ライカレンズの美学

ELMAR-M F3.8/24mm ASPH.

デジタル時代だからこそ活きる24mmの画角

ライカレンズの魅力を探る本連載。17回目となる今回はELMAR-M F3.8/24mm ASPH.を取り上げてみたい。

M型ライカで24mm?

古くからのライカファンにとって、M型ライカ用の24mmレンズというのは「何かいまいちピンとこない」と思っている人が多いのではないだろうか。というのも、M型ライカ用に初めて24mmレンズがラインナップされたのは1996年のELMARIT-M F2.8/24mm ASPH.であり、時間の流れが他社に比べて悠然としているライカ的にはそれほど昔のことではなく、むしろ「わりと最近」の話である。このため、古くからのM型ライカユーザーにとっては24mmはどうしても「なんだか馴染みが薄いんだよね」と感じてしまうようなのだ。

言うまでもなく、24mmレンズは28mmと並んで大昔から広角レンズの定番焦点距離のひとつであり、ほとんどすべてのカメラメーカーからもれなく発売されていた。しかし、レンジファインダーライカに関してはスクリューマウントだったバルナックライカの昔からなぜか21mmの次は28mmであり、その中間画角となる24mmレンズは長らく用意されてこなかった。

やっとレンジファインダーライカ用の24mmが登場したのは前述したとおり1996年のELMARIT 24mmが初めてで、他社と比べるまでもなく明らかに遅かった。もしかすると「21mmと28mmがあれば24mmは不要である」とライカが考えていたのかと思ったが、同じライカでも一眼レフであるRシリーズ用は1974年からすでに24mmレンズがちゃんと用意されていたことを考えると、別にライカ社が24mmという焦点距離を軽んじていたわけでは決してなさそうだ。では、なぜM型ライカにおける24mmレンズのラインナップはここまで遅かったのか? 超広角と広角の狭間に位置する24mmレンズは、機能的に見てもM型ライカのようなレンジファインダー機にはかなり相性が良い焦点距離だと思うのだが、どうして1996年まで登場しなかったのか?筆者的にはライカの七不思議の一つだと考えている。

とはいえ、1996年に初めて24mmがM型ライカ用レンズとしてラインナップされた以降は順調にバリエーションを拡充し、現在は今回ご紹介するELMAR-M F3.8/24mm ASPH.と、SUMMILUX-M F1.4/24mm ASPH.という明るさの異なる2本の24mmレンズが用意されている。

控えめなレンズも忘れないライカ

というわけで、ELMAR-M F3.8/24mm ASPH.である。

このレンズは2008年のフォトキナで発表されたのだが、同じフォトキナ2008ではNOCTILUX-M F0.95/50mm ASPH.や、SUMMILUX-M F1.4/21mm ASPH.、SUMMILUX-M F1.4/24mm ASPH.など、注目度の高いハイスペックな大口径レンズ群が同時に発表され、その中に混じった本レンズの24mm F3.8というスペックは何というか地味な印象であった。しかし、個人的にはこうした控えめなスペックの小口径レンズを忘れることなく、ちゃんとラインナップするところがむしろ「ライカらしいなぁ」と思った。

F5.6で撮影。得も言われぬ立体感が素敵だ。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F5.6 / 1/60秒 / WB:3900K
合焦部分のシャープネスの確かさは本当に素晴らしい。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F8 / 1/350秒 / WB:オート
M型ライカで使う場合はファインダフレームが28mmまでしか内蔵されていないので、外付けの光学ファインダーかEVFがあると使いやすい。水平などを見るにはEVFが便利だが、光学ビューファインダーのダイレクト感も捨てがたい。

フィルム全盛時代のころは一眼レフ用に28mm F3.5とか35mm F2.8といった小口径レンズが各社からたくさん出ていて、ルポルタージュやスナップ分野で活躍するフォトグラファー達にその小型軽量さが重宝されていた。ところが、今ではそうしたレンズはズームレンズに吸収されるかたちでどんどん廃止されてしまっている。たしかに全域F2.8の大口径ズームがこれだけ普及した今、それと同等かむしろ暗い小口径単焦点レンズは、もう不要と考える向きも多いだろう。

でも本当にそうだろうか? 個人的には小口径レンズならではの取り回しの良さ、機動力の高さからしか得られない世界が必ずあると思うし、スペック的には同等以上であってもズームで単焦点を兼ねるのはいろいろな点で難しい。ライカでは最近SUMMARON-M F5.6/28mmという往年の銘レンズをほぼそのまま復刻したりしているが、これは単なるノスタルジーなどでは決してなく、小口径単焦点レンズの存在意義をきっと誰よりもライカカメラ社自身が理解しているからだと思う。

総金属製の外装だが、小型なので重さは260gと軽い。機材をコンパクトにまとめたい旅行などには最適な広角だろう。LEICA M(Typ240) / ISO400 / F5.6 / 1/1,500秒 / WB:3900K
カメラ側の画作りもあるが、RAW現像時にいくらでも階調を引き出せるのはレンズ側のコントラストがしっかり立っている割に階調も豊かなためだろうか。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F8 / 1/60秒 / WB:3900K
スマホの標準画角として採用されることが多い28mm相当に比べ、それよりも少し広い画角の24mmは、日常的に使っても広すぎず狭すぎず使いやすい画角と思う。LEICA M(Typ240) / ISO400 / F5.6 / 1/1,500秒 / WB:オート
絞り羽根は9枚。レンズフードは最近のM型ライカ用レンズでお馴染みのネジ込み式金属製。定位置でピタリと止まる。ファインダー視野を妨げないよう、切り欠きもある。

実際にELMAR-M F3.8/24mm ASPH.を使ってみると、開放F値がやや暗い以外はライカクオリティの極めて優れた像質の描写を得られることを実感できる。SUMMILUXに比べると線がちょっと太く感じるが、それだけにシッカリとした力強い写りで、コントラストや解像性能も申し分ない。デジタル時代になってからの設計なのでコーティングも秀逸で、強い逆光でもフレアによるコントラスト低下はほとんど感じられない。

昔、小口径単焦点レンズを「無事コレ名馬」と愛用したルポルタージュの名手がいたが、このエルマーも本当に良く写る。LEICA M(Typ240) / ISO400 / F8 / 1/60秒 / WB:オート
オールドレンズの柔らかで甘い写り方ももちろん味わい深いのだが、こうしたシーンでは厳然と描写する現代レンズの安定感がマッチすると思う。LEICA M(Typ240) / ISO400 / F5.6 / 1/1,500秒 / WB:オート
言うまでもないが、画面周辺と中央部の画質差も極めて小さい。LEICA M(Typ240) / ISO400 / F5.6 / 1/1,000秒 / WB:3900K

今回は屋外でしか撮影しなかったけれど、実は24mmレンズの持つ約84度という対角画角は室内やインテリアなどの撮影時に適度な広角具合でなかなか使いやすい。その意味ではM型ライカのボディがデジタル化されて、ISO感度や光源の色に対するセットアップ能力がフィルムの時よりも格段に上がった今こそ、M型ライカと24mmレンズの組み合わせを活かしやすい時代になったと言えるかもしれない。

F5.6で背景を軽くボカしてみる。意外と煩雑なボケにはならず、自然なアウトフォーカス描写を得られた。LEICA M(Typ240) / ISO400 / F5.6 / 1/350秒 / WB:3900K
このレンズに限らないが、M型ライカ用レンズは被写界深度目盛りをしっかりと備えているのも魅力。例えばF5.6で3m位置に合わせた場合、無限遠手前から1.7mくらいまでが深度内に収まることが分かり、スナップなどに有効。

協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。