カメラ用語の散歩道

第4回:ボケ(後編)

収差とボケ、アポダイゼーション、"玉ねぎボケ"

収差とボケ

当然だが、撮影レンズの収差もボケの様子に影響する。中でも球面収差の影響は、けっこう目立つ。前回説明したように、レンズの絞りが円形であればレンズからの光束はその開口を底面とした円錐形となり、その円錐形を途中で切った形がボケの形となるのだが、球面収差があるとその円錐形の中での光束の密度が違ってくるのだ。

図1をみてみよう。球面収差が大きいレンズだと、例えばこのようにレンズの端を通った光束で作られた像と、レンズの中心付近を通った光束で作られた像の位置が異なってくる。ピントの合った位置に撮像面を置くと、点の像は点の周囲が円形に滲んだようなものになるが、撮像面を図のようにピントの合った位置からずらすと、像がボケる。そのとき光線の密度はボケの円の周辺の方が高くなるのだ。そうすると、ボケの円に明るい縁取りがあるようなものになる。いわゆる玉ボケの中でも、特にバブルボケなどと呼ばれることもあるが、はっきりした定義があるわけではない(写真1)。

図1:球面収差がある場合のボケ。このようにボケの中の光束密度が一様ではなくなる
写真1:球面収差があると、このように点像がボケた円に明るい縁取りができる

被写体のエッジ(輪郭)は点像が連なったものと考えられる。輪郭がボケると、広がって円になった点像のボケが連続した形になるので、線が太くなるわけだ。そのとき球面収差の影響で点像のボケに縁取りが生じたらどうなるだろうか? 太くなった輪郭線の両側に縁取りがされる。よく言われる「二線ボケ」の正体はこれだ。更に軸上の色収差があると、これらの縁取りに色が付く。

なお、この図の例はピントの合った被写体よりも手前にある被写体がボケる「前ボケ」の例だが、同じ条件で「後ボケ」になると、今度は逆にボケの円の中心に近いほど光束の密度が高いものになる。この関係は球面収差の補正具合によって異なる。

同じようにコマ収差や非点収差もボケに影響する。これらは球面収差と同様に「点の像が点にならない」類の収差だ。ピントが合ったときに点の像が点にならないので、それがボケたときにも点が素直な円にならないということは、容易に想像がつくだろう。特にボケが同心円方向に広がるようなケースでは、いわゆる「ぐるぐるボケ」が生じる。

アポダイゼーション

前述の球面収差がある場合もそうだが、通常点像がボケた「錯乱円」は比較的エッジのはっきりした円板状になる。場合によってはこれがうるさいボケとなるので、これを改善してボケのエッジをやわらかくする「アポダイゼーション」というテクニックが登場した。

図2:アポダイゼーションフィルターの原理。上図のように中心から周辺に行くに従って透過率が落ちるようなNDフィルターをレンズ系の中に置き、ボケの周辺をやわらかくする(富士フイルムのWebサイトより引用)

理屈はそれほど難しいものではない。要は図2のように、中心から周辺にかけて透過率が連続的に小さくなるような一種のNDフィルターをレンズ系の中に設ければよいのだ。

このような技術は富士フイルムのXF 56mm F1.2 R APD、キヤノンのRF 85mm F1.2 L USM DS、ソニーのFE 100mm F2.8 STF GM OSSといったレンズに採用されている。中にはキヤノンのようにフィルターの形でなく、レンズそのものに連続的に透過率の変化するコーティングを施したものもある。

このアポダイゼーション、ボケを柔らかくするということでポートレートや花のクローズアップなどに効果があるが、反面2つの問題点がある。その1つは実効的なレンズの明るさが暗くなる点だ。そのためソニーや富士では絞りリングにTナンバー、つまり実効的な明るさを表記している。ソニーの例では、開放F値は2段暗くなり、Tナンバーでは5.6になってしまう。2番目の問題点はこれに関連することだが、実効的な被写界深度が深くなることだ。つまりボケのエッジが滑らかになるのだが、その分ボケの見かけの大きさが小さくなって、これが被写界深度に影響する。

ただ、このボケが柔らかくなる効果も、実効Fナンバーが暗くなってみかけの被写界深度が大きくなる点も、絞り開放の近辺のことであり、絞り込めば普通のレンズと同じになる。その点はソフトフォーカスレンズに似ているともいえるだろう。

おそらく前記の問題点を意識してのことだろう。富士フイルムとキヤノンは同じ構成でアポダイゼーション機能ありのものとなしのものと、2種類のレンズを出している。ただユーザーとしてはシチュエーションに応じて使い分けたいところだ。それに応えてその内1つのレンズでアポダイゼーションをオンオフできるようなレンズが出てくるような予感がする。更に進んで、好みに応じてアポダイゼーションの強度を変化できるようなレンズも登場するかもしれない。

写真2:富士フイルムXF 56mm F1.2 R APD(左)とXF 56mm F1.2 R(左)。外観上はほとんど同じだが、アポダイゼーションフィルターを組み込んであるAPDの方は実効Fナンバーが赤字で表示されている

ボケの新種、玉ねぎボケ

玉ボケ、バブルボケ、ラグビーボール型ボケなどの各種のボケに、最近では「玉ねぎボケ」なる新種(オニオンリングや輪線ボケとも)が加わった。写真3に示すように、点像のボケた円形の中に玉ねぎの断面のような同心円状のパターンが現れるのだ。その原因には2種類のものがある。

写真3:玉ねぎボケの例
背景のボケ部分を拡大。ボケ円の中に同心円状のパターンが見える

1つはキヤノンのDOレンズ(積層型回折光学素子)やニコンのPFレンズ(位相フレネルレンズ)のように回折現象を利用したレンズの場合だ。これらの光学素子を用いると色収差を良好に補正できるので、特に超望遠レンズなどで小型化に寄与するものだが、素子に同心円状の細かい溝やパターンを形成することにより回折現象を得るので、条件によってはこの同心円パターンがボケの中に写り込むことがある。

もう1つは非球面レンズによるものだ。技術の進歩で非球面レンズが比較的容易に使えるようになり、最近では非球面を使っていない写真レンズの方が珍しいような状況になっているのは、周知の通りだ。で、この非球面レンズの製造方法にはいくつかのものがある。

当初は金物の旋盤加工と同様にレンズを回転しながらダイヤモンドカッターでガラスを削って非球面を形成していた。金属と違いガラス材料は硬くてもろいので、切込み量をNC(数値制御)で調整しながらゆっくりと少しずつ削っていく。これは精研削といって、現在でも一部のレンズの非球面加工に用いられている。

この方法は時間がかかるためコスト高になるが、現在では金型を用いる方法がいくつか開発され、これが非球面レンズの普及に貢献している。プラスチックを射出成形する方法、ガラスの球面レンズにプラスチックの非球面部分を貼り付ける方法(レプリカ法、複合非球面レンズ、PAG法とも)、軟化したガラス材料を型で圧縮して成形するガラスモールド法がそれだ。

これら金型を用いる方法は、精研削のように加工時間がかかることはないが、金型の製作はやはり材料を回転しながらカッターで削っていく。ガラスほどではないにしてもやはり硬い材料を使うので時間をかけて少しずつ削ることになる。

精研削にしても金型を用いる方法にしても、非球面の形成は刃物で削ることで行われるのだが、そのとき「ツールマーク」と呼ばれる削り痕ができる。旋盤加工を施された金属製品によく見られるスジと同じものだ。この削り痕は最終工程で研磨をかけて取り除かれるのだが、完璧に除くことはできず、どうしても残ってしまう。そして、その削り痕がボケの中にパターンとして現れてきたのが玉ねぎボケというわけだ。球面レンズの場合には研磨工程で最終的なレンズ形状を得ることになるので、このような痕が残ることはない。

回折の利用も非球面レンズも、レンズの歴史から見ればつい最近の新しい技術である。従って玉ねぎボケも以前はなかった新種のボケということになる。

写真4:面白いポスターを見かけた。玉ねぎボケをあえて強調し、作画上の効果としている
豊田堅二

(とよだけんじ)元カメラメーカー勤務。現在は日本大学写真学科で教鞭をとる傍ら、カメラ雑誌などにカメラのメカニズムに関する記事を書いている。著書に「とよけん先生のカメラメカニズム講座」(日本カメラ社)、「カメラの雑学図鑑」(日本実業出版社)など。