写真を巡る、今日の読書
第73回:写真芸術の広まりを雑誌から考察…愛好家必携の1冊『日本写真史 写真雑誌 1874‐1985』
2024年11月27日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
現代写真に触れる
先日、スウェーデンの首都ストックホルムの写真学校で、日本の写真芸術に関する講演を行なってきました。本年度の私のゼミは、同校の学生との共同プロジェクトとして、お互いの学校の学生が交流しながら制作を進めてきたのですが、その成果のひとつとして現地で展示を行い、そのついでと言ってはなんですが、あちらの学校でお話しする機会をいただいたわけです。
基本的には、私の自著である『写真を紡ぐキーワード123』で触れた写真史を元に話したのですが、その他にも様々な書籍を参考にしつつ講義を行いましたので、今回はそのうちの何冊かをご紹介したいと思います。
『キーワードで読む現代日本写真』飯沢耕太郎 著(フィルムアート社/2017年)
1冊目は、『キーワードで読む現代日本写真』。著者は多くの写真批評、写真史の書籍を手掛けてきた飯沢耕太郎です。大きくは「用語」と「写真家」に分かれており、それぞれの観点から日本の現代写真について解説しています。
用語編では「ヴァナキュラー写真」や「アレ・ブレ・ボケ」、「パリ・フォト」などの写真に関する単語の説明から、「LGBT」「肖像権」「政治性」など社会的な問題における写真の関わり方まで、幅広く様々な視点から写真文化に触れることが可能です。
また写真家編では、現代日本を代表する写真家の解説が展開されており、より実際的な写真表現について知ることができます。また、用語編とも連携しており、例えば杉本博司の項では、関連する用語として「インスタレーション」や「コンストラクテッド・フォト」などがリンクされており、すぐに参照を引くことができます。
それぞれの解説も簡潔にまとめられているため、読みやすい1冊だと言えるでしょう。
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『現代写真とは何だろう』後藤繁雄 著(筑摩書房/2024年)
2冊目は、『現代写真とは何だろう』。著者は、ディレクター、研究者、編集者、アートプロデューサーなど様々な立場から現代写真に関わり続けてきた後藤繁雄。それぞれの内容も自身のインタビューや実際の経験を交えて構成しているため、非常にリアルでスリリングな写真表現の現場を垣間見ることができます。
技法や考え方、発表媒体など、その在り方自身が拡張し続けている現代写真の複雑さと面白さに触れられます。写真という媒体に妙な決めつけやルールを適用せずに、そのうねりや広がりに身を任せて現代写真について考えられるのは、後藤が写真だけを主戦場とせず、音楽やその他の視覚芸術にも広く携わってきた経験があるからでしょう。
ホンマタカシや志賀理江子などの日本人写真家だけでなく、スティーブン・ショアやヴォルフガング・ティルマンス、ザネレ・ムホリといった現代を代表する重要な写真家についても多く触れられており、これらの作家が写真史という1つの流れの中で、どのような文脈をもって評価されているのかということがしっかりと解説されています。
まさに文脈の上で写真を見るということが、現代写真を楽しむポイントでもあるため、この1冊を読んでから今の写真を眺めると、また違った視点で写真芸術を楽しむことができるようになるでしょう。
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『日本写真史 写真雑誌 1874‐1985』金子隆一ほか 編(平凡社/2024年)
3冊目は、『日本写真史 写真雑誌 1874‐1985』。日本の写真を語るとき、写真雑誌が育んだ独自の文化とその発展について触れないわけにはいきません。現在では、ほとんどの写真雑誌が休刊になってしまっていますが、日本を代表するような重要作の多くが写真雑誌、カメラ雑誌への発表を経て広まっていった歴史があります。
本書はそのような写真雑誌掲載時の記録を一望できる1冊として、非常に重要な書籍だと言えるでしょう。その当時の時代とも密接に関わってきた写真芸術を、写真家や写真集からではなく、写真雑誌から考察することで、それぞれの写真表現をより深く理解できると共に、写真家の切実な視線がリアルに感じ取れます。
『カメラ毎日』や『アサヒカメラ』といった発行部数の多い商業雑誌から、少部数の同人雑誌まで網羅されており、掲載されている作品にも、写真集などには未掲載であろうと思われる作品などを見つけることがあって、非常に読み応えがあります。判型も大きく、500ページにわたる大著ですが、写真に関連する人間にとっては必携の1冊と言えるのではないかと思います。