写真を巡る、今日の読書
第82回:なぜ撮るのか、どう撮るのか…単なる技術じゃない写真論の話
2025年4月2日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
なぜ撮るのか、どう撮るのか
写真を学ぶための本には、さまざまなアプローチのものがあります。以前は、写真教本といえばカメラの使い方や技術指南書に徹した類の本がほとんどだったように思います。それが少しずつ変わってきたのはこの10年くらいのことで、きっかけのひとつは、2010年に邦訳が刊行されたスティーブン・ショアの『写真の本質』がじわじわと読者を増やしてきたことだったように思います。
それ以降、単なる技術というだけでなく、なぜ撮るのか、どう撮るのか、表現とはなにかといった、いわゆる写真論をベースにした書籍が増えていったように思います。
そんなわけで、今日は最近読んだなかで、写真を学ぶことに関連しそうな本をいくつか紹介してみたいと思います。
『写真で何かを伝えたいすべての人たちへ』別所隆弘 著(インプレス/2024年)
1冊目は、『写真で何かを伝えたいすべての人たちへ』。「伝えたい」「伝える」というのは、現在写真を学ぶ際に多く使われる、重要なキーワードのように思います。以前は、有名な風景や撮影モデル、あるいは静物写真など際立って美しい被写体を、教科書通り造形的に撮るにはどうすれば良いかという教本が多くありました。しかし、今はどちらかといえば「伝える」という考え方をベースにそれぞれの視点や感じ方を写真によって表現するということが写真を学ぶ際の基本になっていると、本書やその他の類書からもうかがえます。
本書は、フォトグラファーでもあり文学研究者でもある別所隆弘による、エッセイ的な写真技術論です。著者は文学を専門にしていることもあり、非常に流麗で明快な文章によって写真とはなにかを論じています。写真も多く掲載されていますが、基本的には読み物として考えられており、これから写真論を学ぼうとする人や、自分の写真に漠然とした物足りなさを抱えている方には絶好の教本になるのではないかと思います。
実際、筆者が絶景を追い続けた結果、方向性を見失ってしまってから、もう1度写真表現に立ち返るまでのエピソードなどは、多くの人に参考になるのではないかと思います。また、後半では写真論を語る際に避けては通れない、ロラン・バルトが提唱した「ストゥディウム」と「プンクトゥム」という写真の考え方などにも、分かりやすい解説で接しています。
何について考えれば良いのかは分からないけれど、とにかく自分の写真には何かが足りないと考えている方には、良いヒントが見つかる本ではないでしょうか。
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『絶景の夜空と地球:景観遺産と天体撮影のドラマ』シュテファン・リーバーマン 著(原書房/2024年)
2冊目は、『[フォトミュージアム]絶景の夜空と地球:景観遺産と天体撮影のドラマ』。基本的には、オーロラや星景、自然風景の夜景など、世界中の絶景が紹介されている写真集です。
写真に加え、撮影行のエピソードや場所にちなんだ物語がテキストで語られているため、一層写真の世界観が深く理解できます。自然だけでなく、人物や人工物を含めている点でも非常に現代的な風景へのアプローチだと言えるでしょう。
後半には、撮影に関する重要なテクニックと心構えも掲載されています。絶景を撮りに行こうという、その好奇心が刺激される1冊になるのではないでしょうか。いつか行ってみたい、憧れの場所を探せる写真集でもあります。
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『vocalise』川島小鳥 著(ナナロク社/2024年)
3冊目は、『vocalise』。著者である川島小鳥が2011年に出版した『未来ちゃん』はご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。本作には、その制作時に訪れたヨーロッパ各地でのアザーカットが収められています。
被写体としての彼女は、その場所が日本から遠く離れた異国であるなどということは、ほとんど気に留めていないでしょう。未来ちゃんの周囲に写るヨーロッパの風景は、私たち見る側にとっての視覚的な旅行であることが分かります。
ところどころに挟まれる風景写真の他は、ほとんど全てのカットが大きな瞳で何かを見つめ、何らかの表情を浮かべる彼女の姿です。
本書は、写真教本の類ではなく完全な写真集ですが、人を撮る、子供を撮るといった人にとってはこれ以上ない参考書になることかと思います。結局のところ、写真を学ぶためには写真をたくさん見るというのが1番なのかもしれません。