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Photographer's File

 #8:藤原新也

取材・撮影・文  HARUKI

藤原新也(ふじわらしんや)

プロフィール :1944年北九州市門司区生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻中退。以降、数々の写真と文章を生み出している写真家であり作家でもある。 印度放浪(1972年)、西蔵放浪(1977年)、七彩夢幻(1978年)、逍遙游記(1978年)、ゆめつづれ(1979年)、藤原新也印度拾年(1979年)、全東洋街道(1981年)、東京漂流(1983年)、メメント・モリ(1983年)、乳の海(1986年)、幻世(1987年)、南冥(1988年)、丸亀日記(1988年)、ノア-動物千夜一夜物語-(1983年)、アメリカ(1990年)、アメリカンルーレット(1990年)、アメリカ日記(1991年)、少年の港(1992年)、平成幸福音頭(1993年)、南島街道沖縄(1993年)、日本景伊勢(1994年)、全東洋写真(1996年)、沈思彷徨(1996年)、ディングルの入江(1998年)、風のフリュート(1998年)、藤原悪魔(1998年)、千年少女(1999年)、俗界富士(2000年)、ロッキー・クルーズ(2000年)、バリの雫(2000年)、鉄輪(2000年)、映し世のうしろ姿(2000年)、末法眼蔵(2000年)、ショットガンと女(2000年)、空から恥が降る(2002年)、花音女(2003年)、なにも願わない手を合わせる(2003年)、渋谷(2006年)、黄泉の犬(2006年)、名前のない花(2007年)、日本浄土(2008年)、メメント・モリ 21世紀エディション(2008年)、Memento-Mori 英語版 メメント・モリ(2008年)、コスモスの影にはいつも誰かが隠れている(2009年)、死ぬな生きろ(2010年)などを過去に発表。最新刊「書行無常」を2011年秋に発刊したばかり。




「過去の話はあっちこちでもう何度もしてきたから、今の話しをしようよ。過去や未来の話じゃなく、写真ってさ、現在(いま)目の前にある瞬間しか撮れないじゃない?」

 今回、藤原新也さんに登場してもらったということは、何を隠そうボクが“隠れ藤原新也ファン”だったことを明かさないわけにはいかない(笑)。藤原さんには30数年前、学生時代にちょっとだけお会いしている。今のようにインターネットが東京と地方、日本と世界を繋いでなんかいなかった時代。情報化社会とは縁のない生活をしていた田舎の大学生だったボクにとっては、雑誌や新聞、書籍といった印刷物の片隅に書かれている文章や、実際の人間同士の口コミ以外には情報を得る手段はなかった。そんな時代、ある機会があって少しだけ話をさせていただいたのだが、忘れ去られていたのが再開のスタートだった(笑)。


 そんなに長く生きてきてるわけじゃないし、写真史に詳しい専門家でもないのだが、ボクの記憶と知ってる範疇の認識に於いて若い頃から感じてきたことがある。それは「藤原新也以前、藤原新也以降」という写真家、あるいは写真行為の方法論の中でのカテゴリー分けがあるのではないだろうか? ということだ。

 いま60歳代以下40歳前後以上の写真家や写真好きのひと、写真家を志す人間にとって、多くの場合「藤原新也の写真が好きか、キライか」なんてことは少なからず話題にあがった経験があるはずだと思う。そのくらい時代を揺さぶった作品を発表してきた人物である。過去の作品の中には時代性や流行を作ってきたものも多いし、それについての話題もたくさんある。藤原作品を見たり、読んだりした影響を受けて、インドやチベットといった国々へ放浪の旅に出掛けた人も多い。実際にボクのまわりだけでも何人もいる。しかしながら今回はその辺は端折って「現在(いま)の藤原新也」に特化して語っていただいた。


(c) SHINYA FUJIWARA (c) SHINYA FUJIWARA
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「今の時代はデジタル化になってPhotoshopとか使って合成でも何でもできてしまう。だからこそ縛らなきゃいけないと思う。自由度をいかに縛って操作をしないかということを考えてやっていかなきゃね」


「一緒に散歩しながらお話ししてください。」と外へ誘ってミニブラブラ撮影へ。リコーGXR MOUNT A12にノクティルックスの50mm F1とスーパー・ワイド・ヘリアーの15mm F4.5アスフェリカルが最近のお気に入りらしい。この日は50mm F1を連れて外出。レンズの開放値がF1と明るいために夕方でもNDフィルターを装着している

路地裏を歩きながら藤原さんはすぐに第1ネコを発見したが、近づいてはすぐに逃げられた。その後も第2ネコ、第3ネコと漁師町にはネコ村があるので、散歩しながらもネコ、猫、ねこetc

ネコ道を抜けたら海岸へ出た。藤原さんは釣りが大好きな趣味ということでボートや船舶免許も所有されているとか。海や漁師の話しについても詳しい。さすが、門司港の男だ。漁師や地元の人たちとも顔見知りだが、藤原さんはどうやら漫画家だと勝手に思われているらしい(笑)

陽が沈むまでみんなで一緒にブラブラ撮影&散歩してアトリエへ戻る。瀬戸内寂聴さんと一緒に吟味して完成したというコラボのお酒をいただいた。その名も「終の栖(ついのすみか)」。この美味しい吟醸酒は広島の賀茂泉酒造から発売中! 題字はもちろん藤原さんの書によるもの

「デジタルのほうがフィルムより、よっぽどシャープに表現できるようになってきたね」と意外にもお気に入りのクラシックレンズを最新のデジタルカメラに装着して、海辺の町をスナップしながら話してくれた。

 この秋に出版されたばかりの写真集、というのかな? 写真+言葉+書という形式の本、「書行無常」と同じく開催中の写真展、その名も「藤原新也の現在 書行無常展」をスタートしたばかりの会場で、「さあ、これからインタビューですよ」とばかりに、まるでお決まりの約束手形のような一般的なQ&A形式のレジメを差し出したボクを否定するところから始まったのが写真家の冒頭の言葉だった。

 去年から今年にかけて週刊プレイボーイで連載されたものをまとめたのが今回の「書行無常」だが、写真集と写真展のセレクトについて訊いてみた。

「本のほうは編集者とデザイナーに全部丸投げであずけたんだ。僕はときどきそういうことをやることがあるんだよ。自分の撮った写真が、人の目を通した場合はどういう風に見えてくるんだろうってことにも興味あるから」

 1970年代に発表された初期の作品集、「印度放浪」「西蔵放浪」「逍遙游記」までの3冊は装幀なども藤原さんご自身でやっていたらしい。

「装幀とか何でも自分で出来ちゃう。だから初期は自分でやってたんだけど、自分ひとりでやってるとイメージが閉じていっちゃう。人に任せると予測してなかった意外なものの見方があったりキャパシティが広がっていくから、 “俺って、こう見られてるんだ“とか“こういう見方もあるんだ”っていう新しい発見もある。それ以降はなるべく人に任せるようになったね」


(c) SHINYA FUJIWARA (c) SHINYA FUJIWARA
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 写真家の中には写真集とかのレイアウトで、一切のトリミングとか許さない人がいるってきくんですけど、その辺は藤原さんどう思われます?

「ガチガチにレイアウトまで決めてくるなんて人もいるみたいだね。それも自由なんだけど、そうするとキャパが狭くなるような気がするんだよね」

「人に任せるということは二通りの方法論が生まれるんだよね。 “俺はこうする“ というのと ”おお、そうきたか“ っていうのとね。それで、もしもイメージしてたもの以下だった場合は自分でなんとか出来るから。人に任せるときは、覚悟して頼むから細かい注文はいっさい言わない。こうこうこんな風にしてくれって言うとさ、俺のイメージ通りになっちゃうじゃない? だったら、せっかく他人に任せる意味が無いわけで。「バリの雫」の時もそうだったんだけど、何千枚って写真をバッと渡して任せちゃうなんてことを意外とやったりするんだよ」

 仰るとおりで、ボク自身も元々自分がデザインをやってたから、レイアウトとかをうるさく言っていたことがあるけど、世界が小さくなってしまうのに気づいた。今では反省してあんまし口出しをしなくなってきた。餅は餅屋なのだ、教訓だ(笑)。

 今まで人に任せた結果として、「失敗したなあ〜」っていうことはなかったですか?

「うーん、そんな場合も……あったね」

 そういう時はどうするんですか?

「そりゃあもうデザイン事務所に乗り込んでだね、とことんやりあうよ(笑)。自分で納得できないものを世の中に出すわけにはいかないからね」


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 展覧会よりも前に発売された「書行無常」を書店で手にした時、最初に感じたのが「アレ!?」って印象だった。ボクの中で思い描いていた“藤原新也本”の判型も含めた装幀の流れを良い意味で裏切られた気がしたからだ。それでいて文章も大きくて読みやすいサイズなので、「写真と言葉」を交互認識しやすいからちゃんと読ませてくれる造りになっている。

写真展の設営や準備は大勢のスタッフによって、オープン前日の深夜遅くまで続いていた。下段左側は今回の書行無常ロケの撮影現場で、藤原さんが書を書くときに纏う大切な衣装を作ったファッションデザイナーの青木貴志さん。スタイリストでもある青木さんのセンスが光る洋服は100年くらい前の端切れなどから作られているそうだ。すっごく素敵な衣装でボクも着たいなー!

 新刊の「書行無常」の仕上がりについてはどうでしたか?

「今度もそうだったんだけど、膨大な数の写真を編集者にドカンと渡して丸投げで。デザイナーと一緒にまとめてくれたものをサムネールで見せてもらい、多少の順番とかを数点入れ替えはあったけど、ほぼ彼らの考えたもので完成まで進めたかな。点数をつけるというよりも、“おー、こう来たか!”って感じだよね(笑)」

 装幀も横位置なのだが、中身の写真のほとんどが横位置である。今回に限らず藤原さんの写真の多くは横位置写真で撮られてきた印象があるので素直に訊いてみた。

「99%以上が横位置の写真じゃないかな?」

「人間の目そのものが横への広がり方で見える構造になってるわけだから、カメラを構えたら自然と横位置になるわけ。何らかの必然性があったり、どうしても縦にして撮らざるを得ない場合もあるんだけど、ある意味不自然な行為なんだよね。この書行無常の本に関しては横位置の装幀意外では成り立たなかっただろうね」


翌日の日曜日には会場ではゲストを迎えてのトークショーも開催された。雨の中、大勢の人が集まっていて盛況だった。写真家の都築響一さんの司会? のようなトークは絶妙。ゲストには大書を書く「人間筆」モデルになったアイドル系にかわいいAV女優の晶エリーさんも登場し、撮影現場の秘話など楽しい話題が続いていた。その他、衣装担当のデザイナーの青木さん、撮影アシスタントをつとめた石田さん&戸澤さん、ブックデザインの坂下さんや、プレイボーイ編集部担当編集の近田さんも登場して盛り上がっていた。トークショー終了後も多くの人が並んでサイン会に参加。遅くまで続いていた。会期中、日曜日などには今後もトークイベントなどを開催するらしいので主催者に確認してみては。

そして、“書”へ

「たとえば、“桜”という字ひとつを書くとしても、ドスのきいた声で桜というのと、若い子がキャピキャピした声で桜というのでは全然イメージが違うじゃない。薄墨で柔らかくたおやかに書く桜と、超極太の筆を使って硬質な墨で濃く書く桜では違うし。桜をどういうヴォイスで言ってるのか? どういう視点で見ているのか? っていうのと同じく、表現の仕方ひとつで状況や意味が全部違ってくることを使い分けられる」

「今や多くの場合、ワープロやパソコン、携帯の文字、活字は明朝体やゴシックという書体の違いや太さがあるだけで、それは“打つ”であって“書く”という行為は失われつつある。書くという身体的な行為とは違うと思う。では、書くという身体的行為は必要なのかというと生きていくにはもはや必要ないのかも知れない」

「去年出版した『死ぬな生きろ』っていう本を作るにあたって、四国を巡りながらはじめて書を使ったんだけど言葉がすごく身近になってきたと思った。『メメントモリ』の時には理屈っぽかったのが、書を使って表現することにより、言葉が自然に浮かんでくるようになった。“命”といっても、いろんな意味の命があるわけで、活字じゃそれを言い表せない。手書きの書だと、どういう気持ちで言ってる命なのか、どんな意味の命なのかを表現できると感じたんだ」

 書の作品はすごく大きなサイズをメインに、小さな葉書サイズのものまで様々ある。写真の場合は撮る時にたとえサイズをイメージしていても、撮ったあとプリントや発表時にサイズが変わって(あるいは決まって)くるものだが、カメラという機械(道具)を使わないで、墨をつけた筆だけで紙に向かって直接自らの身体を使って表現行為する「書」のサイズはどんな違いがあるんだろう?

「葉書くらいの小さなサイズを書くときには全体を見渡せるから、バランスも含めて客観的に書いていけるんだけど、大きな紙に書くとき、特に数mサイズになってくると自分がその中に入って書くので客観視することはできないんだよ。勢いで書いていくから途中で止めるわけにもいかず、字が間違ってることに気付いても進めていくしかない。作品にするには最初の一筆を何処に置くかを考えなきゃいけないんだけど、一方では大きなサイズの作品の場合は無にならなきゃ出来ないし、矛盾してるわけだよね。書いてるうちに右脳だけになりすっ飛んでしまい簡単な字を忘れて“ぬ”が“め”になったりすることがある。覚めてしっかり書いた書より、例え漢字の犬と大が間違っていたとしても勢いがある方が作品として残ったりするもんだね。俺の書いた書だけど、俺の書じゃない不思議なことが起きるから面白い(笑)」

 写真でも、ちょっとピントがズレたり、ブレちゃったんだけど凄く良い写真ってあるけど、それと同じような事でしょうか?

「似てるね。外そうと思って撮ったものはダメなんだけど、アッと思った瞬間にシャッターを切ったら偶然そうなってしまったって場合は、二度と同じことは出来ない行為という意味で写真と書はすごく近いのかも知れないね」

「活字にはない、声(ヴォイス)の持つ微妙な違いは、書じゃないとうまく伝えられないと。今回の書は必然なんだよね。これまで写真と書の組合せってのはありそうで無かったんだ。だから発明だね(笑)」

 間違っていたら申し訳ないのだが、活字の場合は“命”という一語でも、新しい生命のことなのか? 消えゆく命なのか? あるいは他の意味なのか? 前後の文章をまじえないとわからないのだが、書の場合は、“命”という文字の持つ意味や、その時の感情までが、描き方ひとつでいろいろ変化して藤原さんのヴォイスとして表現が可能になるという風にボクなりに解釈した。


「書ありきで、引っ張られて、写真のサイズがどんどん大きくなっていったんだ」



 今回の展覧会の写真は1.6m幅という日本で出力できる最大サイズのプリンターとインクジェットペーパーを使って、すべて大判サイズのプリントで展示されている。使用カメラはペンタックス645DとキヤノンEOS 5D Mark II。最も大きいサイズのプリントは幅が6m、高さが3mという巨大なものだ。書のほうもそれに合わせて3mとか5mといった特注のでかい紙に書かれているものが大半だ。広い会場で大きなプリント作品群での展示なのだが、この大きさやデジタルカメラとの関係についても藤原さんに語ってもらった。

「さっきもあなたがポートレート撮影に使ったカメラ、4,000万画素あるわけだけど、俺も使っているけど画素数が何万あるとか言っても雑誌とかだと見開きでA3とかのサイズだし、ポスターでも大画素数での迫力はなかなかブツとしては認知し難いわけだよね。メーカーでの画素数争いがあるけど、我々プロを含めてユーザーは消費の構造の中に巻き込まれてはいるが、実際にブツを見られる機会は少ない。今回の写真展ではプリント作品のすべてが、超高精細の大型出力なので、作品そのものだけじゃなくて会場そのものを実験装置として感じて是非味わって見て欲しいんだよね。これはおそらく初めてのことで画期的なことなんだ。実は書の方が最初から大きいのが出来てたから、展示を考えるにあたって写真も全紙とかを並べてるんじゃ全然つり合わない。そこから巨大化したんだけどね(笑)」


「何がなんだかわからんだろ? 誰もが混乱するんだよ。俺だって自分がやってることが最初はよくわからなかったんだ(笑)。やってるうちに見えてくるものがあるんだよ」

「まさか藤原新也という人の口から発明という言葉が出てくるとは思わなかったんですが、文章と写真をくっつけた最初の人でもあるから、やっぱり発明家なんですかね?」などと冗談を言ったのだが、藤原さんはサラッと受け流して、

「そりゃあもう、俺は一所にはジッとして居ない人間だからね。前の四国の本(死ぬな生きろ)もかなりありえない本だったけど、今度の本もなんだかわからないだろ? いつも動いて、次へ次へといくよ」

 実際に、写真を撮りながら歩くのも速いひとで、コチラのカメラのピントが追いつかない(笑)。

「連載が始まった時には、俺だってよくわからなかったんだ。だけどやってるうちにだんだんわかってきたし、見えてきたんだ。ただし、こんな事をやりたいんだ! っていうパッションだけは最初からあったんだけどね。俺たちはこういう事をやりたいんだって強い思いがね。いまの若者たちとはまったく反対の行為だよね。彼らは解りやすいコンセプトを組み立てて、結果とかを考えてからスタートするだろ。だから真逆だよね、俺たちは。わからないままでも突き動かされてやっちゃうんだ」

 あとさきじゃなく、まず思い立ったら行動していくという姿勢の藤原さんのほうが今の若者より柔軟さを感じられるんですが。

「最近、写真の世界でもそういうのが少なくなってきたよね。写真ってのは本来、出会い頭にパッと撮るものでしょ。今は多くがコンセプトありきで、そこへパズルみたいに当て嵌めていく作業、みんな臆病になってるよね。特に若い男の子たちは草食系男子とか呼ばれてさ、石橋を叩いて渡るひとが多いよね」

 確かにそんな風潮ですね。だけど若い女性たちって堂々としてるっていうか、むしろ強くなっていく傾向でスゴくないですか?(笑)

「そう! 女性は違うね。旅しててもさ男の子たちはガイドブックとか見ながら数人のグループで計画立てて行動してるんだけど、女性はとんでもない場所にひとりで来てたりするんだ。行動力がある人が多い、写真だってそうじゃない?」

 女の人はコンセプトがいらないから(失礼、笑)強いと思う。本能として生きてる動物ですから、ずうずうしいというか若い時からおばちゃんの発想で……自己規制(笑)。

「なんかさ写真って、後生大事なことやってるみたいに慎重になったりするけど、俺はそれおかしいと思うね。こんなきゅうくつな世の中だから、出たとこ勝負みたいな行動に出られる女性たちのほうが、よっぽど開放感があるし確実に強いよね(笑)」

「失礼ですが、藤原さんは年齢的に視力の衰えや体調は大丈夫なんですか?」というホンマに失礼な質問もぶつけてみた。

「元々俺は身体は丈夫な方で全然悪いところが無いんだけど、最近、喉だけが気になるんだよ。20代の頃にインドへ行って、リュック一つでタール砂漠を横断したんだけど日射しがギラギラでもの凄く乾燥していて、喉の中までやられてしまったんだけど、それ以降は喉だけは弱いね。逆に喉が敏感だから、空気の変化とか化学物質とかのアンテナっていうか健康のバロメーターになってる。ナーバスなセンサーだから今回も被災地へ行って線量とかの影響を敏感に受けやすくなってる。放射能の影響で極陰性の物質みたいでたまに煙草を吸うとメンソール吸ったみたいに喉の奥がヒンヤリ感じるんだよ。原発被災地へ入る写真家の支払う税金みたいなものだと思ってるけど」

 本来なら春のお花見シーズンには観光バスが行列をなして人々が集い、待ちに待った遅い春を祝い、喜び、憩い、そして宴席に浮かれるであろうハズの幸せの場所。だけど2011年春、そこには写真家の他には誰ひとり居ない。藤原さんの作品群にあるボクがひときわ惹かれる写真。福島県にある有名な桜の木々が満開の花を咲かせている美しい写真があるのだが、それらを撮影するには危険に身を挺しての行動があったんだと。

 この桜の花々があまりに美し過ぎるのは、放射能の影響で生命ホルモンを刺激して活性化する化学反応をおこしたものではないかとも言われているらしい。もしもこれが原発事故の影響なんかじゃなくて、たまたま花見客が訪れていない僅かな瞬間に撮られたのなら、どんなにか清らかで美しいだけの幸福な桜満開の写真であったろう。しかしここにある現実はそうではない。とてもこの世のものとは思えないような冷たい美しさ、死の形相のような色彩の写真が印象的で会場から離れた後でも脳裏に焼き付いている。

 新しい藤原作品のカオス世界を見せてもらったわけだが、これがボクたちの暮らす地球という星のいま現在の現実なんだろう。

(c) SHINYA FUJIWARA (c) SHINYA FUJIWARA
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 今回は最新作「書行無常」についてたくさん話していただいたのだが、次回もし藤原さんと語らせてもらう機会があるなら「少年の港」を一緒に旅をしながら、藤原新也の過去をゆっくり歩いてみたいものだ。


・書行無常展
  • 会期:2011年11月5日〜2011年11月27日(会期中無休)
  • 時間:11時〜20時(日曜日のみ11時〜16時。入場は閉館の30分前まで)
  • 会場:3331 Arts Chiyoda
  • 住所:東京都千代田区外神田6-11-14
  • 入場料:500円

取材協力(敬称略):集英社・週刊プレイボーイ編集部、石田昌隆、戸澤裕司、坂下晶夫(OCTOPUS)

今回の取材撮影使用機材:
  • ペンタックス645D、FA 645 55mm F2.8、SMC Pentax 67 75mm F2.8 AL
  • キヤノンEOS 5D Mark II、EOS 7D、SIGMA 50mm F1.4 EX DG HSM、EF 16-35mm F2.8 L II、EF-S 10-22mm F3.5-4.5 USM
  • ニコンD7000、AF-S NIKKOR 85mm F1.4 G、AF-S NIKKOR 16-35mm F4 G ED VR、AF-S DX NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6 G ED VR
  • サンディスクExtreme Pro SDHC、Extreme W CF


(はるき)写真家、ビジュアルディレクター。1959年広島市生まれ。九州産業大学芸術学部写 真学科卒業。広告、雑誌、音楽などの媒体でポートレートを中心に活動。1987年朝日広告賞グループ 入選、写真表現技術賞(個人)受賞。1991年PARCO期待される若手写真家展選出。2005年個展「Tokyo Girls♀彼女たちの居場所。」、個展「普通の人びと」キヤノンギャラリー他、個展グループ展多数。プリント作品はニューヨーク近代美術館、神戸ファッ ション美術館に永久収蔵。2011年よりテレビ朝日「世界の街道をゆく」3月、8月、12月放送分のスチールを担当する。 http://www.harukiphoto.com/ http://twitter.com/HARUKIxxxPhoto

2011/11/11 17:17