写真家・魚住誠一がワコム「Intuos5」で教える“愛情レタッチ”

Reported by 本誌:鈴木誠

 ワコムからプロ向けペンタブレットの最新モデル「Intuos5」が発売中だ。ペンタブレットというとそのスタイルから一見“絵を描くための道具”とイメージしてしまいがちだが、写真のレタッチ作業にも快適化・高速化で大きな力を発揮する。

ペンタブレットを使い始めて7〜8年という魚住氏。ワコムのIntuosを普段から使用している

 そこで今回は、日頃からペンタブレットを仕事に活用している写真家の魚住誠一氏に「ペンタブレットで写真の編集作業を行なうメリット」をお聞きし、さらにポートレート写真をより好印象に仕上げる“魚住流”のテクニックを披露してもらった。

 編集部が用意したのは、「Intuos5 touch」のMサイズ(実勢価格3万5,000円前後)。Intuos5は入力範囲の大きさにより3種類をラインナップしており、それぞれにマルチタッチ対応の「touch」と、ケーブルレスでパソコンと接続できる「ワイヤレスキット付」を用意している。Intuos5+ワイヤレスキットの組み合わせは、魚住氏の周囲でもかなり評判がよいそうだ。

3サイズのIntuos5からMサイズを用意。左奥の11インチMacBook AirにUSB接続し、外部ディスプレイにPhotoshop CS6の作業画面を表示しているタブレットの設定画面。ハードウェアボタンなども含め、好みに合わせて細かくカスタマイズできる

 魚住氏はポートレートに施す後処理を「サービス」と呼んでおり、その心遣いは“愛情レタッチ”とも評される。モデル本人が見ても気づかないほどのさじ加減で、より好印象な作品に仕上げていくのが“愛情”たるゆえん。早速、そのテクニックを紹介していこう。

 まず最初に選んだのは、Photoshopの「パッチツール」。顔にかかってしまったわずかな髪の毛を消したり、首や目尻のシワを目立たなくしたり、コンディションが悪い部分(目の赤みや肌など)をカバーしてあげるのだという。

パッチツールの効果例。中央の髪の毛が気になるシチュエーションを想定し、肌色の近いところをパッチツールで囲む(左)と、肌色に馴染んで消える(右)
ペンタブレットならではの直感操作で、作業はスピーディに進む

 ポイントは、広い範囲を一気に選択せず、肌色の近い部分ごとに細かく消していくこと。ペンで囲んで、つまんで、外に馴染ませる、という小気味よい作業を数回繰り返すと、気になる髪の毛がきれいに消えた。

 また魚住氏いわく「手の血管も女子は気になるポイント」だそうで、こちらもパッチツールの出番。気になるポイントを細かく囲んで馴染ませていき、ものの数十秒で血管の浮きが目立たなくなった。

オリジナルの状態血管の部分を細かく選択していく
血管が目立たなくなった

 これらのレタッチが興味深い点は、仕上がりだけを見ると何も手を加えていないような自然な写真なのだが、手を加えた場所を聞いた上でオリジナルと切り替えながら見ると、わずかな変化が見て取れる、というバランス。しかし、その変化は確実に全体的な印象を少しずつ高めている。魚住氏は「本人でも気づかないぐらいのサービスがいい」と強調する。

 続いてペンタブレットが威力を発揮するのが「覆い焼き」と「ぼかし」ツールだ。より印象的な目にしたり、肌のコンディションをよくすることができる。白目は、サイズを小さめにした覆い焼きツールできれいにする。魚住氏の覆い焼き設定は、中間調・露光量10%以下(おおよそ6%前後)だった。

全体を見ながら、あくまでやり過ぎないことが大切

 さらにぼかしツールで黒目と白目の境界線をぼかしてやると、コンタクトレンズのふちが見えてしまうことも抑えられ、女優のような目に仕上がるという。ぼかしツールの強さは100%、直径は小さめにし、まつ毛を消さないようにするのがポイント。「これだけでも大分違う」と魚住氏はいう。

 ペンタブレットならではのスピーディな操作の様子は、以下の動画でご覧頂きたい。ダメージが出やすいという口の周りにぼかしツールを適用し、続いてツールのサイズを変えて目の部分にも適用している。

 このように、通常のマウスでは難しい(できたとしても、かなりの手間と時間を要するだろう)細かな操作が実にスムーズに行なえている。さらに覆い焼きなどのブラシ系ツールでは、入力ペンの筆圧検知がツールの強度や太さとリニアに連動するため、マウスでは表現しづらい微妙なタッチも画像に反映できる。マウスポインタでスライダーを調整して、画像上で試して、取り消して、再度スライダーを調整して……といった試行錯誤の手間を大幅に削減できるのだ。

 ほかにも魚住氏のサービスの一例を紹介しよう。例えばポートレート撮影で目の部分にピントを合わせていると、アングルによっては鼻の一部にもピントが来て、質感が目立ってしまう。そんな時は、解像してしまった肌の部分を20〜25%の強さで大まかにぼかしてやることで、鑑賞者の目がより自然にモデルの目へと惹きつけられる作品になるという。これも、作業の前後を見比べてはじめて違いを実感できる愛情ポイントだろう。

 これだけでも十分にワンランク上の好印象な仕上がりだが、読者へのサービスは惜しまない魚住氏は更に「ゆがみツール」を使ったテクニックも教えてくれた。二の腕が気になる女性は多いそうで、ゆがみツールで「少し押し込んであげる」ことでほっそりとした印象を得られるというのだ。

二の腕サービスの例。左がオリジナル、右が適用後。背景のゆがみが気になる場合は、背景をゆがみツールで補正する。

 ゆがみツールは顔の輪郭、首、体のラインにも応用できる。こうした作業を行なうときは、Photoshopの環境設定から「ヒストリー」の数を増やしておくと、かなり前の段階からのやり直しが利いて便利だ。

サイズは半径を腕の太さと同じか少し大きめにし、中心を腕と背景の境界線あたりに置いて、外側から軽く押し込む。「ヒストリーから復元できるので、何回もトライしたほうがよい」(魚住氏)

 しかし、あくまで「1つ触れば1つダメになるのが人の顔だから、そこは考える。サービスしすぎはよくない」と強調していた。レタッチテクニックだけでなく、モデルと鑑賞者の両方が幸せになれる絶妙なサービス精神を身につけたい。

 参考までに魚住氏に“ペンタブレットに慣れるまでどれぐらいかかったか”を伺うと、「最初は違和感があるが、3日我慢してほしい。そうしたら戻れなくなる」とのストレートな回答だった。マウスと比べて特にパッチツールで肌のコンディションをきれいにするような処理が楽になり、作業時間は体感で8〜9割も短縮したという。

 また、ペンタブレットはマウスと同等の操作が可能なため、メニューを選ぶためにマウスに持ち替えたり、トラックパッドに手を伸ばす必要はない。魚住氏の手元を見ていると、作業中はメニューやボタンなど全ての操作をペンで行なっており、そのスピードはマウスやトラックパッドと同等か、それ以上のようにも見えた。

 ちなみにIntuos5 touchでは、これまでのIntuosになかったタッチセンサーを内蔵。入力部が指を使ってのマルチタッチにも対応した。右手でペンを持って操作しながら、左手の操作で拡大/縮小、表示範囲の移動なども行なえるのだ。ペン入力に加えてマルチタッチも使いこなせば、さらに快適な作業環境とすることができるだろう。

タッチホイールを継承。ブラシサイズの変更などを直感的に行なえる新対応のマルチタッチジェスチャーでは、ペンを持たない手で拡大/縮小などの操作が可能
ジェスチャーの設定画面。Mac OS Xに近い感覚で使えたいくつかのPhotoshop用ショートカットも用意されている

 単にペン入力機器であるだけでなく、プロの作業環境を意識したカスタマイズ性も魅力のデバイスであることがお分かりいただけるだろう。この至れり尽くせりな編集環境は、作品作りを最後までこだわり抜きたいフォトグラファーに、ぜひ一度試していただきたい。



本誌:鈴木誠

2012/6/26 11:53