デジカメ Watch

【写真展リアルタイムレポート】
「世界報道写真展2006」など

~夏は報道写真展の季節
Reported by 市井 康延

 初夏の東京都写真美術館を飾る定番企画となっているのが「世界報道写真展」だ。昨年で3万人を超す来場者を集めた。私がうかがった日も平日の日中ながら、幅広い年代の来場者でにぎわっていた。

 さらに今年は主催の世界報道写真財団(本部:オランダ)が50周年を迎えることで、7月22日~9月10日まで記念展として「世界報道写真50周年記念展」も開かれる。この節目を目撃できるのは、ちょっとラッキーかもしれない。50年に1度だよ。

 「世界報道写真展2006」は6月17日~7月30日。入場料は一般700円、学生600円、中高生と65歳以上400円。休館日は月曜(祝日の場合は翌日休館)。

 この日、ナビゲートしてくれたのは、世界報道写真財団とともに同展を主催する朝日新聞社・文化事業部専任部長の馬田広亘(ひろのぶ)さん。同社写真部で、長く報道の現場に携わっていた方だ。


平日の日中にもかかわらず、男女、年齢を問わず多くの人でにぎわっていた 馬田さんは宇都宮支局を経て、18年間、大阪本社写真部員として活躍。東京本社に戻り、1990年からデスク、アエラのフォトディレクターなどを歴任し、2000年から文化事業部で展覧会などを担当している

 まずこの写真展のことを簡単に説明すると、プロ写真家を対象にしたコンテストの入賞作品展であり、前年1年間に撮影した報道写真が全世界から応募される。その数は8万点を超す。審査委員は毎年、世界中のカメラマン、編集者などから財団が選び委託した十数名で行なわれる。

  「毎年、2月の第1週に審査会を開くのですが、1週間合宿して審査します。世界の第一線で活躍するメンバーですから、毎年、大激論になります」。

 かつて日本からは写真家の田沼武能さんと、岩合光昭さんが審査委員に加わったことがあるそうだが、「若干、人選はアジアの人が少ないですね」と馬田さん。やはり世界的なジャーナリスト集団でも、いまも西高東低なのかと再確認する。

 受賞者では、日本人は健闘している。グランプリ受賞者は、社会党の浅沼委員長刺殺の瞬間を捉えた毎日新聞の長尾靖カメラマン、ベトナム戦争を撮った沢田教一さんが2回、成田闘争を撮影したAP通信社の三上貞幸カメラマンの3名。改めてみると、日本人受賞者は、ばりばりのドキュメント写真ばかり。

 ざっと報道写真展の会場を見わたすと、さまざまなジャンルの作品が並んでいる。広告写真を思わせる洗練されたタッチのものや、アート風の作品もある。風景写真だってある。ただ伝えている内容は、結構重かったりするのだが。


「スポットニュースの部・組写真」3位
「ハリケーン・カトリーナの被害」マイケル・アップルトン(米国/ニューヨーク・デイリーニュース紙)
「自然の部・単写真」2位
「ホッキョクグマ」ポール・ヘルマンセン(ノルウェー/オリオン・フォーラグからゲッティ・イメージズへ)

「ニュースの中の人々の部・単写真」部門2位で世界報道写真大賞を獲得した作品
「緊急食糧支援センターの母と子」フィンバー・オライリー(カナダ/ロイター)
 今回のトピックスは大賞受賞作品だろう。このコンテストは10の部門に分かれ、それぞれ部門賞があり、全体で1点大賞を選ぶわけだが、今年の大賞は「ニュースの中の人々の部・単写真」2位の作品だった。会場では、同部門1位の作品と並べて飾られている。

 部門2位で大賞の作品は、ニジェールの緊急食糧支援センターで撮影した母のアップで、母の口元には小さな子どもの手が伸ばされている。母親の眼と、やせて成長し切れていない子どもの手の対比が印象的だ。対して部門1位は、コンゴの難民キャンプで、赤痢で死んだ5歳の子の葬儀のシーンを俯瞰気味に捉えている。

 「部門的な意味からいえば、事実を分かりやすく伝えている意味でコンゴの作品が評価され、ニジェールの作品は『写真的な力』を評価されて大賞になったのでしょう」と馬田さんは解説してくれた。かように写真の見方、解釈の仕方はいろいろあるのだ。

 世界の報道写真家に新しい方法論を提示したのが、セバスチャン・サルガドだったと馬田さんは言う。ひとつのテーマに対し、事前調査と現場取材に長い時間をかけて、新たな事実、見方を発見して、撮影していくスタイルだ。ここでもそうした作品はいくつかあったが、そのひとつが、アフリカからヨーロッパに密入国する不況移民を撮影したものだ。22歳のカメルーン人が密入国を果たす過程を記録した組写真で、一度は、密出国するボートが悪天候で難破している。「まさか、カメラマンも一緒に乗っていたんですか?」。「そうじゃないでしょうか」。どうなんでしょうか?

 ピュリッツアー賞を受賞し、「ニュースの中の人々の部・組写真」1位に輝いた作品は、デジタルカメラで撮られたものだ。この組写真は、旅客機の客席に乗客が座っている下の格納庫から、国旗にくるまれた遺体を搬送するカットから始まる。乗客ひとりひとりの表情まで明瞭に捉えられ、キャプションを読まなければ、しゃれた都会派コメディ映画のワンシーンにも見えてしまう。イラク戦争で戦死した海兵隊員で、自宅では新しい命を宿した妻が彼の帰りを迎えた。

 「日本と海外の大きな違いは、死体の扱いでしょうね。日本ではまず扱わないが、向こうではあまり頓着がない。数年前、かなり衝撃的なカットがあり、見た人が何人か倒れてしまったこともありました。外すわけにいかないし、困りました」。


「スポーツ・アクションの部・組写真」1位
「サンタクララ国際水泳大会でのアーロン・ピアソル」ドナルド・ミレイユJr.(米国/ゲッティ・イメージズ)
来場者の滞在時間が長いのも、この展覧会の特徴のひとつ。ここ数年、高校生の授業にも使われ、「時間いっぱいまで彼らも見ていってくれる」と馬田さんはうれしそうに話してくれた

 新聞社の写真部で、デジタル化に取り組み始めたのは1984年のロス五輪からだ。朝日新聞はソニーと協力して「マビカ」を使った。ちなみに読売新聞はキヤノンと組んだ。「記録媒体がフロッピーディスクですから、何回かは使いましたが、メインはフィルムカメラでしたね」。

 このときネガフィルムの電送機もできて、こちらのほうは活躍した。スキャナーでネガフィルムを読み取り、電話回線でデータを送るのだ。新聞社のカメラマンは、いつもこうした機材一式を持って、撮影に出かけている。馬田さんは1970年に朝日新聞社に入社したが、当初は現像キット一式と、フィルム(最低で100本)、撮影機材で、3つの大きなバッグを抱えて出かけていたという。

 長野オリンピック以降、本格的にデジタル化が進み、大きなバッグ2つ分あった現像キットと電送機は、いま、パソコンと携帯電話に変わった。「デジタルカメラになって、フィルムカメラでつねにあった『写っているかどうかの不安』から解放されたのが、大きいですね。ただ最近、多くのカメラマンが口にするのは、保存と後処理の面倒さ。ここに時間をとられるようになって、シャッターを切る回数が減ったというカメラマンが増えています」。

 最後に馬田さんが撮影した1枚をうかがうと、ロス五輪で撮影したゾーラ・パッドとメアリー・デッカーの女子5千m決勝を上げてくれた。年配の方ならご記憶にあるだろう、イギリスに国籍を変えた南アの裸足の少女と、米国選手の対決と騒がれた試合だ。結果は、両選手が足を交錯させて転倒してしまったのだが、このシーンを撮影できたカメラマンは何人もいなかったという。「オリンピックはたくさんの競技があって、すべてを撮ることはできませんよね。おのずと押さえるべきポイントができてくる。ただ、この試合は事前の経緯から、必ずドラマがあるはずだと狙っていたんです」。事前の調査と、そこから導き出す自分ならではの視点が重要なのだ。

 その後、開かれる50周年記念展は、コンテスト展ではなく、出版物などを通したフォトジャーナリズムの歩みを追う。ブレッソン、エルスケン、アヴェドン、サルガド、ティルマンスなど、著名写真家の作品が展示予定だ。

 なお会場も主催者も違うが、6月28日~7月19日には、品川のキヤノンSタワー2Fオープンギャラリーで、日本雑誌協会・日本雑誌写真記者代表取材「速報! 報道写真展」が開かれる。こちらはスポーツをテーマにした写真展で、最新の映像を展示するという。入場無料。10時~17時半。日曜・祝日休館。

 事実を記録し、人に伝える。報道写真は写真の原点でもある。そこにカメラマンの視点、意図がどのように入り込んでいるか。そんな見方を頭の片隅において、この夏の報道写真展を堪能してほしい。



URL
  東京都写真美術館
  http://www.syabi.com/
  世界報道写真展2006
  http://www.syabi.com/details/worldpress2006.html
  日本雑誌協会・日本雑誌写真記者代表取材「速報!報道写真展」
  http://cweb.canon.jp/s-tower/floor/2f/index.html#gal



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。久しぶりにギャラリーめぐりに1日を使った。これまでのように自由にギャラリーに足を運べないので、見たい写真展を効率よく回れる日を選ぶ。通常より早く終わる最終日は要チェックだ。良い写真展を見るには事前の情報収集が不可欠。ということで、写真展情報を掲載したホームページ( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp )を作りましたので、一度、ご覧ください。

2006/06/29 16:38
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