片岡義男写真展「撮る人の東京」

――写真展リアルタイムレポート

小説「東京青年」の表紙をはじめ、女性の足をモチーフにした写真は、繰り返し登場する (c)片岡義男

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片岡義男さんは1940年生まれ。写真をモチーフにした小説、評論なども多数著している

 日本写真協会が写真業界に呼びかけて行われる東京写真月間2009。その国内展テーマは『旅』だ。住む場所から遠く離れるのも旅ならば、身近な街を歩く散歩も、また旅だ。そんな視点からこの企画に浮上してきたのが小説家の片岡義男さんだった。

 片岡さんは17年以上にわたり、東京を撮りためており、ここでは約5年前からの約1万6,000カットから選んだ。

「失われそうな風景を撮ろうと思ったつもりはまったくない。けれど、すでにその半分はなくなってしまっていると思う」と片岡さんは語る。それはただ街並みが変わっただけではなく、連綿と続いてきた東京の生活が消えつつあることなのだ。

 片岡さんはこの企画で、初めてデジタル一眼レフカメラを使い、まったく違う写真の楽しさを体験したという。今回、三軒茶屋を撮影したが、これをきっかけに東京の街を撮り、Webサイトでアップする構想も進行中だとか。ここから片岡義男の新しい東京物語が始まる。

 片岡義男写真展「撮る人の東京」はペンタックスフォーラムで開催。会期は2009年5月27日(水)〜6月8日(月)。入場無料。開館時間は10時半〜18時半。最終日は16時まで。火曜休館。所在地は新宿区西新宿1-25-1 新宿センタービルMB(中地下1階)。問合せはTel.03-3348-2941。この写真展に合わせ、写真集「名残の東京」(東京キララ社・税別1800円)も発売。

いろいろな街を訪ね歩く感じで、会場には小さなコーナースペースがいくつか作られた会場内のモニターではK20Dを使い三軒茶屋で撮った写真を上映
会場では、プリント12点と直筆のタイトルなどを入れた写真集を販売。3パターンそれぞれ1部限定(5万円)

現実と少し違うから面白い

 片岡さんが写真に興味を持ったのは、子どもの頃だったという。雑誌の工作セットに「ピンホールカメラキット」が付いてきたのだ。

「すりガラスに目の前の光景が小さくなって映る。それも現実とは少し違うことが面白かった」

 カメラを使えば、その像がフィルム、プリントにとどめることができる。以来、多少のブランクはあったが、写真を撮り続けてきた。

 ただし片岡さんは普段はカメラを持ち歩かない。この日は写真を撮ると決めた日だけ、カメラを手に街を歩く。

「撮りに行くのは天気のよい日だけ。一番の理由はピーカンの陽射しが好きだからです。強い光の中ではモノに影が出て、輪郭が鮮明になり、色が限度いっぱいに浮き立つ」

 もう一つの理由は、時間がないこと。

「雨の日にも撮りに行きたいけどね。もし撮りに行くなら、カメラはいつもの一眼レフじゃなく、コンパクトカメラを使う。固定焦点のできるだけシンプルな機種で、カラーネガで撮りたいな」

 片岡義男さんの写真を思い起こすと、なるほど、雨の記憶がない。

(c)片岡義男

街ではただ切り取るだけ

 片岡さんがレンズを向ける光景は、長い時間、日々の生活が営まれた結果として、存在しているものが多い。

「東京はどこも面白い。実際、適当な電車に乗り、気が向いた駅で降りて撮ったりもします。違う街でも、どこか同じ光景が見つかる。生活の仕方が似ているからだろうね」

 1枚の写真を手に、「面白いと思わないかい」と片岡さんがいう。そこには竹箒と、1個ずつ袋に入れられ、紐で吊るされたタワシが売られている金物屋の店先があった。

「こういう店でタワシを買うと、店のおばさんが丁寧に1本ずつ紐をはずして渡してくれた」

 かつて長い間、当たり前だった生活が、今、周囲から忽然と消えてしまっていることに気づく。こうした写真はノスタルジーをまといながら、もっと深い部分で何かを気づかせようと働きかけてくる。

「街を撮る時は、何も見ていない。ただ切り取るだけです。カメラ任せなので、どう撮ろうとかも思っていません」

 歩いていると、撮りたい光景が次々と見つかる。もちろんカメラを持っていない時でも同じだ。

「そういう時は覚えておいて、後で撮りに行くこともあります。そうすると、そんなでもなかったりするんだよね」

(c)片岡義男

スナップと静物写真は楽しみが違う

 写真は、片岡さんの中で、文章を書くことと、まったく違う行為だ。この5年で1万6000点ほどの写真がたまったわけだが、それ以前の写真は「本にしたもの以外は、すべて捨ててしまう」という。

 数が増えてしまうし、とっておいても選ぶことができなくなるからだ。そうして処分するまでは、時折、取り出して見直してみる。

「写真は片岡さんにとって、表現ですか」と質問すると、「街を撮ることは表現ではないね。ただスチルライフも撮っていて、そちらはそうかもしれない」と答えが返ってきた。

 本やボールペン、商品のパッケージなどを自宅の部屋で撮影する。この撮影は、街に持っていくのと違い、デザインに惹かれて購入したオリンパスのOMシリーズを使う。

「そのモノが一番良く見える構図を考えて撮る。スナップとスチルライフは楽しさがまた違いますね」

 片岡さんの静物写真は写真集「キャンディを撮った日」、「謎の午後を歩く」で見られる。その本を手にこの会場に向かうのもオススメだ。

(c)片岡義男

写真は相当面白い遊びだ

 デジタル一眼レフカメラは、この写真展のために初めて使った。会場内のモニターで、スライドショー上映する写真を撮った。

「フィルムの入っているカメラと、持っている時の気持ちが違った。それも、あんなに違うとは思わなかった」

 東京の街から三軒茶屋を選び、ペンタックスK20Dで撮り歩いた。このカメラは心地よい気楽さがあり、ストレスのなさ、光の拾い方が違うと感じたという。

「フィルムとセンサーでは光を受け取る部分の大きさが違うせいか、写真の奥行きとか広がりが変わる。まだそれほど使っていないので詳しくはわからないけど」

 片岡さんはこの夏を目標に、Webサイトを立ち上げる計画だという。そこに毎月、1ヵ所ずつ東京の街を撮った写真を発表していく考えだ。

「それはK20Dで撮ります。公開する写真はセレクトしますが、順番は撮った時間軸で並べていく。一つの街を30〜100点くらいでまとめられればいいね」

 片岡さんにとって「写真を撮って発表するモチベーションは何ですか」と問うと、一度、なんだろうねと考え込み、「遊びのようなものでしょう。遊びとしては相当面白い」と答えてくれた。ひと味違う東京の旅の仕方を教えてくれるはずだ。

(c)片岡義男



(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。4月某日、4回目になるギャラリーツアーを開催。老若男女の写真ファンと写真展を巡り、作品を鑑賞しつつ作家さんやキュレーターさんのお話を聞く会です。始めた頃、見慣れぬアート系の作品に戸惑っていた参加者も、今は自分の鑑賞眼をもって空間を楽しむようになりました。その進歩の程は驚嘆すべきものがあります。写真展めぐりの前には東京フォト散歩をご覧ください。開催情報もお気軽にどうぞ。

2009/5/29 00:00