インタビュー

メーカーインタビュー2013:ニコン編

FXからCXまで、それぞれのシステムを充実

 “今年のニコン”というテーマで何を思い浮かべるか? と問われ「Nikon Df」を思い浮かべる読者は多いのではないだろうか。通常のモデルサイクル通りにセンサー性能や映像処理性能、機能を向上させた定番の一眼レフカメラを発売してきたニコンにあって、Dfだけは先代モデルが存在しないオリジナルだからだ。Dfのコンセプトに関する部分は、別のインタビュー記事を掲載したので、そちらも参照いただきたい。

 またニコンは今年、DXフォーマット(APS-Cサイズ)のセンサーを用いたコンパクトカメラCOOLPIX Aという新たな製品も投入している。カメラビジネス全体を俯瞰した位置から話をうかがいつつ、現在のラインナップや将来のビジョンに関して掘り下げてみた。

 お話いただいたのは、マーケティングの立場からカメラ市場のトレンドを読み取る役割を担うニコン映像カンパニー・マーケティング本部第一マーケティング部ゼネラルマネジャーの笹垣信明氏だ。

ニコンらしいプレミアム路線とは?

−−まずは今年の市場動向。もう言い尽くされていますが、コンパクトデジタルカメラ市場の縮小の衝撃的な面ばかりがクローズアップされていますが、実際にマーケティングの立場から、市場全体をどのように観ていますか?

 コンパクトデジタルカメラの市場に関しては、今年からではなく昨年から急激な縮小が始まりました。以前から、需要の一巡やスマートフォンの影響で減るだろうとは思っていましたが、想定以上でかなり驚きました。今年の出荷数が特に少ないのは、業界全体として昨年からの市場在庫の影響が出ていることも事実です。

−−ここまでの大きな変化を予想していましたか?

 減ることは予想していましたが、これほどの急減は想定していませんでした。とはいえ、急減しているカテゴリーばかりではありません。例えば、高倍率ズームレンズを搭載したコンパクトデジタルカメラは海外を中心に好調ですし、より高級感や画質を重視した上位モデルも増えてきています。また当社の場合新興国でもしっかりと売ることができているため、コンパクトデジタルカメラの需要急減に対してダメージは比較的軽微でした。

 レンズ交換式カメラに関しても、ミラーレスカメラが市場を大きく拡大するという予測もありましたが、実際には期待したほど成長していません。アジアから拡がり欧米にその動きが伝搬したかというと、現状そうはなっていません。そこで我々は、Nikon 1のラインナップを強化し、ボディー・レンズともに防水仕様としたNikon 1 AW1を投入して適応できる市場領域を拡げています。

Nikon 1 AW1。レンズ交換式カメラとして初めての防水・耐衝撃を実現した

−−昨今、コンパクトカメラ、ミラーレスカメラともに、大型センサーを搭載した高級機にも注目が集まっていて、ニコンもCOOLPIX Aを投入しました。ニコンとしても得意な領域に見えますが、どのように見ていますか?

 センサーサイズ拡大やクラシックなデザインなどが注目を集め、そこに消費者・メーカーともに価値を求めているように思えます。しかし、それだけでは長続きしないでしょう。高級コンパクトやプレミアムなミラーレス機に求められる本来の価値は、カメラから生み出される写真そのものだと思います。センサーが大きいから、デザインが秀逸だからといった部分以外の、カメラとしての基礎部分を更に磨き込み多くのユーザーに届けたい、そういう意味で、カメラに求められるいろいろな要素をバランスさせた商品(今年の場合はCOOLPIX A)を開発し、進化させていきます。

 もうひとつには、プレミアム製品に注目が集まっていますが、製品単価も上がりますので市場サイズは限られています。各社が同じようなスペック、方向性の製品を開発して一堂に会しても業界全体としてはうまく行きません。

−−そうした中でニコンの独自性を出すには、どうすべきだとお考えですか? たとえばCOOLPIX Aは、まさにおっしゃっているコンセプトに重なりますね。

COOLPIX A。APS-Cセンサーを搭載する高級コンパクトデジカメ

 ニコンが作る高級コンパクトにAPS-Cセンサーを積むことで画質や撮影領域を向上させよう、そうしたコンセプトの提案を行ない、市場からは大きな反響をいただきました。発売後いろいろなご要望、ご指摘もいただいていますので、今後さらにブラッシュアップしていきたいと思います。

 そのための用意はあります。高級コンパクトという数としては小さい市場の中で、どのようなコンセプトでどこに特徴を出していくかが課題だと考えています。

 これはニコンだけでなく他社にも言えることですが、プレミアム、あるいはセミプレミアムクラスのコンパクトデジタルカメラのお客様は、エントリークラスのレンズ交換式カメラに比べて、カメラ上級者の比率が高くなっています。そして上級者であるほど、イメージセンサーのサイズに対しては柔軟にとらえる傾向があります。「大きな撮像センサー=高画質・高級カメラ」というイメージにとらわれる傾向は、実はエントリー層の方に強い。

 一方、カメラを使い慣れている、選び慣れている方々は、センサーのサイズ、画素数、ボディーサイズ、価格などを見ながらどこがスイートスポットになるかを自分自身でよく考えてお買い上げになっています。ニコン製品で言えば、Nikon 1のお客様はニコンの一眼レフユーザーでもあります。どのようにプレミアムコンパクトカメラをブラッシュアップするべきかを考える際には、センサーサイズだけに拘るべきではないと考えています。

 また、プレミアムと言っても、差別化の方向は多様です。新たな撮影領域への対応という意味では、従来の進化軸とは別の方向にも拡げていきたいですね。

−−これまでの、高級銀塩カメラをモチーフとして、高品位なデジタル化を行なうアプローチとは別の軸ということですか?

 前述したNikon 1 AW1のような防水カメラもそうですし、他社製品ですとGoProなどもアプリケーション領域を拡げていますよね。これまで撮影できなかったシーンが撮影され、それが世界中でシェアされることで拡がっていく、こうした新たな撮影領域の拡大がカメラという商品の幅を広げ、価値を高めていくと思います。

 また別の軸として、道具としての完成度、実用性を高めていく方向も突き詰めていきます。フォトグラファーが「こんな画を撮りたい」と考えたとき、その意図を反映させやすい設計とはどんなものか。グリップやスイッチの配置、形状、操作感など基本的な部分も更に進化させることができると思います。それとは別に、見て、触って楽しむという、カメラの別の面についても突き詰めていきます。

一眼レフならではの価値

−−そうした意味では、これまでのニコン製一眼レフカメラとは異なる価値観で作られたDfは、レンズ交換式カメラにおける新たな挑戦となっていますね。

クラシカルなデザインテイストが話題を呼んだニコンDf。品薄になるほどの人気を得た

 発表会でもお話ししましたが、これまでのデジタル一眼レフカメラは、より使いやすく高性能であることを目指して進化を繰り返しているうちに、各社とも形状や操作方法も似たものになってきました。もちろん、それはそれで高機能、高性能になっていますので、今後もラインナップとして進化させていきます。しかしそれとは異なり、趣味としての写真撮影に特化した道具としての完成度を高めた製品があってもいいのではないか、そういう考えから生まれたのがDfです。

 Dfでは、あえて動画撮影機能を搭載しませんでした。また、画素数はD4と同じに留めています。動画機能を入れようと思えば入りますし、画素数も増やそうと思えば増やせる。しかしあえてその選択肢をとっていません。

−−かなりクラシカルなデザインも話題になっています。

 デザイン案もさまざまなものがありましたが、最終的には操作性や使いやすさなども考慮して現在の形になりました。

−−絞りリングのあるレンズを使う場合は、昔のニコン製一眼レフカメラに慣れ親しんだ方々には使いやすい撮影スタイルになりますね。しかし、デジタル時代になってからニコンの一眼レフカメラに触れたユーザーは、ほとんどの所有レンズに絞りリングがありません。今後のリニューアルで絞りリングを復活させたレンズを作って行く予定はありませんか?

 絞りリングがレンズ側にない場合、操作はカメラ側のダイヤルで行なうことになりますから、絞りリングをもつレンズのニーズがあることは理解しています。また絞りリングが欲しいというご要望は、動画撮影を行なうお客様からもいただいています。しかし、ニコンのデジタルカメラはDfだけではありませんから、システム全体としての最適化を考えながら判断していきたいと思います。

−−絞りリングだけでなく動画対応のことも考え合わせると、レンズのコンセプトを整理してラインナップの整理も必要にならないでしょうか?

 まず大前提として、「静止画を撮影するための最高のカメラシステム」というコンセプトは変えません。NIKKORレンズは写真を撮影するためのレンズで、よりよい写真を撮影できるように今後も改良していきます。そのうえで、操作性や画質に影響を与えない範囲で、動画などの新たなアプリケーションにどう対応するのがベストなのかを常に研究しています。それを順次製品に反映していきます。

−−APS-Cサイズが中心だったのが、高級機に35mmフルサイズのイメージセンサーを採用するものが増え、ミラーレスカメラまでフルサイズ化してきました。従来からの一眼レフカメラのモデル構成に手を加える必要はないとお考えですか?

 ここ数年の傾向として、FX(35mmフルサイズ)センサー搭載機の比率が増えてきた、という変化は確かにあります。私たちの考え方としては、これまでと同じようにFXとDXの両方を、どちらが上・下ではなく共に進化させていくという基本は変えません。しかし、製品のラインナップはお客様のニーズに応じて必要であれば変化させることも有り得ます。それぞれの機種に求められるポジションがありますから、そこを見極めながらということになります。

−−35mmフルサイズ(FX)センサー搭載カメラが、どんどんコンパクト化しています。ミラーレス機ですが、ソニーα7シリーズは驚くほど小さい。ニコンのミラーレスカメラは1インチセンサーのCXフォーマットで、それらとは異なる領域の製品ですが、今後はミラーレスカメラとの競合も考慮する必要があるでしょう。FXフォーマット機のコンパクト化に関してはどうお考えでしょうか?

 コンパクトなボディーへのニーズはもちろんあります。ただFXフォーマット用ではレンズが一回り大きく重くなりますから、ボディーとの重量・大きさのバランスも考えなければなりません。ただボディーを小さくするというだけではなく、システム全体としてどうあるべきかを検討したいと考えています。

 もともとFXは高価格帯の製品しかなかったものが、比較的安価なボディーも出てきて裾野が広がってきていることは確かです。とはいえ、数量はDXフォーマット機の方が断然多く、今年も新しいモデルを2機種発売しました。来年もDX用の新しいレンズを投入しますので、FX、DX共に他社には無いシステムを充実させていきます。

−−まだ欧米でのミラーレスカメラへの反応は鈍いとのことでしたが、一方で昨年末から注目され始め、フルサイズ機登場で日本では盛り上がっているプレミアムクラスのミラーレスカメラ。一眼レフカメラで大きなレンズ資産、ユーザーコミュニティを持っていることが、逆に新しい領域への踏み込みの浅さにはなっていないでしょうか? ニコン、キヤノン以外のメーカーは、かなり自由な発想で新しいカメラへと挑戦しているように見受けられます

 そのような動きがあることは事実ですが、一眼レフは一眼レフで、置き換えられない価値があります。光学技術に立脚するニコンとしての価値を活かし、光学ファインダー、レンズなどにさらに磨きをかけていくことで、カメラファンの皆様のご要望に応えていきたいと考えています。

 また、我々にはCXフォーマット採用のNikon 1があります。これは一眼レフやコンパクトデジタルカメラとは異なる価値や特性を持つものです。オートフォーカスの高速性にこだわり、コンパクトで動画も撮りやすい。水中撮影への挑戦も含め、電子ビューファインダー/ライブビュー採用のレンズ交換式カメラとして新しい市場を切り拓いて行きます。

 地域別に見ますと、日本のレンズ交換式カメラ市場は確実に成長しています。確かにここのところ欧米市場での成長は鈍化していますが、これは景気減速による停滞だと見ています。また、新興国の一眼レフ需要が想定していた速度では伸びてきていないのも世界出荷の伸び悩みにつながっています。

 しかし、「高級カメラ=一眼レフ」というステータスは新興国でも強く意識されていますから、一眼レフを購入される消費者層は今後も増えていくと期待しています。たとえば、インドではミラーレスカメラが全くと言っていいほど市民権を得ていません。やはり高級品として一眼レフに対する需要が根強くあります。中国でも一眼レフに対するニーズは高く、高級品であるレンズ交換式カメラを買うなら一眼レフ、一眼レフを買うなら少しでもよいものを、ということで中国ではD7100クラスが売れ筋になっています。

−−日本ではそうした価値観が変化しつつあるように感じていますが、海外は変わらないと見ているということでしょうか?

 日本や東アジアは「小さい」ことに対して大きな価値を見いだす傾向が強いと思います。だからこそこの地域でミラーレスカメラが成長してきたわけです。しかし、欧米や中国では外観の高級さ、大きさ、あるいはイメージとしての「スゴイ感じ」が重視されており、その価値観はなかなか覆りません。一方、日本では高級ミラーレス機への注目が集まっていますから、今後市場がどう活性化していくかを注意深く見ています。我々の取り組みとしては、Nikon 1で従来とは異なる新しい市場を作ることにフォーカスしたいと思います。

CP+ではサイズに拘ったカメラを提案

−−今後はスマートフォンが、生まれて初めての写真撮影となる世代が増えてきます。そこから単体カメラへの動線について、どう見ていますか?

 スマートフォンとカメラの関係について、大きくわけて2つの論点があります。

 まず、スマートフォンで写真を撮影することは「楽しい」ということです。その場で写真を共有して楽しむ道具として、これほど便利なものは他にありません。しかし一方で、想い出を記録として残したいというニーズには対応しにくい。画質だけでなく保存形態の違いもあると思います。その領域はまだまだデジタルカメラではないでしょうか。

 もうひとつは「撮影の道具」としての楽しみです。カメラを買おうという方は、カメラに趣味性を求めます。趣味としての写真を撮るために、よりよい道具を使いたいと考える人の割合が従来と変わらないのであれば、スマートフォンの方が10倍のユーザーがいる分、そこから生まれてくる「よりよい写真のための道具」に対するニーズも大きくなります。我々にとっての課題は、そうしたニーズをうまく受け止められる製品にすることです。

−−スマートフォンの写真の楽しみ方は、単体カメラ製品よりもアトラクティブな傾向が強いですよね。短期的にはカメラとスマートフォンのつながりをより深めねばならないのでは?

 スマートフォンにできることはカメラでもできるように、可能な限りの努力をすべきだと思います。Wi-Fiを通じてSNSと繋がるなどですね。しかし、そこの部分でスマートフォンの軽快な使い勝手を打ち破れるかというと、それは難しいでしょう。スマートフォンのユーザーがデジタルカメラにステップアップしてくれるには、やはり想い出の保存、画質、道具としての使いやすさがポイントになると思います。スマートフォンユーザーへの調査でも、旅行やイベントの際にはスマートフォンとは別にカメラを持っていきたいという声は多いのです。

−−“今年のニコン”で、ユーザーにもっとも注目してほしい点はどこでしょう?

 カメラボディーは、それぞれのジャンルでフルラインナップを揃えていますので、お客様のニーズに合ったものを出せていると自負していますが、今年は特にレンズを見て欲しいですね。58mm F1.4や長らくお待たせした80-400mmなどです。いずれも高い評価をいただいています。またDXシリーズではDX18-140mmが光学性能がとても高く「ニコンならでは」を表現できているレンズだと思います。

 現在はさまざまな電子的補正が可能になり、レンズ収差も補正できるようになってきました。しかし、ニコンは「素材の良さ」、すなわちイメージセンサーへの結像性能に拘っています。その性能が良くなければ、いくらボディーで電子的な補正をしてもダメです。電子的な収差補正は否定しませんが、最小限に留めるためにNIKKORレンズを磨き上げていますので、是非体感してください。

−−来年のCP+も近付いてきていますが、どのような仕掛けを用意していますか?

 システム全体としてサイズに拘ったカメラを提案する予定ですので、どのようなものか期待してお待ちください。高級ミラーレスカメラが登場していますが、そうした中で一眼レフとしても新しいコンパクト化の提案をしたいと思っています。

本田雅一