赤城耕一の「アカギカメラ」

第33回:クロップとは違います。GR IIIxにテレコンバージョンレンズを付ける意義

筆者が写真をはじめた少年時代は、親をだましてなんとか狙ったカメラの入手に成功しても、交換レンズ購入をガマンするのが普通でした。便利な標準ズームレンズなんか存在しなかった時代ですし、交換レンズもかなり高価でしたから、さすがにそこまで親にねだることができず標準レンズ一本のみで押し通すしかありませんでした。カメラ雑誌では「標準レンズ特集」が繰り返し組まれ、使いこなしの術があれこれと載っていましたが、少年にはその意義がよくわからないのです。

それでも、レンズの画角を変えると優れた写真が生まれるのではないかという妄想はこの頃から強くありました。いや、レンズが交換できるならば外して別のものに付け替えてみたいと考えるのは当然です。そこで多くの人が注目したのは「コンバージョンレンズ」です。基本的には、単体レンズでは画角の変化が望めないために生まれたアクセサリーと考えて良いでしょう。

コンバージョンレンズは基本的に、レンズが固定されたカメラの場合はマスターレンズの前、レンズ交換式カメラの場合はボディと交換レンズの間に装着する補助レンズのことを指します。マスターレンズの焦点距離を長くしたり短くすることで画角を変化させ、広角あるいは望遠効果を得ることができます。魚眼効果など特殊な描写を得ることのできるものもあります。

多くは、焦点距離を拡大させるタイプでしたので、一眼レフの場合はコンバージョンレンズを使うことで、50mmの標準レンズを2〜3倍に拡大させ100-150mm相当の“偽望遠”レンズ化し、単体望遠レンズに対する物欲をなんとか収めてきました。1.4倍とか1.5倍相当の拡大倍率の低いコンバージョンレンズも後に登場してきますが、これは300mm F2.8などの大口径超望遠レンズ用として用意されたのが最初だったような記憶があります。

コンバージョンレンズは単体レンズよりもはるかに廉価な設定でしたから、とてもありがたいものでした。けれどカメラ雑誌の記事を読むと“焦点距離を拡大すると、同時にレンズの欠点も拡大する”などと書かれているわけです。これだけで前者の利便性は吹っ飛んでしまい、もう後者の文言だけがアタマに残ってしまいます。

またカメラとレンズの間に装着するコンバージョンレンズは露出倍数もかかりますから、2倍相当のコンバージョンレンズを装着すると50mmで開放値F2のレンズがF4相当になってしまいます。少年にはマイナスの用件としか映らず、早くオトナになって、単体望遠レンズを買うのだと悶々としていたものです。

ところで10月1日に発売されたGR IIIxは予想よりもかなりの人気なようで、私も発売以来、常時持ち歩いて撮影を楽しんでいますが、発表と同時に気になるアクセサリーも予告されていました。これがGR IIIx専用として用意された「テレコンバージョンレンズGT-2」(2021年11月下旬発売予定)です。「レンズアダプターGA-2」を介してGR IIIxに取り付けます。

このテレコンバージョンレンズの発売は、ちょっと思いがけないことでした。GR IIIxの大きな特徴は、35mm判換算で40mm相当の画角を得られる高性能単焦点レンズ「GR LENS 26.1mm」を搭載していることです。

画角をみれば「準標準」や「準広角」のレンズといえるものですし、ワイドコンバージョンレンズをつければGR IIIと同じ35mm判換算で28mm相当の画角を得られますよ、となるのではないかと想像していましたから、焦点距離をテレ方向に延ばしてくるとは思いませんでした。なお、GR III用のワイドコンバージョンレンズGW-4はGR IIIxには付きませんのであしからず。

GR IIIxとGA-2アダプターとGT-2テレコンバージョンレンズ。GR IIIxのリングキャップを外し、GA-2にGT-2をねじ込んで装着します。GA-2には接点があり、GR IIIxにGT-2の装着を知らせて、自動的にクロップ設定になります。

仕様表をみますと、このGT-2をGR IIIxに装着すると35mm判換算画角で75mm相当の画角を得ることができるとされています。あれれーこれって計算間違いなんじゃないのかーと思ったらですね、GT-2を装着するとGR IIIxは35mm判換算画角で50mm相当の画角に自動的にクロップされるのです。モニターの右上に「50mm」と表示されます。35mm判相当で50mmの画角ですから、そこへGT-2の装着で1.5倍相当になりまして、75mmの画角を得ることができるという理屈です。さらにGR IIIxの内蔵のクロップを71mm相当に設定すれば、どうなるかというと、35mm判相当で106.5mmの画角を得ることができるわけです。

中距離の開放絞りでオブジェを撮影。中央の合焦点は素晴らしくシャープです。高周波成分のボケはややうるさい印象もありますが、わずかに絞ったこともあり、この条件ではさほど気にならないですね。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F3.2・1/2,500秒)ISO 200 75mm相当
手前に木をいれて、絞り開放時の前ボケをみました。この条件ではとても良い印象です。レンズからの距離によって、ボケの大きさだけではなく全体の印象が異なって見えます。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F2.8・1/640秒)ISO 200 75mm相当
75mmのレンズはライカやコシナ・フォクトレンダーが有名ですが、画角的には中望遠というより標準レンズの域に入れたくなります。ポートレートに適するのはもちろん、街中のスナップでは“人間がモノを注視する画角”という感覚で使いやすいです。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F5.6・1/2,000秒)ISO 400 75mm相当
GT-2を装着して、クロップ71mm相当を併用、107mmの中望遠画角にて鉄塔を撮影してみました。『鉄塔 武蔵野線』好きとしては鉄塔をよく撮影していますが、スマホ撮影ではもの足りません。拡大してみると周辺のエッジ部分は僅かに線が太めな印象がありますが、実用上はなんら問題ないですね。ヌケがよくコントラストも十分にあります。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F8.0・1/800秒)ISO 400 107mm相当

ちなみに「GR IIIx単体で71mmの画角を得られるなら、GT-2なんかイラネ」という論理も出てくるかもしれませんが、これはあくまでもクロップして71mmの画角相当になるという話ですからね。撮影後に画像をトリミングする理屈と変わりません。

GR IIIxの画角変化(クロップ/GT-2装着)

同じ撮影位置から、画角の変化と画面中央のシャープネス、周辺光量の状態をみてみました。画角の変化は思いのほか大きくはありません。GR IIIx単体の開放絞りではわずかに周辺光量低下がみられますが、クロップするとほとんど感じられなくなります。GT-2を装着した75mm相当画像は、GR IIIxの71mm相当になるクロップよりも、中心部から画質は高いことがわかります。

通常撮影(40mm相当)
カメラ機能でクロップ
50mm相当
71mm相当
テレコンバージョンレンズ装着
75mm相当
107mm相当

これは余談ですがGR IIIxでは、撮影時にクロップを設定するとRAWデータもクロップされた画像になってしまいます。つまり71mmのクロップ設定で撮影すると、RAW現像時であっても50mmなり40mmの画角に戻すことはできません。このためクロップの戻し忘れには十分に注意が必要です。元に戻せないという意味では覚悟の上でのクロップ撮影というわけです。

クロップすると、GR IIIxのデフォルトである3:2のアスペクト比で画素数24M(6,000×4,000)から、50mm設定で15M(4,800×3,200)になり、71mm設定で7M(3,360×2,240)と変わってしまいます。

一般の方々の使用方法から考えると、相当に大きなプリントを制作するのでなければ7Mでも十分イケてしまうという現実はありますし、デジタルには自由な考え方を持って接するべきだと筆者も考えているのでクロップや撮影画像のトリミングは否定しませんけど、せっかくのGR IIIxのポテンシャルを完全に活かしきれていないのではという残念感が少し出てきてしまうのは確かです。

GT-2を装着したときには自動的に50mm設定になると書きましたが、このときには15Mの画素数になるので、一般的な使用においては十分に余裕はあります。

でも、画質にうるさい人なら、コンバージョンレンズの拡大率を上げて、GR IIIxをデフォルトの40mm設定でも75mm相当の画角になるようなコンバージョンレンズの設計をすれば画素数の低下が避けられるのではと考えそうです。理屈ではそうかもしれませんが、コンバージョンレンズが巨大化したりするとイヤですからねえ。GR IIIxの優れた携行性が損なわれる可能性もあります。またコンバージョンレンズの拡大率を上げると、性能の維持が難しいのかもしれないですね。GRのようなコンセプトのカメラは、常にカメラと自分が共にある必要がありますが、同時に画質と大きさとの戦いがあります。どちらを取るかなかなか悩ましいものです。

例えば、1.5倍の拡大率ならば、GR IIIxの通常画角の状態でGT-2を装着すると、35mm判換算で60mm相当の画角になります。これはなかなか興味深い画角だと思います。ファームアップでGT-2装着時にクロップしない設定とかできるようになるといいですねえ。画角の変化が小さくてダメということで、やはり却下されてしまうのでしょうか。

マクロモードに切り替え、紅葉の葉を透かすようなアングルを選んで撮影してみましたが、中央の合焦点位置のシャープネスは大したものです。手前の葉のボケた輪郭が少し暴れるようにうるさく感じるのはなぜでしょう。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F2.8・1/1,250秒)ISO 200 75mm相当
これもマクロモードで至近距離です。レンズの描写的にはハマった印象ですね。絞りをF5.6に設定して背景がうるさくならない位置から狙ってみたのですが、素晴らしく高画質で前ボケも癖がなく、欠点は出てきませんでした。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F5.6・1/800秒)ISO 400 75mm相当

テレコンバージョンレンズの効果は画角変化だけでなく、マスターレンズの実焦点距離が延びますから、被写界深度も変化します。GT-2の場合は26.1mmの焦点距離は39.15mm相当の実焦点距離になりますから、被写界深度は少し浅くなる理屈になります。

クロップの場合は画像の切り出しをしていますから、71mm相当にクロップしても、被写界深度は元々の40mm設定時の写真と変わらないことになります。画角こそ中望遠域になりますが、レンズの実焦点距離26.1mmは変わらないので、画角は狭いのに被写界深度は深いままになってしまいます。つまり画質の維持だけではなく中望遠画角の写真的な特性を引き出すには、やはりコンバージョンレンズを使うことに意味が出てきます。

望遠の圧縮や引き寄せ効果はさほど期待はできないのですが、それでも40mm相当の画角とは異なることがわかります。少し絞り込むことで、画面全体の画質が均質になるようですね。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F7.1・1/200秒)ISO 400 75mm相当
至近距離撮影で思い切り手前に大きくボケを取り入れてみましたが、これくらいレンズとの距離が深いを大きくボケますし、クセも再現されません。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F2.8・1/1,000秒)ISO 200 75mm相当
道路の反対側からスナップ。水平垂直を注意してカメラをホールディングし、舞台の書き割りのような平板な描写を狙ってみたのですが、歪曲をほとんど感じさせない描写です。仔細にみると僅かな糸巻き型かな。まずわからないですね。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F5.0・1/400秒)ISO 400 75mm相当

さて、GT-2装着時の使い勝手はどうでしょう。全体の印象は、鏡筒がどんと伸びるので地味で実用本意のカメラになる印象です。お世辞にも色気はないですね。ただ、GT-2の第一面はかなり曲率の大きな凸レンズで、私好みです。レンズ構成は3群5枚と、これだけでも写りはけっこうイケそうな印象です。実際にイケますけどね。重量は約209gとそれなりにあるので、あまりバランスが良いとはいえません。けれどこれは画質追求のためですから覚悟が必要です。

画角は40mm相当から75mm相当となりますが、劇的な変化という印象はありません。けれどGT-2装着時の被写界深度の浅さは、ライブビューの表示画像でも感じとることができます。ただ実焦点距離は39.15mmで、F値は2.8ですから、F1.8とかF2クラスの実焦点距離40mm相当の単体レンズよりはボケは小さいですね。これは光学的特性ですからやむをえません。

GT-2を使って撮影した画像を見てみると、合焦点がユルいという印象はみじんもなく、開放から十分に使うことができます。ただ、私個人の印象では、開放から1/3程度絞った方が、合焦点の像がより締まってくるような気がするのですが、これはどうでしょうか。気のせいかな。でも絞りで画質が多少変化するのは個人的には嫌いではありません。きっちりと絞って、画面全体の高画質を狙うという撮影方法においても良い仕事をします。

ボケは被写体や撮影距離、光線状態によってはとくに線がうるさく見えることがありますので、場合によっては被写体前後の状況をよく観察しておいたほうがいいかもしれませんね。

ボケ描写比較(クロップ/GT-2装着)

同じ撮影位置から、クロップ時の71mm相当と、GT-2装着時の75mm相当の至近距離撮影での合焦点のシャープネス、ボケの再現をみてみました。すでに述べてきたように、71mmのクロップもGT-2による75mm相当の画角も、望遠らしい“引き寄せ効果”に期待するより、ポートレート撮影やマクロ撮影に向いています。

意図的に背景がうるさくなる条件を選択しましたが、枝など線のボケが多いと輪郭に少しクセが出てくるようです。71mmのクロップのボケの大きさは40mmのそれと同じですが大きく拡大するとシャープネスがわずかに弱めの印象です。75mm相当では、合焦点のシャープネスも十分です。ボケも少し大きくなりますが、この条件では少し二線ボケの傾向が認められます。

通常撮影時(40mm相当)
カメラ機能でクロップ(71mm相当)
GT-2装着(75mm相当)

GRシリーズは単焦点レンズ搭載であることと、その高画質があくまでもウリです。画角を変えることのできるクロップやコンバージョンレンズは、フィルムのGRには用意がありませんでした。デジタルのGRに初めてワイドコンバージョンレンズが用意されたときには少々反則っぽく感じたのですが、先に述べたようにデジタルの自由を考えれば、目くじらを立てるようなことでもないと思います。

ならばですね、GRにはズームコンバージョンレンズを用意したらどうなるでしょうか。GRの単焦点レンズ搭載という尖った製品思想がユルくなってしまうとされ、真面目なGRのユーザーから石もて追われてしまうことになるのでしょうか。

曇天であること、被写体の輪郭が丸みを帯びているのでさほどシャープな印象にはなりませんでしたが、ディテールと階調の再現は優れています。手前の柵のボケかたも自然ですね。糸巻き型の歪曲がわずかにあることがわかります。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F3.2・1/800秒)ISO 400 75mm相当
室内ポートレート。いつものコーヒー店のマスターです。ISO 1600設定で店内照明のアベイラブルライト撮影です。やや中央から外れているのですが、合焦点のキレはコンバージョンレンズを装着したとは思えないほどシャープで、顔の皺やヒゲのディテールが再現されていますね。ボケは大きくはないのですが、背景が暗い条件だったため、人物が浮かび上がりました。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F2.8・1/100秒)ISO 1600 75mm相当
みかんと人工物の鳥よけネットという組み合わせでエッジの再現はどうなるのか、至近距離にて撮影してみましたが、とても優れています。この場合はボケにクセがなく、なだらかにボケてゆく繋がりがとてもうまく再現されています。
RICOH GR IIIx GR LENS 26.1mm F2.8+GT-2(F2.8・1/1,000秒)ISO 200 75mm相当
赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)