特別企画

話題の「スライダー」を静止画で使うには?

雲台メーカーらしい“粘り感” 作品の幅を広げよう

 最近、「スライダー」と呼ばれる動画撮影用のアクセサリーが脚光を浴びているのをご存じだろうか。実はこのアイテム、動画のみならず静止画撮影でも活用が可能という。

 このスライダーとはどういったものなのか、今回はメーカーの1つである平和精機工業にお話を伺った。

リーベックが7月に発売したスライダー「ALLEX S」

 平和精機工業はLibec(リーベック)ブランドで動画用の三脚などを製造している埼玉県八潮市のメーカーだ。静止画のカメラユーザーにはあまりなじみが無いかもしれないが、主にプロ用の三脚と雲台を始め、ジブアーム(小型クレーン)、ペデスタル(スタジオ用昇降装置)などを手がけており、テレビドラマ、特撮、ミュージックビデオ、ドキュメンタリー、映画などの撮影に使われている。

 同社の創業は1955年。現会長の山口勲氏が写真用三脚の製造で起こした会社だ。当時は木製三脚の時代で、他社ブランドのOEM生産を主としていた。ちなみに山口氏は来年2月で95歳だが現役で、雲台のグリスを塗る工程を担当しているとのこと。

左から平和精機工業 技術部 品質保証担当 係長の櫻庭剛志氏、同社開発設計部 シニアエンジニアの樋田信行氏、同社販売マーケティング部 係長の櫻井貴司氏

 1970年代にはVHSなどビデオ機器が普及したことで、主力を動画用三脚にスイッチ。80年代中盤にはソニーなど有名メーカーの三脚もOEMを手がけた。もともと「HEIWA」と言うブランドを使っていたが、“平和から生まれた自由(liberty)”という意味で1989年からビデオカメラ用サポート機材の新ブランドとしてLibecを立ち上げ、現在に至る。

埼玉県八潮市の平和精機工業本社。修理などのサポートもここで行っている

「スライダー」とは何か?

 そのリーベックから2014年7月にスライダーを含む新三脚のラインナップ「ALLEX」(アレックス)が登場した。以前「リーベックに聞くムービー用三脚の秘密」で紹介した「RSシリーズ」の下位のモデルだ。そのアイテムの1つとして「ALLEX S」というスライダーをリリースした。

 スライダーとは、カメラを載せたプラットフォーム(台)がレールを移動するというアイテム。移動撮影が手軽にできるとあって、とくにレンズ交換式デジカメで動画を撮る人から注目されているという。

リーベックのスライダーはプロの現場でも使われている

 動画撮影におけるスライダーの効果は、視点を滑らかに動かせると言うこと。「従来、定点で撮っていた2D的な映像から立体感のある映像を撮ることができます。これまで、移動撮影はレールを敷いたりする必要があり、多くの人員が必要で高嶺の花でした。しかし、スライダーによって手軽に1人でも移動撮影ができるようになったのです」(櫻井氏)。

 下の動画は、実際にスライダーを使用して撮影した動画だが、非常に滑らかな視点移動が実現できており印象的な動画に仕上がっている。



 櫻井氏は、静止画のユーザーにもぜひ動画撮影にチャレンジして欲しいと勧める。

「スライダーが1つあれば、静止画で終わっていたものが高品質な動画として表現できます。いろいろな方の動画作品を見ましたが、写真を撮っている方は構図と光の使い方が圧倒的に上手なんです。多くの写真ユーザーが高品質な動画も撮れるカメラを持っているわけですから、ぜひ動画作品にチャレンジして欲しいですね。スライダー単体で6万円という価格は安くはないですが、そこから生まれる作品の質は価格以上に高いものです」(櫻井氏)。

スライダーは単純な構造に見えるが、精密に作られた機器だ

国内メーカーによる安心のサポートが心強い

 櫻井氏によると、動画の分野では昨今アマチュアの機材が高性能化しており、プロと機材の差が無くなりつつあるという。そこで、プロはアマチュアと差を付けようと考え、視点移動という撮影に注目が集まっており、アングルにこだわった作品が増えているとのことだ。そこにリーベックが参入したことで、活気づいているそうだ。

 というのも、これまでスライダーは海外メーカー製しか無く、国内メーカーではリーベックが初めて製品化したとのこと。

「輸入品は保守パーツの供給やメンテナンスの不安から買い控えをしていた方もいらっしゃったと聞きます。リーベックの場合、修理も国内で行えますし国内メーカーということで安心感があると思います。実際、4月にアメリカの展示会で発表してから、日本の誌面やWebで取り上げられた回数は50を超えます。映像制作業界に対してはインパクトが強かったですね」(櫻井氏)。

 リーベックのスライダーは、ユーザーによる分解もできるので、ボールベアリング1個から交換が可能。製造は台湾だが、国内での保守パーツの在庫切れはほとんどないという。「サポート面でALLEXを指名買いする方も多いです」(櫻井氏)。

カメラ2台で「鉄ちゃんバー」的使い方も

 さて、ここまでは動画におけるスライダーの効用を説明したが、デジカメ Watch読者が主に撮影しているであろう静止画での活用方法も伺った。

 例えばある写真館では同社のスライダーにプラットフォーム(移動する台)を追加して2台のカメラを装着。いわゆる鉄ちゃんバーのような使い方をしている。集合写真などは予備も含めて2台以上のカメラで撮ることが多いためだそうだ。三脚の下にはドリー(台車)を装着して移動できるようにしてある。

ある写真館で静止画撮影に同社のスライダーが使われている。左右の撮影ポジションの微調整がしやすいのもメリット。三脚や雲台は写真用のものだ

 写真館にあるスタンドは持ち運びに不便だそうで、スライダーを使ったシステムであれば、出張撮影の際も簡単にバラして移動できるのがメリットという。

 このようにすれば、アップの絵と引きの絵の両方を同時に撮影することもできる。鉄ちゃんバーはアングルを移動する度に構図が変わってしまうが、スライダーは構図を保ったまま簡単にアングルの微調整ができる点が大きなメリットになっている。イベントなど人が多く集まる現場での撮影では、人の頭を避けたポジションに簡単に調整することなども可能とのこと。

 この写真館のシステムでリーベックのアイテムはスライダーとドリーだけ。三脚などは写真用の既存品がそのまま使えるのにも注目したい。「お持ちの三脚に足して頂ければ簡単にスライダーのシステムを作ることができます。また、これから動画を始めたい人には三脚や雲台を含んだオールインワンのキットも用意しています」(櫻井氏)。

写真用の三脚にセッティングしたところ

 スライダー単体は、カメラ量販店で税込6万4,800円前後となっている。

 現在、スライダーの長さは80cmのみラインナップしているが、2015年には40cmと120cmのタイプもリリースする。40cmのタイプは現場で邪魔になりにくいことから、人が多い場所でも使いやすいのではないかとのことだ。レール部分だけもパーツとして販売するので、後々追加する場合でも無駄が少ない。

InterBEE 2014で参考展示した長さ40cmとなるショートバージョンのレール。2015年の発売を予定している。

三脚メーカーならではの工夫

 それでは既存の海外製スライダーに対するリーベックの強みは何だろうか? それは「三脚メーカーが作るスライダー」という点にあるという。

「実は三脚メーカーでスライダーを作っているメーカーはこれまでありませんでしたし、スライダーメーカーも三脚は作っていません。リーベックは動画用の雲台を作ってきましたので、そこで培った粘り感などのノウハウをスライダーに応用できるのです」(櫻井氏)。

8つのボールベアリングでしっかりとレールに接触する

 スライダーは8つのボールベアリングでレールに接触しているが、そのすべてに特殊なグリスを封入している。これによって適度な粘りを持った動きを実現している。同社が動画用三脚で培った技術を投入した成果だ。

「従来のスライダーはスムーズに動きすぎるので、粘りを持った動画用雲台と組み合わせたときにスライドが速く動きすぎてしまうんですね。今回、動画雲台と同じ粘りを持たせたことで、パンやチルトをしながらスライドする場合に、雲台と動きのマッチングがとれるようになったのです。これまでのスライダーだと“シャー”とスライドだけしてしまい、ユーザーの不満点の1つになっていました。今回リーベックでは、スライダーを作ったと言うよりは、三脚の一機能としてスライド機構を三脚システムに組み入れたという感覚です」(櫻井氏)。

 粘りのある雲台で使用することを想定しているため、レールなどの剛性を高め、操作時にガタが出ないよう車輪の配置なども工夫したとのことだ。

レールを下からも包むようにボールベアリングを配置し、安定した動作を実現している

 スライダーに粘りを持たせたことで、スライダーを縦にセットしてカメラを上下に動かす使い方も可能になった。粘りの無い他社製品の場合、ストンと落ちてしまうが、リーベックのスライダーは手を添えて滑らかに上下できるという。

このように斜め方向にスライドさせることも可能

「従来縦方向の動きをするためにはクレーンが必要でした。それがスライダーでできるのは大きな強みです。この縦の動きもドラマ撮影などで活用されています。クレーンが入れないような狭いところで使えるのもメリットです。三脚が入るスペースがあれば使えます。安価でこれができるのはリーベックしかありません」(櫻井氏)。

ユーザーが自由に調整できる使い勝手の高さ

 リーベックのスライダーにはもう1つ大きな特徴がある。それは粘りの具合をユーザーが細かく、しかも簡単に調整できる仕組みを取り入れたことだ。

3つのボルト(六角穴付きボルト)で粘りの強さを大まかに調整できる

 好みの粘りの強さはユーザーによって千差万別。そこでまずスライダーのプラットフォーム側面の3つのボルトで車輪がレールを押しつける圧力をコントロールできるようにした。

 このボルトでだいたいの粘りを設定したら、次に銀色の大きなネジで粘りを微調整するという2段階の調整方式を採用した。

「ここまで細かく調整できるスライダーは他に無いですね。調整に関しては、ある程度ユーザーに任せると言う思想で設計しているのです」(櫻井氏)。

「調整ボルトが外に出ているのはデザイン的にはかっこわるいかもしれませんが、カメラを載せたまま素早く調整できるように配慮した結果です」(樋田氏)。

銀色のネジ(左)が粘りの調節用。反対側にある黒のツマミ(右)はブレーキ

 粘り調節用のネジとブレーキのネジを別々にしているのもウリになっている。従来品では1つのツマミで兼用しているタイプもあると言うが、それだとブレーキを戻す度にフリクションを設定し直さなければならない。その点、リーベックのスライダーはすぐに撮影が続行でき、使い勝手が高いと言えそうだ。

想定外の問題を克服し発売にこぎ着ける

 「スライダーを作ったのは初めてで、試作するといろいろの想定外のことが起きた」と話すのは櫻庭氏。最初は使っているうちにレールが摩耗してカスが出てしまい、スライドの感触が悪くなる現象が起きた。

 これに対して、車輪が接触するレールの表面硬度を上げる処理を行うことで、おもりを載せて1万5,000回のスライド動作をする試験をクリアできたとのこと。

レールはコストと軽さを考えてアルミを採用。摩耗を防ぐ処理も施した

 また海外にも出荷するため、安全に届くように包装落下試験もおこなったという。当初は衝撃で車輪がレールに当たり凹みができてしまったという。

 そこで急遽、プラットフォーム部分を覆うプロテクターを製作。これによって衝撃が加わっても直接ダメージが及ばないようにすることができた。このプロテクターは専用バッグに入れるときも装着することで、故障の心配なく持ち運べる。

プラットフォームをすっぽり覆う大きなカバーが付属する

 「ALLEXシリーズは雲台、スライダー、脚で計163点の部品で構成されていますが、最初の設計から製品化までに図面を101回変更し、数多くの改良を経て完成しました。業務用として使える信頼性と使い勝手を確保するために、敢えてコストアップする部分もありましたが、設計変更を厭わず開発を進めました」(櫻庭氏)。

持ち運びに便利なケースが付属

写真用三脚に付く雲台も

 ALLEXシリーズで新しく登場した雲台についても触れておくと、今回、写真用の三脚に直接装着できるように改良されたのが大きなポイントとなっている。

 動画用三脚の下部は水平を出す必要から三脚のお椀に載せるボール型をしている。このため、写真用の三脚には装着できなかった。

従来の雲台(右)は、雲台からネジが出ていたため写真用三脚に取り付けられなかった。一方ALLEXシリーズの新型雲台(左)は、下からネジで押さえるタイプにしたため、3/8インチネジの三脚にそのまま装着できる

 今回ボール部分の下側をフラットにすることで、写真用三脚も動画用三脚も両方にそのまま装着できるようになっている。これを同社では「デュアルヘッド」と呼んで訴求している。

雲台のネジ穴は、ねじ込みやすいように入り口の形状を改良してあるとのこと

 また雲台自体も同社従来品から20%ほど軽量化した。「動画用雲台としては軽くなっています。三脚にスライダーを付けて使用する場合に端に来ると不安定になりますから、軽量にする必要がありました。ボディの大部分をアルミダイキャストから樹脂に置き換えています。樹脂の方が柔らかいですが、強度が落ちないように工夫しました」(樋田氏)。

ALLEXのスライダーキット。オプションのドリーも装着できる

バックオーダーを解消。量販店で展示も

 7月に発売して、一時は150台以上バックオーダーを抱えたというスライダー(三脚キット含む)は、この12月に入ってバックオーダーがようやく解消しつつあるというほど好調とのこと。

「カカクコムの売上ランキングでは、数千円の三脚に混じってスライダーの三脚キットがトップテン入りすることもありました。8万円以上する三脚が、2,000アイテム以上の中からトップ10入りするのは初めてのことではないでしょうか」(櫻井氏)。

 ALLEXシリーズはプロ向け機材だがカメラ系量販店でも販売し、ヨドバシカメラやビックカメラの一部店舗では実機の展示も行っている。「店頭でぜひ確認して欲しいと思います。また公式Facebookページにも情報があるので見に来て頂ければと思います」(櫻井氏)

 なおALLEXシリーズはCP+2015(2015年2月12日開幕)のプロ動画エリアで展示を行うとのこと。スライダーのような機材は実際に触ってみないとその良さがわからない部分もあると思うので、関心がある人は訪れてみてはいかがだろうか。また、PHOTONEXT 2015にも出展するそうだ。

制作協力:平和精機工業株式会社

本誌:武石修