赤城耕一の「アカギカメラ」
第47回:デジタル時代の“カメラはライカ、レンズはツァイス”を考える
〜ツァイスZMレンズ再検証
2022年6月5日 09:00
5月10日、ライカ製品の価格改定が行われました。値上げの理由は混沌とした世界情勢に加えて、部材の高騰とか円安など様々な要因があると思いますが、ノーマルのズミクロンM 50mm F2が37万円ともなれば、筆者など軽いめまいがいたします。現行のライカM11と組み合わせると、小さな国産乗用車を購入できそうです。これがアポ・ズミクロンともなれば……。いや貧乏人の僻みみたいになるのでこれくらいでやめておきましょう。
1980年代の話ですが、円高が進んで1ドルが80円台になった時、いまも記憶にありますが、ライカM6の並行輸入品が15万円くらいだった記憶があります。もちろん新品です。
ライカもこのくらいの値段になると威厳やステータスは失われてしまい、国産のカメラと同等の位置づけになるわけでして、筆者のような底辺にいるカメラマンも新品ライカに手を出すようになるわけです。ニコンF4を持ちながら、首からライカM6をぶら下げるわけです。ろくに使いもしないのに、ひとつの営業パフォーマンスというか格好づけですね。
その昔はもっともっとライカは高価だったのだと、筆者よりも年齢が上の先達ライカユーザーは、今も自慢げにお話をしてくれます。カメラそのものが贅沢品でありましたし、写真は写真館で撮影するものと決まっていた時代でしょうか。
一時はずいぶんと価格を下げたライカですが、中古のフィルムライカも、新品のデジタルライカも、レンズも、あっという間に価格が高騰、もはや細い商いしかない先の見えた底辺ジジイカメラマンには手の届かないものとなりました。
でも筆者の価値観では価格が100万円を超えてしまうものは、みな同じものに見えます。つまり、カメラやレンズとしてのリアリティがなくなるものですから、いくらの値付けになろうが、違う惑星の話のようになり、もう気にならなくなるわけです。
ところが底辺に位置していてもライカの愛用歴はもうすぐ40年になる筆者であります。もはやレンジファインダーからの呪縛から逃れられず、ライカMがなければ生きていけないカラダになってしまいました。だってね、事実上代わりになるカメラがないものですからライカを使うしかなくなるわけです。これはフィルムでもデジタルでも同じですね。
ただし、仮にライカの新品ボディを死ぬ思いで手に入れたとしても、新品のライカレンズまで手が回らないのです。もちろん、程度のあまり良くない中古とか、半世紀前の国産のライカスクリューマウントレンズを探し出して使うというのもお遊びなら良いのですが、筆者の場合は、デジタルカメラはライカといえどもお仕事モードになってしまうので、アサインメントでも持ち出すことはそう珍しくないのです。
となると、まずはきちんと写っていただけないといけません。お仕事写真で、ピントが悪いとか、ボケがぐるぐるしていていいとか、色味が偏るなどということは許されないわけです。
で、ここに強い味方として、Mマウント互換レンズのコシナのフォクトレンダーVMレンズとか、ツァイスZMレンズの存在があります。いずれのシリーズも安心できる性能ですし筆者にもリアリティのある価格帯に設定されており、いつもたいへんお世話になっています。
ところがですね、フォクトレンダーはともかく、昨今のツァイスレンズはあまり話題にならなくなりました。ソニーαの交換レンズにもツァイスブランドの製品がありますが、レンズ単体での新製品はこのところ登場していないようです。これ、不思議じゃないですかねえ。
大昔から「ライカはカメラボディ、レンズはツァイスがよい」という言い伝えがあります。それぞれのファンからは異論や反発はあると思いますし、もちろん現状況で当てはまることはありません。ただ、この言い伝えはずっと筆者の頭の片隅にありました。もはや伝説ですね。いや、長い間に育まれたそれぞれのファンの妄想かもしれませんが。
このためもあってか、ツァイスブランドでライカMマウント互換のZMシリーズ交換レンズが2004年に登場した時には驚きました。極論してしまうと、ニコンのボディにキヤノンのレンズがそのまま装着できちゃうみたいな話なのです。もちろん筆者は大喜びしましたし、最初からまったく違和感を感じることなく自然体で接することができました。
でも正直に申しますと、これはツァイスのブランドというよりも、Mマウント互換レンズなのに手に入れやすい価格設定であるという理由もまた大きかったと思います。だから今はもうライカの新品レンズよりも自分の中ではツァイスZMレンズの方がリアリティがあるのです。しかも販売価格は登場時からほとんど変わっていません。物価の優等生であります。
ただしZMシリーズのほとんどは、フィルムカメラ時代の設計ですから、デジタルではどうなのさ、という疑問が出てまいります。
先日とあるカメラ店で聞いたのですが、最近はライカを持っていなくても、Mマウント純正レンズや互換レンズをお買い求めになるお客様は少なくないそうです。マウントアダプターで多様なカメラに装着することができるからでしょう。ライカ純正レンズならば、カメラボディはなにを選ぼうが、“ライカの写り”であるとしてしまっても間違いではないですね。これは確かです。
ただ、センサー前のカバーガラスの厚みによって、描写が変わることがあるわけです。各カメラに合わせた設計の純正レンズならば、このファクターを考慮した光学設計が行われています。
ライカMデジタルのカバーガラスの厚みは0.9mmに満たないとされていますが、これは古いライカレンズから最新のものまで、レンズ性能のポテンシャルを引き出すためにライカがコダワリとして実現している薄さと言われています。
ツァイスZMレンズのほとんども、ライカMマウント互換のフィルムカメラであるツァイス イコンや、フィルムライカ用として設計されています。
そこで、今回は筆者がよく使用しているツァイスZMレンズを取り上げて、デジタルのライカに使ってみたらどうでしょうかというお話をします。あ、レビューじゃなくて、実用本意でのレポートとお考えください。先に軽く結論を申し上げておけば、今回使用したツァイスZMレンズに限れば、デジタルのライカMで使用しても特に問題は感じませんでした。
現在、カール ツァイスのZMマウントレンズは15mmから85mmまで10本ありますが、そのうち35mmはF値の違いで3種類あります。50mmはF値とレンズタイプの違いで2種類あります。最盛期よりも種類は減りましたが、とりあえずレンジファインダーカメラならではの世界はすべて見ることのできる焦点距離だと思いますよ。
ツァイスにもレンズの命名規則のようなものがあり、ZMレンズにもそれが採用されていますので、少しお話をします。昨今はツァイスレンズでもこの規則から外れる製品もあるようですが、広角の対称型の設計のレンズは「ビオゴン」名、レトロフォーカスタイプのものは「ディスタゴン」と命名されています。
レンジファインダーカメラには、当たり前ですが一眼レフのようにミラーがありません。このためレンズの後ろにミラー駆動を避けるための空間を必要としないので光学設計に余裕が生まれます。
このためZMレンズの広角レンズの多くは、超広角の特殊なものや大口径のものを除けばビオゴンという名前になっています。京セラ時代のコンタックス一眼レフの広角レンズの多くはディスタゴンでしたが、コンタックスGシリーズもレンジファインダータイプですから、同じようにレンズ名称はビオゴンでした。ハッセルブラッドでも、超広角のSWCシリーズはミラーボックスがないためレンズはビオゴンタイプの設計ですね。
近年ではライカの広角レンズでもレトロフォーカスタイプの方が多くなりました。周辺光量を稼いだり、大口径化とか、デジタルへの対応に伴うものなのでしょう。
けれど、性能は素晴らしく優秀でも、写りは画一的に見えてしまうこともあります。いや、デジタルだからこそ、どのレンズを使用しても同じ優秀な性能を発揮せねばならないとしているからかもしれません。
ツァイスの「プラナー」はダブルガウスの典型的な対称型とされており、大口径レンズも多いですね。昨今では標準レンズでもディスタゴンタイプのものが増えているので、とくにプラナー名の標準レンズはレジェンド的なものに感じたります。
「ゾナー」はエルノスタータイプの発展型の優秀なレンズが多いのですが、このタイプで標準レンズにすると、後玉が伸び、一眼レフ用の標準レンズではミラーの駆動距離がとれなくなるので、一眼レフ用の標準レンズとしては向かないとされています。
「テレテッサー」(テッサー)はトリプレットの発展型で口径比の小さなレンズに採用されており、単純な構成なのでコンパクトなレンズが多いですね。ありがたいです。キレの良さから「鷹の目」などとも呼ばれたりしました。
2004年に筆者は、ドイツのオーバーコッヘンとイエナにあるカール ツァイスを訪問しました。ツァイスのエンジニアに話を聞いたり工場も見学しましたが、そこでは、ちょうど発売が迫っていたコシナで製造されたZMレンズのテストもしていました。
数値計測はもとより、レンズを凍らせたり、フォーカスリングを何度も回転させたり、耐久力テストのようなこともしていました。「ツァイスレンズは世界のどこで作られようがツァイスレンズである」と胸を張るのはこういう隠れたところにもあるのではないかと思いましたけどね。でもレンズの組み立て工場はそんなに厳格な感じはしませんでした。
ちなみにツァイスレンズならば硝材はショットガラスでなければイヤという方もいるらしいのですが、あの時に限っていえば日本の有名な硝子メーカーの箱が、工場内にゴロゴロしていました。あ、これは内緒の話ですからどうぞよろしくお願いします(笑)。
のちに信州中野にあるコシナの工場でツァイスZMレンズ製造工程も拝見したのですが、クリーンルームの中でレンズの組み立てが行われたり、ツァイス製のプロダクト用の大きなMTF計測器が使われていること、製造レンズの全数検査が行われていることを知って、これも大きな声では言えませんが、オーバーコッヘンのカール ツァイス工場より厳しく管理されて製造されているんじゃないかと思いましたよ。
今回ちょっとだけ発掘した殴り書き、じゃない、当時の取材メモを見ると、とにかく製造効率を無視したようなツァイスの設計のオーバースペックぶりが目についたということが繰り返して出てきます。このあたりにツァイスの誇りがあるんだろうなと。
ツァイスZM登場からそれなりの年月を経ているので、いずれのZMレンズもロングセラーではあります。現在はZMの製造でも多少は効率化が進んでいるんじゃないかと想像しますが、こうした無駄、じゃない、過剰ともいえる厳格な製造工程や品質管理を経て生み出されるツァイスZMレンズは、ライカ純正レンズの価格と比較すると、かなりのバーゲン価格のように思えるわけです。
その昔は古いツァイスレンズの鏡筒にあるMade in Germany表記に憧れたものですけどね。どうなんだろう、まだこだわりのある人がいるんでしょうか。それよりも、どうですか、今回使用したツァイスZMレンズは「Made in Japan」なんですよ、すごくないですか!