ライカレンズの美学

APO-SUMMICRON-M F2/75mm ASPH.

M型ライカと好相性の中望遠

現行のM型ライカ用レンズの魅力をお伝えしている本連載。4回目となる今回はAPO-SUMMICRON-M F2/75mm ASPH.について語ってみたいと思う。

まずは75mmというちょっと変わった焦点距離について。

一眼レフ用単焦点レンズであれば50mmの次は85mm、その次は100mmや105mmというラインナップが一般的(もちろん例外は多々あるけど、あくまでも一般的にということで)だが、現行のM型ライカ用レンズの場合は50mmの次は75mm、そして90mmといった具合に、一眼レフに比べると小刻みに焦点距離が増えていく品揃えになっている。

一眼レフとは違ってズームレンズがないのでそれを補うべく単焦点レンズを小刻みに揃えている等、いろいろな理由があると思うが、ライカにおける75mmレンズの歴史はかなり古く、今から84年前の1931年には75mmに近い焦点距離のHEKTOR 73mm F1.9(バルナックライカ時代なのでマウントはもちろんL39スクリューマウント)が登場している。

この頃はまだズームレンズが登場するだいぶ前なので、焦点距離を小刻み云々ではなく、単純に大口径化しやすい中望遠系の焦点距離として73mmになったと想像できる。その後、1946年にHEKTOR 73mm F1.9が生産終了した後はしばらく75mmの系譜は途絶えてしまうのだが、1980年になるとSUMMILUX-M F1.4/75mmが登場。このSUMMILUX 75mmは25年間作られ続けていたが2005年に製造終了し、それと交代するカタチで登場したのが今回の主役であるAPO-SUMMICRON-M F2/75mm ASPH.である。

ライカ アポ・ズミクロンM F2/75mm ASPH.

レンジファインダーで楽しみたい1本

レンジファインダー方式であるM型ライカの場合、広角レンズでは過剰なほどのピント精度が得られる反面、標準レンズより焦点距離の長い望遠レンズになるほどかなり慎重なピント合わせが必要になることや、望遠撮影で重要な「ボケ」の様子がファインダーで確認できないとか、そもそも装着レンズにかかわらず常に像倍率が一定のレンジファインダー機では望遠になるほど視野枠が小さくなってフレーミングしにくい。といったことから、人によってはレンジファインダー機は広角〜標準レンズ専用と割り切り、望遠は一眼レフで、という使い分けをする方もいる。

ただ、75mmという焦点距離であれば、そうしたレンジファインダー機における望遠レンズの不安要素はそれほど気にしなくても大丈夫だ。

まずはピント精度についてだが、F1.4だったSUMMILUX 75mmはともかく、F2のSUMMICRONであれば、開放でもピントは結構合う。SUMMILUX 75mmを開放で使うと、ピンボケを大量生産してしまう恥ずかしいワタシだが、同じような使い方をしてもSUMMICRON 75mmであれば合焦している確率が格段に高くて自分で驚いたほどだ。

屋内の光がよく回った条件での撮影。今回の撮影はすべてレンジファインダーでライブビューは一切使っていないが、絞り開放でもピントは難なく合う。F1.4のSUMMILUX 75mm開放ではなかなかそうはいかない。LEICA M(Typ240) / ISO250 / F2 / 1/125秒 / WB:オート
絞り開放の周辺部でも解像感は高い。レンジファインダーの75mmフレームの場合、二重像のピント合わせ部分が画面面積に対して(見かけ上)広くなるため、それを上手く利用するとコサイン誤差をある程度は避けることができる。LEICA M(Typ240) / ISO1250 / F2 / 1/60秒 / WB:オート
スタティックな被写体を浮き上がらせて撮りたい時には最適なレンズ。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F2 / 1/750秒 / WB:オート

レンジファインダーの視野枠が望遠になるほど小さくなってしまう件についても、75mmであれば50mmよりひとまわり小さいだけなので、十分に実用的だと思う。少なくとも90mm枠よりは確認しやすい。それでも小さいと思う人はライカ純正で用意されているファインダー接眼部に装着するマグニファイアーM 1.25倍もしくは1.4倍を装着すれば、像倍率が上がって視野枠が大きくなるほか、ピント精度も上げることができるのでオススメだ。

もちろん、組み合わせるボディがライカM(Typ240)のようにライブビューも可能な機種である場合は、望遠レンズに関しては思い切りよくライブビューに切り替えて使うのもひとつの方法だし、それであれば先ほど列挙した望遠レンズの不安要素はすべて解消する。

ただ、個人的にはやはりM型ライカは「レンジファインダーで使ってこそ」の思いが強い(あくまでも個人的には、ですよ)。さすがに90mmレンズの至近撮影や135mmであれば素直にライブビューのお世話になろうと思うけれど、「なるべくレンジファインダーで撮りたい」と思う自分にとって、75mmレンズはレンジファインダーと絶妙に相性の良い中望遠レンズという認識である。

50mmとも90mmとも異なる汎用性

描写性能は非常にハイレベル。自分の場合、どうしても愛用しているSUMMILUX 75mmとの比較になってしまうが、絞り開放で明確に柔らかい結像のSUMMILUXに対し、このAPO-SUMMICRON 75mmは絞り開放から十分にシャープで、ピントのキレも抜群にいい。

合焦部分の描写は「繊細」というよりも「しっかり」系。実用性に振ったズミクロン銘らしい写りだ。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F2 / 1/1,000秒 / WB:オート
こうした中距離撮影でも合焦部分以外を軽くボカせるのが50mmとの違い。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F2 / 1/750秒 / WB:オート
中望遠ながらもあまり望遠ぽくなく、標準レンズ的なスタンスで使える汎用性がある。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F2 / 1/2,000秒 / WB:晴天
RAW現像時にモノクロ化してみた。カメラ側の特徴もあるので一概には語れないものの、このレンズのトーンの再現性はかなりいい。LEICA M(Typ240) / ISO100 / F2 / 1/1,000秒 / WB:オート
今回の作例の中ではほぼ唯一、絞って撮ったもの。絞り開放でも周辺画質はかなり良質だが、F5.6まで絞るとさらに周辺画質は向上し、画面全体が完全にプレーンな印象になる。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F5.6 / 1/500秒 / WB:オート

光学系は5群7枚と、最近のレンズとしてはかなり構成枚数が少ないものの、全体繰り出しによるフォーカス位置に応じて最後群の1群2枚のみが独自の動きをするフローティング機構を搭載。無限遠はもちろん、至近距離でも解像性能の劣化はほとんど感じられない。

絞り開放でも周辺減光はかなり少ない。個人的にはもっと落ちて欲しいほど。LEICA M(Typ240) / ISO250 / F2 / 1/500秒 / WB:オート
ほぼ最短撮影距離で撮影。この距離でも解像性能が落ちないのはフローティング機構のおかげか。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F2 / 1/2,000秒 / WB:オート

また、レンズ銘の最初にAPOとあることからも分かるとおり光学系の一部には異常低分散ガラスが使われていて、色収差も良好に補正されている。中望遠レンズとしてはかなり珍しく非球面レンズも採用されているが、構成枚数が少ないのは非球面レンズで諸収差を効率よく低減できたからだろう。そのおかげで75mm F2というスペックにしては小型で持ち出しやすいレンズに仕上がっている。

玉ボケの輪郭はやや強めだが、非球面レンズでよくある点光源部の同心円状の筋はまったく発生しない。LEICA M(Typ240) / ISO1000 / F2 / 1/125秒 / WB:オート

実用における75mmレンズの意義についてだが、その焦点距離から想像できるとおり、引き寄せ効果や、圧縮効果といった望遠ならではの効果はかなりマイルドだ。そうした望遠効果を期待するのであれば、同じ中望遠でも90mmを選択すべきだろう。

75mmの良さはむしろ汎用性の高さにある。90mmだとさすがに望遠的な使い方しかできないが、75mmであればちょっと長めの標準レンズのような使い方も可能でありつつ、中距離くらいにある被写体を標準レンズよりもボケを活かして浮き上がらせるといった芸当も簡単に行えてしまう。

前ボケはこんなふうに柔らかい感じになる。LEICA M(Typ240) / ISO250 / F2 / 1/180秒 / WB:オート
逆光へ溶け込んでいくアウトフォーカス部描写がなかなかいい。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F2 / 1/125秒 / WB:晴天

また、人物を撮影する場合に50mmよりもパースコントロールが楽ということもある。アップではややパースの付き方が気になる場合(例えば目の間隔が離れているように写ってしまうとか)も75mmならかなり緩和される。

近距離でのボケはこんな感じ。周辺では口径食による玉ボケの楕円化が若干あるけれど、気になるほどではない。LEICA M(Typ240) / ISO1000 / F2 / 1/2,000秒 / WB:オート
金網のような規則的なパターンをボカしても、イヤな二線ボケは皆無。LEICA M(Typ240) / ISO250 / F2 / 1/350秒 / WB:オート

「中望遠だからポートレートレンズ」という短絡的な考え方はあまり好きではないが、前述したレンジファインダーとの相性の良さの件を含め、被写体との距離が自由になるのであれば、ポートレートでも90mmより使いやすいと思う。

レンズに直射光がモロに入る逆光状態だが、フレアの発生はこの程度。RAW現像時にコントラストを上げればもっと戻すことも可能だが、ここでは雰囲気優先であえて残して現像した。LEICA M(Typ240) / ISO1000 / F2 / 1/500秒 / WB:オート
こうしたポージングでは50mmとの差が出る。中望遠としては少ないとはいえ圧縮効果は50mmより確実に強いので、身体の線が違ってくる。LEICA M(Typ240) / ISO250 / F2 / 1/350秒 / WB:オート
もちろん、それほど露骨ではない逆光であればフレアの発生はほとんどない。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F2 / 1/250秒 / WB:オート
サイドライトで明暗差の激しい条件でも破綻はまったくない。LEICA M(Typ240) / ISO320 / F2 / 1/125秒 / WB:オート
やや引き気味で撮っても背景のアウトフォーカスする感じと中望遠ならではの引き寄せ効果(弱めとはいえども)により、同じシチュエーションを標準レンズで撮った場合よりも浮き上がってくる印象がある。LEICA M(Typ240) / ISO1000 / F2 / 1/750秒 / WB:晴天

モデル:いのうえ のぞみ
協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。