写真展レポート

内藤正敏:異界出現

《富士山》〈神々の異界〉より 1992年 発色現像方式印画 作家蔵

写真は撮影者が想像もしていなかった世界を写し出すことがある。内藤正敏氏はその特性を生かした撮影を一貫して行ってきた写真家だろう。

「写真は異界を見るための呪具だ」とも氏は表現する。本展ではそんな写真家の半世紀を超す活動をたどる。初期は化学、その後は民俗学を探究しながら、写真でしか現し得ない世界を捉えようとしてきた。

昨今はSNSによる拡散効果を狙い、会場内の撮影を許可する展示も多いが、今回はNG。それは「心眼で見てほしい」という作家の意向からだ。写真を解釈する前に、その存在を感じることができたら、稀有な写真体験がもたらされるはずだ。

初期作品から「婆バクハツ!」、「神々の異界」まで

内藤氏は中学1年生の時、マルソーカメラを購入して写真の魅力を知った。子ども用ながら印画紙、薬品が同梱され、自分で現像、プリントまでができる優れものだ。それで暗室の中、像が浮かび上がる喜びを知る。

高校時代にソ連の生化学者オパーリンの学説に影響を受けて、大学では応用化学を学んだ。

「生命の起源は化学反応から起きたものという新しい考え方に衝撃を受けた。僕にとって化学は世界の神秘を解読するための方法の一つでした」

オープニングセレモニーに出席した内藤正敏氏。

初期の作品「コアセルベーション」は、ガラス板の上に高分子物質と有機溶剤をたらし化学反応を起こした状態を接写したものだ。生命の起源に関連する現象であり、日々、夜を徹して「偶然と即興」の為せる技に没頭した。

その作品は小松左京の『復活の日』、ブラッドベリの『華氏451度』といった名作を世に送り出した早川書房の「ハヤカワ・SF・シリーズ」の表紙を飾った。

「当時はモダンジャズにも影響を受けた」と内藤氏は振り返る。

その後、未来の世に現れるという弥勒菩薩にSF的な興味を持ち、東北へ赴き即身仏に出会う。寝袋持参で、寺を訪ねて泊まり込んだ。

「枕元の上に即身仏(ミイラ)がいる。死者から生きている人間が見られている。生と死が逆転した体験は私にとって衝撃でした」

自らそれまで暗室で制作してきた技巧的な手法を全面的に否定するに至り、ネガやプリントは全て廃棄した。ただ一部のネガが暗室の片隅に置き忘れられていたことで、今、そのイメージの一部を見ることができる。

東北の民間信仰を調査研究する中で、被写体に選んだのは恐山のイタコ信仰だ。夜や暗い場所が多いこともあるが、意識的にストロボを撮影に持ち込んだ。

内藤正敏《死者供養をする老婆、恐山》〈婆バクハツ!〉より 1969年 ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵

「どう写るかわからない偶然の面白さがあった」と内藤氏は言う。

多くの撮影はノーファインダーで、「即興的に撮る」ことを心がけていたようだ。至近距離でフラッシュを焚きながらも、撮影者の存在はその場にいないが如く、人々はごく自然に振る舞っている。

都内の繁華街を撮影した「東京 都市の闇を幻視する」は1970年から15年ほど継続され、同時期には「遠野物語」にも取り組んでいる。

《酒を飲む浮浪者 新宿》〈東京 都市の闇を幻視する〉より 1970年 ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵

都市の繁栄の陰には、人間の本質につながる別の世界が存在する。行き場のない人々が集まる場所には独特のエネルギーが渦巻き、そこには不意に境界が現れる。

ポラロイド社が1980年代に行なったプロジェクト「ポラロイド20×24作品集 スーパー・イメージの世界」では、闇の中、ロウソクの光だけでの撮影を試みた。20×24インチ(約50×60cm)のポラロイドフィルムを装填した大型カメラを使い、石元泰博、植田正治、有田泰而、横尾忠則らが競作した企画だ。

内藤氏が選んだ被写体は、自らが修験道の聖地、出羽三山を撮影したプリントだ。300mmレンズでf64に絞り込み、1時間から2時間半の露光時間をかけて感光させた。

そこに定着されたイメージは本来の意味合いやスケール感から解き放たれ、全く別の存在として目の前に現れている。

会場の最後に置かれた1枚は物議をかもしそうだ。「聖地」と題された写真は1980年、ある雑誌のために撮影したものだという(初出展)。

戸惑いを感じつつも、この常識破りの発想が内藤正敏の異界を成立させているのかもしれないと思う。ぜひ会場で「境界への旅」を体験してほしい。

会場

東京都写真美術館
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

開催期間

2018年5月12日(土)〜2018年7月16日(月・祝)

開催時間

10時〜18時(木・金曜は20時まで)
※入館は閉館の30分前まで

休館

月曜日
7月16日(月・祝)は開館

入場料

一般700円/学生600円/中高生・65歳以上500円

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オープニングセレモニーに出席した内藤正敏氏。

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大学時代には、特殊技法を用いた写真がカメラ雑誌の誌上コンテストで入選。

市井康延

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。ここ数年で、新しいギャラリーが随分と増えてきた。若手写真家の自主ギャラリー、アート志向の画廊系ギャラリーなど、そのカラーもさまざまだ。必見の写真展を見落とさないように、東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。