写真を巡る、今日の読書

第50回:自分が初めて感動した写真作品の美しさ

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

自らの原点とも言える「写真」

年が明けると、いくつかの写真集を棚から抜き出してゆっくりと眺めることが、毎年の恒例になっています。私なりの験担ぎと言いますか、名作と呼ばれる写真集や自分にとって特別な一冊をじっくりと見直すことで、新しい年もまた丁寧に、真摯に写真に向き合おうという気にさせられるのです。

世の中はどんどん先に進んでいきますし、写真の世界でも生成AIやNFTといった新たな仕組みがここ数年で積極的に用いられるようなりました。カメラを見ても、メカニカルシャッターを排除したニコンのZ 9やZ 8、グローバルシャッターを採用したソニーのα9 IIIといった次世代の製品が現れています。

私たちはそのような新たな仕組みや技術を使い、次の写真表現を目指していく必要があるわけですが、一方で、自らの原点とも言える「写真」そのものは、いつまでも変わらないものでもあります。自分が初めて感動した写真作品の美しさや強さ、あるいは表現の可能性というものは、今も全く色褪せずに、変わらず自分を鼓舞し続けてくれることを、毎年、年の初めに様々な写真集をめくることで再確認できます。今回は、そんなときに開く、私にとっても非常に重要な写真集をいくつかご紹介したいと思います。

『Stephen Shore: Uncommon Places: The Complete Works』Stephan Schmidt-Wulffen Lynne Tillman 著(Thames & Hudson・2014年)

一冊目は、『Stephen Shore: Uncommon Places: The Complete Works』。本書は、1982年に出版されたオリジナルの『UNCOMMON PLACES』の増補改定版となる一冊です。

オリジナルの写真集は49枚の写真がセレクトされた64ページの本でしたが、改訂版はより多くの写真と資料などが掲載された200ページを超える写真集として再編集されています。ニューカラーと呼ばれた時代を象徴する作品であり、荒々しいモノクロームのスナップとは対照的な、デッドパンと呼ばれる静かで均整の取れた撮影方法は、現代においても数多くの写真家の表現に影響を与えています。

十代の頃からその類稀な才能を発揮したショアの写真には、アンディ・ウォーホルのファクトリーを捉えたモノクローム作品など、他にも注目すべき仕事は多くありますが、本作「Uncommon Places」と「American Surfaces」はその中でも特に重要な作品として、入手できる今のうちに写真集を入手しておきたいところだと思います。写真集の他、写真芸術について解説した、ショア独自の写真入門書『写真の本質』なども面白い本です。興味を持たれた方はこちらも是非。

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『狩人』森山大道 写真(青幻舎・2013年)

二冊目は、森山大道の『狩人』。ショアのカラー写真表現とは対極的な位置にある、荒々しく躍動的なモノクローム写真で展開された一冊です。

『にっぽん劇場写真帖』以降の1960年代後半から1971年末までに撮影された写真をまとめた一冊ですが、新宿や渋谷といった街から抜け出し、日本各地で撮られたイメージは、場所性や意味が排除され、アレ・ブレ・ボケの像そのものがより強く「写真」を形成しています。

同じロードトリップの中で得られた、ショアの「見たまま」のカラー写真に比べると、写真表現の振り幅の大きさが良く分かります。直感的、刹那的な、写真の視覚的快楽が感じられる写真でもあるでしょう。森山大道写真集成の第二集に位置付けられている本書も、入手可能なうちに手に入れておきたい傑作のひとつだと言えます。

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『常世の虫 改訂版』原芳市 著(蒼穹舎・2023年)

最後は、原芳市の『常世の虫』。長くストリップの世界を記録し続けてきた写真家として知られる一方、美しいモノクロームによって詩的なスナップを多く残した原の代表作を改訂復刊した一冊です。

私自身は、2020年まで発刊されていた月刊誌『カメラマン』の月例フォトコンテストで審査をご一緒していた時期があり、毎月の審査が終わった後、編集部の方々と共に新橋の居酒屋で写真の話を聞かせて頂いた経験があります。優しく、シャイな方でしたが、ストリップの現場の話や写真表現の話はいつも楽しく、その真摯な取り組みには幾度も感銘を受けたのを思い出します。

本書をはじめ、『現の闇』や『光あるうちに』にもサインを頂きながら一枚一枚解説いただき、その世界観に深く触れられたのは、私にとって本当に貴重な経験であったと今も思います。美しい光と、不思議な湿度が含まれた白黒の写真群からは、原芳市という無二の写真家の視点が豊かに感じられることだと思います。まだその映像を体験されたことのない方には、是非この機会に手に取ってみてほしいと思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。