特別企画

まったく新しい構造のプロテクター、ケンコー「ZX」(ゼクロス)を試す

新素材を投入しつつも価格を抑えたフラッグシップライン

交換レンズの前面に装着する光学フィルターには、2つのタイプに分けられる。

ひとつは、PLフィルターやNDフィルターのような作画効果を得るためのフィルター。

もうひとつは、レンズ前面を守る保護用のフィルターである。

後者の保護用フィルターは、それによって写真の出来栄えが良くなる訳ではない。しかし、それを装着しておけば、レンズ前面を撮影時や移動時などでの不慮の衝撃(ぶつける、引っ掻く、砂や小石が当たる、など)から守ることができ、汚れや水滴などの付着も防ぐことができる。

だが、保護フィルターで心配になるのが、画質に対する影響である。いくら高品質を謳うフィルターでも、レンズの前にガラス1枚が被ることになるからだ。例えるならば、窓ガラス越しに撮影するような感覚か。その違和感や不安感を覚える人もいるだろう。

だから、最近の保護フィルターでは無色透明なのはもちろん、より高い透過率が得られる素材やコーティング技術などを採用した、高品質な製品も増えている。

しかも、着実に高画素化が進むデジタルカメラにおいては、レンズの高性能化と同様、これまで以上に保護フィルターの高精度化も求められるようになってくる。

そこで気にしなければならないのが、フィルターの面精度(平面性を維持する精度)である。どんなにガラス素材やコーティングが上質なフィルターでも、面精度が保たれていないと、画面周辺部などに像の歪みや乱れが生じる危険性があるのだ。

ケンコー・ZXプロテクター

11月11日に新発売となった「ケンコー・ZX(ゼクロス)プロテクター」は、同社の光学技術やフィルター作りのノウハウを結集して誕生した、最上グレードの保護フィルターである。そして、フィルター素材やコーティング技術だけでなく、ガラスの平面性にまでこだわった製品になっている。

そのZXプロテクターの最大の特徴が、新開発「フローティングフレームシステム」という技術である。特殊弾性緩衝剤の採用などにより、フィルターガラスへの負荷をゼロに近づけ、高い面精度を実現しているのである。これにより、レンズが持っている本来の描写性能が存分に引き出せるのだ。

では、この「ケンコー・ZXプロテクター」がどういう経緯で誕生したのか? また、開発や製造の段階でどんな苦労やエピソードがあったのか? そういった現場の声を聞くために、東京都中野区にある株式会社ケンコー・トキナーを訪れた。話をうかがったのは、同社の光学開発課 課長、岡戸英司氏。

株式会社ケンコー・トキナー光学開発課の岡戸英司課長

組み付け時のガラスの平面性に着目

--まずはこの製品の企画・開発の経緯を教えてください。

これは10年以上前から認識していた事ですが、フィルターは組み立てる段階で、面精度(平面性)が崩れてしまう傾向がありました。と同時に、それが映像にはさほど影響しない、ということも分かっておりました。

ですが、ここにきてデジタルカメラの高画素化が進んでおり、静止画でいえば5,000万画素以上、動画で言えば4Kや8K。そういったところまで視野に入れながら、今の時代に合う「より高精度で高性能なフィルターを作らねば」と思ったのがきっかけです。

--そのデジタルカメラの高画素化を見据えた、新開発の「フローティングフレームシステム」という技術を、まず最初にプロテクターを選んだ理由は何でしょう? やはりユーザー数の多さが理由ですか?

そうですね。フィルターの多くは何らかの効果を期待して使用しますが、プロテクターに関してはレンズを守るという理由で多くのユーザー様に使用されています。それだけに、効果を期待するフィルター以上に「画質に影響を与えてはならない」という思いで、最初にプロテクターを選びました。

--先ほど面精度の話が出ましたが、映像にはさほど影響はしないとの事でした。それでも、従来タイプ(ZXプロテクター以前)のフィルターだと、問題が生じるような精度の狂いが生じてくるのでしょうか?

面精度に関して言えば、日本で作られているフィルターの大半は両面研磨されたガラスを使用しているので、そう大きな問題は生じないでしょう。しかし、海外製フィルターの中には未研磨ガラスを使用しているものもあり、そのような面精度の低いフィルターを使用した場合、映像に影響が出てしまうこともあります。その影響を納得されて使用していればいいのですが、大事な写真と考えると、いかがなものでしょうか。

ちなみに、ケンコーのフィルターでは、1990年代に薄型を実現するため厚さ1mmのガラスを採用していた時期があります。しかし、ここまで薄いガラスだと平面性の精度を保つのが難しくなってきます。ということで、カメラのデジタル化が進む2000年代中盤以降は、薄さへのチャレンジを行った「ZetaEX C-PL」を除くフィルターで、ガラスの厚みを2mmに統一しています。

--なるほど、現在の製品では2mmのガラスを採用しながら、フィルター枠の工夫により薄型を実現しているんですね。話をZXプロテクターに戻しますが、新開発「フローティングフレームシステム」を始めとする、採用されている技術や工夫について具体的に教えてください。

「フローティングフレーム」をいうキーワードを直訳してしまうと“枠が浮いている”というイメージになるかもしれませんが、そうではなくて“ガラスが浮いたような状態”で枠に固定されています。つまり、ガラス面に対してほとんど負荷がかからない構造になっているのです。

従来のフィルターですと、枠をかしめたり、リングやバネで押さえつけたりという“押える構造でガラスを保持する”という製品がほとんどでした。この方法ですと、高精度に研磨されたガラスの面精度を保つのが難しくなります。しかし、ガラスに対して負荷をかけないフローティングフレームの構造ならば、面精度をほとんど崩さずにガラスを保持できるのです。

フローティングフレームシステムの模式図。特殊緩衝剤を用いることでガラスを金属で直接触らない構造とし、組み立て時の平面性維持を実現した。

--フローティングフレームがガラスを押さえつけないのは、枠の構造によるものですか? それとも、何か特殊な素材が使用されているのですか?

それは両方になりますね。枠の構造としては押えリングを使用せずに、ガラス面に圧力がかかるような状態で組みつけていません。そして、ガラスの側面に弾性のある特殊な緩衝剤を注入して保持しているのです。

一般的なプロテクターを使って撮影した画像の隅を拡大。(提供:株式会社ケンコー・トキナー)
同じ被写体をZXプロテクターで撮影。同一の箇所を拡大しているが、上の画像に比べると像の崩れが目立たない。(提供:株式会社ケンコー・トキナー)

--フローティングフレームシステムの構造や使用素材が優れているのはお話でわかりましたが、製造・組み立ての段階で精度が保たれるかどうか気になります。

枠に関してもガラスに関しても、コンマ台や1/100mm台の精度の管理の元で製造しております。そして、特殊緩衝剤に関しては、高精度のディスペンサー(液体定量吐出システム)を用いて定量管理していますので、加工した後も高精度が維持できています。

--重要なキーデバイスとなる特殊緩衝剤ですが、これはZXプロテクターに合わせて新規に開発された物ですか?

いえ、これは既成の物になります。ただし、最初からこの緩衝剤の使用を決めていた訳ではなく、何種類もの緩衝剤を試用してきました。そして、緩衝能力や信頼性、またコスト的な面も考慮しながら、最適と思われる物を採用しました。

--こその緩衝剤の実際の感覚というか、弾力性のレベルが知りたいのですが。

そうですね。感覚で表すのは難しいですが、ゴムの硬度で言えば50度から70度くらいです。これは爪で押せばへこむくらいの固さになります。

--ZXプロテクターの開発経緯や期間を教えてください。

先ほど申し上げたとおり、10年以上前からフィルターの組み立て段階での面精度崩れは認識しておりましたが、実際に製品化の企画が出たのは2013年になります。ただ、それからしばらくは使用材料の選定や予備実験を少しづつおこなっていたので、集中して製品開発をおこなったのは最後の1年間くらいになります。

--準備段階から製造する段階まで、どの段階がより苦労されましたか?

いろんな構造や素材を試しながら開発してきましたが、実際に商品化するにあたっての量産性(材料コストや手間など)を考慮するのが大変でしたね。

--このZXプロテクターが製造されているのは、日本国内の工場ですか?

そうです。新潟にある弊社のグループ会社で製造しています。ちなみに、ZXプロテクター以外の各種フィルターの多くも、この新潟のグループ会社で製造しております。

ZXプロテクターを製造している株式会社ケンコーオプティクス新潟工場。
組み立ては熟練工の手で行われる。
組み立て時と完成時に行われる平面性検査。

--ケンコーからは各種フィルターが発売されていますが、同じ種類でもいくつかのタイプ(ブランド、グレード)がありますよね。プロテクターに関しても多くのタイプがあり、価格を比較すると「ZX」よりも「Zeta Quint」の方が高価です。その点からZXはZeta Quintの下位グレードという認識で間違いないですか?

たしかに、Zeta Quintの方が高価になりますが、プロテクターとしての性能に関しては、ZXの方を最上位グレードと位置付けております。ですが、今回のZXプロテクターをより多くの人に使っていただけるよう……極端に言えば、すべてのプロテクターをすべてZXに切り替えていただきたいという思いもあり、ZXをZeta Quintよりも低価格に設定しました。

--製品紹介の所で「最高級フィルター」と謳われているZeta Quintの立場がちょっと微妙なんですが(笑)。

Zeta Quintに関しては、ジュラルミン製の枠や強化ガラスの採用など、使用素材を特化することで最高級を謳ってきました。

--話をZXプロテクターに戻しますが、フィルター径は49mmから82mmまで9種類がラインナップされています。しかし、高性能な超望遠レンズになると、径が82mmよりも大きい製品も増えてきます。反対に、ミラーレスカメラのレンズだと、径が49mmよりも小さい製品も数多くあります。そういったフィルター径に対応するZXプロテクターを発売する予定はありますか?

はい、あります。小さい方では37mmと40.5mm。大きい方では86mmと95mm。現在のところだと、このあたりの製品の発売を予定しております。

--最後の質問になりますが、このZXプロテクターは、特にどういう人に使って欲しいと思っていますか?

小サイズから大サイズまで発売するので、すべての人に……と言いたいところですが、特に使っていただきたいのは、高価なレンズを使用されている人になるでしょう。やはり、高性能なカメラやレンズをフルに生かすには、プロテクターに関してもより高品質で高精度な製品を選択する必要がありますから。

なお、今回はZXプロテクターを発売しましたが、今後は他のフィルターでもフローティングフレームシステムの採用を考えております。つまり、ZXシリーズのNDフィルターやPLフィルターなどが登場するという事です。そういう訳で、今後のZXシリーズにも期待して頂きたいですね。

--それは楽しみですね。今後の展開に期待しております。

実際につけて撮影してみた

ZXプロテクターは本当にすごいのか。その実力をチェックするため、実際に撮影で使用してみた。

カメラは3,600万画素のニコンD810。使用レンズは、AF-S NIKKOR 16-35mm f/4G ED VR、AF-S NIKKOR 70-200mm f/2.8G ED VR II。

当然、三脚を使用しており、ミラーショックを避けるドライブモードで撮影。ライブビューモードでピント合わせした。

結果的に、フィルターを装着しなかった画像と、ZXプロテクターを装着した画像は、まったく見分けがつかなかった。画面の中央付近だけでなく、周辺部の隅々まで拡大してチェックしたのだが、プロテクター装着の影響を見つけることはできなかった。

プロテクター非装着
D810 / AF-S NIKKOR 16-35mm f/4G ED VR / 絞り優先AE / F8 / 1/500秒 / -0.3EV / ISO100 / 28mm(クリックすると全体を表示します)
ZXプロテクター装着
D810 / AF-S NIKKOR 16-35mm f/4G ED VR / 絞り優先AE / F8 / 1/500秒 / -0.3EV / ISO100 / 200mm(クリックすると全体を表示します)

プロテクター非装着
D810 / AF-S NIKKOR 16-35mm f/4G ED VR / 絞り優先AE / F8 / 1/500秒 / ±0EV / ISO100 / 200mm(クリックすると全体を表示します)
ZXプロテクター装着
D810 / AF-S NIKKOR 16-35mm f/4G ED VR / 絞り優先AE / F8 / 1/500秒 / ±0EV / ISO100 / 200mm(クリックすると全体を表示します)

まとめ:プロテクターにかける意気込みがすごい

高画素なデジタルカメラの性能を引き出すには、高性能なレンズが必要になる。そして、高性能なレンズは価格も高価になるので、キズや汚れから守るためにプロテクターを装着したくなるだろう。だが、それによってカメラやレンズの性能(画質)を損なう事は避けたい。プロテクター装着の必要性と、画質に対して影響を与えないこと……。ガラスやコーティングだけでなく、面精度まで追求したZXプロテクターなら、この相反する要求に応えてくれる。

もちろん、プロテクター自体には汚れや水滴が付着するので、定期的なメンテナンス(清掃)は必要になる。だが、レンズ本体を汚れから守れるメリットは大きい。清掃の回数が増えると、ガラス表面の劣化も徐々に進む。高性能で高額なレンズになれば、修理費も高額になる恐れがある。それだけに、プロテクターの重要度もより高まってくるのである。ZXプロテクターには、耐久性に優れた撥水・撥油コーティングが施されているので、安心して気軽にメンテナンスがおこなえるのも有り難い。

最上位グレードの製品でありながら、リーズナブルな価格設定。また、インタビューでの「すべてのプロテクターをZXプロテクターに切り替えていただきたいくらいです」という岡戸氏の発言。そういった点からも、ZXプロテクターに対する、ケンコー・トキナーの熱意が感じられる取材だった。

吉森信哉

1962年広島県庄原市出身。東京写真専門学校を卒業後、フリー。1990年からカメラ誌を中心に撮影&執筆を開始。得意ジャンルは花や旅。ライフワークは奈良・大和路の風景など。公益社団法人 日本写真家協会(JPS)会員。カメラグランプリ2016選考委員。