赤城耕一の「アカギカメラ」
第78回:たとえ接写をしなくても。“標準マクロ推し”の真相
2023年9月20日 09:00
秋どころか冬も訪れることはないのではと疑いたくなる残暑の日々が続き、疲弊しておる筆者でございます。筆者の体の特性として、肉を蓄えていますから、寒いのにはかなり耐性がありますが、もう年寄りですし、暑いのは昔から苦手なこともあり、一部、文章や作例などにお見苦しい出来になっているかもしれませんが、お許しくださいませ。
と、よくわからない言い訳から今回もスタートしておりますが、実はですね久しぶりに標準マクロレンズ、OM SYSTEMの「M.ZUIKO DIGITAL ED 30mm F3.5 Macro」を購入しました。発売から7年も経っているのですね。安易ですが、今回はこれを機会に「標準マクロレンズ」の話をしようかと思います。
「おまえさ、花だの昆虫だのは撮らないから、マクロレンズとは縁遠いだろ」と思われているかもしれません。ところがマクロレンズ、特に標準マクロレンズは昔から大好きなのであります。おそらく現行品の各メーカーのほとんどの標準マクロレンズの使用経験はあると思います。
筆者が写真をはじめたころ、半世紀ほど前になりますが、この当時の写真家って、報道畑とか社会派のシリアスな写真家においても、マクロレンズを愛用している人が多かったような記憶があります。花鳥風月とは一番遠い距離にある人たちなのにマクロレンズを使用しなければならない理由はあるのでしょうか。写真少年の私は疑問に思いました。
報道、事故、事件現場の過酷な取材では、こちらから被写体を選ぶことができません。しかも現場で何が起こるかはわかりません。突然の複写などもせねばならないことがあります。接写リングやクローズアップレンズなどを使用しなくても、そのまま拡大撮影できるマクロの利便性はあった思います。しかも通常の撮影も問題なく可能ですから万能的に使えるレンズだったのです。
また、筆者が勝手に思っているだけかもしれませんが、臨機応変に対処できる実用性という意味に加え「マクロレンズ=超高性能」というステレオタイプなイメージが強くあるからではないでしょうか。
つまり真実を追求するフォトジャーナリストであるからこそ、描写に情緒性のない、冷酷かつ緻密で、どストレートな再現性が期待できるマクロレンズを使いたくなるのではないでしょうか。考えすぎでしょうか。
筆者は1970年代の初頭から多くのカメラ雑誌を見ているのですが、その当時は一般的なスナップや風景撮影、ヌードなどでもマクロレンズを使用している写真家の数はそれなりにいたものです。
某巨匠写真家がMicro Nikkor Auto 55mm F3.5を装着したニコンFで、ヌードを撮影した作品を寄稿されたのを見た時、熱心な写真少年だった私は被写体の裸体よりも使用機材に興奮したりしていました。こんなことだから、筆者はいまだに底辺位置に留まっているのかもしれませんが、もう遅いし。
往時のマクロレンズの主流は50〜60mmくらいの標準焦点域のものが多かったと思います。少ししてから、90〜100mmクラスの中望遠レンズがこれに代わりはじめましたね。とくに1979年にタムロンから初代90mmマクロ「SP 90mm F/2.5(Model 52B)」が登場した時は多くの写真家に影響を与え、標準マクロレンズが一気に霞みました。
中望遠マクロレンズのメリットとして、ワーキングディスタンスがとれるので撮影者自身の影が画面内に映り込まないようにするとか、ライティングがやりやすいという優位性もありました。
警戒心の強い昆虫など、被写体を脅かすことが少ない、被写界深度が浅いため大きなボケ効果を生かし、被写体を浮き上がらせることができる。光学性能面での安定感に期待できる。パースペクティブの再現が自然だということも挙げられますね。
またいつのころからか、各カメラメーカーは中望遠のマクロレンズにはものすごく力が入れている感じがしますが、以上の理由から、最近は「標準マクロ」レンズの扱いには少々冷たいような印象を受けています。
この標準マクロ不人気の理由はよくわかりませんが、時代の流れなのでしょうか。でもね、筆者の街歩き撮影では中望遠マクロレンズはそんなに使いやすくはありません。レンズの全長も長いしね。本連載でも「M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PRO」(35mm判換算180mm相当の画角)の話をしましたが、これ、高スペックでしかも高価ですから、筆者には不相応な存在でありますして、いまだお越しいただいておりません。何か仕事あれば考えますけども。
筆者はヘソが背中のほうについていることもあり、こうした強力な望遠マクロが登場してきてからも、標準マクロ推しです。そう、マクロ撮影というより「標準レンズ」の代わりとしてマクロレンズを使うからです。
フィルム一眼レフ時代の標準マクロレンズの開放F値はF3.5〜4あたりに抑えられていたので、ファインダーは絶望的に暗く、室内や夜間などの微量光下の撮影では難儀しました。これを克服して、条件の悪い場所でも高精度なフォーカシングができるように練習をしたものです。うまくできるようになると周りに自慢したりしたものですが、考えてみれば、ずいぶんと効率の悪い仕事であります。
のちにAF一眼レフが登場してきてからは、フォーカシングの悩みもなくなり、昨今のミラーレス機では、あたりまえですが、装着レンズの開放F値が大きくても、ファインダーは暗くなりません。ISO感度を上げれば微量光下での撮影も、F値の暗いレンズを使用するデメリットが少なくなります。一眼レフ時代にF値の暗いレンズを使うのは大変だったのです。
大口径F1.2の50mmを使い、キレーなお姉さんを背景が大きく溶けるようなボケ味を応用して浮き上がらせ、美しい肌の再現性に撮影者自らが萌えつつ行う撮影も至上の喜びかもしれません。ただ、筆者の場合は、これらはどうしても仕事が絡んでしまう撮影になります。
筆者も若い頃はとにかく標準レンズにおいては、大口径レンズを入手することを人生の目標としていました。金満家のおっさんの真似をしようと考えたわけです。でも、開放時の極端に浅い被写界深度とか大きなボケ味を見せびらかすことが目的となっていたような気がします。もちろん悪いこととは思いませんが、大口径レンズだろうが廉価な小口径のレンズだろうが、絞りはボケを目的にしているのではなくて、表現の目的のために選択するものであります。
だから頑張って大口径レンズを入手しても、実際にはF1.2とかF1.4の開放絞りで撮影することは稀なわけです。はい、もちろん何をどうしようが個人によって異なりますし、自由であることを前提としてお話をしていますから念のため。
私事としては、北赤羽の築60年の古い工場の壁を這うような配管に萌えてしまうわけです。このような被写体だとマクロ領域撮影ではありませんが、開放絞りからギンギンに写るレンズが向いていると勝手に決めています。ボケ味なんかも関係ありませんし。その場にあるものを超絶なリアリティを持って描くのではないかという期待を込めてマクロレンズを持ち出す頻度が増えるというわけです。ええ、妄想なんですけど。
マクロレンズの多くはその機能的な特性上、近距離近辺において、最高性能が発揮されるよう光学設計が行われているのですが、特殊なものを除けば多くのマクロレンズは至近距離から無限遠までのシームレスな撮影が可能になっています。つまり、マクロ領域とか至近距離近辺だけではなく、いわゆる万能レンズとして使用することができるわけです。しかも最近のマクロレンズは、フローティング機構を採用していたりするので、撮影距離による性能変化も小さくなっており、通常撮影においての信頼性がより高まっているわけです。
光学技術の進化に伴い、開放F値も明るい方向になってきました。最近の標準マクロレンズはおおむねF2.8くらいのものが多いのですが、中にはツァイスのマクロプラナーように大胆にF2なんていう普通の標準レンズ並みの大口径マクロレンズもあり、より万能性という性格が強くなります。
昨今、標準マクロレンズが注目されないのは、カメラがミラーレスに移行したことで、多くのレンズの最短撮影距離が縮まっているということが挙げられると思います。
とくにAPS-Cやマイクロフォーサーズフォーマット用の専用標準レンズ、標準ズームレンズは、実焦点距離が短いこともあり「キミはマクロレンズなのか?」と間違えてしまうほど最大撮影倍率が高いものが多いですから、よほど目的がないかぎり、あえてマクロレンズを用意しなくても困ることは少ないわけです。
中古市場での標準マクロレンズの相場もメーカーによらず廉価です。とくに一眼レフ用の標準マクロレンズなど、一般的な50mm標準レンズよりも廉価に販売されていることは珍しくありません。
これには驚いてしまいますが、中古相場は需要と供給のバランスの問題で価格が決定されるので、F値が暗いことが嫌われ、数が出ないのかもしれません。先に述べたようにミラーレス機で活用すればファインダーが暗くなる問題もないわけですが、やはり標準マクロレンズ自体の需要が減っていると考えていいでしょう。
さて、購入したM.ZUIKO DIGITAL ED 30mm F3.5 Macroはなかなか使いやすいレンズでした。廉価でかつ小型軽量であることもお気に入りです。デザインは前玉がすごく小さすぎて、ヘソみたいな形をしており、これはデザイン的にも見ても威厳がなくて不満なのですが。仕方ないですね。そういえばマニュアルフォーカスクラッチもないなあ。
本レンズは35mm判換算60mm相当という標準画角領域で、最大1.25倍(35mm判換算2.5倍相当)という撮影倍率が得られるそうですので、せっかくですから、いたずらで最大撮影倍率でも試写してみましたが、大きなデフォーカスからのAF復帰動作がちょっと遅いかなあという感じはします。
実際に高倍率で撮影してみると、レンズ先端が被写体に衝突しそうになります。それはそれで興味深いのですが、ワーキングディスタンスが短いので、機材や撮影者自身の影が写り込みやすいので気をつけねばなりません。専用フードが用意されていないのもワーキングディスタンスが短いという理由もありましょうが、フードは欲しいところですね、意味ない薄さでいいので。別売で用意すればあと4,000円稼げるじゃないですか。
筆者の場合は、マクロ領域にある被写体はまず興味がないので、本レンズをふつーの少し画角が狭めの標準レンズとして使っております。そういえばパナソニックも標準マクロレンズは「LUMIX G MACRO 30mm / F2.8 ASPH. / MEGA O.I.S.」ですから実焦点距離が30mmなんですね。これってAPS-Cフォーマットのマクロレンズの実焦点距離にはいいような気がしますけど。
なぜ、マイクロフォーサーズフォーマットの純正レンズには焦点距離25mmのマクロレンズが存在しないのでしょうか。かつてのフィルム時代のズイコーマクロレンズにはズイコーマクロ50mm F2っていう名玉もありましたね。35mm判換算60mm相当というのは、ツァイスのマクロプラナー60mmとかライカRシステムのエルマリート60mmの画角に合わせようとしたのでしょうか。
筆者はマイクロフォーサーズマウントの後継標準マクロレンズ(できれば開放F値はF2がいいなー)の開発を熱烈に期待しております。パナソニックの場合は“マクロ・ズミクロン”とか勝手につけたりして(笑)。パナソニック独自のライカレンズ名であるノクチクロン(LEICA DG NOCTICRON 42.5mm F1.2)があるんだからイケそうに思いますが、ダメですかね。
OM SYSTEMとパナソニックのみなさま。よろしくお願いします。