写真を巡る、今日の読書
第16回:一コマに描く情景。漫画の切り口から学んでみる
2022年9月21日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
漫画の切り口から学ぶ
子供の頃から漫画が好きで、小学生の時には神社の階段で週刊少年ジャンプをみんなで回し読みしたり、親にせがんで貸本屋で借りて読んだりしていました。東京で育った妻にその話をすると、貸本屋なんて見たことないと言われました。私にとっては少年時代を鮮やかに彩ってくれた場所のひとつだったのですが、人によって趣味や環境は様々ということなんでしょう。
さて、そんなわけで今日はいくつかの漫画を取り上げてみたいと思います。その時代の出来事や創作した物語をどのようにして作品に仕上げるのか、固定された一コマの絵にどれだけ豊かな情報や表情を描き切るのかといったことを考えると、漫画の切り口というのは写真家の私にとって、今も非常に刺激的なメディアのひとつです。
『愛…しりそめし頃に…』藤子不二雄A 著(小学館・1997年)
一冊目は、「愛…しりそめし頃に…」。藤子不二雄Aによる、伝説のトキワ荘を舞台にした自伝的青春譚です。名作「まんが道」の続編でもあります。
ある程度漫画家として仕事をし始めてからの物語ですが、日々の生活や収入など、そこはかとなく漂う目の前の不安と舞い降りるチャンスのコントラストが、同じように仕事を始めたばかりの頃の自分に重なります。すぐそばには石ノ森章太郎という売れっ子や、時に厳しく、それでも常に助けてくれる寺田ヒロオがいて、刺激され、応援されながら繊細な創作をこつこつ続けていく姿には、読者である自分自身が一番励まされるようです。
普段は少し暗いトーンで描かれる室内や廊下が、手塚治虫が訪れるとパッと明るく描かれ、読んでいるこちらまで光を照らされるような気分になるあたりが、藤子不二雄Aの感情表現の凄さだなと思わされます。是非全巻大人買いしてほしいところですが、今はKindleで手軽に楽しむこともできるようなので、未読の方は是非。
◇
『ギャラクシー銀座』長尾謙一郎 著(小学館・2008年)
二冊目は、「ギャラクシー銀座」。作者は「おしゃれ手帖」などの代表作がある長尾謙一郎です。
本作を端的に表すと、ひたすら不条理でサイケデリックな漫画だと言えます。「おしゃれ手帖」も不条理で荒唐無稽な物語でしたが、比較的明るい雰囲気を残した作品です。「ギャラクシー銀座」は、ダークホラーやSF、フェティッシュ、犯罪、宗教などの要素が絡み合い、強烈な個性を持ったキャラクターが細切れに話を進めていきます。映画で言うと、本連載の第13回目で取り上げたデヴィッド・リンチの世界観に近いと思います。
現実と夢と幻覚とが境界なく混ざり合い、無秩序で不穏なストーリーを疾走するように描かれる本作は、人によって好みが分かれるところだと思いますが、私は作品として非常に印象深く、ある種孤高の存在感を放つ一作だと感じています。
◇
『気まぐれコンセプト 完全版』ホイチョイ・プロダクションズ 作(小学館・2016年)
三冊目は、「気まぐれコンセプト 完全版」。1981年から2016年までの35年間の、週刊ビッグコミックスピリッツ上での連載からセレクトされた一冊になっています。
広告会社を舞台に、その時代ごとの流行や出来事を取り上げているため、一冊を通して1980年代のバブル絶頂期から、ITバブル後の空気感、個人の時代となった2010年代まで濃密に感じとることができます。その年、その月を象徴するような商品やサービス、文化を強調しており、時には陰がありながらも常に明るく調子の良い社員たちの奮闘を軸に、その時代の社会と時代の空気感が描かれています。
漫画で読む日本の現代史としてみても、非常に興味深い一冊になるでしょう。私は日本の景気が完全に後退してから社会人になったので、1980年代の出来事はおとぎ話のような感覚で認識しているのですが、その頃すでに仕事をされていた方には、リアリティを持って思い返していただけるのではないでしょうか。