写真を巡る、今日の読書
第81回:自分の写真作品を引き立てる文章を書きたい
2025年3月19日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
文章の書き方、言葉の持つ力
ようやく本年度の卒業研究の指導が全て終わり、あとは学位授与式を残すだけとなりました。芸術学部の卒業研究では、ほとんどの学生が「論文」ではなく「制作」を選びますが、それでもステートメントや副論文の作成のため、自らの作品から言葉を引き出す作業には多くの時間を費やします。
物語や詩を書くというわけではありませんから、作品に関する明快で詳密な文章が求められるわけですが、ただそれだけでは作品をより引き立てるテキストにはならないことが多くあります。私自身の場合を顧みても、作品の説明であるステートメントを書く場合においても、少しでも印象的な文章を書きたいと思いながら言葉を選んでいるように思います。
そんなわけで、今日は文章の書き方、言葉の持つ力について書かれた本をいくつか取り上げたいと思います。
『文章読本』谷崎潤一郎 著(中央公論新社/1996年)
1冊目は『文章読本』。『細雪』『陰翳礼讃』などの日本文学史における重要な書を残した谷崎潤一郎による、美しい文章とは何たるかについて書かれた1冊です。「文章読本」としては、井上ひさしや三島由紀夫の本も挙げられますが、私としては谷崎のものをまずは紹介したいと思います。
谷崎は「名文」とは「深い印象を与えるもの」「滋味の出るもの」としていますが、これがどういう意味なのかを丁寧に解説しています。また、確かに文才というものはあるものの、修養次第で感覚は研ぐことができると書いています。それには、「出来るだけ多くのものを、繰り返し読むこと」「実際に自分で作ってみること」が重要だと言います。
また、ある程度すぐに応用できそうな文章技法についても挙げられており、「同義語」の用い方、「語」の選び方、さまざまな文体や調子の使い分けについては、読んでみると改めて自分がどんな風に文章を書いているかについても再考できるでしょう。
自身の文章をはじめ、井原西鶴や志賀直也などの文章の解析や、西洋の文章との違いなどについても解説されています。巻末には、三島由紀夫や折口信夫らによる解説も付録されていて、それぞれの谷崎に対する批評文も読み応えがあります。
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『俺の文章修行』町田康 著(幻冬舎/2025年)
2冊目は『俺の文章修行』。特徴的な文体と豊富な語彙力によって、独自の小説を発表し続けている町田康による文章読本です。巻頭において、文章力を向上する大前提は「多くの本を読むこと」としています。それに加えて、1冊の本を繰り返し何度も読むことで、癖や息遣いが感じられるようになり、「思考が文章に変換されていく過程を解析」できるようになると言います。
類語辞典で調べた単語や板についていない聞き齧りの言葉だけを並べたような、いわゆる衒学的な、白けた文章にならないためには「アホほど本を読む」しかないと言います。その上で、文章を書くためのいくつかの技法が紹介されています。
ひとつは、「迂回のある/なし」によって、実用的な文章と面白みを伝える快楽的な文章とに分けられるという考え方です。それには、具体的に「置換」と「いけず」があると言いますが、「文章は人として誠実だとすぐ(2行で)終わる」というのが印象的でした。これだけでは何を言っているか分からないと思いますが、読んでみると非常に面白い見解であることがわかると思います。
その他にもさまざまな技法、コツが書かれていますが、文体や言い方は全く違うものの、谷崎の文章読本で書かれていることと多くの共通点があり、現代における文章読本としておすすめです。
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『言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか』今井むつみ・秋田喜美 著(中央公論新社/2023年)
最後は『言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか』。上記2冊は文章の書き方に関する内容でしたが、本書は知性や芸術の根源ともなる「言語」について考察された1冊になります。にゃーにゃーやキラキラといった、擬音語や擬態語を表す「オノマトペ」を中心にして、言葉がどう生まれ、どう覚えるのかといった点から、精神や身体と言葉の関係が分析されていきます。
私が特に興味深かったのは、「オノマトペ」はなにかを写し取った記号であるという考え方です。本書では、「オノマトペ」の大まかな定義のひとつを「感覚イメージを写し取る、特徴的な形式を持ち、新たに作り出せる語」としています。
私は、このテキストを読みながら真っ先にウォルフガング・ティルマンスの写真作品を連想しました。ティルマンスの写真について論じたものには、ビンビンやギラギラといった擬態語が用いられることが多くあります。その点で、ティルマンスの作品には視覚的な「オノマトペ」が表れた写真が多くあると考えられますが、これを写真や美術の観点からではなく、言語の観点から分析できる可能性が、この本からは得られるように思います。
私は写真家の立場から読みましたが、本書はそれぞれの分野、立場から多くの示唆が得られる言語学が展開されています。図やイラストも交えながら非常に明快に書かれている本でもありますので、多くの方におすすめです。