ライカレンズの美学
SUMMARIT-M F2.4/75mm
“ライカで望遠”に踏み出す1本
2016年5月31日 07:00
現行M型ライカ用レンズの魅力をお伝えしている本連載もついに10回目を迎えた。記念すべき10回目はM型ライカレンズの中でもあまり目立たない、でも実は「隠れた名玉」なSUMMARIT-M F2.4/75mmをご紹介しよう。
古くからのライカファンであれば「SUMMARIT(ズマリット)」と聞いて即座に思い浮かべるのは、1954年に登場したSUMMARIT 50mm F1.5だろう。その絞り開放時の絹糸を引いたような優しく、なおかつ個性的な描写特長には現在でも多くのファンがいる、まさに伝説のクセ玉である。
その後、コンパクトカメラのレンズに一時的にSUMMARIT銘が使われたことはあっても、交換レンズとしてはこの50mm F1.5が唯一のSUMMARITだったため、ライカファンの会話のなかではあえて“50mm F1.5”という言葉を付け足さなくても、「SUMMARIT」というひとことの単語だけで「ああ、SUMMARIT 50mm F1.5ね」という具合に意思疎通が成立していた。つまりライカファンの間ではSUMMARIT=50mm F1.5という公式が暗にすり込まれていたわけだ。
突如復活したSUMMARIT(ズマリット)銘
ところが2007年にライカは突如として交換レンズにSUMMARIT銘を復活させる。しかも35mm、50mm、75mm、90mmというシリーズ展開で、4本とも開放F値はF2.5だった。当時は前年のフォトキナでM型としては最初のデジタル機であるライカM8が発表されてからまだ時間があまり経っていないころで、新SUMMARITシリーズの発表は、デジタル時代を見据えたその後の展開を予感させるものだった。
ただ、2007年のSUMMARITシリーズの発表は、昔からのライカファンにとっては2つの点でちょっと驚きだった。
ひとつめは「どうしてSUMMARIT銘なのか」ということ。前述したとおり、SUMMARITといえばパブロフの犬的にSUMMARIT 50mm F1.5を思い浮かべてしまうライカファンにとって、開放F値を含めて何も共通項を見いだせないレンズ群にSUMMARIT銘が引き継がれたことに対する戸惑いのようなものが、確かにあったと思う。
もうひとつはシリーズとして4本のレンズが同時に登場したことだ。今までにもライカから複数のレンズが同時に発表されることはもちろんあったわけだが、このようにシリーズものとして4本が同時に登場というのはあまり例のないことであり、その今までにない展開にちょっと驚いたわけだ。
SUMMARITシリーズは従来あったM型用レンズに比べてると、比較的買いやすい値付けになっているのが最大の特長で、そこにはライカM8をきっかけにライカに興味を持った、従来とは異なるデジタル時代の新しいライカユーザーを取り込みたいという思惑もあったと思う。
F2.5からF2.4のSUMMARITシリーズに一新
そんなSUMMARITシリーズも、登場から7年が経過した2014年のフォトキナで新タイプへすべてモデルチェンジし、F2.5だった開放F値はF2.4へとわずかに明るくなると共に、鏡胴のデザインがモダンなイメージに改められた。
わずか7年でモデルチェンジというのはライカとしては比較的早いインターバルだが、前回の本連載にも登場してもらったライカのレンズ開発責任者ピーター・カルベ氏によると、先代ズマリットシリーズも開発当初はF2.4で設計を進めていたが、マネージメント的な理由からF2.5の開放値へ落ち着いたという経緯があったらしい。そのため、今回の新ズマリットシリーズはそれほど大がかりな設計変更をすることなくF2.4を実現できたという。
というわけで前置きがずいぶん長くなってしまったが、今回はF2.4になった新SUMMARITシリーズの中から75mmを試用してみた。本連載で75mmが登場するのは第4回目のAPO-SUMMICRON-M F2/75mm ASPH.に続いて2回目である。M型ライカにおける75mmレンズの効用についてはその際に記したが、レンジファインダーカメラで使うことを考えると、ブライトフレーム枠がより小さくなる90mmよりも使い勝手がよく、画角的にも中望遠と標準レンズの中間的な存在となる75mmは、多くのシーンに対応できる汎用性があるレンズだと思う。
写りはしっかり「ライカレンズ」
SUMMARITシリーズは比較的買いやすい値付けになっていることが最大の特長であることは前述したけれど、写りの面ではそれを感じさせる部分はまったくない。ボケの効果を活かしたい中望遠でなおかつ開放F2.4ということで、実使用では絞り開放で使われることが多いと思われるが、絞り開放から合焦部のキリッとした像の立ち上がり方は素晴らしく、解像性能はかなり高い。
F1.4のSUMMILUXレンズのような超繊細な描写とは異なるものの、必要以上に線が太る描写になってしまうこともなく、基本的には現代レンズらしいシャープな描写力を持っている。アウトフォーカス部分の描写も二線傾向が少なく、なかなか自然なボケ方と感じた。
あと、使い勝手の面ではF2.4という開放F値のため、必要以上にピントにナーバスにならなくて済むという意味で好感を持てた。M型ライカ用の75mmはこれまでにF1.4のSUMMILUXや、F2のSUMMICRONも使った経験があるが、当然ながら明るくなるほどピントはシビアになる。M型ライカのレンジファインダーは高性能なので、75mm F1.4でも慎重にやればピントはもちろん合うが、少しでも気を抜くとピントの歩留まりが悪くなってしまうのは否めない。ポートレートやテーブルフォトなどのスタティックな被写体ではそれでもいいけど、スナップなどでは正直ちょっと難しい面もある。
しかし、F2.4ならばそれほど息を止めるようなピント合わせをしなくても、かなり良い結果を得られる。もちろん、F1.4のレンズでもF2.4まで絞れば同じ事だが、それでは無駄が大きいではないか。F2.4という開放F値に留めたからこそ得られた小型軽量さは、その点でもスナップに最適と思う。
スペック的には地味なレンズで、まだあまり伝説めいたバックグラウンドも持たないSUMMARIT 75mmだけど、小型軽量で比較的お安く(あくまでもライカとしては)、写りが良くて汎用性も高いなど、考えれば考えるほど「良いレンズ」ではないか。どうしても広角から標準までの焦点距離に人気が集中してしまうM型ライカ用レンズだが、そうした「ライカで望遠なんて」と言う人にこそ使って欲しい1本である。
協力:ライカカメラジャパン