写真を巡る、今日の読書

第13回:デヴィッド・リンチ、エドワード・ホッパー、グレゴリー・クリュードソンの作品世界に触れる

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

『デヴィッド・リンチ展 ~暴力と静寂に棲むカオス ペーパーバック』デヴィッド・リンチ 著(赤々舎・2012年)

熱い夏の日々は、専ら映画鑑賞という方も多いのではないでしょうか。私も先日、サブスクリプションサービスで、熱帯夜にサイコホラー映画を観ていたのですが、そこでふとデヴィッド・リンチのことを思い出しました。

学生時代に「ツイン・ピークス」で知り、「マルホランド・ドライブ」や「インランド・エンパイア」の世界観や実験性にはずいぶん影響を受けたものです。複雑に入り組んだシーンの連続によって、現実と夢と記憶、それに加えて全く関係の無いシーンが交雑する、無秩序で不穏なストーリーを友人と繰り返し観た記憶があります。

その後、2010年頃からアーティストとしてのデヴィッド・リンチのドローイングや写真作品、ショートフィルムなどを紹介する展覧会が立て続けに日本で行われた時期があり、今日最初に紹介する『デヴィッド・リンチ展 ~暴力と静寂に棲むカオス』は、2012年にラフォーレミュージアム原宿で行われた同展示のカタログとして出版された書籍です。

フランシス・ベーコンやシュルレアリスムの影響が色濃く感じられるドローイングを始め、現代美術家としてのデヴィッド・リンチを垣間見ることができる一冊です。「Light and darkness of hollywood」と題された、デヴィッド・リンチの創造力を巡るフォトエッセイも掲載されています。

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『エドワード・ホッパー作品集』江崎聡子 著(東京美術・2022年)

さて、デヴィッド・リンチと言えば寓話的で様々な隠喩に溢れた舞台的な映像美が特徴的ですが、そこには多くの作家の影響が割とダイレクトに現れています。本人も様々なインタビューで答えていますが、例えばオランダのVoorDeFilmが制作しYouTubeで配信したビデオエッセイ「The Art of David Lynch」では、先のフランシス・ベーコンに加えてルネ・マグリットやエドワード・ホッパーなどの作品をどのように引用したのかが詳しく比較されています。

エドワード・ホッパーと言えば、1942年に制作された、深夜の街角の食堂を描いた「ナイトホークス」に代表される、映画の一場面を捉えたような独特の暗さと孤独感を含んだ、物語性のある情景を描く画家として知られています。

1920年代から30年代のアメリカに漂う暗い雰囲気を題材にしたとされる様々な場面には、冷たい明るさが感じられる人工光や、人と人との微妙な距離感、明るい画面の中に漂う虚無感のようなものが感じられます。シュルレアリスティックでありながらどこかポップで、ありありとした現実を感じさせるその作品群は、確かにデヴィッド・リンチの世界に引き継がれているのが分かります。

二冊目として紹介する『エドワード・ホッパー作品集』には、その代表作と共に非常に詳しい解説がまとめられており、時代背景や美術の流れを軸にして、ホッパーの作品世界に踏み込むための最良の一冊になるでしょう。写真表現を行なっている方にも人気の高い画家でもありますので、この機会に是非手に取ってみてほしいと思います。

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『Twilight: Photographs by Gregory Crewdson』Rick Moody 著(Harry N. Abrams・2002年)

写真史を見てみると、エドワード・ホッパーの影響は、多くの写真家の作品にも現れています。何気ない場面でありながら豊かな物語性をはらんだ情景描写や、光と影を巧みに用いた手法は、ロバート・アダムスの空虚な人工風景や、ジョエル・マイエロウィッツ、ウィリアム・エグルストンなどのカラー写真表現などに共通するものが感じられます。

その中でも、『Twilight: Photographs by Gregory Crewdson』で見られるグレゴリー・クリュードソンの作品群は、舞台性や不穏な世界観、独特なライティングなどにおいて、エドワード・ホッパーの絵画とデヴィッド・リンチの映像を引き継ぎ、写真に置き換えたような表現を思わせます。

ステージド・フォトグラフィーと呼ばれる演出を加えた写真を、壮大なスケールで制作する写真家として知られ、美術としてだけでなく商業写真の分野にも大きな影響を与えた作家です。本書の表紙に採用されている、「オフィーリア」をモチーフとした作品を始め、壮大でどこか不穏なSF的物語を凝縮した、タブローとしての写真表現を眺めることができるでしょう。巻末では、制作の舞台裏を公開するテクニカルノートや、多くのスタッフのクレジットがエンドロールさながらに掲載されており、ここでも映画的なプロジェクトがイメージされます。

いつもとは少し違い、今日はデヴィッド・リンチというひとりの作家を起点にして本を紹介しました。このようにして眺めてみると、少し文脈が分かり、それぞれのアーティストの作品をいつもとは少し違う視点で解釈することができそうです。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。