写真展レポート

Bunkamura ザ・ミュージアム「写真家ドアノー/音楽/パリ」

音楽をテーマに浮かび上がるパリと人々の姿

パリと音楽をテーマにしたロベール・ドアノーの作品展が、東京・渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されている。会期は2021年2月5日~2021年3月31日まで。開催に先立ち、展示を見る機会を得た。会場の様子とともに本展覧会の見どころをお伝えしていきたい。

ロベール・ドアノーとは

ロベール・ドアノーは1912年にフランス郊外のジャンティイで生まれた。父は建築工事会社に勤めており、母はドアノーが7歳の時に亡くなった。家庭は裕福とはいえず、17歳から石版工の見習いとして働きはじめるものの、折しも石版印刷は写真にその座を譲ろうとしていた頃のことで、ドアノーはやがて写真を学びはじめる。そして、自動車メーカー・ルノーの産業カメラマンなどを経てフリーとして活動するようになっていった。没年は1994年。

本展覧会は、ドアノーの没後に遺族によって創設された「アトリエ・ロベール・ドアノー」が保管・管理している約45万点の作品群の中から、ドアノーの孫娘でもあるクレモンティーヌ・ドルディル氏が、“音楽”と“パリ”というテーマから精選した作品群によって構成されている。展示点数は約200点。

セクション構成:1章〜4章

展示は全部で8章立てで構成されている。展覧会テーマである音楽と展示内容との関わりはというと、音楽を奏でる人、音楽が響く場所、歌手、文化と音楽などが切り口となっている。これら音楽と人と場所、それぞれの視点からセクションが区切られている。

第1章の切り口は「街角」。展示作品は1950年代に撮影されたものが中心となっている。この頃のパリでは、流しの音楽家がシャンソンを歌い、アコーディオンやギターを奏でていた。

流しの音楽家たちは、下町のビストロや酒場を主な舞台としており、ドアノー自身もそうした場でピエレット・ドリオンという流しに出会う。その後ドアノーは音楽を奏でる彼女の姿を追っていったとあり、展示作品にも数多く彼女の姿を認めることができる。

2章の切り口は歌手。展示作品の多くは、シャンソン界の立役者たちを紹介するものとなっており、それらはすべて雑誌のために撮影されたものだという。2章がはじまってすぐの位置に展示されている作品は「レクリューズのバルバラ」(1957年12月)だ。レクリューズとは、1951年の創業だというパリのビストロ。そこには小さなステージがあり、ここからスターになっていった人々がいた。写真の中のバルバラは27歳の頃。この撮影があった翌年にはレクリューズと専属契約を交わして、夜の歌い手として活躍していったのだそうだ。レクリューズには、そうした未来のスターの姿を求めて多くの人が集まっていたという。

今回の展示は前記したとおり、ドアノーの孫娘でもあるクレモンティーヌ・ドルディル氏がセレクトをおこなっている。展覧会の開催に先立って展示内容の解説をしてくれた佐藤正子氏(株式会社コンタクト代表。国内でのドアノーの著作権管理をおこなっている)は、第二次大戦が終結し、再び自由が戻ってきたパリの姿、人々の喜びに満ちた表情も見どころだと話す。折しも、新型コロナウィルスが猛威をふるう時勢下での開催となったが、いつか再びマスクを外せるようになった時には、このような笑顔がみられるようになるのではないだろうか、とコメントした。

佐藤正子氏

解説中で、印象的な写真として佐藤氏がとりあげたのが、シャンソン歌手であり女優のジュリエット・グレコを撮影した作品だった。サン=ジェルマン=デ=プレでビデという名の犬に触れている女性の写真。偶然出会ったというこの女性こそ、デビュー前のジュリエット・グレコだった。その隣にはデビュー後の彼女を捉えた作品が並べられている。こうした出会いそのものをつかまえていけるところも、「イメージの釣り人」の異名をもつドアノーならではの力ではないか、と続けた。

3章ではビストロやキャバレーに舞台が移る。カフェ・ドゥ・マゴで執筆に勤しむシモーヌ・ド・ボーヴォワール(哲学者・作家)や、マルグリット・デュラス(作家・脚本家・映画監督)などの姿を捉えたものも。どちらの作品も自然体で捉えられており、緊張感のようなものは漂っていない。プリントのトーンも手伝って、豊かな時間の流れすら感じられるように思う。

4章はジャズとロマ音楽。人・場所から、文化的な位相に舞台が移る。展示は、当時のジャズシーンのほかに、ロマ(ジプシー)の姿を追ったドキュメンタリーという面からも、音楽と人々の姿が紹介されている。

セクション構成:5章〜8章

5章の切り口はスタジオ。展示作品には楽器工房や録音スタジオ、演奏の舞台上など、音楽を仕事場とする人々の姿が写されている。

展示作品の中にはソプラノ歌手マリア・カラスの姿も。撮影時期は、パテ・マルコーニ社による「トスカ」のレコーディングが進められていた時のこと。レコーディングに向かう姿と、演奏の合間に浮かべるリラックスした表情など、様々な側面から人物を捉えていることが見て取れる。

6章の切り口はオペラ。展示作品の中には、バレエダンサーのジジ・ジャンメールが、その出世作となった「カルメン」の衣装合わせをしている場面を捉えたカットも展示されている。ジジの背後で衣装を整えている男性はイヴ・サン=ローラン。画面から声が聞こえてきそうなほどに、自然でいきいきとした表情に目を奪われる。

1944年・秋、ドアノーはチェリストのモーリス・バケに出会う。やがて写真集『チェロと暗室のためのバラード』がまとまるほどに親交を深めた2人による作品が7章で紹介されている。

展示作品はフォトモンタージュやコラージュ、変形など、さまざまな技法や工夫をもって制作されており、実験精神にあふれる内容となっている。

本展の結びとなる8章は1980年〜1990年にかけての、ドアノー晩年の作品で構成されている。時期でいえば、写真家としての地位が固まりはじめていた頃のこと。若い世代とともに制作にあたることも多かったとして、ギタリストのフレッド・シシャンと歌手のカトリーヌ・ランジュによって結成されたグループ「レ・リタ・ミツコ」のシングル盤レコード「マンドリーノ・シティ」のジャケットを撮影した時のカット(セクション解説ボードすぐ右の写真)をはじめ、音楽に携わる若手の姿を捉えた作品が展示されている。

ロックバンドやシンガーソングライターなどのポートレートもある。そうした若手と向き合うドアノーの姿には、過去を懐かしむのではなく、出会いに向かって突き進む姿勢がよく表れていると、クレモンティーヌ・ドルディル氏は指摘している(図録解説)。

ドアノー愛用のローライフレックスも展示

ロベール・ドアノーといえば、二眼レフというイメージが強い。実際にはライカも使っていたが、今回展示会場には1932年にドアノーがはじめて購入したという二眼レフカメラ「ローライフレックス スタンダード」が展示されている。

また、これによる最初期の作品も展示されている。作品タイトルは「クレムラン=ピセットルのアコーディオン弾き」(1932年、写真左)だ。そのすぐ隣には、1939年までカメラマンとして勤めたルノーの工場あたりで撮影されたアコーディオン弾きの作品も展示されている。

展覧会開催を知った時「音楽をテーマにするというのはどういうことなのだろうか」という疑問を抱いたが、展示を見て、その意図がよく理解できた。セクション構成にもよくあらわれているが、作家の視点と音楽をめぐるモチーフの組み合わせは、当時のパリの姿だけでなく、人々と音楽の普遍的な関係性をも伝えてくれているように感じられる。

それにしても驚かされるのは、パリと人と音楽の3つの要素が、とても豊かな世界を作りあげていたことだった。それほどまでに、音楽と街が一体になっていたからこそ、ここまで自然体で共存できているということなのだろうか。あるいは、そうした魅力がパリという都市が今も多くの人を惹きつけている理由なのかもしれない。ところで、展示作品を通じて、かつての時間・街の喧騒を想像することもまた、楽しい時間だ。それはモノクロームで構成された世界だからこその豊かさでもあるように思う。プリントのトーンや、粒子のノリという視点からも学び得るところが多い展覧会だ。

展覧会概要

会場

Bunkamura ザ・ミュージアム
東京都渋谷区道玄坂2-24-1

開催期間

2021年2月5日(金)~2021年3月31日(水)
※3月20日(土・祝)、3月21日(日)、3月27日(土)、3月28日(日)のみ、オンラインからの入場日時予約が必要

開館時間

10時00分〜18時00分(入館は17時30分まで)
※毎週金・土曜日は21時00分まで開館(入館は20時30分まで)
※2月5日(金)と2月6日(土)の夜間開館はおこなわれない
※2月12日(金)、2月13日(土)、2月19日(金)、2月20日(土)、2月26日(金)、2月27日(土)、3月5日(金)、3月6日(土)の夜間開館は20時00分まで(入館は19時30分まで)
※金・土の夜間開館は今後の状況により変更になる場合がある
※3月20日(土・祝)、3月21日(日)、3月27日(土)、3月28日(日)のみ入場日時予約制

休館日

会期中無休

観覧料金価格は税込( )内は前売・団体料金

一般:1,500円(1,300円)
大学・高校生:700円
中学・小学生:400円
※当日券はオンラインチケットMY Bunkamura(QRチケットのみ)、Bunkamura ザ・ミュージアムカウンターにて販売

本誌:宮澤孝周