特別企画

M型ライカのススメ

いちど手にしてみたい傑作品

世の中には、マスターピース(傑作品)と呼ばれる品物が数多く存在する。カメラの世界にフォーカスしてみれば、まず思い浮かぶブランドはライカだろう。なかでもM型ライカと呼ばれる一連のシステムは、ライカのフラッグシップとして位置づけられ、私たちが思い浮かべるライカのイメージの核となっているモデルだ。

今回は、M型ライカとはどのようなカメラで、そのアイデンティティーの本質はどこにあるのかを、改めて検証してみることにする。

ライカM(Typ240)

現行品のライカM(Typ240)は、2,400万画素の35mm判フルサイズCMOSセンサーを搭載したドイツ製のデジタルカメラだ。35mm判はライカが1914年のプロトタイプであるウル・ライカ(ウルはドイツ語で「元祖」の意)から使い続けている1コマ24×36mmのフォーマットで、ライカをきっかけに広まったため"ライカ判"とも呼ばれる。それが100年後のデジタルカメラにも受け継がれているわけだ。そのライカM(Typ240)が有する特長としては

  • 実像式レンジファインダー搭載
  • ライカMバヨネット式交換レンズ
  • 撮影範囲を示すブライトフレーム
  • 過剰な装飾を排した合理的なインターフェイス

などがあげられる。

ライカM(Typ240)が設計・製造されているのは、ドイツのウェッツラーにあるライカカメラ本社だ。交換レンズや双眼鏡などの光学機器を想起させるデザインの建屋は、ライカのプロトタイプが誕生して100年という節目の2014年に竣工した。現代のカメラメーカーとしては珍しく、設計やマーケティング部門と製造部門が同一の建屋で密接に連携しながら活動している。

現在のライカカメラ社屋

そんなライカの100周年に先立ち、2012年のフォトキナで発表されたアートブック「99YEARS PASSION」がある。当時ライカの99周年を記念したもので、これに掲載されたキービジュアルにもM型ライカが登場していた。やはりライカといえばM型という認識は、当のライカも強く意識しているのだろう。

「99YEARS PASSION」のプレゼンテーション

“アイコニックな存在”としてのM

では、その原点となったモデルを見てみよう。M型ライカの初号機、ライカM3が登場したのは1954年。今から60年以上も昔のことだ。

ライカM3

その姿は、現行品のデジタルカメラであるライカM(Typ240)と極めて良く似ている。ライカM3の特長としては

  • 実像式レンジファインダー搭載
  • ライカMバヨネット式交換レンズ
  • 撮影範囲を示すブライトフレーム
  • レバー式による迅速なフィルム巻き上げ

などがあげられる。

驚いたことに、レバー式のフィルム巻き上げ以外は現行品のデジタルカメラであるライカM(Typ240)の特長と同じなのだ。すなわちM型ライカは、その誕生から現在に至るまで、他社のカメラにはないユニークで普遍的な価値を維持し続けている。

TIPS:ライカM3が世界に与えた衝撃

ドイツの機械工業が黄金期を迎えた1950年代の半ばに登場したライカM3の衝撃は凄まじく、追随するメーカーは簡単に真似できる部分として、急遽レバー式のフィルム巻き上げを採用するなどして対応した。とはいえライカM3の要諦である実像式レンジファインダーの完成度と精密加工技術には追いつけないと判断し、レンジファインダー機の開発を断念。もっと簡単に作れる一眼レフ方式のカメラへ一斉に方向転換していった。

ライカM3発売当時のエルンスト・ライツ社

Mの語源=メスズハー

現在もライカを代表するシステム名として継承されている「M」は、メスズハー(ドイツ語で「距離計=レンジファインダーの意」)に由来している。ライカMシステムのアイデンティティーである極めて精密な光学式ファインダーは、最新のデジタルMシステムにも変わらず受け継がれている。

ライカMの距離計ユニット

これは一眼レフ方式のファインダーより遥かに複雑な構造で、100以上の極めて精密な部品から構成される特別なしつらえ。これこそがM型ライカこそライカの真髄であるといわれる理由なのだ。

M型ライカの光学式ファインダーは、炎天下の野外でも深夜の路上でも、肉眼で見るような自然でクリアな視界を提供する。ファインダーの倍率は常に同じで、そこから写真として切り出される範囲を、装着したレンズに応じてブライトフレームが示す。

ブライトフレームファインダーのイメージ

撮影時は、このブライトフレームで示された撮影範囲の外側の状況を把握しながら、写真として切り取られる構図を決め、自らの手で画面中心部の二重像を合致させてピントを合わせる。人間の目で見て、脳で判断し、手で操作するという写真撮影の本質を体験できるのがM型ライカの魅力だ。

これを実感するには実際にM型ライカを手にしてみるのが一番だが、写真家のCraig Semetko氏による解説動画でも、そのプロセスを知ることができる。

"のぞき見る" or "切り取る"視線

M型ライカは、世界の名だたる写真作家の愛用するカメラとしても知られている。小さく控えめな存在感のボディと、それに相応しいコンパクトさを備えながら高性能なレンズ。そして、視界の中から写真として抽出される部分を瞬時に判断して構図を組みシャッターを切るのに適したブライトフレームがある。

現在主流のカメラのように“のぞき見る”視線ではないM型ライカのファインダーの見え方が、撮影者が世界を“切り取る”視線と同調する。だから傑作が生まれる。「もしかしたら、M型ライカを使えば自分の写真が変わるかもしれない」という思いは、あながち間違いではないと思う。

フォトキナ・ライカブースでの作品展示

M型ライカのススメ

実際に筆者もフィルム・デジタル双方のM型ライカを使用している。しかし、その心地よい高揚感を伴った撮影フィーリングは文字で伝えるのが難しい。

ファインダーのクリアな視界とブライトフレーム、ピントリングやシャッターダイヤルを操作した際の手応え、ファインダー内の二重像の動く様子、静かで確実な感覚のレリーズ音など、人間のさまざまな感覚器官に気持ちよく響く要素をM型ライカは持ち合わせている。これは、体験してもらわないことには共有しづらい感覚なのだ。

だから、M型ライカに興味を持って頂けたのなら実機に触れてみることをオススメしたい。ライカのお店は少々敷居が高いと感じられるかもしれないが、たとえ京都・祗園の町屋をリノベーションして作られたライカ京都店であっても、物怖じすることはない。あなたが「M型ライカに触れてみたい」という意思を示せば、そのリクエストに快く応じてくれるはずだ。

祗園・花見小路に所在するライカ京都店

あるいは、同級生のお父さんや親戚の伯父さん、もしくはカメラ同好の知人などがM型ライカユーザーであるなら「ちょっと触らせてください」と、申し出てみるのも良い考えだと思う。

おわりに…

まとめとして、"M型ライカのススメ"三箇条を述べたい。

  • M型ライカとは、オートまかせでなく撮影者の意思決定と挙動がダイレクトに撮影結果へ反映されるカメラである。その洗練されたマン・マシン・インターフェイスが、世界中のフォトグラファーから支持されている。
  • ひと目見てM型ライカとわかる一貫性のある構造をもつ。だから、いちど操作方法を習得してしまえば、まるで楽器を演奏するように現在・過去そして未来のM型ライカを自在に操ることができる。
  • 不滅のMマウント(1954年~)を介して、現行のM型ライカと過去に製造された名レンズを組み合わせた撮影も楽しめる。またそれを前提として、デジタルデバイスに起因する画質への悪影響を極力排除する設計がなされている。

カメラの記録方式の主流がデジタルになっても、M型ライカのコンセプトが揺らぐことはない。最高の画質でありながら被写体に威圧感を与えず、シャッターチャンスを逃さず撮影できる特別なカメラ。それがM型ライカなのだ。

完成し、出荷を待つライカM(Typ240)

協力:ライカカメラジャパン

ガンダーラ井上

(がんだーらいのうえ)ライター。1964年東京生まれ。早稲田大学社会科学部卒。某電器メーカー宣伝部に13年間勤務し、2002年に独立。「Pen」「日本カメラ」「ENGINE」などの雑誌や、ウェブの世界で活動中。