写真展レポート

あしたのひかり 日本の新進作家 vol.17

“これから先とどう向き合うべきかを考える”

東京都写真美術館で、日本の新進作家を紹介する展覧会「あしたのひかり 日本の新進作家 vol.17」が開催されている。会期は2020年9月22日まで。

展示構成

2002年より開催されている、日本の新進作家にフォーカスした展覧会の第17回目。今年はテーマを「象徴としての光」と「いまここを超えていく力」に据えて、5組6名の新進作家が紹介されている。

出展作家は、岩根愛さん、赤鹿麻耶さん、菱田雄介さん、原久路さんと林ナツミさん、鈴木麻弓さんの5組6名となっている。

同展開催にあたり、開催趣旨文は「『光』は写真・映像メディアの本質要素であるとともに、人々の日常に遍在するもの、また希望の象徴でもあります」と前置きして、いま大きな変化の波にさらされている社会の状況や先行きのみえない状況に向けて、“各作家たちがどのように世界を感じ取っているのか”を通じて、未来を考えていく力にしていってほしいと呼びかけている。

岩根愛さん

展示室は、各作家ごとに区切られており、写真・映像・インスタレーションなど、様々なメディアや表現手法が組み合わされたものとなっている。

展示室に入ると岩根愛さんの展示が目に飛びこんでくる。壁面だけでなく、大きくプリントされた作品が天井からも吊り下げるかたちで展示されており、空間を利用した立体的な展示空間をつくりだしている。

展示作品は「あたらしい川」と名づけられたシリーズ。今年の春に撮影された作品と、これまでハワイや東北で撮影された作品によって構成されている。

ハワイの盆踊りを追いかけている岩根さん。この盆踊りで最も盛りあがる福島音頭について、そのルーツをたどり、福島の現在は避難区域に指定されている地域に行き着いたのだと、同展の告知Webページ上で公開されている映像で説明。

誰もいない避難区域に赴いて桜を継続して撮影していたが、このほどの新型コロナウィルスの影響から、全国的にも桜の下から人の姿がなくなったことに言及。そうした状況下で撮影を続けていた折に訪れた岩手県の天昌寺(てんしょうじ)を訪問し、“桜と鬼”が自身の中でつながっていると感じたのだと説明している。

展示作品には、そうした説明にあるとおり桜のもとでくりひろげられる地域民俗を捉えたとみられるカットも展示されている。これら作品は、桜と福島からさらに北に向かう旅を続ける中で撮影していった作品なのだそうだ。

このほか、代表作である「KIPUKA」シリーズも3画面によるプロジェクションで展示されるなど、作家のこれまでと現在を感じることができる構成となっている。

赤鹿麻耶さん

本展では新作「氷の国をつくる」シリーズを発表。岩根さんと同じく、展覧会の告知Webページ上で公開されている解説動画によれば、今回の展示は、赤鹿さん自身が子どものころに抱いていたワクワクすることなどを展示空間上に視覚化したものだという。

今回の展示にあたり、写真だけでは、そうした自身の内に抱いていた感覚が“なくなってしまうのではないか”と考えられたため、映像や水彩画といった写真以外の視覚表現を活用しながら、さらに音声や映像、ことばの力をかりて展示空間をつくりあげていったのだと続ける。

子どものころの思い出や、そのころ大事にしたかったことを思い出してもらうキッカケにしてもらえれば、と来場者に向けてメッセージを発信している。

展示テーマとなっている“氷の国”は、ハルビン(中国・黒竜江省)で毎年1月から2月にかけて開催されている氷雪大世界(ハルビン氷祭り)での体験がベースになっていることがインスタレーションともなっている展示物から読み取れる。これは、今回の展示内容をつくりあげていく上での制作ノートのようにもなっており、赤鹿さん自身の体験や視点を追体験できる内容となっている。

展示内容について自己言及しているシナリオノート(How I Came to Make This Work)も展示室の一角に

菱田雄介さん

境界線(=border)をテーマに作品制作を手がけている菱田さん。本展でも、この境界線をテーマに展示作品を構成している。

地図上に、この境界線が1本引かれることによって、人間の営みがいかに違ってしまうのか、をテーマにしていると話す菱田さん(同前公開映像より)。現代は、このborderが様々なかたちで問題となっていると続ける菱田さんは、今回の展示ではシリアの難民問題や朝鮮半島の南北境界線の問題、アメリカとメキシコ間の国境など、現在の世界が抱えている境界線をめぐる問題を扱っていると続ける。

こうした問題に端を発する理不尽な問題や、それを抱えて生きている人々の姿が決して無関係ではないことを感じてもらえる展示になっているのではないか、と話す菱田さん。その展示構成および意図でふれているとおり、展示室には様々な国や人々の様子が写しとめられたカットがならぶ。

3人の少女たちは、みな異なる地域で撮影されている

原久路さん・林ナツミさん

2人の写真家によって2013年に結成された写真家ユニット。SNSを中心に作品シリーズ「世界を見つめる」を発表しており、本展の展示作品と同じく少女を被写体に作品を発表している。

子どもたちの“ごっこ遊び”の延長線上として、それぞれの子どもたちとコラボレーションするかたちで作品をつくりあげていったと話す。作品づくりでは、被写体となった子どもたちから出たアイデアを受け止めて、それを作品として昇華しているのだという。その意味で、演出的なことはいっさいが不要なのだと話す。

展示室には2台のタブレット端末が設置されており、メイキング映像が上映されている。展覧会によせた映像で語られている“子どもたちの発想によりそった作品づくり”を垣間みることができる

また、子どもたちの意思や創意によって作品がかたちづくられている、という意味で、それぞれの作品は子どもたちが捉えた世界でもあるのだと続ける。撮影側である2人は、そうした子どもたちの見た世界を見せてもらい、あらためて視覚表現として具現化しているのだと制作の舞台裏を明かしている。

また、今回の展示にあたり、はじめて大判でプリントしていると話すお二人。こんなにも精細に写っているのかと、自分たちにとっても気づきのある内容となっていると続けた。

鈴木麻弓さん

「The Restoration Will」(復元の意志)と名づけられた作品を展示している鈴木さん。展覧会によせた映像(同前)において、2011年の東日本大震災で被災した、父親が営んでいた写真館を軸にして展示内容をつくりあげていったのだと説明している。

鈴木さんの故郷である女川町は、震災で総数4,411棟の住宅が被害を受け、574名(2015年3月1日現在)の死者がでた。このとき、鈴木さんの父親が営んでいた写真館も被害を受けた。展示内容を構成していくのにあたって、父親が使用していたレンズを使用して展示作品を撮影しているのだという。

このレンズは被災によって砂が内部に入り込んでしまっており、写しとめた写真自体も“ぼやけた視界”となっているのだと話す。それは、さながら亡くなった人々が、“この町を見ている”かのような視点が宿る内容になっている、と続ける。

こうした作品をモノクロで表現した鈴木さん。この表現方法を用いることで亡くなった人々と生きている自分たちがつながっている、ということを展示作品にこめたのだ、と説明する。

このほか、自身の幼少期が収められた家族アルバムからの写真も展示内容に組み合わされている。これによって、津波で負った傷や家族を失った傷を、自身の家族の物語として構成しているのだという。

概要

会場

東京都写真美術館
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

会期

2020年7月28日(火)~9月22日(火・祝)

開館時間

10時00分~18時00分
※木・金曜の夜間開館は休止。
※入館は閉館時間の30分前まで

休館日

毎週月曜日
※ただし8月10日、9月21日は開館、8月11日は休館

料金

一般700円、学生560円、中高生・65歳以上350円(ほか、各種割引あり)

本誌:宮澤孝周