写真を巡る、今日の読書

第4回:優れた文章を残した写真家たち

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

写真家が“書き記した”記録をよむ

今回は、エッセイを中心に読み物を紹介したいと思います。写真家の仕事というのは割と多様で、ご存知の通り写真を撮るというだけではありません。写真論や随筆、ルポルタージュ、小説など、ジャンルは様々ですが、文章を用いて記録や表現を行う作家も非常に多くいます。

星野道夫や鬼海弘雄、小林紀晴、土門拳など、独特の筆致による優れた文章を残してきた写真家は数え切れないほどです。個人的にも、藤代冥砂の『ライド・ライド・ライド』や、大辻清司の『写真ノート』など、心に残っている書き物は多くあります。残念ながらこの二冊は既に絶版のため入手が困難ですが、図書館や古書店など、どこかで見かけたら是非手に取ってみてほしいと思います。

このジャンルは紹介したい本が多すぎて迷うところですが、とりあえずは書棚を眺めて目が合ったもの(かつ現在入手可能な本)から開いていきたいと思います。

『木村伊兵衛傑作選+エッセイ「僕とライカ」』木村伊兵衛 著(朝日文庫・2019年)

一冊目は、『木村伊兵衛傑作選+エッセイ「僕とライカ」』。言わずと知れたスナップの名手ですが、洒脱な話術や文章表現で良く知られた写真家でもあります。

前半は代表作と自作の解説が掲載されており、後半は様々なエッセイや、土門拳、徳川夢声などとの対談が収録されています。個人的には、アンリ・カルティエ=ブレッソンとの邂逅を記した章が、自身の興奮や感動が直に伝わってくるような熱量を放っていて特に印象的でした。

飄々と、時には少し斜めに見たような物言いが特徴的な木村伊兵衛の文章のなかで、ブレッソンと過ごした日々を描いた文章からだけは、少年のような無邪気で純粋な、屈託のない人間味が感じられるようです。

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『アートの起源』杉本博司 監修(誠文堂新光社・2012年)

二冊目は『アートの起源』。著者は、現代美術家・写真家として知られる杉本博司氏。本書の他にも『苔のむすまで』『現な像』などの著書があり、古美術や宗教、科学、建築など様々な切り口から、一貫した視点で評論や自説、エッセイを展開しています。現代美術の第一線で活動する中で考えられる「アートとはなにか」という紐解きが、それぞれの本に通底するテーマでもあります。

時間や歴史という観点から、あるいはマン・レイやマルセル・デュシャンという現代アートの始祖たちの試みから、アートがその時代ごとにどのような機能を果たしてきたのかということが全体から読み取れます。巻末には「歴史の歴史」と題した中沢新一氏との対談も収録されていて、杉本氏の展覧会を批評するかたちで話が様々に展開しており、これも読み応えのあるものになっています。

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『我が愛する詩人の伝記』室生犀星 著、濱谷浩 写真(中央公論新社・2021年)

最後に、詩人・小説家の室生犀星と写真家の濱谷浩による写文集『我が愛する詩人の伝記』です。室生犀星による十二人の詩人たちとの交流や思い出が、当時の日本の景色を交えつつ豊かに、つぶさに描かれています。

登場するのは、北原白秋、高村光太郎、萩原朔太郎、堀辰雄など、時代を代表する人物たちです。ただ柔らかく美しい思い出として記すのではなく、時に相手への羨望や妬みなども隠さずに、伝記という物語のなかに犀星自身の感情も含めて書き込むその文章からは、ありありとした、鮮やかな情景と人間味が感じられます。

加えて、伝記の中で取り上げたそれぞれの詩人とゆかりのある土地を濱谷浩が訪れ、「詩のふるさと」と題して文章の隣に写真を掲載しています。アジア人として初めてマグナム・フォトと契約した、民俗学や社会問題の見地から写真に取り組んだ写真家による、日本の原風景へのアプローチを眺めることができる貴重な一冊でもあります。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。