コンセプト展「infocus」に見るリコーデジカメの未来

~来場者の声を要素技術開発に活かす
Reported by 本誌:武石修

in focusの会場

 リコーは、デジタルカメラのコンセプトモデルを展示する「in focus」を10月30日~11月16日まで東京・銀座のリコーフォトギャラリー「RING CUBE」で開催した。

 会場では、社内コンペで選ばれた5点の作品を展示。積み木型や指輪型など、斬新なコンセプトで来場者を楽しませた。今回は、リコーでも初めての試みとなったコンセプトモデルの展示についてお話を伺った。


銀座からデザインを発信したい

総合デザインセンター デザイン事業戦略室 斎藤和幸氏(左)、プロダクトデザイン室 百瀬明室長

 リコーでは、これまでも社内コンペを行なっていたが、外部の目に触れる場所に出したことはほとんど無かった。今回は社内だけでなく外の声を聞いてみたいと、一般公開に踏み切った。

 そもそも製品化を前提としたデザインではなく、コンセプトモデルのコンペを行なう意味はどこにあるのだろうか? 今回の展示のプロデュースとディレクションをしたリコー総合経営企画室 総合デザインセンター プロダクトデザイン室の百瀬明室長はこう答える。

 「社内で行なうコンセプトのデザインコンペには大きく2つの目的があります。1つは、デザイナーに制約を与えないで思い切り自由にやらせてみることで、次の商品に繋がる新しい種を探すことです。これをやると、我々も想像しないようなアイデアが出てくる。そしてもう1つは、デザイナーの能力を発揮させる意味があります。例えばプリンター担当のデザイナーだとカメラのアイデアを持っていても出す場所が無かったりします。ですが、こうしたコンペを行なうことでデザイナー本人の能力を活かしたおもしろいアイデアが出てくるのです」

 製品化を前提としたデザインに付随する納期やコストといった制約を無くし、デザイナーの自由な発想を引き出したという。


展示を行なったRING CUBE。銀座4丁目交差点という好立地を活かしてデザインの発信を行なった

 「この時期に展示を行なったのは、東京デザイナーズウィークを始め六本木などでもデザインイベントが集中しているからです。RING CUBEのある銀座からも同時にデザインを発信したいと思って始めました」と話すのは、展示全体のコーディネートを行なったリコー総合経営企画室 総合デザインセンター デザイン事業戦略室の斎藤和幸氏だ。

 「ほかのイベントはどちらかというとデザイナーが発信している部分がありますが、リコーとしては企業からデザインを発信したいという思いもありました」(斎藤氏)というように、銀座の一等地というRING CUBEの立地を活かして実施した。

 今回のコンペは、「つながる・もちあるく」というテーマのみを設定して2月頃にアイデアを募集したところ、15人ほどがエントリーしたという。その後約1カ月で作品を制作し、社内でプレゼンテーションを行なった。「リコーのデザインセンターは国内だけでなく北米やオランダにも拠点がありますが、そうした場所にいるデザイナーの参加もあり、結果的にグローバルなデザインコンペができたと思います」(斎藤氏)。審査も社内で実施し、審査ではデザイナーの名前は出さずに、アイデアやコンセプトを純粋に評価した。


“個性的な撮影の道具”が出揃う

 つながる・もちあるくがコンペのテーマだったが、今回選ばれた作品には“撮影する道具”という共通のキーワードがあった。そのため展示の名称は“ピントが合う”や“ぼけているものがクリアになる”といった意味のin focusとした。in focusという名前も今回参加したオランダのデザイナーが考えた。

 百瀬氏によると、今回の作品には“単純に自分が写真を撮りたいと思うときの道具”と、“自分が目の前で見たものをもっとよく知りたいとか、もっと良く理解したいという場合の道具”という2つがあったという。

 「“撮りたい”という方は、どうしてもカメラを構えると相手が警戒したり、また自分も本当は肉眼で見たいのだけれどカメラが邪魔になるといった撮る人の気持ちを解決するようなカメラがありました。その1つは指輪型のカメラ(Finger Frame)で、指の間でフレーミングできるので相手も警戒しないし自分も肉眼で見ることができます。もう1つの“もっと知りたい”の方は、例えば目の前に虫がいて、これは何だろう? というときに覗くと調べることができるツール(∞ Loupe)です」。

 では、最終的に選ばれた5作品を見ていきたい。

FramEZ(Guus de Hoog氏、リコー ヨーロピアンデザインセクション)

 デザイナー自身が南極を訪れた際に、写真に収めきれないほどの雄大さに触れて考案したというアイデア。フレームとカメラレンズから成っており、フレームとユーザーとの距離でズーミングができる。

フレームとカメラで構成したFramEZ
繋げることで写真を大きく表示できるケース部分にも機能を搭載する

 また、1枚のフレームに取り込んだ画像は、複数のFramEZを並べることで仲間と共有できる。インターネットにも接続されており、仲間とリアルタイムに写真を共有できる。デザイナーは20代のオランダ人だ。

Finger Frame(小田聡氏、リコー 総合デザインセンター)

 2つの指輪から成るカメラで、撮影者と被写体がレンズを介さずに撮影できる。被写体となる相手と視線を合わせた自然な表情が撮影可能。

2つの指輪型デバイスからなるFinger Frame

 デザイナー自身が自分の子どもと遊んでいて、撮りたいときにすぐ撮れるカメラとして考案した。「相手とのコミュニケーションを大事にしながら写真を撮りたい、ということが発想の根底にあったようです」(百瀬氏)

BLOX(谷内大弐氏、リコー カリフォルニアデザインセンター)

 積み木をモチーフにしたカメラ。本体に複数ある黒丸部分が磁石になっておりBLOX同士を多数繋げることで、単一のカメラでは撮影できない写真が撮れるというコンセプトになっている。

BLOXは、複数を組み合わせてさまざまな撮影ができるコンセプトだ

 例えば、レンズを外側に向けて環状に繋げれば360度のパノラマを撮影できる。一方、内側に向けて繋げれば立体物のスキャナーになる仕組み。デザイナーは、1フレームに収まりきらない広大な米国の風景を前に、連続パノラマ写真でつくり出されたグーグルのストリートビューに接して想起したという。

∞ Loupe(佐々木智彦氏、リコー 総合デザインセンター)

∞ Loupe。本体は回転できるリングになっている

 ズームイン、ズームアウトという単純な動作を現実の空間と時間を超えて表示できるツール。リングを回転させることで、例えばズームでは目の前のものを拡大していくが、ある部分からはインターネットからの情報に切替えることで、実際には見ることができない部分まで拡大することができる。ズームアウトも同様に宇宙まで行くことができる。一方時間軸の例としては、ある街の時間を遡って過去の景色を写したり、目の前の生きものの成長過程を追うことなどもできる。

 「見る人の好奇心を刺激して、それを満たすことができるデバイスになっています。デザイナーは、リングの回転というシンプルな操作だけでどこまで操作できるかにこだわりました」(百瀬氏)


∞ Loupeの機能例あたかも現実の世界をズーミングしているかのように、ネットワークからダウンロードした情報を表示する
回し続けることで、地球や宇宙といった部分までズームアウトする
こちらはズームアップの例。顕微鏡的な映像を超え、最終的には化学構造まて見ることができる
写した書類の文字をタッチして検索できる、電子辞書的な機能も搭載

GRID(奥田龍生氏、リコー 総合デザインセンター)

GRレンズを装着したGRID(左)と交換用カメラユニット(右)

 GRIDについては、「GR DIGITAL」シリーズのデザインディレクターとしても知られる奥田氏に説明していただいた。

 「ほかの作品に比べると比較的現実的なものに仕上がっているかと思います」(奥田氏)と話すとおり、GRIDは上記の各コンセプトモデルとはやや違った方向性の作品だ。スマートフォン的な携帯端末とカメラユニットから成るデバイスで、一見すぐにも実現できそうな印象を受ける。

 「撮りたいシーンというものは、現実の世界だけでなくインターネットの中にもたくさんあると思っています。それをiPhone的なデジタルデバイスの中でブックマークしたり、写真を撮るようにして画像を記録できないかと思いデザインしました。そこで記録したものを撮影した写真と同列に見て、検索などができたらおもしろいと考えました。バーチャルの世界も取り込みたいということです」(奥田氏)とのこと。


GRIDにはGRレンズも装着できるシャッター速度ダイヤルも見える
本体は薄型のスマートフォン的なものだスリムな交換用のカメラユニットも提案
18日の発売が決まったGXR

 GRIDはカメラのレンズ部分が交換可能になっている。レンズ部分に何も付けなければ、普通のスマートフォンとして使用できる。一方カメラのユニットを取付ければ、高画質の写真も撮影可能でGR DIGITALのような楽しみ方もできる。「ユニット交換式デジタルカメラの『GXR』に近いコンセプトになっています」(奥田氏)。

 取り込んだ画像はどこかに転送したりブログに貼付けたりと自在にできる。ネットワークのバーチャル世界と現実世界との垣根を取り払うことを考えたそうだ。「まだ技術的な裏付けはありませんが、GXRをもっと突き詰めるとこのくらいになるといいなという想いで作りました」(奥田氏)

 なお、“GRID”という名称はグリッドというネットワークのイメージと「GR Intelligent Device」を掛けたものという。GR DIGITALとiPhoneの両方を使っているユーザーは多いとのこと。「それらが1つになれば荷物が減るんじゃないか、という部分もありました(笑)」(奥田氏)


会場での声を今後の製品に活かしたい

 今回展示した作品はいずれも実際の製品からはかなり離れたコンセプトモデルのため、このまま発売することはない。こうしたコンセプトモデルについて来場者の意見を聞き、リコーとして今後どういう技術をテーマにしていかなければならないかを模索し提案していく。「今回は最初に技術ありきではなくて、まず、魅力のあるものを作ってみて反応の良いものに関しては要素技術の開発を提案したいと考えています」(百瀬氏)。今回の作品にあった要素技術が今後の製品に取り入れられる可能性は大いにあるとのこと。

奥田氏がデザインをディレクションしたGR DIGITALカメラらしいソリッドなデザインが話題になったR8

 実際、GR DIGITALもカメラ企画の動きとは別に奥田氏がコンセプトモデルを制作し社内で公開した。それもテーマ化への一助になったと考えている。また、同じくコンパクトデジタルカメラの「R8」も企画からの提案を受けて企画の構想段階からコンセプトモデルの制作に着手した。「リコーではコンセプトを提案するときに、スケッチではなくモックアップを作ってプレゼンテーションすることが多いのです。その方がよりリアルになり、見た人から率直な意見が出ます」(百瀬氏)。結果的にカメラのセールスとしても成功しているとのことだ。

会期中に配布したパンフレット類は、リコーのデザイナーが自ら制作を手がけている。リコーのデザインに対する考え方をまとめた冊子もin focusに合わせて配布した

 「デザイナーからすると、社内向けの提案であれば事の背景を知っているため言わなくても伝わりします。しかし、こういった場所で展示するとなると、来場者が見た瞬間に内容が伝わらなければなりませんので難しさはあったと思います。」(斎藤氏)

 「作品をご覧になった方からは、『これはすぐできそうだけれど、これはまだできないな』といったように素直なご意見を聞くことができました」(百瀬氏)。「今回は小規模な展示でしたが、それだけに訪れた方との距離感も近く、またカメラに詳しい方も多くいらっしゃいますので直接色々なお話を聞くことができました」(斎藤氏)

 今回、来場者から多くの声を聞けたことはこれまでにない大きな成果だったという。今後は、年に1回くらいの割合でこうした展示を実施していきたいとしている。






本誌:武石修

2009/12/3 17:51