写真を巡る、今日の読書

第14回:写真から生まれた物語

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

文学の世界にも、写真が関わる作品は多くあります

写真を見ていると、頭の中で様々な物語や感情が呼び起こされることがあります。それらは時に、アーティストたちの創作の原点となってきました。

例えば、エティエンヌ=ジュール・マレーの連続写真が、マルセル・デュシャンの「階段を降りる裸体」の制作に与えた影響などは、美術史において良く取り上げられる話のひとつです。もちろん文学の世界にも、写真が関わる作品は多くあります。

今日は、そのような作品をいくつか紹介したいと思います。夏の終わりの読書に選ばれると、段々と涼しくなっていく秋に向け、良い刺激が得られるかもしれません。

『地底旅行』ジュール・ヴェルヌ 著(東京創元社・1968年)

一冊目は、ジュール・ヴェルヌの代表作のひとつである『地底旅行』です。

みなさんは、ナダールという写真家をご存知でしょうか。19世紀後半に、パリで肖像写真家として活躍した人物です。ナダールは、肖像撮影のほかにも気球からの空中撮影や、パリの地下に広がるカタコンベ(地下墓所)の撮影など、様々なモチーフや視点を写真表現として開拓したことでも知られています。

ナダールの友人であったヴェルヌは、その映像に強く影響を受けていたと言われています。地下に広がる空間から得られた閃きが、本作の始まりになったのではないかと想像しながら読んでみると、これまでとはまた違った観点が得られるかもしれません。

アイスランドの火山の火口から地球の中心に降りようとするこの小説は、きっと多くの方が子供の頃に一度は夢中になって読んだ話のひとつではないでしょうか。久しぶりに開くと、少年時代に感じた冒険への憧れが思い出されるようでした。

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『オールドレンズの神のもとで』堀江敏幸 著(文春文庫・2022年)

次は『オールドレンズの神のもとで』。18篇の短編小説集です。

表題作は、2015年にフランスで刊行された植田正治の写真集に合わせて書かれた短編になります。ベス単で撮影された独特のソフトフォーカスが用いられたモノクローム写真から始まり、カラー作品へ移行していく一冊の写真集の流れから着想を得ており、色の無い世界と色を受け入れる戸惑いのようなものを、ある一族の話として描いた超現実的な世界観の作品になっています。

読んでいると、植田正治の構成的なシュルレアリスムの影響が感じられる写真群が頭の中で像を結ぶようで、まさに植田調の文体とも言えるものが感じられる作品になっています。他の短編も、著者独特の精緻で静かな表現が感じられ、大事に少しずつ読みたくなる一冊です。

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『舞踏会へ向かう三人の農夫』リチャード・パワーズ 著、柴田元幸 訳(河出文庫・2018年)

最後に、『舞踏会へ向かう三人の農夫』(上下巻)をご紹介します。表紙に掲載されている、アウグスト・ザンダーが1914年に撮影した一枚の写真をきっかけにして展開される小説です。

第一次世界大戦を軸に、物語と思索が複雑に絡み合いながら20世紀という時代が紐解かれていきます。いくつかの話が並行して進んでいき、その中では機械や伝記、歴史について論じられていく部分も多くあります。

個人的には、いくつかの章の中で書かれている、写真を見るということについての写真論は、本作の中でも興味深く読み込んだ部分のひとつでした。スケール感や展開、広がりにおいて非常に独特な小説であり、青春群像でもありミステリー要素も含む20世紀論という、不思議な読書体験となった一冊です。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。