写真を巡る、今日の読書
第51回:文筆家としても活動する写真家…“なぜ写真を撮るのか”の答えを探す
2024年1月24日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
写真に向かう立場や姿勢
写真家には、文筆家としても活動する作家が多くいます。また、私は写真家が書く文章というものが好きでもあります。この連載でも以前取り上げた鬼海弘雄のエッセイなどは随分繰り返し読んでいますし、他にも土門拳や小林紀晴、大辻清司など、写真作品とは別にその文章に惹かれる作家は多く挙げられます。
私と近い年代の作家で言うと、植本一子の日記を主体としたエッセイなども、いつも読むのを楽しみにしているもののひとつです。自分の職業と近いことから来る共感やリアリティなどもあるでしょう。しかし、それぞれが生きている時代や環境はもちろん違いますから、そこで感じる各々の切実さというものが、写真という芸術の多様性とも重なって、より興味深く読んでいるということなのかもしれません。
今日は、最近読んだなかで特に印象に残っているものをいくつかご紹介したいと思います。どれも、最終的には作品や写真に結実するまでの過程や逡巡が垣間見られるものですが、それぞれが写真に向かう立場や姿勢というものが豊かに感じられるのではないかと思います。なぜ写真を撮るのか、なぜ作るのかということの答えのひとつもそこにはあるでしょう。
『いなくなっていない父』金川晋吾 著(晶文社・2023年)
一冊目は、『いなくなっていない父』。著者は、2016年に「失踪」を繰り返す父を被写体に、父との関係性を捉えた写真集『Father』を発表した金川晋吾。本書は、その後に書かれたエッセイになっています。
私自身も感じることなのですが、作品としてひとつのテーマをまとめあげるとき、そこにはその時の自分の感情や状況、あるいは表現といったものが強く影響します。そのため、現時点の自分が後から見返すとなにかしらの違和感があったり、あるいは少し自分の見方とは違う評価が社会で広がったりしていることがあります。
この本の中で、著者は自らが写真を学び志すその過程を描きつつ、『Father』という写真集がどのようにして生まれたのかを丁寧に振り返ることで、その違和感や評価について再考しています。また、後半は「NHK」と題した日記により、テレビ局からの取材に関する一連の出来事をまとめています。
金川晋吾という一人の写真家を通じて、非常に細やかな部分まで写真家という仕事や生き方に触れられる一冊になっていると思います。
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『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』長島有里枝 写真(白水社・2022年)
二冊目は、『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』。著者は、木村伊兵衛賞受賞作家であり、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』でかつての自身の評価をフェミニズムの視点から再考し、当時の「女の子写真」という扱いを徹底的に批判した、日本写真協会学芸賞受賞者の長島有里枝。現代におけるフェミニズムの展開と共に、写真表現をリードし続けてきた作家として知られています。
本書で描かれているのは、「母」との関係性。「Shelter for our secret」と「縫うこと、着ること、語ること。」の二つの作品を通して協働した二人の「母」(自身の母親と、パートナーの母親)との制作日記が元になっています。一冊目で取り上げられていた「父」との関係もそうですが、本書を読むと自分自身が持っている「母」への思いや、様々な記憶、現在の関係性といったものが頭を巡ります。
本書に書かれている、家族という関係性の中でこそ生じる複雑なずれやすれ違い、屈折した感情というものは、少なからず誰もが持っているものではないかと思います。また、「子」としての自分の感覚と、子供をもち、「親」となった自分の感覚の違いも、そこではまた露わになります。
家族について、自分について、アートについて、表現について、女性の物語としてだけではない示唆に富んだ一冊になっています。
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『山の音』大森克己 著(プレジデント社・2022年)
最後は、作家活動をはじめ、雑誌取材やミュージシャンのポートレート撮影などに長年携わってきた大森克己の『山の音』です。写真とエッセイにも取り組んできた著者の、初めての文章のみの単著でもあります。
写真のことや家族友人のこと、音楽のこと、映画のことなど日々に連なる様々なことを、それぞれ短いエッセイで綴っています。著者独自のユーモアとスピード感があり、時にシニカルで鋭い視点を交えて軽やかな文体で書き連ねられた厚い本ではありますが、どこから開いても読み進められる作りになっています。
本編のエッセイの他、「ほぼ日刊イトイ新聞」の奥野武範との対談や、写真家の川内倫子との往復書簡、2020年から2022年までの日記なども収録されています。一人の写真家が日々何に出会い、誰と話し、何を撮ってきたのかが眺められます。写真には写らないけれど、確かにその写真の一部となっている様々な思いや音、匂いといったものが、紡がれた言葉のなかから感じられるような気がしました。
文章の中に出てくる多彩なミュージシャンや映画、飲み屋の名前を拾いながら、自分より少し上の世代のカルチャーを知るのも、個人的には楽しい読書体験でした。