インタビュー

決め手は新採用の“カモメレンズ”「キヤノン RF28mm F2.8 STM」

最新技術と発想で挑む、小型・高画質・手頃な価格

RF28mm F2.8 STM+EOS R8

キヤノンが7月に発売したRFマウントレンズ「RF28mm F2.8 STM」の開発者インタビューをお届けする。キヤノン本社(東京都大田区下丸子)と宇都宮事業所(栃木県宇都宮市)をオンラインで繋いで実施した(編集部)。

下丸子より(左から)
・イメージコミュニケーション事業部 ICB事業統括部門 課長代理 中村裕氏
・総合デザインセンター 竹内信博氏
宇都宮事業所より(左から)
・イメージコミュニケーション事業部 ICB光学統括部門 ICB光学開発センター 中道貴仁氏
・イメージコミュニケーション事業部 ICB光学統括部門 光学技術統括開発センター 森丈大氏
・イメージコミュニケーション事業部 ICB光学統括部門 ICB光学開発センター 主任研究員 加藤雄一郎氏

キヤノンの考える「パンケーキレンズ」とは?

——RF28mmF2.8 STMはどのようなコンセプトで企画・開発されたのですか?

中村: レンズ交換の楽しさ、また単焦点レンズの魅力を幅広いユーザーに知ってもらいたい、撮影を楽しんで頂きたいという想いから企画・開発がスタートしました。そこで着目したのが、フルサイズに対応するRFレンズとして最小・最薄・最軽量。そしてフルサイズとAPS-Cのどちらのフォーマットでも使い勝手の良い焦点距離、手頃な価格、などの要素です。

——フルサイズ対応とすることで、APS-Cのユーザーだけでなく幅広いユーザーをターゲットにした、ということですね。どちらのフォーマットでも使い勝手の良い焦点距離については、どのように設定されたのでしょうか?

中村: はい、その通りです。焦点距離の設定につきましては、まずフルサイズのカメラで主に使われることを前提としました。そこを踏まえ、APS-Cでも扱いやすい焦点距離はどの辺りの画角だろうか? ということを何度も議論しました。

ICB事業統括部門 課長代理の中村裕氏

一眼レフのEOSでは「EF40mm F2.8 STM」(2012年発売)というパンケーキレンズをラインナップしていました。40mmはフルサイズ機で使うにはちょうどよい画角だったと考えていますが、一方でAPS-Cで使うと64mm相当で少々長いレンズという印象となり、幅広いユーザーをターゲットにするというコンセプトには適していません。そこで登場したのが35mm判換算38mm相当となるAPS-C用の「EF-S24mm F2.8 STM」(2014年発売)です。こうした過去の事例も踏まえ、扱いやすい焦点距離をフルサイズで28mm前後(APS-Cで35mm判換算45mm前後相当)としました。

キヤノンEOSの歴代パンケーキレンズ。右下はEOS Mシリーズ用の「EF-M22mm F2 STM」

——「手頃な価格」とのことですが、キヤノンの考える「手頃」とは、どのような判断に基づくものなのでしょうか?

中村: 大変鋭い質問です。はじめにお話しました通り、本レンズは幅広いユーザーをターゲットとしています。その中でも主軸として想定したのは、機材を出来るだけ軽快に扱いたいと考えているユーザーや、エントリーユーザーでキットの標準ズームレンズの次の1本として検討している方々でした。

写真愛好家の皆様にとっては既にご存知かと思いますが、単焦点レンズはズームレンズとは異なる特徴を持っています。例えば比較的明るいF値のレンズが持つ表現力もそのひとつかと思いますが、それ以外にもレンズ交換の楽しみといった、レンズ交換式カメラならではの、写真の楽しみを体験してほしいという想いがあります。

そういった「初めて」を体験される場合の価格設定はどの辺りが適切であるか? というところから、日本円でおおよそ5万円以下というところを「手頃な価格」として考えました。もちろん焦点距離やズーム/単焦点の違いによって「手頃な価格のレンズ」のイメージは異なると考えています。今回このRF28mm F2.8 STMにつきましては、「手頃な価格」と言えるレベルを実現できたのではないかと思っています。

——単焦点レンズの魅力について、メーカーさんの見解を詳しく教えてください。

中村: ズームレンズよりもF値が明るいことで、ちょっと暗いシーンでも手ブレや被写体ブレの心配が少なく、またボケを楽しめる点が、単焦点レンズの分かりやすい魅力のひとつと考えています。

それ以外にも、ズームレンズではズームリングで手軽に画角の調整が出来ますが、単焦点レンズではフットワークで画角の調整を行います。積極的に自らの手足でこれを行うことで、イマジネーションを刺激すると言いますか、写真の楽しみはそうした想像力を働かせて新しい発見を得るところにもあると思っていますので、フットワークや撮影時の工夫で想像力がドンドンと大きくなっていく、そういったことを喚起出来るのもまた単焦点レンズの魅力でしょう。

——このレンズもそうですが、キヤノンではどのような交換レンズを「パンケーキレンズ」と定義しているのでしょうか?

中村: 明文化されたものは無いのですが、全長が30mm以下のものをパンケーキのように薄いレンズということで「パンケーキレンズ」と称しています。

——全長30mm以下には、なにかコダワリがありますか?

中村: 厳密に拘ったスペックということではありません。商品企画の際に「薄いレンズといえば?」という問の答えとしてチーム全体で納得出来るところが30mm以下という感覚でした。

事務機の開発が活きた“カモメレンズ”

——本レンズの設計で苦労したところを教えてください。

森: まず、光学設計サイドで最も困難だったところは、RFマウントはショートフランジバックであり、イメージセンサーとレンズ後玉の距離が短くなっていますので、イメージセンサーの周辺部に対して適切な角度で光を届けることを満足させつつ、全長を抑え、さらに軽量化のためにレンズ構成枚数を抑えながら、高画質を達成するというところが難しい点でした。

ICB光学統括部門 光学技術統括開発センターの森丈大氏

——レンズ構成図を見てみますと、特徴的な矩形の非球面レンズが2枚配置されています。お手頃価格と小型軽量・高画質という欲張りなコンセプトを実現させるためにはこのレンズが必須だったのでしょうか?

レンズ構成図。左が被写体側、右がイメージセンサー側

森: はい。試行錯誤や要素検討を繰り返しましたが、従来の考え方では困難だと分かりましたので、弊社では「カモメレンズ」と呼んでいますが、こちらを採用しています。

——なるほど、確かに断面図がカモメのような形ですね。カモメレンズは、スマートフォンなどの小型デバイスには採用例があるという認識ですが、このサイズで製造することは難しいのでしょうか?

森: 製造は非常に難しいものになります。この形状の製造技術につきましては長い時間を掛け、多数の試作を経て確立できました。弊社ではプラスチックモールド非球面レンズ(以下、PMo非球面レンズ)を幅広く手掛けておりまして、今回のような特殊形状のPMo非球面レンズはキヤノン製の事務機で採用されていたりもしますので、写真用レンズという枠に囚われないアイデアを存分に採用しています。

中村: 参考となった事務機製品の具体的な名称はお伝え出来ませんが、グループ内での技術交流も積極的に行っています。

——少し専門的な質問となりますが、このカモメレンズで補正出来る光学的な特徴はいったいどのようなものになるのでしょうか?

森: 歪曲収差とサジタルコマフレアです。

——以前、他社の光学設計者に非球面レンズについて質問した際、「非球面レンズは究極的にはW型にたどり着く」という主旨のお話がありました。このレンズの光学設計担当者としての見解を教えていただけますでしょうか?

森: 私も同様の考えを持っています。その方とは仲良くなれそうです。

(一同笑)

森: 基本的なところとして、非球面形状を付ければ付けるほど収差補正の効果は大きくなるというメリットがありますが、その一方でそうした複雑な形状の非球面レンズを果たして量産出来るのか? という問題が発生します。ですので、設計技術やアイデアはあっても、実際にカモメ形状を製品に採用することは難しく、設計途中でストップさせてしまうことがありました。

——とても興味深いお話です。興味本位の質問になりますが、カモメレンズの構成枚数を増やすことでさらなる高性能化も可能になるのでしょうか?

森: 製品のコンセプトに左右されるものとなりますので、単純に増やせば良いという話でもありません。ですので、本レンズの場合は、現状が最適解かつ最大限の性能を実現したものとなっています。

プラスチックレンズのならではのメリット

——フルサイズのイメージサークルをカバーし、レンズ構成が6群8枚であり、後群には大型の非球面レンズが採用されているにも関わらず、約120gと非常に軽量に仕上がっていますね。軽量に仕上げる秘訣はあったのでしょうか?

森: PMo非球面レンズの良いところに、ガラスと比べて比重が小さい、つまり軽く出来るという点もあります。具体的な数値は控えますが、同サイズのガラス製レンズの約半分程度に抑えることが可能です。

ショートフランジバックの設計では、後群のレンズはどうしても大きくなってしまう傾向にありますが、PMo非球面レンズの特性を上手く活用出来ました。

またレンズ正面から見て6枚目と7枚目に配置されたカモメレンズを四角く成形していますので、円形と比べて体積と質量を減らしつつ内部パーツのためのスペースを確保するという設計上の工夫もあり、120gを達成しています。

——レンズは円形であれ、というイメージを持っていました。矩形で写りに不都合は無いのでしょうか?

森: 仮にイメージセンサーの形状が円形であれば、構成するレンズはすべて円形が理想的ですが、カメラのイメージセンサーは四角ですので、光学的な観点でも、また画質的にもデメリットはありません。また、材料によっても左右されますが、基本的にガラスレンズでは四角く成形することが難しいです。その点でPMoでは四角く成形することのデメリットがありません。

——ちなみに最後面に配置されているのは保護ガラスでしょうか?

森: はい、内部の保護を目的とした保護ガラスを配置しています。これはカモメレンズに触れてほしくないという意図があります。

——下世話な話ですが、この保護ガラスを改造で除去した場合に、もっと画質が良くなるといった効果は期待出来るのでしょうか?

(一同笑)

森: 画質性能は変わりません。

中村: カモメレンズに実際に触れていただくと、特殊な形状であることが実感できると思います。

RF28mmに採用されているカモメレンズのひとつ。レンズ自体が矩形なのも見どころ

——触れてほしくないからと、保護ガラスによって守られているレンズに直接触れるというのは、なんだか悪いことをしている気分になります。それにしてもスゴイ形状ですね。しかも軽い!

ちなみにですが、PMo非球面レンズのメリット・デメリットや得手不得手はあるのでしょうか。あるいはガラス材に対してどのようなアドバンテージがありますか?

森: 光学プラスチック材のメリットは、形状の自由度の高さです。ガラス材は粘度が高く、型に流し込んで複雑なカタチに成形するのが難しいのですが、プラスチックは粘度が低く複雑な形状であっても型離れが良いので、ガラス材では難しい形状でも対応出来ることが、大きなアドバンテージとなっています。

デメリットにつきましては、現状ではそこまで明確なものがありません。精度についてはよく懸念されるところですが、非常に高い精度で製造出来ています。高温下や低温下といった耐候性に関わる環境試験を繰り返し行っていますが、ガラスレンズに対して特に大きく劣っているところはありません。

——非球面の精度といえば、非球面レンズを採用したレンズで光源ボケを写し込んでみると、ボケの中に干渉波のような年輪模様が出る場合があります。この模様は非球面の加工精度によって発生すると言われています。実際に超高精度な非球面加工を行ったとアピールされているレンズでは実際にこうした模様は軽微、もしくは発生しません。このレンズでも少し意地悪をしてみましたが年輪ボケが出ず、非常に高い精度であると感じました。

森: 確かに非球面レンズの加工精度によってはそうした模様が発生しますが、現在では型の加工技術や研磨精度といった技術の進歩によって発生頻度がかなり下がっています。ただし、加工技術が進歩したとは言え、そうした懸念はありましたので、本レンズの設計ではボケ味についても注意して設計を行いました。試作段階ではそうした模様が発生する場合もありましたので、製造側と協力して問題解消に取り組み、製品では高い面精度を達成し、キレイなボケを実現出来ています。

中村: 弊社は非球面レンズの初採用から50年以上の歴史があります。4種類の非球面レンズ(研削非球面レンズ・PMo非球面レンズ・GMo非球面レンズ・レプリカ非球面レンズ)について詳しく紹介したサイトもありますので是非ご覧になってください

キヤノンカメラミュージアム
(50周年記念)超精密加工への挑戦が生んだ非球面レンズ
https://global.canon/ja/c-museum/special/exhibition1.html

——耐候性につきまして、一般的なメガネ用のプラスチックレンズの資料には、約55℃以上で大きく膨張する、とありました。そういった点ではデメリットになるのではないでしょうか?

森: プラスチックモールドレンズの温度特性はメガネ用と同等です。ですので定点で1枚1枚を観察すると確かに温度による変化はあります。これに対応すべく設計で工夫をしておりまして、今回は3枚のPMo非球面レンズを用いていますが、それぞれが温度変化を打ち消すよう配置しております。ですので、トータルでレンズとしての性能変化が起こらないような設計を行っております。

——流石、プロフェッショナルですね。大きさの異なるものの特性を調整するのは非常に難しいと思います。またレンズにはいわゆるレンズユニットだけではなく様々な素材の部品もあるかと思います。鏡筒設計とも協力してそうした性能変化の対策を行っているのでしょうか?

加藤: 鏡筒設計の段階で光学設計から、PMo非球面レンズが3枚あり、温度変化をキャンセルする設計になっているという話は聞いていました。ただ、当然温度特性だけではなく、この位置精度じゃなきゃダメ!という厳しい要望の申し送りもありました。位置精度以外にも耐衝撃性や弊社基準の耐候性なども満足させなければなりません。ですので喧々諤々の議論を何度も繰り返しましたし、メカ設計としてもかなりチャレンジングな製品となっています。

ICB光学統括部門 ICB光学開発センター 主任研究員の加藤雄一郎氏

——少しマニアックな質問ですが、熱衝撃的(温度変化に対する耐性:高温と低温の温度差を繰り返し与える評価試験があります)にはかなり厳しかったのではないでしょうか?

加藤: はい。とても苦労しました。

森: プラスチックレンズは温度変化はもちろん、湿度の影響についてもガラスとは異なる特性を持っていますので、メカ設計にはかなりの無理難題を押し付けたという自覚があります。

(一同笑)

加藤: PMo非球面レンズが1枚入るだけでも鏡筒設計はかなり難しくなるのですが、今回はなんと3枚もあるので本当に大変でした。「3枚になっても大丈夫」を合言葉に、要素検討を重ねて、固定方法や素材の選定、配置の最適化などを少しずつ慎重に進め、やっとの思いで実現しました。

——光学屋さんとメカ屋さん(専門のプロに敬意を込めて「◯◯屋さん」という表現を用いることがあります)の仕事の一端を垣間見た気持ちです。ちなみに電気屋さんが製品開発で担当するのはどのような部分なのでしょうか?

中道: はい、電気屋さんです。電気設計では光学屋さんとメカ屋さんが作り上げたものを駆動させる、という制御に関する仕事を担当しています。

ICB光学統括部門 ICB光学開発センターの中道貴仁氏

——キヤノンといえば高速なAFというイメージがあります。今回のレンズではどのようなAF用のアクチュエーターが採用されていますか?

中道: ギアタイプのSTMを採用しています。パンケーキレンズということで、ご覧の通り小型かつ薄型となっていますので、フォーカスレンズを動かすアクチュエーターについても大変コンパンクトであることが必須でした。

——キヤノンにはいくつかAF用のアクチュエーターがあるかと思いますが、種類と特徴を教えてください。

中道: RFレンズでは現在ナノUSM、リングUSM、STMの3つのAF用のアクチュエーターがあります。

ナノUSMは小型でありながらトルクが大きく、静粛性にも優れるという特徴があります。リングUSMは、ナノUSMと比べてトルクに優位性があり、ナノUSMよりも大きなフォーカスレンズを駆動させることが出来ます。STMはUSMと比べて構造がシンプルなので、より小型なレンズに適したモーターとなっています。STMではさらにリードスクリュータイプとギアタイプの2種類があります。

——名称から得るイメージとしてはナノUSMよりもSTMの方がトルクがありそう、という印象ですが、実際にはどうなのでしょうか?

中道: ナノUSMの方がトルクと静粛性に優れており、トルクフルな方がスピードに対するポテンシャルがあります。STMとナノUSMは製品コンセプトやサイズ感に応じてケースバイケースでの使い分けになりますが、キヤノンとしてはAFの快適性に拘っていますので、どちらのAFアクチュエーターであっても性能の最大化を図っています。

——STMのリードスクリュータイプとギアタイプの違いはどういったものなのでしょうか。

中道: ギアタイプはリードスクリュータイプと比べてより小型で、かつトルクに秀でた構成にすることが出来ます。リードスクリュータイプは、ギアタイプと比べて静粛性に優れていますが、トルクはやや小さくなるという特徴を持っています。総じて、それぞれのレンズコンセプトに適した制御とアクチュエーターの組み合わせを追求していまして、今回は小型化を優先しギアタイプのステッピングモーターを採用しました。

ただし、ギアタイプはサイズの自由度は高いですが、高速性と静粛性の両立が難しいという特徴があります。というのも動作時にギアが駆動しますので、どうしてもギア同士が当たる音が発生します。速度を追求するとうるさく、静粛性を追求すると遅く、という関係性は想像しやすいかと思います。製品開発では当然高い次元での両立を求められますので、制御を工夫することで最適なバランスを追求するという難しさがありました。

森: メカ設計サイドでも、よりスムースに動くように構造を最適化し、電気設計・光学設計と密に協力することで、より速く、より静かにを追求しています。

中村: EOSは1987年に誕生し、当時から「快速・快適」、デジタル一眼レフの時代からは(フィルムがイメージセンサーになり、カメラボディ自体で高画質化ができるようになったことから)「快速・快適・高画質」をフィロソフィーとして掲げてきました。その哲学は今もなお引き継がれており、製品づくりのノウハウとして蓄積されています。

中道: 製品のコンセプトに左右されることもあるのですが、快適な撮影のためには高速なAFが必須であると考えていますので、AF速度とレスポンスにも拘った開発をしています。

——キヤノンのAF用アクチュエーターといえばUSMという印象があります。USMは製品登場から30年以上の歴史がありますが、USMの進化点があれば教えてください。

中道: 細かな部分を挙げると枚挙にいとまがない状況ですが、大きく進化したのは制御系になり、きめ細やかな制御によってより精密に、静粛にかつ高速な動作を実現しています。またナノUSMのように構造そのものを進化・派生させたものもあります。

プラマウントなら100g未満も?

——金属マウントを採用した理由はありますか?

中村: 本レンズは幅広いユーザー層をターゲットとして想定していますので、例えばEOS R3やR5などのユーザーさまの場合、普段お使いのレンズが金属マウントである可能性が高くなります。そういった方であっても満足感を感じられるように金属マウントを採用しました。

——金属マウントとプラマウントの差はどのようなところにありますか?

中村: 重さとコスト、見た目の高級感が主なところです。

——耐摩耗性などは金属の方が優れているように思いますが?

中村: 素材の物理的な特性で言えばその通りではありますが、レンズサイズや重量などから想定される荷重や負荷と通常使用の範囲内では、プラマウント採用のレンズであっても全く心配はございません。繰り返し評価検証も行っていますので安心してお使い頂けます。

金属マウントを採用している

——重量はどのくらい変わるのでしょうか?

加藤: プラマウントを採用していた場合は、本レンズはさらに10〜20g弱程度の軽量化を実現出来ていた可能性があります。とはいえ、検討段階で既に金属マウントの採用は決定しておりましたので、実際に試したわけではなく、あくまでも推論の域を出ない話ではあるのですが。

——100gを切るレンズが誕生していた可能性もあった、というのは驚きです。基本的にはレンズ重量や強度・構造的に適したマウント材を選択するが、時には満足感といった観点からもマウント材を選定する場合があるというのは、正直なところ、これまでのキヤノン製品に抱いていた「効率的な製品づくり」という印象とは異なり、興味深いお話です。ちなみに、コストについては……?

中村: 具体的なコストにつきましては、ご容赦いただきたく……

(一同笑)

——レンズの素材に関する印象ですが、感覚としてはガラスレンズの方が高価で、プラレンズは廉価であるというイメージを持っています。しかし、ここまでのお話からするとプラスチックレンズは自由度の高い便利な素材である、へと印象が変化しました。光学設計者的にはプラレンズにどのような印象を持っているのでしょうか。

森: レンズ設計者の立場としては、プラレンズは収差補正能力の高い素材であり、とても有用な素材である、と捉えています。とはいえ、以前からそのような印象を持っていたわけではなく、ここに来てプラレンズを活用出来る技術が揃ってきたことで到達・実現出来たものでもあります。

——今後はプラレンズの採用は増えそうですか?

森: コンセプトや設計に応じて、という前提条件はありますが、その可能性は高いと考えております。

——ちなみに、こんな形状の非球面レンズを作ってみたい、のような野望はあるのでしょうか?

森: 実は本レンズは私の理想を詰め込んだレンズでもあるのです。将来についてのお話をすることは出来ませんが、今回の経験を活かして、こんな形状のレンズをあそこに配置してこんな事をやりたい、というイメージを既に頭の中に描いてあります。

“普通に良く写る”を実現する、見過ごされがちな苦労

——このレンズで実際に撮影してみたところ、誤解を恐れずに言えば“普通に良く写るレンズ”という印象を持ちました。ただし、このサイズ感でこの写りというのは驚異的です。まるで大きなレンズのように良く写り、滲みを感じさせず、周辺でも点が点として写る見事なものです。

しかし「良く写る」と表現すると期待を過剰に膨らませてしまう恐れがありますので、あえて“普通に良く写る”という表現を用いますが、本音としては「このサイズのレンズがこんなに写るのか!? しかもこの値段で??」と興奮しています。従来のパンケーキレンズと比べて、開発チームの見解はどのようなものでしょうか?

森: 自画自賛のようで恐縮ですが、光学性能は圧倒的に良くなっています。今回の新しい技術である大口径PMo非球面レンズであったり、光学設計の最適化や工夫によってセンサー周辺部への入射角が改善し、周辺減光や画面周辺部への色づき現象である色シェーディングの軽減ができました。また高精度なPMo非球面レンズを3枚配置していますので、広角レンズの課題である色収差と歪曲、サジタルコマフレアをしっかりと低減出来ています。パンケーキレンズですと、周辺の画質を妥協せざるを得ない場合もありますが、今回は一切の妥協無く、Lレンズ並の画質性能を達成出来たと自負しております。

中村: MTF曲線を比較してみていただくとわかりますが、キヤノン製の歴代のパンケーキレンズで最高画質を達成していますし、この値は「RF28-70mm F2 L USM」とほぼ同等を達成しています。

——MTF曲線を見てみますと、周辺部にピョコッと山が盛り上がって、そこから一気に落ちていますが、こちらは意図的なものなのでしょうか?

キヤノンWebサイトより

森: 像面湾曲の光学的な補正の都合で、周辺部でアンダーコレクションからオーバーコレクションに転じるところがどうしても生じてしまいます。そのポイントで山が出来ています。これはレンズサイズの都合で仕方のない部分となりますので、意図的なものではありません。

——デジタル補正を考慮した光学設計かと思いますが、デジタル補正ではどのような収差に対応出来ますか?

森: 倍率色収差、歪曲収差、周辺光量などの補正が一般的に行われているところです。キヤノン独自の補正としてDLO(デジタルレンズオプティマイザ)がありまして、これはレンズの残存収差データから画像を補正するという技術です。DLOで収差を100%補正出来るというわけではありませんが、DLOが補正しやすい収差を残すということも考慮しながら光学設計を行っています。

——補正しやすい収差というのは、どういったものになりますか?

森: 発生の仕方が素直な収差です。具体例についてはお答え出来ませんが、ザイデルの5収差は比較的補正しやすいものになり、例えば歪曲補正については画像処理としてやりやすいです。

——収差補正は、やればやるほど良い、という単純なものではないと考えていますが、その塩梅はどのように決定されるのでしょうか?

森: 歴代のレンズで補正や解析を行った経験知として、必ずしも補正を行えば良いというものはなく、これ以上補正を掛けると弊害が生じるという閾値についてのノウハウを得ています。基本的には官能評価になりますが、閾値に応じて適した補正を行うという手法もあり、官能評価が絶対的な指標となっているわけでもありません。

——デジタル補正が受け持つ割合を大きくすることで、より小型であったり、新しい設計を施す、というコンセプトもあるのでしょうか?

森: はい。その辺りについてはコンセプト次第で柔軟に対応していますし、デジタル補正と光学設計の融合や、良いとこ取りの設計についても普段から研究を心掛けています。

——このレンズは薄型にも関わらず寄れるぞ、という印象があります。にも関わらず近接時の球面収差が抑えられシャープな結像性能を維持出来ています。これについての工夫はありますか?

森: 接写性につきましては、今回のレンズは全体繰り出しタイプの設計ですので、レンズの繰り出し量が接写性と密接にリンクします。つまり、全長をどこまで許容するか? がポイントとなります。

近接時の結像性能につきましては、全体繰り出しのレンズの場合は近接時でも性能がとりやすいという特徴があります。さらに、球面収差については構成図の前から1枚目のレンズの形状を工夫し、近接時の性能を追求しています。

個人的な意見として「もっと寄りたい」という想いがありましたが、全長を短くするというコンセプトも重要でしたので、様々な部門との意見交換を行い、サイズと接写性をバランスさせたものを採用しています。

——レンズ設計者の目線で、このレンズに対してさらにやってみたかった事があれば教えてください。やりきった! というのでも結構です。

森: 光学設計者としては。やりきったと胸を張って言えますが、あえて言うのであれば、大きさを維持したままもう少し明るく出来たのではないか? というところもあります。

——仮に、F2.5という可能性もあったのでしょうか?

森: まさにF2.5で検討のためにレンズ設計を行いました。ですが、大きさに対する影響がゼロではなく、費用対効果やユーザーメリットについて、開発内でも何度も議論を繰り返しました。

加藤: 今回のレンズは大変薄型になっています。このサイズの中でこの性能を実現し、カモメレンズを搭載するといった内部構造や各パーツにおいてスペースに余裕などは全くなく、F2.8で光学とメカがジャストで収まるように、一分の隙もない、正にやりきった設計が出来ています。なので、このサイズ設計のまま明るくすると、メカ構成のどこのスペースが破綻するか分かりません。

また、さきほど接写性を高めるために全長を延ばすという話題がありましたが、それを織り込んでもやはり構造が破綻してしまいます。そういった事も踏まえて、現状のF2.8の口径で、かつこの接写性が最良のバランスとなっていますので、より明るくするという検討には内心ヒヤヒヤしていました。

(一同笑)

——他社含めてパンケーキレンズの歴史を辿ってみますと、テッサータイプのようにシンプルな光学系が多かったようです。今回のレンズはカモメレンズの採用など、最新設計で、解像性能が高くて寄れて、といった欲張りな性能を実現していますが、ミラーレスのショートフランジバックで昔ながらのシンプルな設計を用いた場合、もっと小型で廉価なパンケーキレンズを作ることは可能でしょうか?

森: ショートフランジバックでテッサータイプは正直なところ厳しいです。というのも、イメージセンサーへの最適な入射角を考慮し、ショートフランジバックで薄型の設計を行うと、どうしても後群のボリュームが大きくなってしまいます。一眼レフ時代はバックフォーカスがあったからこそのテッサータイプだと考えています。

小型レンズほどデザインは難しい

——デザインは製品開発のどの段階で、どのようにして行われるのでしょうか?

竹内: 光学設計とメカ設計を経て、宇都宮の開発部門から内部構成が揃ったデータと、カバー割り(外装パーツの構成)がある程度固まっている段階の3Dデータが提供されます。それを基にRFレンズのデザインコンセプトを当てはめてデザインを行います。

RF28mm F2.8 STMの場合は単焦点レンズですので、例えばコントロールリングやスイッチ類といったパーツをバランス良く配置するという流れになります。全長の長いレンズ、例えばズームレンズや望遠レンズの場合は、パーツがそれぞれ分かれていますので、操作性と見栄えが両立するような配置を模索します。ここで言う「見栄え」とは格好良さであったり高級感、高性能であると感じられるような要素となります。

これらがある程度出来上がると設計部門に対して「こうしたデザインでやりたいが、実際に生産可能か?」という確認を行います。デザインと設計では重要視する要素が異なりますので、繰り返し議論を重ねながらすり合わせを行います。いわゆる喧々諤々の議論となる場合もありますが、お互いに“より良いモノを作りたい”という気持ちは同じです。

総合デザインセンターの竹内信博氏

——デザイン案は複数あったかと思います。また今回はパンケーキレンズということで、小さな鏡筒に対してバランス良くパーツを配置するのは苦労があったのでは? と思いますが、いかがでしょうか。

竹内: RF28mmは単焦点レンズで、ISなども入っていませんし、とても小さいレンズです。コンパクトゆえに印刷の位置であったり、スイッチの大きさや配置、操作性への配慮など、小さい製品ならではの難しさがあり、それこそ0.1mm単位の変化で印象が大きく変わる場合がありますので、細かな調整を繰り返しています。実際にこのレンズの場合は、非常に細かい部分のデザイン調整が多くなっています。

また操作性の点で言えば、全長の短いパンケーキレンズは手でつかむ場所が少なく、レンズ着脱に苦労するというご意見があります。今回、そういったご意見に対応するためスイッチ近傍に溝を配置して、指掛かりが良くなるようにしています。

この溝のパターンについては複数案を検討しています。製品版ではスイッチの下側に5本となっていますが、検討の初期ではスイッチの両側に3本の構成としていました。こちらがそのモックアップです。

左が検討段階、右が製品版。製品版では溝の本数を増やして指掛かりを向上した

竹内: 社内に有識者と言いますか、こうした部分の評価部門がありますので、そちらで評価してもらっています。そこでは「装着時にはこれで問題がないが、外す場合には下から押し上げる操作となるため、使い方によってはスイッチ下側の溝はもっと多い方が好ましいのではないか」という意見がありました。そこから再度テストを繰り返し、最終的にスイッチ上側は3本溝、下側を5本溝としたデザインの採用を決定しました。

——モックでは両側5本のパターンもありますね。上側が5本溝だと、操作性よりもキヤノンロゴの周囲が窮屈に見えることが気になりますね。

竹内: キヤノンロゴというのはデザインでも大事な部分になりますので、ロゴの周囲には要素を極力配置しないということも考慮しなければなりません。おっしゃる通り、スイッチ両側に5本のパターンではロゴが窮屈になってしまいスマートではありません。そんな背景もありましたので、当初は両側3本という少ない本数で検討をしていましたが、使い勝手を考えると下側だけでも溝を増やした方が良いだろうという決定になりました。

3Dプリンターによるモックアップ。スイッチ部の形状や指掛かりなど、細かな違いがある

——改めて鏡筒を眺めていますが、分割線が見つけられないところも素晴らしいですね。30万円の高級レンズで分割線が目立っていた時は「この値段なのに……」と少し寂しい気持ちになったのですが、この5万円のレンズには分割線が見つけられません。

竹内: メーカー側の意見としては、長いレンズの方が型の合わせが難しく、分割線が目立ちやすい傾向にあるというのが事実なのですが、これは決して頑張っていないということではありません。今回のRF28mmにつきましても分割線はあるのですが、目立たなくさせる施策として溝の下側に分割線が来る、というちょっとしたデザイン上の工夫をしております。

——そういった事情もあるのですね。それにしても分割線がこんな位置に隠れているとは。デザイナーさんの立場としては、対称性のあるカタチを好ましく考えていると思いますので、溝の数は揃えたいのでは? と思いますが。

竹内: そうですね。デザイナーとしては非対称の部分があると若干ムズムズしてしまうところではありますが、使い勝手を優先し、なおかつ違和感を感じさせないような配慮を施しています。

——スイッチの操作の方向性についてはレンズ毎に異なっているように思います。これはなにか理由があるのでしょうか?

竹内: スイッチの操作方向につきましては、メカ的な要素となります。

加藤: コントロールリングがあり、3ポジションのスイッチがある構成ですが、今回の場合はサイズ的な要因で、スラスト(前後)方向に作動するスイッチを配置するとサイズに影響が出てしまいます。また着脱時の指掛かりとしての役割を果たす目的も含めて設計サイドからもアイデア出しを行いまして、スイッチの検討を行いました。

このレンズに限らず、こうした検討は毎回行っておりますが、今回の場合は薄型化の達成のためにスイッチに限らずパーツ配置について検討を繰り返し、デザイン側と協力して操作性と薄型化の両立を図りました。

竹内: 他にもレンズ着脱時にリリースボタンの操作を邪魔してはなりませんので、そうした部分も含めてスイッチの配置は設計側と慎重に意見交換を繰り返しました。

左は、スイッチ部を真横に配置した例。レンズロック解除ボタンの操作性を優先し、上寄りに変更した(右。製品版と同じ位置)

——モックの変遷を見ていると、製品版への道程が分かりますし、検討と検証が繰り返された事が見え、理由まで教えて頂けるとは、とても贅沢な時間です。ところで、レンズ側のコントロールリングのローレットパターンとカメラ側のダイヤルのローレットパターンが揃っていますね。

竹内: これはEOS Rシステムのコンセプトとして、RFレンズからシステム全体で統一感をもたせようとした取り組みのひとつになります。実用性には十分に配慮していますが、コンセプト的な側面が大きなものになります。

中村: EOSの「快速・快適・高画質」のポリシーに則り、機種や世代が変わっても変わらぬ使い心地や使い勝手の継承と進化を常に意識し、製品作りで拘っている部分になります。

——当時の製品を見ても、一目で「EOSだ」と分かりますし、Rシステムを見てもやはり「EOSだ」と感じられるところがスゴイですね。レンズデザインにおけるフィロソフィーやポリシーがあれば教えてください。

竹内:レンズデザインのフィロソフィーは、「操作性から導き出された形であること、長い時間を経ても陳腐化しないシンプルさと精緻感を持ち合わせたデザインであること」を追求し、異なるプロポーションのレンズであっても、キヤノンのレンズだと認識して頂けるようデザインしています。

——レンズのスペック印字がローコントラストになっているのもRFレンズからでしょうか?

竹内: 順番については前後する場合がありますが、ナノUSMの初号機となる「EF-S18-135mm F3.5-5.6 IS USM」や「EF50mm F1.8 STM」、液晶パネルのついた「EF70-300mm F4-5.6 IS II USM」など、この辺りからローコントラストな印字を行っています。これは反射面に対する接写時の影響を考慮したというよりも、時代に即した高品位さを意識したものになります。

「RF28mm F2.8 STM」(左。2023年)と「EF40mm F2.8 STM」(右。2012年)。前面の文字がホワイトからグレーに変更されている

中村: 昭和や平成の時代には、自動車は「DOHC 24 VALVE」「TWIN-TURBO」といった高機能を大きく謳っていましたし、例えば弊社製品にも「ULTRASONIC」や「IMAGE STABILIZER」と大きく書いていましたが、時代によって好みは変わりますので。

(一同笑)

——ありましたね! デザインとしては文字による余計な装飾が削ぎ落とされて洗練されたと思いますが、あれはあれで時代を表現する良いものですね。洗練と言えば、前玉の小さなレンズは見方によってはピンホールレンズの様でカワイイという印象を持つこともありますが、RF28mmのような“つぶらな瞳”のレンズをデザインするのは難しいものだと思います。どのようにして洗練されたイメージを与えたのでしょうか?

竹内: ここはデザイナー的には腕が鳴る仕事でした。と言うと聞こえは良いですが、大変に気を使った部分です。とても細かい部分の話になりますが、まず、レンズ正面から見たときに前玉を囲う様に配置されている同心円上のローレットパターンについて、これをフラットなパターンにするのか、溝の深さや幅、本数や周期などの検討を行いました。光学機器としての精緻な感覚が重要だと考えましたので、製品版と同じ幅のローレットパターンとしました。

また、このローレットは周辺部に行くに従って溝を深くしていまして、光の反射具合に変化をもたせて、ハイライトに動きのある印象を与える目的でデザインしたものです。溝の深さを一定にするのか、製品版のように周辺に行くに従って深くするのか、逆に浅くするのか、そういった事を検討しました。

前玉周辺部に刻まれた溝は、周辺に行くほど深くなっている

——ミラーレス化でショートフランジバックになったので、焦点距離や構成によっては前玉が小さくなってしまう(その代わり後玉が大きくレンズ全体は短くしやすい)ことも、そういったデザイン上の工夫が必要だと考えたことに関係しているのでしょうか?

竹内: はい。どうしても前玉が小さくなりますし、大きなマウント径に由来する鏡筒サイズに対してRF28mmは全長が大変コンパクトなレンズなので、デザイン的に大きな空間があると単調に感じられてしまいます。

ですので、溝の山の形状についても検討を重ねて、ハイライトがキレイに見えるように、光学機器として精緻で高品位であることを感じられるように、そうした想いを込めてデザインしました。お手頃価格ながら性能に優れたレンズなので、デザイン的にも性能の良さを伝えたいと拘ったところです。実はなかなかアピール出来なかったところでしたので、この機会でお話出来てとても嬉しいです。

——たしかにハイライトに動きがあって高品位な印象で洗練されて見えますね。光学と設計とデザインの皆さんにお話を聞けたことが、ここで活きてきたようでホッとしています。あと、このレンズはEOS R50にピッタリなレンズだと思います。R50にはホワイトの本体色もありますが、このレンズに他のカラーリングは検討されなかったのでしょうか?

中村: おっしゃる通り、R50にピッタリでありますが、現時点ではカメラボディに合わせたカラーリングは検討されていません。ですが、レンズキットなどでセットで購入したいというご意見が寄せられれば、カラーリングに付きましても柔軟に検討したいと考えています。

交換レンズ開発にまつわる変化と進化

——インタビューを通じて、込められた技術に対してお手頃に過ぎるのでは? という印象を持ちました。

中村: 私達としましても、この性能でこの価格はとてもお買い得だぞ、という自信のある製品となっています。

——Lレンズではないレンズでも、ここまで良くしないとダメなんでしょうか?

中村: レンズ全般で言えば、一眼レフ時代と比べて、製品性能が著しく進化しました。これは鑑賞環境が大きく変化し、どこでも誰でも拡大観察出来るようになりましたし、大判プリントについても手軽に出来るようになりました。これによって画質の粗が目立ってしまいやすくなったことで、より高い精度と品質での製品づくりが求められるようになったのです。これに対応すべく、Lレンズではないレンズ群についてもそうした環境の変化に対応すべく高い性能へと進化しています。

キヤノンはフルラインナップ戦略を採っていますので、あらゆるユーザーがどんな鑑賞環境でも満足して頂けるように、そして適材適所で最適な結果を得られるように日々開発を行っています。ですので、お手頃だけど高性能な製品がある一方で、高価ではあるけれど究極の製品というものについても引き続きラインナップしていきたいと考えています。

——最後に、開発に携わった皆さんはどのようなシーンでこのレンズを使ってみたいか、あるいはもう既に使っていますか?

中村: 私は撮影が好きで、大きなカメラを大きなバッグに詰め込んで撮影に出掛けることが多いのですが、結婚記念日ですとか、誕生日祝いといった家族のイベントやおしゃれなレストラン等に大きな機材を持っていくのは憚られます。そういったシーンでパッと使えて高画質なレンズを求めていました。まさにピッタリなレンズということで購入予定です。

森: 私は栃木の山奥に行って星を撮ったりするのが好きなので、周辺までカリッと写るレンズが好みなのですが、このレンズは開放絞りでもサジタルコマフレアが抑えられているので、コンパクトなパンケーキレンズで気軽に星景写真を撮りたいです。

中道: 私は子どもの写真を撮ろうと思っています。開放F2.8なので、室内でも良いですし28mm画角というのも丁度良さそうです。屋外シーンでは、子連れの場合はどうしても荷物が増えてしまうものなのですが、コンパクトなレンズであれば邪魔にならないので家族の写真をたくさん撮りたいです。

加藤: 私はキャンプが好きで良く行っていますので、そこで使いたいと考えています。このレンズは寄れます。キャンプグッズの写真を撮りたいのですが、焚き火や大自然をバックにしてグッズを撮るのに都合が良さそうです。

竹内: 私は散歩をよくするようになりました。なので、散歩の相棒として欲しいなと思っています。ふと目にした光景であったり、気になるモノがあった場合にメモ代わりに撮影することが多いのですが、スマートフォンよりもデジタルカメラで撮影した方が満足度が高いです。組み合わせるカメラボディはサイズ優先なのでAPS-C機になると思いますが、散歩が充実することを期待しています。

1981年広島県生まれ。メカに興味があり内燃機関のエンジニアを目指していたが、植田正治・緑川洋一・メイプルソープの写真に感銘を受け写真家を志す。日本大学芸術学部写真学科卒業後スタジオマンを経てデジタル一眼レフ等の開発に携わり、その後フリーランスに。黒白写真が好き。