大和田良(おおわだりょう)
プロフィール:1978年宮城県仙台市生まれ。東京工芸大学大学院芸術学科研究科卒業。2005年、スイス・エリゼ美術館「reGeneration.50 Photographers of Tomorrow」展に選出。ドイツのLUMASギャラリーなど国内外で作品発表。2007年、初の写真集「prism」を青幻舎より刊行。2010年、フォトエッセイ集「ノーツ オン フォトグラフィー」をリブロアルテより刊行。雑誌、広告媒体などでも活躍しつつ、個展やグループ展などを多数開催。独自の作品を発表し続けている。 東京工芸大学非常勤講師。
「僕は日曜日は仕事をしないんですよ」
大和田良という写真界の若きマエストロは、コンセプチュアルかつアンビエントともいえる作品を多数発表してきている。そして端正な顔つきの彼。よく知らない人にとっては一見クールな印象に見えるので、取っつきにくいと感じられるかもしれない。ところが実際の彼はざっくばらんな性格の付き合いやすい写真家の友人である。そして家庭をとても大切にしているよき夫であり、二児のパパでもある。
このインタビューは、2010年12月に開催された大和田良個展「Wine Collection」 の会場からスタートした。
南麻布の閑静な住宅街の地下にあるエモンフォトギャラリーの白い壁面。そこには大小の正方形フレームに入った“様々な赤いグラデーション”の写真作品が並んでおり、作品の下にはそれぞれの名前と生産年が記されている。一言で「ワインレッド」とも呼ぶ場合があるが、紅・朱・緋色・丹など、和名だけでも数えきれない種類の赤という色の表現がある。ワインコレクションってタイトルからして、え、写真展じゃないの?って耳を疑った人もいるんじゃないかと思うんだけど。
「例えばロマネコンティとかペトリュス、シャトーマルゴーといった作り手や、89年、99年、78年とか製造年の違いや環境によっても違ってきますので、様々な要素でどういうふうに色が変わるかというのが面白いんです。この中には あるワインコレクターの方の写真も多く入っているんですが、99年産のワインが多い。なぜかといえば、その年に生まれた娘さんが成人になった時に一緒に飲むという目的で、その方は保存しているんです。表面的にはただの赤でしかないんですけど、ワインが作られた環境や生産年、コレクションしている人の理由など、その裏側にあるそれぞれのワインの持っているストーリーとかを想像しながら見て感じてもらえれば赤の色も変化して見えるんじゃないかなあって。赤い色の 持ってる記憶も想像してもらえればただのミニマルなだけの展示じゃなく、いろんな赤ワインのグラデーションを通して感じてもらえるんじゃないかと思います。」
Chateau Mouton Rothschild 1978 2009 Photo by Ryo Ohwada (c) | Chateau Margaux 1989 2010 Photo by Ryo Ohwada (c) |
木枯らしの舞う寒い朝、中目黒の駅前でボクを乗せてくれた水色のジャガーは北へと向かっていった。車中にはBGMでT-REXマーク・ボランの歌声が車窓から流れる風景とシンクロしている。大和田良がいま制作中の最新作の作品撮影に同行させてもらった。目的地は埼玉県さいたま市にある大宮盆栽美術館。実はボクも昔から盆栽は気になっていた存在だ。だけど自分では本格的に撮影する機会はこれまでなかったので、いきさつを訊いてみた。
「HARUKIさん、盆栽ってヤバイと思いませんか?」
現場に到着したら早速トランクから機材を出して準備 | 学芸員の方たちと相談しながらスタート |
高価な盆栽の裏側へ慎重にセットされる屏風のバック | ハッセルの側面にあるアクセサリーシューに付けた水準器は必需品 |
真剣にハッセルを覗き込む大和田氏 | 盆栽美術館の中には和室セットもある |
「去年の春くらいに盆栽をふと撮ってみたいなって思いついて、盆栽の種類や成り立ち、歴史などを調べ、いろんな盆栽作家に連絡して良い盆栽とは何かといった話しを聞いたり、リサーチして去年の夏から撮影をスタートして、毎月一度のペースで制作しています。いまの段階で100点以上は撮ってるけど、これからも撮り続けます。最終的にはかなり絞っていきますが」
美術館の学芸員の方から盆栽について説明を受けながら撮影ポイントをつかんでいく |
シルバータイプのCプラナー80mm F2.8。6×6では標準レンズだが、デジタルバック使用なので倍率が変わり、やや中望遠寄りの焦点距離となる | デジタルバックのカバーを外して構図やピントをチェック |
午後は屋外の日本庭園で曇り空の下での撮影が続いていった | リーフのデジタルバックは、ハッセルのレンズシャッターのシンクロターミナルに繋いでリンクする |
たくさんの盆栽が展示されている休館日の盆栽美術館は植物園とは違い、かといって絵画や彫刻などが展示されている一般の美術館とも違うコレまでボクが体験したことがない異空間だ。
「どれから行きましょうか?」
お客さんのいない静かな館内で学芸員の方たちとともに撮影はスタートした。わざわざ広島県の業者にまで特注したという金箔銀箔の貼ってあるリバーシブルで使える屏風を背景に使用するために、盆栽の裏側へと左右から2人がかりで慎重に手持ちでセッティングする。
ここに展示されてる盆栽たちは訊いたら目の玉がぶっ飛ぶくらい高価で貴重な代物ばかりなのだ。アクセサリーシューに水準器を取り付けたデジタルバッグ装着のハッセルブラッド500C/Mが備え付けられているジッツオ三脚は、盆栽セットに対してほぼ中央に据え置かれる。主に使用するレンズはいずれもカールツァイス、ディスタゴンCF 60mm F3.5とプラナーC 80mm F2.8シルバータイプの2本のみとシンプルだ。
微妙に高さを調節しながら水準器を確認して、構図が決まったら後は淡々とシャッターが刻まれていくだけ。お客のいない静かな美術館の中ではハッセルのレンズシャッターの微かな音だけが囁くようにカシャッと響いていく。
数枚切ってはプレビューで確認して次の盆栽へと移動し、また同じ作業が繰り返されていく。これをまさに「所作」だと感じたのは、盆栽という日本の持つ独特の和文化の象徴に囲まれた環境下にいるせいなのだろうか?
いや、そうじゃない。大和田の一貫した動きそのものと同化していることが、所作なるゆえんに思えてならない。軽い緊張感の中にも時折冗談を交えながら、その撮影所作は例年行われている祭事の儀式のごとく粛々と続いていった。
昼食休憩を挟んでから午後は場所を屋外にある日本庭園へと移した。雲が多くなってきた冬空を見上げてボクは心配したが「このくらいが柔らかくてちょうど良いんです」と撮影は続行していった。取材を終えて一足先に帰路についたボクの脳裏には「ヤバイ、確かにヤバイ存在だ。盆栽は宇宙だという人もいるがまさにその通りだ」という思いがよぎった。
※この作品シリーズは2011年5月20日からさいたま市大宮盆栽美術館にて展示される予定です。
From series "BONSAI" 2010 Photo by Ryo Ohwada (c) |
From series "BONSAI" 2010 Photo by Ryo Ohwada (c) |
「最初から写真に興味があったわけじゃなくて、東京へ出て音楽に関わることをやりたいと思っていたんです。バンドのメンバーとか探すきっかけとしては、面白いやつが多くいそうな美大系の学校に入るというのもありかなあって。中学の時にはじめて組んだバンドでブルーハーツとかのギターをやってて、高校に入ってからはニルヴァーナなどグランジ系バンドでドラムをやってたけど、コピーバンドがつまんなくなってオリジナルでやりたくなっていった。それで上京したらなにかできるんじゃないかと思って。」
カメラを持って一番最初に何を撮ったの?
「上京する直前くらいにミノルタのα507siという一眼レフカメラをカメラ屋の店員にすすめられるままにダブルズームキットで買わされて、それを持って仙台市内の広瀬川の河原へ行き、ハトとかを撮ってました(笑)」
「1998年の春に上京して東京工芸大学に入ったんですけど、最初の頃の授業では、トライXとか使ってモノクロ撮影したフィルムを現像してプリントするという暗室ワークや、ケミカルプロセスの基礎知識とか技術を教わるんです。みんなはピントも露出もマニュアルのFM2とか使って大変な思いして一から撮るように教わるんですけど、僕は『せっかくカメラにオート機能が備わってるのに、そんなところでわざわざ苦労する必要ない』って思っていたので、最初から露出もピントもフルオートで撮影してましたね。だって写真に興味ないからその頃は。当時の僕としては単位を取るために課題をこなすだけで良かったから(笑)」
ボクたちの時代もそうだったけど、どこの大学の写真学科でも、今も昔も変わらないお決まりのスターティングプログラムだよね(笑)。ではその後、自分自身で写真に本気で関わり始めたのは?
「大学3年の頃に写真家の五味彬さんのやってるワークショップへ通い始めたのがキッカケですね。五味さんのところではスタジオでのライティングを教わったり、ポートレートやファッションの人物写真を撮って、それをブックにして仕上げるということをやっていたんです。ちょうどPhotoshopとかのデジタルアプリケーションが普及し始めてきた頃で、興味がデジタルへ移行して、風景やスチールライフを撮影したものをパソコン上でデジタルによる焼き込みをやったりという具合に変わっていったんです。当時は一般に入手できる範囲でのデジタルカメラはちゃんとしたものがまだ無くて、フィルムカメラで撮影したネガをスキャニングしてからデジタル処理するということをやっていました。その頃は写真そのものにやっと興味を持ち始めたんですが、将来自分がなにをやりたいかって具体的なところまでは未だ意識は持ってなかったですね。人物写真も撮ったりしてはいたんですが、だんだんと風景をシンメトリーで撮るようになっていったんです」
学生時代の後半から撮り始めたシンメトリーのシリーズがやがて「World of Round」という作品へと育っていったわけだけど、原点としてはどういった辺りから変化していったんでしょうか?
「大学や大学院では写真だけじゃなく教養の授業があって、シュールレアリスムとか近代や現代美術の歴史などの授業があるわけなんですが、そこで取り扱われた現代美術やエッシャーなどの近代の作品が興味深くて、そういった表現を写真でできないかと作り始めたんです」
「大学の卒業間近になってから就職とか考えるじゃないですか? そんな時に『写真をもうちょっと本気でやってみたいな』って思うようになったんです。社会に出て働き始めたら、時間的にも自分のやりたいことがなかなかできなくなるんじゃないかと、それで就職活動するのをやめて大学院に進んで研究してみることに決めました。大学院時代には主にファインプリントの制作に関わっていました。シンメトリーのシリーズは当時カラーでやってたんですけど、プリント技術を磨くためにもう一度モノクロへ戻ってみたんです。デジタルがメインになっていた時でしたが、そっちももう一度フィルム(アナログ)に戻すことにしました。いかにデジタルとアナログを使い分けるか? そしてどうやったらファインプリントができるのか? という研究に2年間を費やしました」
学生時代にその研究をやってきた結果、今の大和田くんを形成する要素として、一般的なセオリー以外のことで何か気づいたことなどあったと思うんだけど、いきさつなどもあれば教えてください。
「撮影そのものは何の飾り付けもいらないし、あるがままにストレートで良いんですよ。オートで撮ってもちゃんと写るんです。重要な問題は撮影後のプリント作業や仕上げにあるんです。むしろ作品の大半はプリントワークで決まるんだと思っています。例えばインクジェットだと『コマンドP』のボタンひとつ押せばプリントが出てきてもそれは思い通りじゃないもので、オートマチックにはできないじゃないですか。焼き込みとか覆い焼きとかでも、いかに自分の意図したプリントに仕上げていくかの作業はデジタル処理であったとしてもとてもアナログ的な行為で、撮影そのものよりずっと写真的だと思うんですよ」
「2004年春に学校を卒業してから、ストリートアートのギャラリーの関連プロダクションで雑誌の編集・取材・撮影の仕事をはじめたんですが、その関係から海外へ仕事で出掛けることが増え、それからは自分の作品を海外で発表する機会はないものかと考えるようになったんです。そんな時にこのコンペティションに応募したら運良く通ることができた。で、実際にスイスにあるエリゼへ行った際に美術としての写真をどう考えていくのかとか写真作品の作り方やリサーチ方法、そして歴史などを教わる2週間のプログラムを受けたりしたんですが、今まで日本では誰も教えてくれなかった話しをそこでたくさん聞いて学んだことが大きかったですね。それからは写真に対しても言葉で説明することが重要だということを強く意識するようになりました」
2005年に世界中から50人の若手写真家を選んでスイス・ローザンヌのエリゼ美術館で開催された「リ・ジェネレーション展」に選出された作品「World of Round」で大和田良の名は一躍有名になっていった。
From series "World of ROUND" 2003 Photo by Ryo Ohwada (c) | From series "World of ROUND" 2003 Photo by Ryo Ohwada (c) |
緻密なプリント作品が作られる仕事場にお邪魔して、カメラ機材やデジタルワークフローについて話しをきいてみた。
「Macのこの黒いノートブックを買ったのはもう何年も前だけど、一番最初に買ったMacがPowerBookのG3で黒だったんで、以来何台か買い換えてますが黒にこだわっていて、その後発売された機種はすべて白やシルバーばかりだったから買い換える気にならずにそのまま使っています。スペック? 問題ないですね、それはあまり気にしないようにしています。万が一故障したらその時は修理に出すしか方法はないですけど、もう無理という時までできればコレを使い続けたいですね(笑)」
「メインのカメラは今は基本的にハッセルブラッドに、リーフのAptus22というデジタルバッグを付けて撮影しています。スタジオではこのMacノートに繋いで撮影していますが、自分ではピントチェックくらいで、どちらかというと編集者やクライアント確認のためですね。屋外撮影の場合はCFに記録して、現像は家に帰ってからiMacでリーフ純正ソフトの「リーフ・キャプチャー」を使用。このソフトを使ってる理由は、長い間使ってるから慣れているということと、自分の好みの画像があがってくることです。その他、多機能な要素が求められる時にはSILKYPIXやCapture Oneなどを使うこともあります。タブレットはワコムの631を使っています。仕上げはインクジェットの場合、ピクトラン局紙やイルフォードのスムースパールというペーパーを使ってエプソンのプリンターPX-G5100で出力しています」
愛用の黒のMacBook |
リーフの純正ソフト「リーフキャプチャー」の画面 |
右が愛用のリーフAptus22を装着したCFディスタゴン60mm F3.5付きのハッセルブラッド500C/MとCプラナー80mm F2.8。左はマミヤRZ67と110mm F2.8。 |
上から時計回りにリコーGXR、オリンパスE-P2、コンタックスT2 |
三脚と雲台は共にジッツオ製。三脚はG224,雲台はG1270。手前にあるのはセコニックの露出計L-408 |
様々なジャンルの書籍や資料が書棚に詰まった仕事場で作業中の大和田氏 |
花と娘 2009 Photo by Ryo Ohwada (c) | Mel 2005 Photo by Ryo Ohwada (c) |
From series "SOURCE" 2002 Photo by Ryo Ohwada (c) | From series "SOURCE" 2002 Photo by Ryo Ohwada (c) |
DISCO 2006 Photo by Ryo Ohwada (c) | Bird 2006 Photo by Ryo Ohwada (c) |
冒頭の台詞にあるように、日曜日は家族と過ごす時間と決めている彼は、家庭を大切にしている。美しいスタイリストの奥様と4歳と1歳の2人のかわいいお嬢さんを持つパパでもある彼は、作品展のパーティーなどへもたいてい家族同伴で出席するくらい善き家庭人でもある。写真家とは別の側面での日常や趣味などプライベートについて訊いてみた。
「音楽同様に映画や文学も好きですね。ゴッドファーザーや男はつらいよシリーズも子供の頃に観たからなのか今でも好きです。体力維持もあるんですが、原稿仕事などいろんな仕事があるんで頭を切り換えるためにも水泳をやっています。ジムのプールに週に2回くらいは行きたいんですが、忙しい時にはなかなか行けないんですけど(笑)。プロダクションで働いていた頃から付き合っていたんで、彼女とは仕事柄いっしょになることもあったりしましたね。彼女と2006年に結婚して、上の子供が生まれたんですが、写真に関して子供が産まれる前の自分と比べてみると、もう元へは戻れないっていう気がします。変化した部分って被写体を見る位置とか角度、シャッターを押すタイミングの瞬間など、ものすごく微妙なことなんですけど、この微妙さが写真にとっては決定的なことで、その微妙なニュアンスこそが写真のオリジナリティーを支えてる大きな要素だと思います。いろんなものが微妙に違ってきたことによって、僕には以前の被写体を撮っても同じ写真は撮れなくなっているんです。それを機に写真がどんどん変化していく自分がいますね。前の写真集『prism』をまとめようと思ったきっかけもそこからなんです」
じゃあ2人目のお子さんが産まれてからはどう?
「下の子が生まれてからは、うーん、あんまり変わってないですかねえ写真は。それよりも日々の忙しさや大変さが今までの5倍くらいになった感じですかね(笑)。時間があるときは子供たちとよく遊んでいますよ。映画を一緒に観に行ったり、家では絵本を読んであげたり、ひらがなの勉強をしたりとか」
インタビューに応える大和田氏。エモンフォトギャラリーにて | 自宅仕事場横にある階段にも数多くの写真集などがあふれている |
遠くには富士山が見える自宅屋上。時間がある時には読書したりお子さんたちと遊んだりする大切な場所。お子さんたちは保育園へ出掛けて留守だったので愛犬のモモちゃんと |
最後に好きな写真家を教えてください。
「ものすごくたくさんいるんですけど、敢えて1人に絞るなら(ジャック・アンリ)ラルティーグです。ラルティーグには憧れますね。ドレスを着た貴婦人が階段の手すりで滑ってる写真とか、あとは車の写ってる写真とかが特に好きです。実際の自分は違うんですけど、彼の写真を見ているとこういう青春があったような気になるんです。ラルティーグは趣味で撮っていたんですけど、写真の一番大事なところを持っている気がするんです。彼の写真には現実にあった強い幸せの力がいっぱい詰まってるんですよ。だってメチャメチャハッピーじゃないですか」
そう語る大和田良の写真や彼自身には、静かではあるけど充分過ぎるくらいに幸せの力がみなぎっていると思うのはボクだけじゃないと思う。今後も我々をあっと思わせる発想の作品を発表していくことだろう。新しいシリーズ完成の暁にはまた美味しいお酒を飲みましょう!
(文中敬称略)
2011/2/18 00:00