山岸伸の「写真のキモチ」
第45回:奇跡の軌跡
グラビアアイドル「華彩なな」との15年
2023年4月30日 13:00
山岸さんとは約15年のお付き合いになるグラビアアイドルの華彩ななさん。今年の7月14日には山岸さんが撮り下ろした写真集「キセキ」が大洋図書より出版される。それぞれが感じる奇跡とは、そしてこれまでの軌跡とは。(聞き手・文:近井沙妃)
キセキの意味
15年以上の付き合いになるグラビアアイドル 華彩ななちゃん。今回彼女から指名を受けて写真集を撮ることになった。彼女がこの写真集につけたタイトルは「キセキ」。それはキャリア20年越えにして一児の母でありながらグラビアを続けていることや42歳で写真集を出せることをはじめ、全てが奇跡だと感じているからだ。
確かに20年以上もグラビアアイドルを続けることはなかなか難しいし、若い頃のイメージを維持しているその努力が奇跡だと思う。毎回言うけど、写真集はそんなに簡単にできる時代じゃない。400冊以上の写真集を出してきたが、過去に彼女の写真集は1冊のみで今回が2冊目。そういう意味でこの機会は俺にとっても奇跡だし、長く付き合ってきた軌跡が表れるものになる。「キセキ」というタイトルは奇跡であり、軌跡とも捉えられるね。
グラビア芸能活動20周年ということで先日彼女が開催したイベントも見に行ったけど、やっぱりよくぞこの時代に頑張っていられるなって。それはもう本当に称賛が絶えない。なんだかんだ事務所の社長さんとも昔から仲が良くて、彼女を取り巻く環境は俺が撮影するにあたってとてもいいんだ。
今回の撮影はどこも混んでいる時期でロケ地をどうするか悩みに悩み、最終的に石垣島になった。昔は何度か行ったことがあるけど島としては大きいからその分動きも大きくなってなかなか難しい。どうやって撮ろうかとまた悩んで、何とかいい所が見つかって3泊4日の石垣島ロケに。
考え抜いた分の納得
ところがなんと天気は全日雨。しかも普通の雨じゃない。なかなかカメラマン生活を長くやっているけど全日雨というのはあまりないね。そんな中で彼女とは気が合うとか合わないとか関係無くて、「撮影の気が合う」。今まであまり意識していなかったけど、最近になって撮影の気が合わない人ってこの世にいっぱいいるんだなって感じたね。
ひとつのことをやり遂げるということでその時は気が合うようにみんな頑張るんだけど、そうじゃなくても彼女とは撮影の気が合うんだ。俺が望んでいることと彼女が望んでいることがそんなに大きくズレるということがない。
考え抜いて、撮影場所は取ったホテルのみ。素敵なホテルでプールもプライベートビーチもあって良かったんだけど、まさか2日間こもりっきりで100ページ近い写真集を撮るなんて俺でもほとんど経験が無い。だけどなんだか今回はすごく納得できた。こんなに納得できた写真集ってないよねってくらい”ちゃんと撮れた”というか……。もし晴れていたら島中を車で走り回って、これが無いあれが無い、ジャングル行くか海行くかって時間を無駄にしていたかもしれない。
同じ場所で撮るということは集中して考えることができる。自然の光が満足に足りないことも、もちろん感度を上げたり照明を使ったりいろいろするけどそれもそれなりで考える。じゃあ次はこの場所の反対側から撮ったら違うだろう、1つの椅子があったら右と左、反対側から撮って抜けを変えれば同じようには見えない。抜けも光も変わる。天候だけは考えてもしょうがない。だからどうやって絵にするかってことだけを考える。今回はホテルの協力があったからロビーも借りたけど、本当に同じ場所で撮り切った。
自然の中でどう撮るか
現場に同行していた彼女のマネージャーさんに褒められたことがあって、「波が来た時に逃げなかったのは山岸さんだけで、みんな逃げていましたね」って。雨が降ったら雨なりだって俺はいつも言うけど、風が吹いたら風なりだし、風が吹けば髪の毛が顔にかかる、雨が降れば濡れる、波が来たら溺れない程度に水に入る。それが普通だと思っているから。自然とケンカせずに自然の中でどう撮るかが基本的にひとつのテーマになっているんだ。
今回も風が吹いて雨が降って嵐のように海が荒れたけど、その中で撮り切れたのは普段からそういうことの心の準備をお互いにしているから。波が来た時にななちゃんは逃げなかった。彼女が逃げないのに俺が逃げれるわけがない。濡れてもいいや、って撮り続けた。
今回は手に入れたばかりのSIGMA 60-600mm F4.5-6.3 DG DN OS | Sportsも持って行って使用したけどいい上りがでているし、また近いうちにどこかで作品として発表できるようにしたい。ほかにはフィルターでもいたずらのつもりで遊んでみたりね。ケンコー・トキナーの田原さんがぜひ使ってみてって貸してくれたフィルターが想像以上に面白くて最近ちょっとバレない程度に多投しているんだけど(笑)。細かいことはまだ秘密にして、もう少しまとまったらこちらもお見せしたいと思う。
久々の衝撃
写真集のアートディレクションは三村漢ちゃんに依頼した。彼には今までにばんえい競馬や球体関節人形の写真集、「瞬間の顔」の図録などを手掛けてもらったけど、今回初めてグラビアの写真集をお願いしたら二つ返事で受けてくれてどんなものが出てくるのか内心楽しみにしていたんだ。ダメだったら怒ってやろうとか(笑)。いっぱい仕事をしているけど中々俺みたいな王道グラビアの仕事は今まで縁が無かったんじゃないかな。
グラビアの写真って単純だからイメージをどう壊してくれてもいいし、漢ちゃんが手掛けるにあたって恥ずかしくない仕事をしてもらえればいいなと思っていた。これは意地悪じゃなくて、彼の技量を見てみたかったんだ。もちろん俺が写真を細かくチェックして、大体こんな感じでってイメージも伝えて投げるわけだけど、表紙もカバーも「えっ! こうきたの!?」って。見た瞬間に「えっ!」って衝撃があったから、凄いと思ったよ。今回は俺もななちゃんもびっくり。何十年とグラビアを撮ってきたカメラマンが一瞬驚いた。漢ちゃん、センスがいいね。
だけど残念ながら彼が現場に同席しているわけではないし、彼も僕らも毎日忙しくてすごく密なやり取りができるほどの余裕は無い。コンセプトやその場の臨場感とかが全部伝わり切ったらもっとすごいと思うけど、写真と俺の口頭だけでイメージして作らなきゃいけないから大変だよね。今回は俺が初めて構成にも真面目に加わって、漢ちゃんがざっくりレイアウトを組んでくれたものを見てまた自分で写真を入れ替えたりしていった。そういうもどかしさがあるから、漢ちゃんとはお金の余裕があるときにロケでも一緒に行けたらいいなって思ったり。
この写真集は女性にも見て欲しいって思う。グラビアアイドルの人が年齢を重ねてやるものって過去の作品よりさらに過激になっていくイメージがあるかもしれないけど、今回はそういう要素も撮影の時点で意識的に排除していた。さすがに2枚くらいはセクシー過ぎるかなって思うものがあるけど、グラビアの王道として「こういうのがグラビアだ!」と思って撮ったということだけは自信がある。
写真集の発売日は、彼女の誕生日である7月14日。発売を楽しみにこれから少しずつプロモーションもしていくけど、まだ出せるものが少ないのでまずはトリミングした表紙と海に向かって歩いているお気に入りの写真をお見せするということでお許しください。
これまでの軌跡
さて、彼女と出会った2008年には増刊大衆や週刊実話をはじめ表紙だけでも6~8社撮っていた。週刊実話の表紙撮影で出会って、そこからの縁。
彼女とは長い付き合いなので随分ロケにも行ったね。シンガポール、韓国、台湾、沖縄、もちろん国内のほかの場所でもいっぱい撮影している。彼女と思い出話をしたら「私たちはアジアしか行ったことないのね(笑)」って。なぜかと言うと彼女はグラビア業界が絶好調を過ぎたぐらいからグラビアを始めたから。絶好調の頃はサイパン、グアム、バリ島、ハワイ、ロサンゼルス、オーストラリアあたりがグラビアの定番ロケ地だったんだけど段々予算が小さくなってきて、そんな頃に知り合って撮影を始めたからちょっと贅沢をしてもシンガポールかな。
彼女は美食家でもあるし、適度にアルコールも飲むから食事もみんなで盛り上がれる。ロケに行って楽しい。大半の人は疲れてすぐに部屋に帰って寝るとか明日の話もできずに部屋に帰る人も多いんだけど、彼女はゆっくり食事をして必要なコミュニケーションが取れる。ある程度の年齢になってからの付き合いだし、ストレートな話ができてすごく接しやすい。良い悪いの意見も出るし、正直に言ってくれるね。
シンガポールに行ったとき、俺の誕生日で誕生日ケーキを事務所の社長さんと用意してくれて、ご飯をご馳走してくれた。涙がちょちょぎれたね。
シンガポールの中でもよく行ったのはウビン島。チャンギビーチに隣接する船乗り場から小型船に乗って約10分なんだけど、週末はシンガポールの子供たちが自然に触れ合うために自転車に乗りに来たりするからすごく混む。それ以外はあまり混まなくて無人島みたいで、なんだか同じ海外でも”海外の中の異国”のような雰囲気が気に入って何度かロケに行っている。
今はわからないけど、このウビン島は当時タクシーが2台くらいしかなくて運転手を貸し切りで借りて、彼の家も撮影場所に使わせてもらって。なんなら親戚の家もね(笑)。ある意味彼がコーディネートしてくれて安全にいい撮影ができた。
シンガポールはもちろん食事も美味しいし街も楽しいけど、様変わりしてどんどん大きくなっていって、彼女の写真集で行ったのが最後かな。
奇跡の軌跡
改めて、タイトルの「キセキ」って最初は少し構えたタイトルに見えたんだけど、考えてみればそうだよね、キセキだよね。お互いの奇跡も、出会ってから今があるって奇跡もある。雨の2日間、あの限られたスペースの中でよくイライラしないで撮れたってことが不思議で、それも奇跡なんだよ(笑)。俺が根を上げないで撮り切ったっていう奇跡。
その後もつい先日、ななちゃんが宣材を撮って欲しいということでスタジオに来て、これは初めてかな。今までグラビアばっかり撮ってきて、こういうことしてなかったなって。他の方より優しく撮ってあげました(笑)。来てくれるのが嬉しいね。
連載の第38回で、1年で最も撮影したグラビアアイドル 草野綾ちゃんのことを書いたけど、ななちゃんは15年で一番撮った子かもしれない。彼女がなにも言わないで僕の被写体になってくれるということで信頼してくれていると感じるし、それはすごく写真に現れてくる。彼女はこれからも奇跡を生んでいくんだと思う。その奇跡を軌跡として残していきたい。
――写真集撮影最終日の夜、華彩ななさんにお気持ちを聞きました。
こんなに長い期間、間が空いても回数を重ねて撮っていただくのは山岸先生だけなので先生の写真で自分の成長を今となって確認できています。その時その時、変化している自分をそのまま出そうとカメラの前に立ってきました。先生の写真は私にとって特別で、どれだけ露出をしていてもエグいものが無く澄んでいて、それが私の中ですごく嬉しいんです。
今回先生とのグラビア撮影は4年振りなので緊張するかなと思いましたが、もう緊張している時間がもったいなくてただただ被写体として全神経尽くしていました。撮影中も言葉無しに通じるものがあって私はすごく楽で、悪天候な環境も全て楽しかったです。
今回の撮影で感じたことを一言で言うなら「信頼関係」ですね。そして長年写真を撮っていただいている分、それを昔から見てくれている人がいて、山岸先生が今撮る華彩ななの写真が楽しみだって言ってくれる人たちもいて。正直、若い頃は今よりもありがたみを感じることがまだ少し薄かったように思います。年々深く大きくなっていて、本当に全てが奇跡的なことだなって感謝しています。
年齢とか数字に捉われずに自分の伸びしろを信じて色んなことにチャレンジして、また新しいステップになったときに先生に撮ってもらいたいなって思います。