネタ(?)となったElmar 3.5cm F3.5。ロングセラーレンズなので、鏡筒の仕上げや、刻印、デザイン、コーティングの有無など多くのバリエーションがあります。
左がCOLOR-SCOPAR、右がElmarです。こうして比較してみると大きさは違いますし、ライカスクリューマウントとVMマウントという違いがあります。デザインのニュアンスをうまく取り入れていることがわかります。

COLOR-SKOPARはその名のとおり、非球面レンズを採用しています。マウントは前者はライカM互換のVMマウント、Elmarはライカスクリューマウントであります。なぜにライカスクリューマウントにしなかったのかとの質問に、コシナは「後玉のサイズが大きいのでそれは不可能」と回答しています。

鏡筒のみならず付属のレンズフードもレアなElmar用に似ていたりします。ただし共用はできません。コシナのエンジニアはElmarに相当なリスペクトをもって、COLOR-SKOPARを設計したに違いありません。すごいですね。

同梱のプロテクトフィルターとフード。フィルターはキヤノンレンジファインダー時代の交換レンズ用に似ているし、フードはElmar 3.5cm F3.5用のものに似ています。

単に似ているだけではなく、本家のElmarは絞り環がレンズ前面にあるためにF値設定がやりづらく、絞りを動すことに躊躇します。「分かってねえな、それがイイんだよ」って人もいらっしゃると思いますけどね。まあこれも操作の楽しみとしては悪いわけじゃありません。

COLOR-SKOPARのほうは絞り環は鏡筒外周にあり、設定は容易です。絞り環は小さいので、少々つまみづらく、お世辞にも回しやすいとは言えないのですが、付属のフードを指標に合わせて装着しますと、絞り環とフードが連動して動くので、フードを持って絞り環を回転させれば、F値設定を素早く、かつ容易に行うことできるように工夫されています。ただ、表示のF値の表記は被写界深度確認用のF値表記よりも小さいため、設定時はF値を間違えないように注意する必要があります。

絞りのF値表示と、被写界深度表記のF値双方があるので混み合っている感じですが、小さい数字が実際のF値表示になります。
カブセ型の専用フード。フード側面に指標があり、レンズ側の絞り位置の指標と合わせて装着すると、フードを回すことで絞り設定が容易になります。

で、素晴らしいのはCOLOR-SKOPARには薄さ1.1mmほどというプロテクトフィルターが付属していること。しかもフィルター枠とガラスがツラ位置になっています。もうこれだけで筆者は泣きそうです。

そうです、これはレンジファインダー時代のキヤノンの交換レンズのフィルターによく似ているからであります。なんですか? そんなもの知らないよ、という人は正常でありますので念のため。

なおElmar 3.5cm F3.5の最短撮影距離は1m。COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VMは0.7mになっており、しかもヘリコイドが露出しない仕様なので、ゴミなどが入り込み、フォーカスリングの動きが悪くならないように工夫されています。こんな小さなレンズの鏡筒にこのような工夫をこらすことができるなんて、なんと素晴らしい技術でありましょうか。というか、このような正気の沙汰ではない工夫は、世界でも、コシナにしかできないんじゃないかと。

最短撮影距離0.7mでの撮影。きっちりと絞り込んで撮影していることもありますが、撮影距離での性能変化も感じません。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/マニュアル露出(1/500秒、F11)/ISO 400

COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VMはシルバーとブラックが用意されていますが、筆者が選んだのは前者です。後者にすると、せっかく体の中に隠れ鎮静化した「ブラックペイントライカが欲しい病」ウイルスが動き出しかねません。

さっそくですが、我が愛機のシルバークロームのライカM11-Pに装着してみますが、すげーカッコイイすね。間違いなく。意外とレトロな感じもしません。

ライカM11-Pに装着してみました。レンズ単体で見るよりもレトロ感をさほど感じないのは、大きさのバランスがいいからでしょう。ブラックペイント仕上げも用意されています。

ではでは、COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VMの使い心地と写り具合を見てみましょう。

ライカM11-Pにつけると、単体のままではデベソみたいな印象です。ボディ前面からのせり出しが小さいからでしょう。ここにフィルターとフードを装着しますと、全長は当然伸びますが、いきなり、お主、デキるなという風情が出てくるわけです。見た目が良いレンズで悪いものはないというのは筆者の持論でありますがこれもあとで証明されることになります。

使い始めて、全体が小さすぎるという印象はありません。筆者はM型ライカを使う場合、日中晴天下で、絞りこめる状況では、ほとんど目測でフォーカシングしてしまうので、距離目盛りを頻繁に見ることになります。

ところがCOLOR-SKOPARはElmar同様に距離指標はマウントの基部にあるので、距離設定時はカメラを傾け前面をみて距離数値を読み取る必要があります。

少々面倒といえばそうなんですが、これも慣れの問題で、ライカユーザーは欠点とは言わないわけであります。むしろF値設定の後に距離目盛りを読み、被写界深度指標から、写真の出来上がりを想像してゆくという行為に楽しみが生まれます。またフォーカシングレバーが6時の位置で、設定距離は2.5mほどになります。つまり距離指標を確認しなくてもフォーカシングレバーを6時の位置にすれば理想的なスナップ距離になります。

街歩きでは3m前後にあらかじめ設定しておいて、必要ならわずかな調整のみで撮影するという方法をとっています。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/マニュアル露出(1/1,000秒、F8)/ISO 400
フォーカスは固定したままなので、目に飛び込んできたものを合図にシャッターを切ります。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/絞り優先AE(1/1,000秒、F8)/ISO 400
これもフォーカス時間はゼロですから、カメラを構えるとほぼ同時にシャッターを切っています。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/マニュアル露出(1/1,000秒、F8)/ISO 400

描写性能は小さいレンズなのにとても優秀です。ヌケの良さはもとより絞りによる性能変化はほとんどありません。

エッジのキレをみますと、同社のAPO-LANTHARよりは少し線が太いかなという程度で、被写体によっては凄みすら感じるほどです。コントラストが優秀であるということもあるのでしょう。

絞り開放では周辺光量低下は少し感じるものの、不自然な落ち方ではありませんし、中心から四隅まで像はしっかり保たれています。

わずかな周辺光量低下が効果的です。高性能レンズでもこうした味つけは楽しめます。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/絞り優先AE(1/4,000秒、F8)/ISO 400
優れたレンズは光の力が微妙な時に効果を発揮すると信じます。斜光線がよい味付けになりました。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/マニュアル露出(1/1,000秒、F5.6)/ISO 400

敬愛する写真家の柳沢信さんが、かつて、暗いレンズ(F値の大きいレンズの意味)の方が性能が良いに決まっている。と明確に述べていたのをずっと心に秘めていた筆者なのであります。

COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VMは、現代の設計技術や硝材、非球面レンズ、コーティングにもこだわったレンズですから、開放Fナンバーの大きさを応用することで小型化しても、性能に余裕を持たせることで、凝った鏡筒デザインを追求することができたのかもしれません。

曇天の日でしたが、夕方になってわずかな日が射したので撮影してみました。均質性の高い画質です。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/絞り優先AE(1/750秒、F4、−0.7EV)/ISO 400
シャドーの中にも見えてくるものがあります。コントラストが高いレンズではあるのですが、階調も優秀です。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/絞り優先AE(1/50秒、F5.6)/ISO 400
斜光線はビールケースもそれなりの画にするわけです。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/マニュアル露出(1/1,000秒、F8)/ISO 400

ところで、COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VMが生まれるきっかけともなるElmar 3.5cm F3.5の評価は「取り立てて個性的な特徴はない、ごくフツーのレンズ」という認識が一般的でした。

その昔は広角レンズの種類は少なかったですから、35mmの画角でも立派な広角レンズでしたし、ライカユーザーは35mmレンズといえばElmarを使うしかない時代がそれなりに長かったわけですね。

Elmar 35mm F3.5は戦前の1930年の登場から戦後の1950年代まで相当な本数が作られています。

筆者も使うことがありますが、特別な描写は求めることはありません。被写体に応じて絞りを選ぶことで、レンズと共に写真を一から積み上げてゆくような気持ちになることがあります。

選択するF値の幅は広くありませんが、被写界深度の変化のほかに、描写特性にもF値の選択は反映されます。

自身の選択したF値による撮影で、これが最良の結果ではないかと思える写真ができた時に大きなヨロコビがあるわけです。かつ、外見は小さく可愛らしいサイズですから、携行に便利なので、焦点距離が重複したとしても、どこへでも持って歩く気にさせてくれますし、その描写を楽しむことができます。

まっすぐなものをまっすぐに描写する特性です。カメラ内で収差を処理しちゃうという現代の技は当然使っていません。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/マニュアル露出(1/2,500秒、F8)/ISO 400
光が綺麗であるという理由のみでシャッターを押します。被写体の意味を求めない撮影方法です。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/マニュアル露出(1/2,500秒、F8)/ISO 400

今もそうですが、暗いレンズ、イコール廉価なレンズという一般的な価値観がずっとありますね。

筆者も若い頃は見栄っ張りでしたから、使いもしない開放Fナンバーの超大口径レンズを無理に購入し、仲間内の酒席で自慢したりカメラ雑誌のネタ用に使いましたが、プライベートな写真制作で、大口径レンズがとても役だったと思えたことはこれまで数えるほどしかありません。

往時の大口径レンズのポヤポヤした写りを珍重するようになったのは、デジタル時代、マウントアダプター遊びが簡単にできるようになったからかもしれません。

これは個々の好みにもよりますが、筆者は必然性もないのに全ての撮影条件で無理やり大口径レンズを絞り開放で使い「レンズの味」とやらを追求するのにいまだ抵抗を持っています。

肉眼で見るよりも、モノをしっかり見せることで、写真はもう1つの世界をみせることができると信じているからということもありますが、これもまあ古くさい年寄りの考え方かもしれませんが、「見ることへの欲望」が強いからかもしれません。

必然はないのですが絞り開放で撮影。撮影距離は2m弱ですが、意外に被写界深度は浅いですね。高性能レンズはフォーカスの頂点位置が狭いのでしょう。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/絞り優先AE(1/750秒、F3.5、−0.7EV)/ISO 400
場所のない都会の街でもさまざまな工夫で観葉植物を楽しもうとしているわけですね。緑色の集まりに反応してしまいました。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/マニュアル露出(1/750秒、F8)/ISO 400
湿度が低くなってくると東京でも澄んだ青空が見られます。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM/35mm/マニュアル露出(1/1,000秒、F8)/ISO 400

レンズに小口径という区分はないのかもしれませんが、一般的なスナップでは、目の前にある魅力的なモノをいただいてくる目的のために撮影したくなることがあります。これには手前から奥まできっちりとした描写をするレンズの方が良いと考えているからでしょう。

COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VMは美学のためにボケ味に情緒性を求めたい人には向いていないレンズなのかもしれませんが、Elmar 3.5cm F3.5とは異なり、絞り開放からしっかりとした像を形成することで、見ることの欲望がとくに強く、写真的リアリティを追求したい人のために向くレンズなのではないでしょうか。

Elmar 3.5cm F3.5と比較①

開放での逆光撮影。誕生年からみると70年くらいの開きがあるわけですが、逆光だとコーティングの差もあり、Elmarはかなり大きなハロが現れ苦しくなります。背景の木のボケも暴れてみえます。それでもこれに味わいがあるという考え方もあるのかもしれません。

COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM
Elmar 3.5cm F3.5

Elmar 3.5cm F3.5と比較②

曇天での絞り開放撮影。Elmarは中心から全体にコントラストが低く、周囲に流れが見られますが、四隅は周辺光量低下は大きめですが、意外な健闘をみせています。COLOR-SCOPARは中心から周辺部までコントラストが優秀で、均質性の高い画像です。

COLOR-SKOPAR 35mm F3.5 Aspherical VM
Elmar 3.5cm F3.5
赤城耕一

1961年東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒。一般雑誌や広告、PR誌の撮影をするかたわら、ライターとしてデジカメ Watchをはじめとする各種カメラ雑誌へ、メカニズムの論評、写真評、書評を寄稿している。またワークショップ講師、芸術系大学、専門学校などの講師を務める。日本作例写真家協会(JSPA)会長。著書に「アカギカメラ—偏愛だって、いいじゃない。」(インプレス)「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)「赤城写真機診療所 MarkII」(玄光社)など多数。