写真を巡る、今日の読書
第80回:ヨシダナギ、レスリー・キー…アーティストたちの“生き抜く力”
2025年3月5日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
“自らのやるべきこと”にたどりつく
私のまわりには、写真家や美術家、ミュージシャン、漫画家など様々な職種のアーティストがいます。側から見れば、彼らはとても生き生きと自由に仕事をしているように見えたりもしますが、実際にインタビューしてみると、それぞれが切実な理由をもって生き抜いていることが良くわかります。
私がどうして写真家になったのかということについては、以前に『ノーツ オン フォトグラフィー』という本を書きましたが、実際自分が写真に出会っていなかったらと思うと、どのような人生を送っていたのかあまり想像がつきません。私は写真に関する以外のことは、ほとんど能力が発揮されませんので、写真関連の職に従事する以外、社会で自分を役立てることができなそうな気がします。
音楽だとかスポーツだとか、好きなことはたくさんあるのですが、写真のようにうまくはできません。正確に言えば、写真以外のことは努力することを一定の段階で諦めてしまいます。写真に関してだけは、不思議と寝食も忘れて制作や研究を行えるというのが、私の特殊な能力なのかもしれません。
様々なアーティストたちの自伝やエッセイを読んでいても、やはり似たようなところがありそうです。ただ、それぞれに全く違った理由や環境において、自らのやるべきことを見つけています。たどり着いた方法が特別なので、ビジネス書や自己啓発書から得られるような生きるヒントには到底ならないと思いますが、アーティストたちの生き方は、ドキュメンタリーとしては非常に面白いものです。今日はそのような本をいくつか挙げてみましょう。
『ヨシダナギの拾われる力』ヨシダナギ 著(CCCメディアハウス/2018年)
1冊目は、『ヨシダナギの拾われる力』。「クレイジージャーニー」などで彼女の活動を知っているかたも多いのではないかと思います。アフリカの少数民族を追い続けて独自の写真活動を行っている、ヨシダナギの著作です。
結果的には写真家として活動しているわけですが、その職にたどり着くまでの変遷や環境、あるいは生き方に関する自身の哲学が記されています。生きること、働くことに関するスピード感と行動力がどうすれば生まれるのか。あるいはどうすれば生まれないのかが、読んでいるとなんとなく伝わってきます。
本書に書かれている、「自分のできないことはやりたくないというよりも、やらないほうがいい」というのは、私も常々実感することなので、タイトルにもなっている「拾われる力」の重要さには非常に共感できたように思います。読後は、私も自分のことを拾ってきてくれた色々な人に、もっと感謝しようという気になりました。
◇
『SUPERな写真家』レスリー・キー 著(朝日出版社/2013年)
2冊目は、『SUPERな写真家』。写真界隈では大きな話題となった、2013年に起きたわいせつ図画頒布の疑いによる著者レスリー・キーの逮捕という出来事から、本書は始まります。釈放までの3日間の記録を通して、アートについて、あるいは写真が持つ力について考えさせられます。
2章目からは、シンガポールでの生い立ちに始まり、カメラを手に入れてからの生活が描かれます。「夢の国」日本に移り住み、専門学校に入学してからファッション写真家として成功するまでの道のりを記した文章には、レスリーのすさまじい熱量と共に、写真に対する真摯さと行動力が読み取れます。
やるべきことをやった人にこそ運が回ってくるのだという希望が、そこにはあるように思いました。ひとりのアーティストの大きな「夢」が人を惹きつけ、多くを巻き込んでいく力になっていくことが、本書からは伝わります。
◇
『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』真山知幸 著(実務教育出版/2023年)
最後は、『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』。自分のやるべき仕事が得られる充実した日々を過ごしていても、やはりアーティストも日々の雑事や人間関係から逃れたくなることがあるでしょう。本書には、そのようなときに歴史に名を残した文豪たちがどう逃げてきたかが編まれています。
結婚式から逃げた石川啄木、ロンドンの人間関係から引きこもった夏目漱石、あらゆる職場で仕事をさぼりまくった江戸川乱歩、小学校以外全ての学校を中退した萩原朔太郎など、様々な文筆家の「逃避」から、人間としての文豪たちの人となりと生活が垣間見えます。
一方、第七章では「むしろ逃亡しないのがヤバい文豪」が描かれます。激務の大蔵省で官僚として働きながら執筆し続けた三島由紀夫や、戦争や事故で何度も死にかけながらも驚異的な生命力を発揮したヘミングウェイの話を読んでいると、自分にはこんな胆力はまるでないから、やっぱり辛いことからは逃げておこうという気になります。