下元直樹写真展「取り残された記憶」
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ある日、下元さんはプライベートで撮り続けていたスナップ写真の中に、錆びたトタンを写した1枚を見つけた。
「これは面白いかもしれないと直感し、街のスナップは止めて、この被写体に集中することにしました」
2004年から5年ほどかけて、地元仙台を中心に、東北、新潟を巡り、街の一角にひっそりと存在するイメージを探して歩いた。長い間、人の手が入らなかったことで、深い美しさを獲得したモノ(建物)たちだ。会場では採取したそれらを組み合わせることで、一つ一つの作品が共振しあい、新たなイメージが立ち上がってくる。
会期は2011年5月12日~6月25日 。開廊時間は13時~18時。日曜、月曜休廊。停電の影響で日程、営業時間が変更になる場合もある。入場無料。会場のブリッツ・ギャラリーは東京都目黒区下目黒6-20-29。
下元直樹さんはstudio genのスタッフフォトグラファー | イメージの組み合わせ方で、見え方はさまざまに変わっていく |
■部屋に飾ってカッコいいイメージが欲しい
錆が広がったトタンの壁、表面の一部が剥がれたドア、無造作に塗り直されたコンクリート壁……。それは住宅、店舗、倉庫、工場跡の一部だそうだが、写真の中でそういった情報が明確にされているわけではない。
ただ観る人はその場所が活気を失って久しいであろうことは薄々感じつつ、朽ちていくモノたちの色の深さ、美しさに目を奪われるだろう。ピクトラン局紙に出力された色は、不思議な存在感を持つ。錆を見ると、赤銅色、緋色、朱色などさまざまな赤が存在し、周囲の光を引き込むような力すら感じる。その一方で、青は軽やかでポップな雰囲気をまといつつ、双方が自然に溶け合い、一つの空間を作り上げているのだ。
「部屋に飾ってカッコいい写真がほしい。最初はそんな思いから、自分が好きなイメージを探して、集めていきました。子どもがお気に入りのシールを集めていくようなものでしたね」
■色への思いに気づく
下元さんはマーク・ロスコ、カンディンスキー、モンドリアンといった抽象表現主義の絵画に惹かれていた。
「僕に絵を描く才能はなく、ただ見るだけでした。進路を考えていた高校3年生の時、偶然、手に取った写真集に感銘を受けて、写真なら自分にもできるかもしれないと思いました」
印象に残っているのは、ヨーロッパの街中で、風船を脹らませている女の子を撮った1枚だ。
「その写真には、それまで絵画で感じていた表現の面白さがありました。それから写真で何かを作りたいと思い立ち、あとは行動あるのみでしたね」
札幌の写真専門学校時代は主に風景写真を撮り、生まれ故郷の仙台に戻り、スタジオに就職してからはスナップを撮っていた。
「けれど、どれもカッコよくない。自分が見たい、あの感じが全然出てこないんです」
そんな時に、錆の出たトタンを写した1枚を見つけたのだ。
「自分自身が、色に強く惹かれていることに気づきました。そこで気に入った色がバランスよく配置されている光景を探して歩き始めました」
ちなみにカンディンスキーはそれぞれの色や造形が持つ意味や力を探求し、音楽と結びついた絵画表現を創造した。ロスコはブルー、イエロー、レッドといった色の重なり合いの中に、「悲しみ、喜悦、絶望など、人間の基本的な感情」が伝わる作品を提示している。
■グラフィカルな美しさを追求
撮影は行きたい場所を決めて、そこまで車で移動し、あとは街中をひたすら歩いて、被写体を探した。最初は内陸部も訪れたが、山沿いの街は木造建築が多く、海沿いを中心に回るようになった。
今回、展示した作品の撮影エリアは八戸、宮古、釜石、気仙沼、石巻、新潟など、かなり広範囲にわたる。気になるモチーフを見つけると、近づく間に切り取りたいイメージはでき上がるという。
「ほとんどが過疎の町なので、同じ場所に長くとどまって撮っていると、胡散臭い目で見られます。だから遠くから観察して、撮ったら、すぐにその場を立ち去るようにしていました」
気に入った写真はプリントアウトして、部屋の壁に飾っていた。
「複数枚を並べると、グラフィカルな面白さが出ると思っていたので、写真をいろいろと入れ替えながら、どう並べたら良いのかを試していました。そこで足りない色や形を見つけて、撮影中に探すこともありました。もちろん欲しい色が見つかるとは限らないんですけどね」
下元さんの行為は、現実の光景を画材として、レンズを通して絵を描く作業といえるのかもしれない。
「訪れた海沿いの町は寂れていて、どこも陰鬱な雰囲気があった。ただ写真になった光景には、そんな暗さは微塵もない。そんな対比的な思いも、撮影する中にはありましたね」
■色への執着からデジタルを選んだ
カメラはEOS 10Dから30D、40Dとなり、今はEOS 5D Mark IIを使う。撮影からプリントまで、自分で処理できることから、自分の作品制作にはデジタルカメラを選んだ。プリンターはキヤノンPIXUS Pro9500。
RAW現像はキヤノンのDigital Photo Professionalを使う。今は定番となる調整方法を見つけたので、それに合わせて処理すれば、望む調子が得られるようになったが、「それまでは試行錯誤。1点で何十枚もテストして紙を無駄にしました」
撮影は曇りの日か、日が傾いた頃に行なう。色の調子を合わせることと、特に波板のトタン面に影を出さないためだ。
「カラフルな色を素材にしていますが、プリントで派手な色調は好きではないので、用紙選びも苦労しました」
落ち着いた色調が得られるマット紙は厚みがなく、色をのせると平面性が保てない。それで仕方なく半光沢紙を使っていたが、数年前、ネットで局紙の存在を知り、色調、厚みとも満足のいく表現が得られるようになった。
■カメラはイメージを具現化するツール
その作品を手に、下元さんは仙台から東京のスタジオに転職し、2010年に上京した。
「東京に出たなら、ギャラリーで作品を発表できるようになりたいと思っていました。インターネットで調べたら、こちらのブリッツ・ギャラリーでファイン・アート・フォトグラファー講座があるのを知り、この作品を持って受講しました」
その後、10月に企画展「Imperfect Vision(侘び・ポジティブな視点)」、12月の広尾・アート・フォト・マーケットに出品し、今回の個展につながった。
写真のモチーフとして、トタンなどの錆は多くの人が目をつける素材の一つだ。その中に存在する美を、どう自覚的に捉えるかで作品として昇華されるかの分かれ目になる。
下元さんは現在、スタジオワークの中で新しい色の表現を探求しているという。今後が気になる新しい作家の1人だ。
2011/5/20 00:00