写真を巡る、今日の読書

第74回:顔の見えないポートレート「Known Unknown」

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

今年上梓された作品から

気づけば年の瀬も迫ってきました。つい最近まで夏だったような気がしますが、木々の葉も色づき、季節も急激に変わってきたように思います。

今年もこの連載では多くの写真集を取り上げてきましたが、大体何らかのテーマに沿ってご紹介していたため、いくつか注目していたものの取り上げる機会を逸してしまっていた写真集もあります、今日は、そんな中から今年上梓された作品をリストにしておきたいと思います。

『明るくていい部屋』金川晋吾 著(ふげん社/2024年)

1冊目は、『明るくていい部屋』。写真家の金川晋吾の作品は、過去の連載でもいくつか取り上げてきましたが、常に人と人、他者との関係性に関する新たな価値観に気付かされる点において、現代写真家のなかでも今非常に注目すべき作家の1人だと言えます。

実際今年は、第40回写真の町東川賞新人作家賞の受賞や、東京都写真美術館における「現在地のまなざし 日本の新進作家 vol.21」への出品など、活躍の場を大きく広げた年となりました。

本作は、2019年から現在までの、アーティストの百瀬文と斎藤玲児と自身による、女男男3人の共同生活を綴ったものになっており、さらに2022年には森山泰地が加わった4者の関係性を描いています。写真そのものから伝わる雰囲気や情報もそうですが、巻末のテキストには3人の生活が始まるまでの顛末と、男女の関係性における金川の心情や考え方の遷移が細やかに記録されており、改めて自分の持っている思い込みに気付かされます。

複数の異性との関係を求めるポリアモリーという概念についても、本書をきっかけに知り、より広い観点で他者との関係性に考えを寄せる1冊にもなったと思います。

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『Known Unknown』村上賀子 著(ふげん社/2024年)

2冊目は、『Known Unknown』。本作は、第23回(2021年度)三木淳賞を受賞した同作がまとめられた写真集であり、巻末には作者によるステートメントと共に、第167回芥川賞を受賞した高瀬隼子による「顔の写真」に関するテキストが掲載されています。

本書を捲りながら思うのは、顔の見えないポートレートに関する、見える/見えないの関係性と、顔という情報の強さです。顔という情報が見えないことによって、見る側は身体全体のフォルムや風景との調和、あるいは画面全体に満ちる雰囲気のようなものに注目するようになります。注目するというよりは、視線が漂うという感覚かもしれません。

構図やポージングそのものは、どこか伝統的な絵画に倣うことで、日常の風景でありながらセットアップされた非日常の景色が強調されるようです。静けさの中にどこか不穏な不安定さが感じられる1冊になっていると思います。

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『移住 migration』露口啓二 著(赤々舎/2024年)

最後は、『移住』。著者は、北海道の歴史と風景に着目したシリーズ『地名』や人間の生活の痕跡に繁茂する自然をテーマとした『自然史』でも知られる露口啓二。

本作は、何らかの状況によって移住を強いられた人々に関わる地域や領域に焦点を当てて編まれた1冊です。内地からの植民の対象となった北海道と、開拓使と呼ばれる官庁が置かれた東京や札幌といった都市の風景をはじめ、鉱山地域の衰退と消滅後の風景、東日本大震災による福島の帰宅困難地域などを捉えることで、その地における歴史の本来の意味のようなものに積極的にアプローチしています。

居住地から排除されたその歴史を追いつつ見る渋谷や札幌の風景は、見慣れた都市の光景ではなく、時間の層、事実の層がレイヤー化することで全く別の意味を描き出す風景となるのが、ページを捲るたびに強く認識されるようになります。流れ去ってしまうような土地の記憶を、炙り出すようにして見る側に意識させるアプローチは、ドキュメンタリーとしての、また写真表現としての最もストレートで強固な視点と姿勢が感じられるものではないかと思います。

真摯に歴史に目を向けるそのきっかけと、写真というメディアが持つ力に気付かされる1冊になるのではないでしょうか。是非、1度目を通してほしい写真集です。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。