写真を巡る、今日の読書

第12回:落語から学ぶ、「話す」ということ

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

写真家も「話す」ことが増えてきた

自宅の本棚を眺めてみると、写真とは直接関わりのなさそうな類の本がまとめられている箇所がいくつかあります。そのひとつが、落語についての棚です。私は元々人前で話すのが苦手なのですが、プレゼンテーションや講演、講義を行ったりと、写真家という仕事のひとつとして「話す」ことが増えてきた時期に、いくばくかの処方になるかと目を向けたのが落語でした。

YouTubeで検索し、気に入った噺家のDVDを眺めながら古典落語から新作落語まで、様々な話し方や声の使い方を観て、なるほどこんな具合かと真似、ついでにいくつか噺を覚え、ぶつぶつと練習しながら抑揚の付け方や間の取り方を学びました。話すときには、会場の一番奥にいるお客さんの少し上あたりの空間を見て話すと、声も通るし観客からも落ち着いた姿に見える、なんてことも落語に関する本から知ったことのひとつでした。

何よりも、落語というものの面白さも格別だったのですが、その話に立ち入ると長くなるので、早速今日は落語関連で、落語に触れた機会があまり無い方も含めて良い読書になるのではないかと思った本をいくつか紹介したいと思います。

『ま・く・ら』柳家小三治 著(講談社文庫・1998年)

一冊目は、『ま・く・ら』。著者は、昨年亡くなった十代目柳家小三治です。

「まくら(枕)」というのは、落語の本編に入る前のちょっとした小噺で、演目に関する時代背景や知識をさりげなく説明しつつ行う前フリのようなものです。大抵は噺に入る前の数分程度ということが多いのですが、柳家小三治はこの「まくら」が本編そのものだとして「まくらの小三治」と称されたことで有名な噺家です。外国旅行のことや戦後の話を、ひとつの芸の域にまで練って語られるまくらは、珠玉のエッセイそのものであると言っても良いでしょう。

個人的には、この本に収められている、たまごかけご飯の話はいつまでも心に残っています。暑い夏には、するっと食べられるたまごかけご飯は重宝するという方も多いのではないでしょうか。みなさんは、どうやって食べるでしょう。お椀にたまごを落とし、醤油を垂らしてたまごをよくかき混ぜてから白飯にかける、という方は多いのでは無いでしょうか。私も、この話を読むまではそうでした。そんな方は、是非ここだけでも読んでみてほしいと思います。

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『赤めだか』立川談春 著(扶桑社・2008年)

二冊目は、「赤めだか」。著者の立川談春の修行時代が書かれた、自伝的エッセイです。師匠である立川談志の立川流への入門、志の輔や志らく、あるいは道半ばで辞めていった兄弟弟子との日々を通して、ひとりの噺家の青春が生き生きと描かれます。

修行時代の話というのは、美術家や写真家など様々な人物の本を通して読んできましたが、「赤めだか」はその読み応えと面白さにおいて、白眉のひとつだと思います。2015年には、TBSが二宮和也主演でテレビドラマ版を製作したことでも注目されました。しかしながら、私個人としては書籍の方がおすすめで、何よりも文章そのものが立板に水と言いますか、噺家の流麗な喋りをそのまま聴いているようで、何とも心地の良い読書体験になるのが特徴です。

立川談春という落語家を通した、立川談志の落語論、教育論として読んでも面白いのではないかと思います。

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『現代落語論』立川談志 著(三一書房・1965年)

最後は、『現代落語論』。著者の立川談志の名は、落語に興味のない方でも一度は聞いたことのある名前だと思います。上記の二冊と比べると、落語という芸と文化そのものについてまとめた教養的な内容は多いのですが、落語を通して人間社会と現代を語るという点において非常に重要な本だと私は思います。

晩年に書かれた『談志最後の落語論』(ちくま文庫)の方が、思考も言葉もより洗練されていて読みやすいのですが、原点としての本書は、立川談志の哲学そのものが高密度に濃縮された、荒く熱い塊のような感覚があり個人的にはおすすめです。

余談ですが、私は立川談志の最後の高座となった2011年の一門会を会場で見ており、激しく咳き込み、時折声を止めつつ演じた「長屋の花見」、今日は調子が良いと言って、舞台裏のスタッフをざわめかせながら続けて演じた「蜘蛛駕籠」、幕が下りるときの強く見開いた立川談志の目は今でも忘れられません。静まり返った客席の異様な雰囲気も含めて、強く記憶に残っている光景のひとつです。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。