ニコン D850×NIKKORレンズ 写真家インタビュー
五感で自然を感じながら、撮るプロセスも楽しむ/動物写真・半田菜摘さん
D850 × AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR
2018年10月30日 07:00
昨年9月に発売され、2017年のカメラシーンを席巻したニコンD850。この一台を愛機として重宝する写真家たちにインタビューを敢行し、写真家になったきっかけ、写真への考え方、そしてD850の魅力などを存分に語ってもらうのが本連載だ。
第5回目は、北海道で動物写真を撮影する半田菜摘さん。もともとは釣りが趣味で、釣り仲間の影響で写真を撮り始めた半田さんが、動物撮影に求めるものとは? 風景とは違う角度で自然を捉える半田さんに、その撮影スタイルを聞いた。
半田菜摘
1986年、北海道旭川市生まれ。子供の頃より、ずっとアウトドアを愛していた。友人の素晴らしい風景写真を見ているうちに、自分も同じ景色を見てみたいと思うようになり2013年より写真を始める。ある冬の朝、写真を撮りに外に出ると1匹のエゾリスに出逢った。素早く動き回る被写体に苦戦した。そしてその難しさに、気づけば夢中になっていた。それからは野生動物を撮影するようになった。野生動物を探し出逢えた時の喜びと、生態を知る楽しさ、そしてシャッターを切るまでの集中力。その全てがエキサイティングだ。この感覚は撮影に行くたびに感じられる。動物たちとの出逢いに感謝し、撮影を続けている。
動くエゾリスを写しとめたかった
――写真家になったきっかけをお聞かせください。
もともと釣りが趣味で、その釣り仲間が夕日の写真をとてもきれいに撮っていたんです。その写真に感動したことがきっかけで、そうした景色を撮りたいと思うようになりました。
最初にカメラを買ったのは2013年です。美瑛などに風景の写真を撮りに行ってました。ある時公園でエゾリスを見つけて「野生でリスがいるんだ」と感動したのです。ただ、そのリスを撮ろうと思っても素早く動くから、なかなかうまく撮れません。それが悔しくて公園に通うようになり、いつしか動物写真にハマっていました。
奇跡的な撮影に成功。でも……
――ニコンのカメラを使い始めたのはいつからでしょうか。
きっかけになった写真があるんです。最初はニコンとは別のメーカーのカメラを使っていて、ある年、エゾフクロウの撮影に行きました。普通は2羽しか生まれないのに、その年は4羽も生まれていたんですね。こんな珍しいことは滅多にないので、なんとかして4羽が並んでいる画を撮りたかったんです。
その日は小雨が降っていて、暗く寒い日でした。他の人たちは次々と帰っていきましたが、私はずっと粘って、寒いから4羽がくっつくのではないかとの予想もあり、シャッターチャンスを狙っていました。待っていると本当に寄り添い始めて、さらに別の鳥がフクロウの前を横切って、4羽の視線が揃った瞬間があったんです。その瞬間をうまく撮れたので「やった!」と手応えを感じて家で確認しました。
ところが、ズームレンズだったのでF値も暗くなってしまい、ノイズもかなり乗っています。いずれは大口径のレンズがほしいと思っていましたが、いつ買うかは決めていなくて。奇跡的な瞬間があり、それをクリアな画質で撮れないのはもったいない……と思って、ローンを組んでカメラを買い換えて大口径望遠レンズも購入しました。それがニコンD810とAF-S NIKKOR 600mm f/4E FL ED VRだったのです。2014年ごろだと思います。借金までして「これでもう言い訳はできんぞ」と思いましたね(笑)。
それまで使っていたカメラはAFが遅く、風景を撮る分には問題ありませんでしたが、動きものを撮るにはAFが追いつかずに悔しい思いをしていました。ですが、ニコンに変えてからは面白いくらい撮れるというか、「今まで撮れなかったのはなんだったんだろう」と思うくらいの変化がありました。あの決断をしていなかったら、写真家を続けていなかったかもしれません。
――購入したのは「AF-S NIKKOR 600mm f/4E FL ED VR」と、相当大きいレンズですよね。
そうですね。手持ち撮影ができないので三脚は必須でした。三脚もローンで一緒に買いました(笑)。ただそれだけ機材を揃えたると、撮れ高もまったく変わるんです。作品として美しく撮ることを目指していた私にとって、それらはどうしても必要でした。
人と違う写真が撮りたくて
――カメラボディに求めることを3つあげると?
まずは丈夫なことです。ぶつけても壊れない、何かの拍子でバッテリーが飛び出したりしない、寒さにも耐えられる、といったことですね。山の中に長い時間こもったりするので、バッテリーの耐久性も重要ですね。
そしてAFが速いことと、画素数が多いことです。画素数が多いと、PCの大きな画面で写真を見ても動物の隅々まで描写が美しいので、そうなると心が燃えるんです。写真展など開く時には、大きく引き伸ばしてプリントしたい写真もあるので、そうなると画素数は必要です。相手は動物なので動きが読めない時もありますし、撮影時に寄りきれない時や余計な木が写ってしまう時もあって、どうしてもトリミングをするときもあります。
――半田さんの写真には、動物に大きく寄る時もあれば、周囲の木なども入れて風景的にとっている写真もあります。
アップの時もありますが、できれば動物のいる環境ごと写して作品にしたいと考えていて。その動物が暮らしている背景も伝わるのが、究極のネイチャーフォトだと思っています。
――求めている被写体、追いかけている被写体はありますか?
去年の冬はエゾモモンガをメインに撮っていました。私も写真を始めるまでモモンガが近所の森にいるとは思いませんでしたが(笑)。
基本は夜行性ですが、繁殖期の2〜3月あたりは活発的になるので、日中でも見かけます。その期間を狙って撮っています。夜間にストロボを当てて撮ることはしません。動物にストレスを与えてしまうので、それはやらない主義です。
モモンガの写真を撮る人は多くて、画像検索をしてもたくさん出てきます。ただ、そこで見る写真は横顔か見上げるアングルばかりでした。私は逆にモモンガを見下ろすような角度から撮りたくて、そうすると何かによじ登るかして上から撮る必要があります。
最初は木に登って撮影しようとしましたが、モモンガはドロノキという柔らかい木に巣を作るのでうまくいかず、最終的にカメラを木に吊るして固定し、Bluetoothを使ってスマートフォンのアプリからシャッターを切って撮影しました。今までに見たことのない構図で撮れましたね。
被写体を選ぶ基準
――山や森で撮られているイメージがありましたが、シャチの写真も印象的ですね。
日本では野生のシャチは北海道にしか現れません。私も知らなかったんですよ。知床半島の羅臼という場所で見られます。知床半島は山があってすぐ隣に海があり、山の恵みが海に流れるので、自然が豊かなんです。クルーズ船が出ているので、写真家以外の方でも楽しめる場所です。シャチを見るなら5月下旬から6月ですね。
――被写体を選ぶ基準は?
最近はシマフクロウを追っています。日本で一番大きいフクロウの種類なんです。魚を餌にしていているのですが、原生林が減って餌場が少なくなったり、木に穴を作って巣にするのですが、大きい体を入れられる巣を作る巨木がなくなったりして、シマフクロウの数が減って絶滅危惧種に指定されています。いま数えられている限り約150羽ほどしかいません。
そういった種類を写真に残したいですし、初めてあった時の感動は忘れられません。オーラがあるんですよ。アイヌの人たちの間では村の守り神として崇められていて、まさにその風格があるんです。
また、シマフクロウを撮影する場所も用意されています。川の横に宿があり、その近くに餌場が設置されていて、夜になると光が当たるんです。夜にフクロウが来たらシャッターを切ります。ただ私は餌付けやライトアップがされていない中で撮りたくて。用意された場所ではなく、動物がいる環境に入り込んで探して出会う喜びが、自分の中で大きくあります。
山の中を探し回って、出会うのに1年かかりましたよ。撮るまでのプロセスを楽しむというか、人がいない環境で動物と同じ時間を過ごすのが好きなんです。撮影スタイルも含めて、いまはシマフクロウの撮影が楽しいですね。
――このナキウサギの写真も幻想的ですね。
ナキウサギをよく観察していると、どこを通るかがなんとなくわかってきます。その通り道でカメラを構えて待っていました。雪が降るとナキウサギは岩の隙間に冬ごもりをするので、秋の間に餌を集めて巣と山をなんども往復するんです。その中の1枚です。
D850の使用感は?
――D850に買い換えたきっかけはなんですか?
もともとD810二台とD500を持っていました。D850は画素数が上がったから買い換えましたね。最初はレンタルで使って、すぐに買うことを決めました。
動物目線で地面すれすれに撮る時や、高い木の上にいる鳥を撮る時などは、チルト式液晶モニターが便利です。例えば木の上のフクロウは日中、寝ているので動かないんですけど、それをずっとファインダーで覗いていると疲れてしまうんです。他の写真家の方も首を痛めている方はいらっしゃいます。
――防塵防滴仕様はどうでしょうか? 自然の中での撮影にはかなり役立つと想像します。
小雨なら傘を差さないで撮りますし、草木が露で濡れて雨が降っていなくても全身びしょびしょに濡れます。もちろんカメラもむき出しなので濡れますが、全然壊れないですね。
――高感度耐性などはいかがでしょうか?
森の中に入ると日中でも暗いのですが、AFも迷わないし、日没後でも十分使えます。夜行性の動物も多くて、日が沈んでから撮影するときもあります。一度モモンガが動いている時間に出かけて撮影したことがありますが、暗い中で見つけてAFを合わせてみたら一発で合わせてくれました。すぐ横で別のカメラを使っていた人たちもいましたが、その人たちはAFを合わせられなくて撮れていませんでしたね。私のシャッター音だけが響いてドヤ顔でした(笑)。
それに、暗い中で撮影するとISO感度も高めてシャッター速度を確保するときもあります。ノイズがあまり気にならないので、撮れるなら上げてしまおう、くらいの感覚ですね。ISO 1600まであげることもあります。高感度の画質も満足ですね。
――色味はいかがでしょうか。あまり補正はしていない?
色被りを直したりシャドウ部を調整するくらいです。一番最初にニコンに買い換えるときも、ニコンの緑色が好きで決めました。D810の時から満足しています。あまり派手にはせず、自然なままの表現が好きです。
――AFモードを使い分けることはありますか?
基本はAF-Sで、AFエリアモードはシングルポイントのみですね。範囲を広げてしまうと、動物の目に合わせたいピントが鼻にあって微妙にずれたりしてしまうので。親指でセレクターを使って移動させるので、操作はしやすいです。ライブビューの時は拡大してMFを使うときもあります。AFエリアが広がったのは便利ですね。動物を画角の隅に置きたいときなどは、最初からその画角で使えますから。
それと、撮影の瞬間に余裕がある時はなるべくMFを使うようにしています。逆に、連写もあまり使わないんです。一発入魂のような形で撮影した方が上手くなると思って、昔から単写真なんです。
――他の機能についてはいかがでしょうか。
これから使いたいなと思う機能はたくさんあります。例えばボタンイルミネーション。山の中に入る時は前泊して夜に星を撮ることもあって、その時にボタンが光るのはとても便利です。
サイレント撮影モードも使ってみたいですね。シャッター音で動物がこちらに気づいて、違う方向を向いてしまうことがどうしてもあって、そうした状況をサイレント撮影で避けられるなら使ってみたいです。
動画を撮影することもあります。動物があまり動かずに一つの場所で留まっているときは、三脚にカメラを固定して撮影した動画を写真展のスクリーンで流したりもします。
幅広い画角をもつ望遠ズームレンズ
――レンズについて聞かせてください。今メインで使っているのは「AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR」ですか?
そうですね。レンズを付け替えている暇はないですし、機動性を考えるとこのレンズがメインになります。以前は600mmの単焦点と広角ズームレンズを持っていて、中間の焦点距離は持っていなかったんです。
このレンズの画質は、切れ味もよく、ボケもやわらかくきれいなので満足しています。逆光で動物や木のシルエットを表現したい時にも、不便を感じたことはないですね。このレンズ1本で"近くも遠くも撮れる便利さ"があり、突然目の前に(動物が)現れたときでも、遠くにいるのを見つけた時も、この1本で対応できます。
AFも速く、迷うことがないです。動物撮影の場合、AFで1回迷ってしまうとその画はもう撮れないんですよ。0.1秒の差で悔しい結果に終わってしまうこともあるので、それがないのは非常にありがたいです。
――VR(手ぶれ補正機構)の効きはいかがでしょう。
基本的に手持ちで撮影するので、手振れ補正が効くのはありがたいです。400mmの望遠でもブレは感じないですね。
――機能性を重視したレンズですね。山に入ってからはどれくらい歩くのでしょうか?
あまり決まってないです。巣を見つけて「これを撮る」と決めたら何時間も張り付きますし、1日中シチュエーションや動物を探し回ることもあります。流氷とシカを一緒に撮りたくて、氷が見える場所に行ってから足跡を探し回ったこともありました。
五感を研ぎ澄まして
――カメラとレンズ以外で重視している機材はありますか?
冬は必ずスノーシューを履きます。それから、夏でも長靴にカッパですね。双眼鏡も必須です。
一番大切なのは自分の五感です。目と鼻、耳もフルに使って、動物を感じます。森の中で暗くなると流石に怖いので、日没までには山を下りて車中泊をします。冬場は本当に短いんですよ。限られた時間の中で撮影するためにも、五感を研ぎ澄ましています。
ただ冬は、この季節ならではの面白さがあって、スノーシューを履けば好きな場所にどこでもいけるんですよ。夏は笹が濃すぎて入れないような場所も、雪がつもれば自由に歩けるんです。楽しいですよ。
半田菜摘さんの使いこなしテクニックがデジタルカメラマガジンで読めます!
発売中のデジタルカメラマガジン2018年11月号に、半田菜摘さんによるD850 & AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VRの使いこなし方について掲載しました。こちらもぜひご覧ください!
制作協力:株式会社ニコンイメージングジャパン