インタビュー:開発責任者に訊くライカ「X1」「M9」


 2009年9月9日午前9時、ライカ社はニューヨークにて新製品の発表会を行い、その模様はWEBCASTを使って全世界へ向けて同時に伝えられた。

 わざわざ9が並ぶ日時を選んだことから、ライカM9が発表されるであろう事は容易に想像がついたが、それとは別にAPS-Cサイズ撮像素子を搭載したコンパクト機、ライカX1が発表されたのはサプライズであった。

 今回は新製品プロモーションのために来日したライカカメラAGのProduct Management Director、ステファン・ダニエル氏と、コンパクトカメラ部門Product Manager、杢中薫氏にお話をうかがう機会を得たので、X1とM9についていろいろ聞いてみた(聞き手:河田一規)。

左からステファン・ダニエル氏と杢中薫氏。担当のそれぞれカメラを手にライカX1。オプションのビューファインダーとハンドグリップを装着

 


X1のサンプリングシャッター音は「M3の1/60秒」

 まずはX1について。

 APS-Cサイズ撮像素子を搭載したコンパクトデジカメと聞いて思い浮かぶのは、古くはソニーのサイバーショットDSC-R1(センサーサイズ21.5×14.4mm、若干小さいがほぼAPS-Cサイズ)、そして最近ではもちろんシグマDP1&DP2である。個人的にはシグマDP1登場以降、ほかのメーカーからもAPS-Cサイズ撮像素子を搭載したコンパクトデジカメが登場しないかなぁと密かに期待していた。が、残念ながら今のところ、この方向へ追従する日本のメーカーはその気配すらない。そんな中、「あの」ライカがAPS-Cコンパクトデジカメということで、期待は大いに高まった。

 ライカとしても、他社からのOEM供給ではないオリジナル度の高いコンデジはX1が初めてになるわけだが、まずはどこが一番苦労したのかを、X1を担当した杢中氏に聞いてみた。

「技術的に難しかったのはAFと、撮像素子の排熱の問題ですね。X1の撮像素子はライブビューのフレームレートが24fpsなんですね。通常のコンパクトデジカメはこれが30fpsなんですが、24fpsでコントラストAFを検出しなくてはならないのは、AF速度の点で不利になってしまう。そこをどう解決するか苦労しました。最終的には画面の一部を切り出して倍速の48fps、もしくは4倍速の96fpsで駆動することでAF速度を上げています」

 駆動レートの切り替えは明るさに応じて変化するようにし、明るければ高速、暗いシーンでは低速で駆動するようになっているという。

 筆者はβ版のX1を試用する機会があったのだが、たしかに、X1のAF速度はコントラストAFとしてはなかなか速い。感覚的にはパナソニックのマイクロフォーサーズ各機よりは若干遅いかなという印象だが、AF時のフリーズもなく、そのAF速度は実用レベルに達していると感じた。

 もうひとつの課題点である撮像素子の排熱についても苦労したという。X1ではAPS-Cサイズの大きな撮像素子を常時ライブビューで駆動するわけだが、そうなると、相当な熱が発生する。この熱問題をもっとも簡単に解決する方法は、撮像素子の裏側に排熱スペースを設けることだが、そうすると必然的にボディの厚みが増し、せっかくのボディデザインがスポイルされてしまう。そこで、撮像素子の裏側にシリコンボード経由で銅製のヒートシンクをくっつけ、マグネシウム合金製のボディへ熱を逃がすことで、ボディの厚みを抑えながらも効率よく排熱できるようにしたという。

 X1の撮像素子はソニー製であることが公表されているが、その後ろにつながる画像エンジンはどこ製なのだろうか。

「メーカー名は言えないのですが、とある日系メーカーと共同開発しています」

 画像エンジンそのものはハードウエア処理で固めたASIC。コンパクトデジカメ分野ではライカと関係が深いパナソニック製ではないのかと聞いてみたが、X1においてはパナソニックは一切関係していないという。

 X1にはレンズシャッターが組み込まれているが、露光開始は撮像素子であるCMOSで電子的に行ない、露光停止の遮光をレンズシャッターで行なうハイブリッドタイプになっている。レンズシャッターそのものはほとんど無音なので、ほかの多くのコンパクトデジカメと同じように、X1ではサンプリングされた擬似的なシャッター音を出せるようになっているのだが、そのサンプリングされたシャッター音は、何とライカM3の1/60秒のシャッター音である。別のシャッター音を選べたりはしないが(シャッター音を消すことはもちろん可能)、1/4秒よりも低速の時は先幕と後幕の音を分けて出すなどの工夫がされている。

 ところで、ライカといえば古くはライカRボディに装着するデジタルモジュールR(DMR)から、M8、M9、そして中判のS2まで、レンズの個性を薄めてしまうローパスフィルターは使わない「思想」があるが、今回のX1にはローパスフィルターが装着されている。そのあたりの考え方はどうなのだろうか。

「レンズ交換式のカメラではさまざまなレンズに対応する必要がありますが、今回のX1はレンズが固定されていますので、レンズに撮像素子を合わせる必要がなく、逆に撮像素子に合わせてレンズを最適化できます。したがってローパスフィルターを前提にレンズ設計しているという理由がひとつ。もうひとつはX1は広いユーザー層を想定したコンパクトデジカメなので、ここは素直にコンパクトデジカメの文法にのっとった作り方をしようというのもあります」

 X1に搭載されたレンズの実焦点距離は24mm。フルサイズ換算で36mm相当の単焦点レンズとなる。ワイドレンズではあるが、このくらいの画角なら極端にパースが強調されることもなく、比較的扱いやすい画角といえる。ただ、シグマがDP1の次にレンズ画角の異なるDP2を出したように、ユーザーとしては当然ながら別の焦点距離のモデルも出るのか気になるところ。これに対しては、

「まだ具体的な商品プランはないんですけど、通常のコンパクトデジカメに比べるとX1のボディは簡単に陳腐化しないと考えています。なので、同じボディを使って別の焦点距離のレンズを搭載したモデルを出す可能性もなくはありません」という。

 一眼レフカメラのサブに使う目的で、28mm相当のレンズを搭載して欲しいというリクエストもすでに数多く届いているそうだ。

X1の撮像素子。APS-Cサイズ相当の有効1220万画素CMOSセンサー撮像素子の裏には、熱対策のためヒートシンクが取り付けられるという
撮像素子(左)と沈胴式のレンズユニットオプションの光学ビューファインダー。円筒形のポップアップストロボも特徴

 X1にはアクティブな手ブレ補正機能は搭載されていないが、その代わりに電子手ブレ補正機能が搭載されている。これはどういうものだろうか。

「1枚撮影した後に、すぐにその3倍の速さのシャッター速度でもう1枚撮影します。最初に撮った画像から色情報、速いシャッターで撮った画像からは輝度情報をそれぞれ抽出し、それを合成するという方式です」

 続けて2回シャッターが切れるため、使うときはあまりカメラを動かさないようにするなどの配慮は必要になるが、杢中氏によると「結構使える」レベルだという。

 X1にはレンズフードはオプションでも用意されないが、コーティングの工夫などにより、フードなしでも問題はないという。ただし、鏡胴基部のリングはネジ込み式で簡単に外せるようになっており、将来的には何らかのオプション(例えばフードやフィルター)が装着できるような可能性は盛り込まれている。

 オプションとしてはケース類のほかに36mm視野の光学ビューファインダーも用意されているが、このファインダーの見え方は像倍率も高く、なかなか素晴らしい。ファインダーのボディ部分はプラスチック製だが、かつてのライツ製金属ファインダーを彷彿とさせるようなエッジの立ったデザインもなかなかだ。

 


フルサイズ化しても周辺画質を確保

 次はM9についてステファン・ダニエル氏に話をうかがった。

 ダニエル氏は1984年にライカに入社。1998年には30歳の若さでM型ライカのプロダクトマネージャーになったというエリートである。2006年に発売されたM型ライカ初のデジタル機となるM8のプロダクトリーダーももちろんこの人だ。

「M9の開発で一番苦労したのはやはりフルサイズ化したこと。撮像素子周辺でも光をいかに効率よく捕らえられるようにするかが大変でした」

 レンジファインダーカメラのM型ライカは、一眼レフカメラと違ってクイックリターンミラーがないため、マウント面から撮像素子までのフランジバックがとても短い。このため、レンズが広角になればなるほど画面周辺部の光は急角度で撮像素子へ入射することになる。フィルムではそういった急角度で入射してくる光も問題なく捕らえられたが、撮像素子ではそうもいかず、画面周辺部でも入射効率が落ちないように、撮像素子前面のマイクロレンズをシフトさせるなど、かなりいろいろな工夫が施されているという。

「次に難しかったのはM型ライカの小さなボディに、フルサイズセンサーをどうやって押し込めようかということでした」

 M9の撮像素子はコダック製だが、センサーとしての有効面積に対するパッケージサイズはかなり小さい。つまり撮像面以外の部分がギリギリまで小型化されているのだ。X1のAPS-CサイズCMOSと並べてみても、センサーのパッケージサイズはむしろM9のフルサイズCCDの方が小さいほど。コダックがライカのためだけに作った、100%カスタムメイドの撮像素子ということだが、このCCDがあって、はじめてM9のフルサイズ化が可能になったわけだ。

M9(ブラックペイント仕上げ)背面

 筆者もM8ユーザーだが、世界中のM8ユーザーが次期モデルに望んだことは、まずフルサイズ化、そしてM8最大の泣き所である赤外かぶりの解決、さらに6bitコードが記されていないレンズを装着した場合の手動設定といったあたりが大多数であると想像できるが、それらはいずれもM9では解決された。ではそれ以外にはユーザーからはどんな要望があったのだろうか。

「ISO感度設定の操作性向上、PCとUSB接続したときのマスストレージモード追加、非圧縮RAWモードの新設などです」

 M8のRAWはロスレス圧縮だったが、ロスレスでも圧縮はイカんというユーザーが多かったらしく、M9ではロスレス圧縮と非圧縮の2つのRAWモードが選べるようになった。両者で画質差はあるのかどうか気になるところだが、「われわれは変わらないと考えていますが、その方がいいとお考えになるユーザーの声に応えた」という。

 このほか、自動段階露出機能の新設や、電源スイッチを急いでオンにしたときに勢い余ってセルフタイマーポジションに入ってしまった場合でも、普通に単写モードで撮影できるようにセルフタイマー機能をオフにするメニュー項目の追加など、かなり広範囲な改良が盛り込まれている。

 M9のファインダー倍率は0.68倍で、これはM8と変わらない。ファインダー機構は0.72倍のMPやM7と同じものだが、フィルムのM型よりもボディが厚くなったぶんファインダーの光路長を延長したことで、ファインダー倍率が若干落ちているわけだ。M8ではレンジファインダーの測距精度が確保できないということで135mmレンズ用のフレームが入っていなかったが、M9では135mmフレームも入っている。レンジファインダー自体の測距性能はM8もM9も同じはずだが、135mmレンズのピント精度は大丈夫なのだろうか。これに対しては「135mmレンズ使用時は測距精度が足りないので、2段は絞って使って欲しい」と正直な答えが。もちろん撮影距離が遠ければ絞り開放でも大丈夫だろうが。

 ところで、フィルムのMPではファインダー倍率が0.58倍、0.72倍、0.85倍と3種類から選べたときもあった。広角を多用するなら0.58倍、望遠系が多いなら0.85倍というようにファインダー倍率でボディをチョイスできたのだ。同じようにM9でも異なったファインダー倍率のモデルが用意される可能性はあるのだろうか。

「そういうプランはありませんが、オプションでマグニファイアーが用意されていますので、高倍率タイプが必要な方はそちらを使って欲しい」という。

フォトキナ2008で発表されたS2も国内での発売時期が決まった

 M8では1/8,000秒のシャッターが搭載されていたが、これはM型ライカとしてはシャッター音が大きすぎるということで、M8.2へマイナーチェンジを行なった際、最高シャッター速度を1/4,000秒に落とす代わりに静音タイプのシャッターに変更された。M9でもM8.2と同じ静音タイプのシャッターで、最高シャッター速度も1/4,000秒だ。これは十分に高速だが、ライカには絞り開放時に独特の描写を得られるレンズが少なくなく、絞り開放で使いたいが、明るいところでは1/4,000秒では足りないという声がM8.2のときに上がった。M9ではこれに対応すべくISO160の基本感度をISO80に下げられるようにしたのだが、ISO80というのは日本のカメラでいうところの、いわゆる「拡張」設定。一般的に拡張で感度を下げた場合はほぼ例外なく高輝度側階調が飛びやすくなってしまうが、M9の場合はどうだろうか。

「ISO80ではISO160のときよりダイナミックレンジが狭くなります」

 やはりそのあたりは同じ事情のようだ。

 ところでM8では画像処理は複数のCPUによるソフトウエア処理だったが、M9ではどうなのか。

「M8と同じくフルソフトウエア処理です。ASICにしなかった理由はふたつあって、ひとつはM9の開発がS2の開発と重なってしまい、我々の開発パワーをS2に集中せざるをえなかったため、M8と同じくイエナオプティックと共同で開発できるソフトウエア処理を選んだということ。もうひとつはM9のコダック製CCDは使いこなしがむずかしく、ハードウエア処理よりもソフトウエア処理の方が適しているということです」

 M9はすでに発売されているが、出荷数が相当に少なく、予約しても入荷待ちの状態。一方、X1はオフィシャルには来年1月の発売予定だが、できれば前倒しして年末には出荷したいという。超弩級の中判一眼レフ、ライカS2ももうじき発売予定ということで、しばらくはライカの話題に事欠くことはなさそうだ。

 フィルム時代からのライカファナティックな人に加え、最近ではM8からライカが好きになった人も多い。そういった新しい面を含め、ライカはデジタル時代にもかなり上手く対応していると感じる。



(河田一規)

2009/10/19 00:00